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1:「公共の敵」セックス・ピストルズ見参、水上に推参!——『教養としてのパンク・ロック』第15回 by 川崎大助

『教養としてのロック名盤100』『教養としてのロック名曲100』(いずれも光文社新書)でおなじみの川崎大助さんの新連載が始まります。タイトルは「教養としてのパンク・ロック」。いろんな意味で、物議を醸すことは間違いありません。ただ、本連載を最後まで読んでいただければ、ご納得いただけるはずです。

過去の連載はこちら。

第2章:パンク・ロック創世記、そして、あっという間の黙示録

1:「公共の敵」セックス・ピストルズ見参、水上に推参!

  彼女は、優美な川船だった。いまからおよそ100年前の1926年、ソルター・スティーマーズ社によって建造された同船には、船首側にオープン・エアの前部デッキがあって、暖かい季節には、川風と戯れるのにとてもいい。船尾部にも大きなデッキがあり、サルーン・エリアは2つある。明るく広々としたアッパー・サルーンは、オーク材とマホガニー材で装飾され、オリジナルのハードウッド・デッキが敷き詰められているので、ダンスにお薦めだ。一方でロウアー・サルーンには、今日、固定テーブルが設置されていて、85名までが同時に着席して食事をとることができる。これらすべてのエリアのトータルで、最大乗員は185名。2022年現在の管理会社はコリアーズ・ローンチズ社で、条件付きの最小プランでなら、850ポンドから借り上げることができるという。

 だからもしあなたが、テムズ川のクルージングを楽しみつつ、結婚披露宴や誕生日のパーティー、あるいは企業の研修会のプランを考案中の幹事だったら、この一艘は、格好の選択肢となるかもしれない。なにしろ1950年には、ソヴィエト連邦から訪英していた賓客を乗せて、ウェストミンスターからグリニッジまで、鏡のような河水の上を粛々と航走していったのも、この船、クイーン・エリザベス号だったのだから。

 クイーン・エリザベス――もちろん「2世」ではなく、1世のほうに、ちなんだ名だ。おそらくはこの船名ゆえ、セックス・ピストルズとその一味が「彼女」を選んだのだろう。当時の君主だったエリザベス2世への「当てつけ」として……。

「シルヴァー・ジュビリー」

 その年、1977年は年初より、王室に対するイギリス大衆の視線は、ほとんど祝賀一色だった。エリザベス2世の戴冠25周年を祝す記念式典「シルヴァー・ジュビリー」――夫婦なら、銀婚式にあたるタイミングだ――の関連行事が、冬から春の折々に開催されていたからだ。2月6日の即位記念日からスタートして、6月初旬にクライマックスを迎えるように設計されていた。なかでも一番のビッグ・デイが6月7日で、つまりピストルズ一味は「わざわざ」その日を選んでゲリラ的宣伝行為を「決行」したのだった。6月9日に女王がおこなう予定だった水上パレードのコースをなぞるように「先取り」した上で大騒ぎを繰り広げた。これが名にし負う「ジュビリー・ボート・トリップ」ライヴ・イベントだった。バンドと関係者、ファンたち総勢175名が、飲んで歌って大騒ぎしつつ、テムズ川を行き来した。しかも「決して、それをやってはならない」特別な一日に。パンク・ロック史上――いや、イギリスの大衆文化史上屈指の――「凶行」だと言われている事件がこれだ。 

「1977」とは、パンク・ロック・ファンにとっての「聖数字」にほかならない。この年、ロンドン・パンクが頂点をきわめたからだ。ものすごい数のバンドがデビューして、音楽市場を騒がせ、ロック・ファンの耳目を集めた。あらゆるパンク・バンドが大暴れした。なかでもセックス・ピストルズという名の不埒きわまりない暴風雨が、突然に横殴りに、全英の「良識」へと吹き付けた。その最大瞬間風速を記録したのが、間違いなくこの「ジュビリー・ボート・トリップ」だった。

  女王のほうのプラン(9日のもの)は、こんな内容だった。一行はグリニッジからランベスまで船で遡上し、盛大な花火などを経たあとで、夕刻には馬車でバッキンガム宮殿に戻り、バルコニーから人々に手を振ることに、なっていた。ひどい不況のさなかにもかかわらず、一連のジュビリー関連行事を心待ちにしている国民は多かった。だから最後のこのパレードも同様だった。

 良識的な国民は、善男善女は、どんなふうにこの慶事を祝っていたのか? 一例として、セックス・ピストルズたちが「決行」する前日、6日の儀式とその周辺を見てみよう。この日の宵、女王がウィンザー城にてかがり火に点火する。これに呼応して、祝いのかがり火が国中を駆け巡る。そして英連邦中が呼応する。

「決行当日」の7日は、パレードに次ぐパレードだ。まずは、セント・ポール大聖堂にて国民感謝礼拝に出席するため移動する女王と王族の行列に向けて、沿道で列を成した人々が、歓喜の声援とともに、ユニオン・ジャックの小旗を振り続けた。大聖堂には、ジェームズ・キャラハン英首相、ジミー・カーター米大統領を始め世界各国の指導者、当時存命だった英元首相の全員が出席。その後女王は、ロンドン市長のピーター・ヴェネックが主催する昼食会を経て、バッキンガム宮殿まで戻る。ここでまた、沿道の人々と大量の小旗――。

 これらの群衆、街頭にてパレードを見物した人々だけで、100万人を数えたという。加えてもちろん、TVで生中継されていたその光景を、英連邦の約5億の人々が見守っていた。とくにイギリス本土では、無数の住民たちが、TVを観ながら屋外や屋内でパーティーを開催していた。あらゆる町や村で、建物の屋根から屋根へとロープを張り渡しては、やはりユニオン・ジャック柄の小旗をはためかせていた。ロンドンだけでも、この時期に4000を超えるパーティーが開催されていた、という……。

 と、このような「国民的慶事」の全体に対して、控えめに言っても、きわめてたちが悪い「当たり屋」みたいな行為をおこなったのが、セックス・ピストルズとその一味だったわけだ。女王および英王室を、真正面から「コケにして、貶める」こと。それによって、5月27日に発売したばかりのセカンド・シングル「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」の宣伝をおこなう――というのが、彼らの目論見だった。

放送禁止

 そもそもの 「God Save the Queen(神よ女王を護り給え)」とは、事実上の国歌として、イギリス本土およびコモンウェルス・レルムで長く親しまれている讃歌の題名だ。ピストルズ・ソングのほうは「わざわざ、狙って」これと同じタイトルにしたもの。歌詞を書いたジョン・ライドンは、当初この曲に「ノー・フューチャー」という名を与えていた。「イングランドが見てる夢に、未来なんてない(There's no future in England's dreaming)」というラインから取ったものだ。とはいえ、作詞していた76年秋の時点で、翌年の「ジュビリー」を利用する算段は、彼の頭の中にもあった。

 だから当初より、女王を、君主制を揶揄し嘲笑するパートが、歌詞のなかに明確にあった。たとえば歌い出しは、こんなふうだった。「神よ女王を護り給え/ファシスト体制/奴らがお前を低脳にする/水爆なみだ」――こうした点にマルコム・マクラーレンが目を付けて、「国歌と同じ」タイトルにすることを発案する。スキャンダリズムを狙ったのだが、マイナス方向への効き目がありすぎて、同曲はラジオでほぼ放送禁止扱いとなってしまう。ならば、とそこでマクラーレンは「プロモーション」をさらにエスカレートさせることを考えて……「ジュビリー・ボート・トリップ」へとつながっていったのだという。

 ちなみに、川船の名前の由来となったエリザベス1世とは、スペイン無敵艦隊を打ち破り16世紀のイギリスに黄金時代を招来、絶対王政を確立させた、テューダー朝最後の女王であり、稀代の大君主だ。ピストルズたちはその名を掲げた船を使用することにより、1世の時代とは比較にならない凋落のきわみにある、1970年代イギリスの「痛み」を浮き上がらせることを――あくまでも「結果的に」――達成してしまった、とも言える。

 なぜならば、エリザベス2世の水上パレード自体が、そもそもは1世の巡幸を部分的に再現するという発想のもとに企画されたものだったからだ。ゆえにピストルズ一味は、全身全霊で「そんなことやってる場合かよ!」という意志を明確化したわけだ。彼ら一流の、嫌み大劇場のなかにおいて。

 想像してみてほしい。このときのピストルズ一味の発想における、仰天の「不敬さ」を。天皇制がある日本に住む人なら、きっとよく理解できるはずだ。たとえば日本では、平成期の1999年と2009年に、当時の天皇の即位10年と20年を祝す記念式典および国民祭典が開催された。日本の著名人や芸能人、文化人、ロックやポップ・アーティストなども、イベントに出席したり、パフォーマンスをおこなった。おだやかに、こともなく。

 たとえば、もしもそんな式典や祭典が開催中の「すぐそば」で、「君が代」なんてタイトルのくせに悪意に満ち満ちた轟音のパンク・ソングをがなり立てる奇矯な装束の一団が、これ見よがしで挑発的な「パレード」なんて強行していたら……大変な騒ぎになることは想像に難くない。

 セックス・ピストルズの一味は、それをやってのけたのだ。

 逮捕者11人

 6月7日、その日は曇天で、低く垂れ込めた雲が重苦しい、いやな天気だったという。つまりとても「イギリスらしい」天気だったのだ、と。出航時間は、午後6時すぎだった。テムズ川のチャリング・クロス埠頭から船出したクイーン・エリザベス号には、ピストルズ一党以外には、フィルム・クルーに加え、数多くのプレス関係者が乗船していた。ここまで僕がよく引用しているジョン・サヴェージ(当時はサウンズ誌の記者だった)や、写真家のデニス・モリス(ライドンに招聘されたセックス・ピストルズのオフィシャル・フォトグラファー。のちにパブリック・イメージ・リミテッドのロゴもデザインした)もいた。さらには、ピストルズのグラフィック・デザイン各種で名を上げたジェイミー・リードもいた。女王のポートレートの鼻のあたりに安全ピンを突き刺したり、目と口のところに誘拐犯の脅迫文みたいな切り貼り文字を置いて「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」のスリーヴを構築したのは、彼の仕業だった。船の舷側には大きな垂れ幕が掲げられ「クイーン・エリザベス、セックス・ピストルズのニュー・シングル『ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン』」と記されていた。ライドンは、ご丁寧にもデストロイ・シャツを着用していた。

 出航からおよそ3時間は、だらだらしていた、という。神経質そうなライドンを尻目に、みんな酒を飲んだり、ビュッフェのスナックを食べたりしていた。その間に船は、ベックトンまで下ったり、チェルシー橋まで上がったり、それからまた、ウェストミンスターまで戻ったり――していたところ、ついにアンプに火が入る。川沿いに荘厳にそびえ立つウェストミンスター宮殿は、イギリスの国会議事堂として使用されているからだ。

 だから当然、1曲目は「アナーキー・イン・ザ・UK」だった。暮れなずむテムズ川の水面に、国会議事堂の外壁に、ピストルズ・サウンドの衝撃波が衝突し、響きわたる。当時メロディ・メイカーの記者だったアラン・ジョーンズの記憶に沿って、そこから先の模様を追っていくと――もちろん「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」。そして「ノー・フィーリングス」「プリティ・ヴェイカント」と続けていくうちに、二艘の警察ボートが近づいてくる。大音量でパンク・ロック・パーティーを展開中のクイーン・エリザベス号の周囲を、取り囲むようにして航行する。ここからは混乱があったせいか、演奏された曲目すべてについて、信頼できるデータはなんと今日まで広く公開されていない。ジョン・サヴェージによると「アイ・ウォナ・ビー・ミー」も演奏されたという。「プロブレムズ」が演奏されている映像も公表されている。そうこうしているうちに、次第に船は追い立てられて、埠頭へと接岸させられたところに、警官隊が押し寄せてくる。ピストルズが「ノー・ファン」(イギー・ポップのカヴァー)を演奏しようとしているときに、電源が落とされる。ここから膠着状態が約30分。警官隊と乗客が押し合いへしあいしているあいだに、バンドと機材は一気に大脱出。一方でマルコム・マクラーレンは群がる警官隊を前に、大見栄を切って言い放つ。

「このくそったれファシスト野郎どもめ!」

 しかし彼はあえなく取り押さえられ、殴られた上で逮捕される。それに抗議したヴィヴィアン・ウエストウッドや、ジェイミー・リードも逮捕され、逮捕者の総数は、ピストルズのマネジメント・オフィスを中心に11人にも上った。

【今週の映像と1曲】

NMTB 35th Anniversay Editions - The Jubilee Boat Party 1977

こちらが12年にオフィシャル公開された「ボート・トリップ」の一部をとらえた映像クリップ。「プロブレムズ」が演奏されていることが確認できる(が、映像タイトルのスペルミスは誰も気づかないのか。わざとなのか?…)。

Sex Pistols - God Save The Queen Revisited

といったところで、もう一度これを。本年2022年、女王のプラチナム・ジュビリー(戴冠70周年)に当てこんだ新作MV。ボート・トリップ時の映像も収録。同時期に再発されたアナログ・シングルは売れまくり、見事(ついに!)発売後45年を経たのちに全英1位を獲得してしまう、という椿事もあった。

(次週に続く)

川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。著書に長篇小説『東京フールズゴールド』(河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』『教養としてのロック名盤ベスト100』(ともに光文社新書)、評伝『僕と魚のブルーズ ~評伝フィッシュマンズ』(イースト・プレス)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki

 

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