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急に性能が良くなったのはなぜか? GPT-4に対する疑義――ChatGPTの基礎知識⑨by岡嶋裕史

彗星のごとく現れ、良くも悪くも話題を独占しているChatGPT。新たな産業革命という人もいれば、政府当局が規制に乗り出すという報道もあります。いったい何がすごくて、何が危険なのか? 我々の生活を一変させる可能性を秘めているのか? ITのわかりやすい解説に定評のある岡嶋裕史さん(中央大学国際情報学部教授、政策総合文化研究所所長)にかみ砕いていただきます。ちょっと乗り遅れちゃったな、という方も、本連載でキャッチアップできるはず。お楽しみに!

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急に性能が良くなったのはなぜか? GPT-4に対する疑義――ChatGPTの基礎知識⑨by岡嶋裕史

詳細非開示

 ただし、「ほんとうにでかくするだけで、こんな成果を生み出したのか?」に疑義を抱く人はいる。

 私自身は「信じられないほどでかくすることで、有用かそうでないかの一線を越える」ことはあると考えている。たとえばインターネットがそうだ。あれはネットワーク(同報通信が届く範囲。部屋とか建物とか)とネットワークをつなぐ技術にすぎない。だからinter-netなのだ。「ネットとネットの間」なのである。

 私の研究室と隣の研究室(個人情報保護分野で超有名な××先生だ)をつないだくらいではたいして便利にはならない。せいぜい、「おなかが痛いので今日の教授会は休みます」と歩いて伝言に行くのが、メッセンジャーで飛ばせるくらいだ。

 でも、世界中のネット同士が相互接続されて、地球をくるむくらいにまででかくなると、人類すべてが依存する生活必須インフラになる。inter-netはThe Internetに育ったのだ。部屋と部屋をつなぐのと、世界中を結ぶのは同じ技術だ。IP(Internet Protocol)である。同じ技術を使っていても、その実装が超巨大になることでまったく異なる有用度を導くことはある。

 でも、GPT-4を疑う人たちの言い分もわかる。

 OpenAIはGPTシリーズの成果を論文の形にまとめて発表しているが、GPT-4についてはモデルもデータセットも詳細非開示だ。その意図は概ね、「けっこういいものができちゃって悪用されると怖いから、モデルもデータセットも詳細は出さないよ。プロが書いた記事と同水準のフェイクニュースとか作れちゃうもんね」と説明されている。

 悪用されると怖いのは間違いないが、学術の世界ではデータを伏せちゃいけないので、OpenAIが発表する論文は論文じゃなくて宣伝文だなどと言われる。

 隠すと勘ぐられるのはどこの世界も一緒で、GPT3.5 → 4で急に性能がよくなったのは、でかくなったことだけでは説明できないのでは? などと囁かれるに至る。伏せている部分に何か秘密があるのだろうと思われているのである。

秘密主義への道のり

 実はOpenAIの非開示問題はけっこう根が深い。真相は闇の中だが、私の解釈を書いておく(あくまでも個人的な邪推であって、当たっていそうな点や「ああ、あの人のあの発言か」という箇所があっても偶然の一致である)。

 OpenAIは非営利組織として産声を上げた。名前が端的に表しているように「オープン」を志向している。インターネット文化は昔からOSS(オープンソースソフトウェア)が好きだ。ソースコードをどんな目的であろうと、使っても調べても直しても再配布してもいいよ、というやり方である。

 誰かが思いついたアイデアを世界中のみんながよってたかって高めあっていけるので、人類の発展にも寄与するし、間違いや不正にも素早く気付いて修正できる。多くの人がスマホのOSとして使っているアンドロイドも、オープンソースソフトウェアの結晶だ。

 だが、「みんなでやろうよ」が必ずユートピアを産むのではないことも確かだ(→詳しくは『Web3とは何か』参照)。「みんなの責任は無責任」になることもあるし、「みんなの発明」が巨利を生み出したとき、その配分はどうなるの? といったトラブルの予感しかしない事態も招く。

 たとえばOpenAIの初期メンバーにはイーロン・マスクも名を連ねていたが、これは金になりそうだという気配が濃厚になってきた時点で増資して支配を強めようとした。しかし、サム・アルトマンらが反発したためOpenAIを出て行ってしまった。

 それだけならよくある喧嘩別れだが、AI研究にはとかく金がかかる。善意の浄財でどうにかなる事業ではない。もっといいモデルを作ろうとすれば堅実で持続的なスポンサーは必要だし、グーグルも突き上げてくる。

マイクロソフトの資金提供

 そこで、OpenAIはマイクロソフトの資金提供を受け入れた。末端利用者はGPTシリーズを変わらず利用できるが、ソースコードにアクセスできるのはマイクロソフトだけになった。それに先だって非営利組織であるOpenAIの下部組織として営利組織のOpenAI LPを設立している。秘密主義への道のりはすでに舗装が始まっていたのだ。

 世の中に金だけ出して口は出さない企業だの人だのは存在しない。始めたときの口約束はそうだったとしても、大なり小なりスポンサーは力を持つ。港区おじさんとパパ活女子の力関係のようなものだ。いずれスポンサーは自分の意志を呑ませようとする。

 金を出した以上は名誉も利益も独占したい。独占(プロプライエタリ)への批判は「安全性」「コンプライアンス」とか言っておけば煙にまける。OpenAIは成果物の非開示へより深く舵を切った。

イーロン・マスクの発言の真意

 頭に来たのはイーロン・マスクである。不意のネトラレに遭遇したに等しい事態だ。それまでにもOpenAIをツイッターなどでチクチクいじっていたが、2023年に入って「安全のため、人類の未来のためにAI開発を一時期止めよう」と言い出した。

 イーロン・マスクが人類の未来を考えていないとは言わない。むしろ考えすぎているタイプだと思う。でも、過去の言動から、人類の未来以上にヘゲモニーの拡大や利潤の獲得が好きな人だろうから、この発言の真意は「OpenAIの開発の邪魔をして、その間に自分のAI事業でキャッチアップしてしまおう」だろう。もちろん、OpenAI側はこの言いように激しく反発して今に至る。

 ざっくりこのような経緯があるので、私自身はOpenAIが成果物を秘することもあるだろうし、既存技術の組み合わせを単にでかくしただけでその性能が閾値を超えたのだろうと考えているが、疑いを持つ人が「OpenAIはAGIの開発につながるような途方もない新技術を考案したのではないか」と影を見てしまうのも理解できる。GPT-4が型落ちになればその輪郭はいずれ公開されるだろうから、そのときに答え合わせをしよう。(続く)

岡嶋裕史(おかじまゆうし)
1972年東京都生まれ。中央大学大学院総合政策研究科博士後期課程修了。博士(総合政策)。富士総合研究所勤務、関東学院大学経済学部准教授・情報科学センター所長を経て、現在、中央大学国際情報学部教授、政策文化総合研究所所長。『ジオン軍の失敗』『ジオン軍の遺産』(以上、角川コミック・エース)、『ポスト・モバイル』(新潮新書)、『ハッカーの手口』(PHP新書)、『思考からの逃走』『実況! ビジネス力養成講義 プログラミング/システム』(以上、日本経済新聞出版)、『構造化するウェブ』『ブロックチェーン』『5G』(以上、講談社ブルーバックス)、『数式を使わないデータマイニング入門』『アップル、グーグル、マイクロソフト』『個人情報ダダ漏れです!』『プログラミング教育はいらない』『大学教授、発達障害の子を育てる』『メタバースとは何か』『Web3とは何か』(以上、光文社新書)など著書多数。

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