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いちご白書|パリッコの「つつまし酒」#201

閉店間際の八百屋で

 ある春の夜のこと。仕事を終え、ちょうど閉店作業をしている最中の、地元の八百屋の前を通った時、ひとりの店員さんに声をかけられました。
「お兄さん、よかったらいちごいらない? ここにあるの全部、2000円で持ってっていいから!」
 立ち止まって見ると、店員さんの指差す先には、どうみても10パック以上のいちごがありました。いちごは妻の大好物。かと言って、毎日買って好きなだけ食べられるほど気軽な値段のものではない。チャンスだよなぁ。けど、家で消費するにはさすがに数が多すぎるよなぁ。そこで店員さんに、「すみません、半分くらいとかっていうのは無理でしょうか?」と聞いてみたところ、お店としても廃棄するよりはいいのでしょう。「もちろん大丈夫だよ! 持ってって」と、交渉が成立。
 で、店員さん、大きな袋に、ぽいぽいといちごを入れだすんですが、「これとこれと、これも入れちゃおう!」なんて、もうその場のノリみたいなざっくりさで、1000円で7パックものいちごを手に入れてしまったんですよね。嬉しいけれど、けっきょく家族ではもてあます量。

「いばらキッス」と「やよいひめ」

 手に持ったずしりと重いビニール袋から、ふわふわといちごの香りを漂わせながら帰り、妻にそのことを伝えると、「え〜、ありがとう!」と大喜び。よかったよかった。で、だめにしてしまっても悪いからと、半分くらいは妻が、砂糖を加えて煮詰めてシロップにし、冷凍しておいてくれることになりました。
 それでもまだまだ、いつものペースで食べるには多すぎるくらいに残っているいちご。となればもう、こんなときにしかできない冒険、「いちごづくし飲み」をやってみるしかないですよね。
 さっそく、いちご料理&いちご酒、あれこれ作って飲んでみよう!

春気分、大満喫!

 いちごを使ったおつまみ、さらっと検索してみると、定番っぽくいくつかレシピが見つかったのが、「いちごのしらあえ」と「いちごとチーズの生ハム巻き」。なにしろ材料は潤沢にありますからね。どんな味になるもんか、気軽に作ってみましょう。
 まずは、しらあえから。レシピごとに細かい差はあるものの、要するに、つぶした豆腐で素材をあえるのがすべての基本。それを、塩、砂糖、醤油、ねりごまあたりを使って味を整えるのが定番らしく、まぁ、味を見つつ目分量でやっていきましょう。

基本の材料

 ボウルに、ヘタをとって半分にカットしたいちごを数個ぶん、潰した絹豆腐を半丁ぶん、ねりごまを適量。これをわーっと混ぜて、塩を足して、ほんのりと砂糖も足して、気持ち程度に醤油をたらしたら、うん、いい味。というか、しらあえってものすごく手の込んだ料理というイメージがありましたが、目分量でぱっと作るだけならものすごく簡単なんですね。これからはもっと気軽に作っていこう。

「いちごのしらあえ」

 続いては「いちごとチーズの生ハム巻き」。生ハムメロンが定番と考えれば、合わないはずはなさそうです。レシピによって使うチーズも様々だったので、今回はカプレーゼ風を意識し、モッツァレラチーズをチョイス。ころんとしたふたつの素材をちぎれやすい生ハムで巻くのが想像以上に難しかったけれど、なんとか完成。仕上げにオリーブオイルと黒コショウをほんのりと加えて。

「いちごとチーズの生ハム巻き」

 まずはこの2品で、春のいちご飲みをやっていきましょう! 合わせるお酒は、妻が作ってくれた冷凍いちごシロップをスパークリングワインに加えると美味しいとのことで、それで。

いちごシロップに
スパークリングワインを注いで
いちごづくし

 いや〜なんだか、やり慣れないことにそわそわしつつも、卓上のどこを見ても、真っ赤ないちごだらけ。無性にときめいちゃいますね。
 それではまずしらあえから。豆腐でコーティングされたいちごをひとつ持ち上げ、ぱくり。もぐもぐ……あ、これはいいぞ! 意外なほどに違和感がない。豆腐とごまのコク、塩気、ほのかな甘さと、いちごの華やかな味わいが、ちゃ〜んと融合してますよ。

しらあえ、あり!

 お次はいちご生ハムチーズ。あぁ、これまた間違いないですね。口に入れて噛みしめた瞬間、いちごの酸味が広がって、脳が一瞬、トマトかな? と錯覚します。しかしながら、食べすすむごとにいちごの甘さと香りが広がりはじめ、それが生ハムの塩気、チーズのまろやかさと融合し、これまたいい取り合わせ。ただ、けっこうお腹にずしりとたまるので、いちごとチーズはもっと細かくカットしたほうがつまみやすかったかもな〜。

これまたいい!

 で、これらをつまみに飲むのは、いちごシロップスパークリング。スパークリングワインも甘い系のお酒も、ふだん日常的には飲まないですけれども、キリリとして甘すぎず、フレッシュないちごの香りが炭酸とともにはじけてたまんないっすね。春気分、大満喫!

たっぷりのいちごと鶏肉で

 さて今回はもう一品、さらなる実験的レシピにも挑戦してみようと思います。しばらく前、とあるカフェでランチ飲みをした時に、日替わりメニューに「チキンソテー 春のいちごソース」なるものがあったんです。物珍しさから頼んでみたところ、これが想像以上に美味しかった。あれっぽいものを、もはやレシピも検索せず、想像だけで再現してみようと思うんです。作りかたは、以前に思いついてあれこれ検証してみた結果、あらゆる食材がうまくなる魔法の調理法であると判明した「酒蒸し法」を応用してみましょう。
 まずは鶏もも肉に塩をふってフライパンにのせ、その身が6分目くらいまで浸る量の日本酒を注ぎます。そうしたら中火にかけ、ぐつぐつと煮立ってきたら、ふだんなら途中で肉の裏表を返し、そのまま水気がなくなるまで加熱し続けるだけ。なんですが、今回はここに大量のいちごを加えてしまいましょう。

鶏の酒蒸しに
たっぷりのいちご

 うん、はっきり言って、異常な光景だ。あまりに経験のない行為すぎて、自分でやってて違和感がすごい。さらに、いちごに火が通りはじめ、とろけてソース状になるに従い、フライパンがどんどん鮮やかなピンク色になってゆく。キッチンじゅうにメルヘンチックな甘〜い香りが充満してゆく。鶏肉を料理してるのに!

それでもかまわずぐつぐつぐつ

 調理が進行するにつれ、僕の心のなかでどんどん膨らむのは「不安」の2文字。これ、もしかしてとんでもないことをしているんじゃないだろうか……。いちごと鶏肉、両方に対する冒涜なんじゃないだろうか……。

ピンク色の液体に浮かぶチキン

 それでもしっかりと肉に火は通り、周囲の酒といちごも一体化して、しっかりとソースになりました。最後に、いつも酒蒸し法を応用して照り焼きを作る際の定番の仕上げをします。いざ、鍋全体に適量のだし醤油をじゅわーっ! ……いいのか!? これ、人間として真っ当な行いなのか!?

一応できた……のかな?

 はい。完全に想像で完成した「鶏の照り焼き 〜春のいちごソース〜」。お皿に盛りつけ、そこに添えるのは、潰したいちごをこれでもかとプレーンチューハイに加えた「生いちごハイ」。

鶏の照り焼き 〜春のいちごソース〜
生いちごハイ

 それでは、八百屋さんにサービスしてもらったラストいちごを使った、いちご飲み第二夜、始めていきましょうか。

さて……
どうだ!?

 チキンをひと口大にカットし、そこにおそるおそるいちごソースをのせて、思いきってぱくり。もぐ、もぐ、もぐ……う、うん? あれ? これ、まったく悪くないどころか……え? はっきり言って、ものすっごくうまいぞ!
 まったりとろりとした甘酸っぱいソースが思いのほか自然になじんでいて、シンプルな鶏肉の美味しさに華やかさを加えています。ちゃんと美味しいソースになっていて、どこか梅を使った料理にも近いような。種のぷちぷち感もいいアクセントになってる。ぜ〜んぜん難しくないのに、なんだかやたらと手の込んだ料理に感じられて、無駄に人にふるまってあげたくなるな、この料理。

ふちまでたっぷりいちご

 チューハイのほうはもう、そりゃあうまいに決まってますよね。たっぷりのイチゴ果肉が贅沢すぎ。そしてもちろん、いちごソースのチキンにばっちり。
 今回のような機会でもないと、なかなか気軽にまた作ろうとはならない贅沢な晩酌でしたが、ぜんぜんありでしたね。いちごづくし飲み。いちごが好物の身近な方へのお祝いの日などに、作ってあげるのはいかがでしょうか?


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パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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