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Q1「どんな音楽がパンク・ロックなのか? 実例を」前編——『教養としてのパンク・ロック』第4回 by 川崎大助

『教養としてのロック名盤100』『教養としてのロック名曲100』(いずれも光文社新書)でおなじみの川崎大助さんの新連載が始まります。タイトルは「教養としてのパンク・ロック」。いろんな意味で、物議を醸すことは間違いありません。ただ、本連載を最後まで読んでいただければ、ご納得いただけるはずです。

過去の連載はこちら。

第1章:なぜなにパンク・ロック早わかり、10個のFAQ

〈1〉Q1「どんな音楽がパンク・ロックなのか? 実例を」:前編

  ではここで、初歩の初歩から「パンク・ロックのFAQ」をやってみよう。いまさら聞けない系の、素朴な疑問への回答と解説だ。音楽性だけでなく、外見も含め、なにはなくとも「個性が強い」のがパンク文化の一大特徴。ならば、それら特徴のひとつひとつについて「なんでそうなるの?」という原点をほじくっていけば――きっとあなたの、パンク理解はぐっと深まるに違いない。まずは音楽編から、行ってみよう!

Q1「どんな音楽がパンク・ロックなのか? 実例を」:

 なにごとにも「典型」というものがある。パンク・ロックとて、それは同じ。そこでまずは、初心者のかたでもOKの「3曲でわかるパンク・ロックの基礎」というのを、やってみよう。「これだけ聴けば、パンクがわかる」――というもの3つの選曲を試みると、僕ならば、こうなる。

 Song1: Ramones 'Blitzkrieg Bop' (Feb. 76) Sire, US

ラモーンズ「ブリッツクリーグ・バップ」(1976年2月/Sire/米)

  というよりも、なによりも。「パンク・ロックという音楽スタイルの基本型」の、おおよそ8割方は、この1曲を聴くだけで理解できるはずだ。邦題は「電撃バップ」。速いビート(BPMおよそ177)の短い曲(約2分10秒)、コードは3つ。そしてディストーション・ギターのリフは一種類……だから、ギターを初めて買った若者がその日のうちに弾ける(速さにさえ、ついていければ)。そして一度聞いたら一生涯忘れようもない(ベイ・シティ・ローラーズ「サタデイ・ナイト」のコールをパクった)「ヘイ! ホー! レッツ・ゴー!」のチャント――というこの1曲が、巷間「世界で最初にパンク・ロックのスタイルを提示したナンバー」だと言われている。

 歌詞の内容は、進撃していくワルガキをナチスの電撃戦(後述)に見立てた、だから素朴なキッズ讃歌であり、パーティー・ソングだ。音楽的には、60sガレージ・ロックからの影響が大きい。だから曲構成は、まるでビートルズ初期かそれ以前のようなシンプルなロックンロール構造で、この点では、リヴァイヴァル以上の意味はなにもない。だがしかし、そこに「ラモーンズならでは」のビート感とスピードが加わると、意味がまったく違ってくる。楽曲のタッチが、ニュアンスが瞬間的にアップデートされて、「一直線に突っ走る、刺激的な最新ポップ・チューン」へと大変貌する――つまり、これこそが「パンク・ロックという出来事」だったわけだ。

 当曲は、この「公理」を、突然にして彼らが「発見」してしまったことを高らかに告げるナンバーだった。まさに偉大なる発明品であり、かつまた「とても簡単な」1曲でもあったから、模倣者が世界中で増殖し続けた。『教養としてのロック名曲ベスト100』(以下、『名曲100』)にランクイン。彼らのセルフ・タイトルド・デビュー・アルバム(『教養としてのロック名盤ベスト100』、以下『名盤100』にもランクイン)のオープニング曲もこれだった。

 Song2: Sex Pistols 'Anarchy in the U.K.' (Nov. 76) EMI, UK

セックス・ピストルズ「アナーキー・イン・ザ・UK」(1976年11月/EMI/英)

  ロンドン・パンクの「地獄の季節」の――つまり、最高の季節の――幕開けを告げた必殺ナンバー。セックス・ピストルズのデビュー曲だ。

 当曲は、なによりもまず、イントロダクションのギターだ。スティーヴ・ジョーンズによる、一世一代(かもしれない)すさまじいまでの「破壊力」が、そのコード・カッティングには宿っていた。ミッド・テンポで、G、F、E、D、Cと順に下方へと「崩れ堕ちていく」かのような連続のなかに、きわめて高純度の荒々しい「怒り」が充満――これぞ「ピストルズのパンク・ロック」の結晶、その一発目を告げる大号砲だった。彼らのデモ・テープ制作を手伝っていた、イギリスのロック/ジャズ・アーティストにして練達のギター・ヒーローのクリス・スペディングは、ジョーンズのセンスをべた褒めしていた。「20年間ロックンロール畑で仕事をしてきたけど、これほど表現力豊かなギター・ラインを持つバンドにはお目にかかったことがない」と(ジャーナリスト、キャロライン・クーンの証言。ジョン・サヴェージ著『イングランズ・ドリーミング セックス・ピストルズとパンク・ロック』水上はるこ・訳/シンコーミュージック・95年より)。

 そして、ヴォーカルのジョニー・ロットン(ジョン・ライドン)だ。彼のほうは、クーン本人の言葉として、こんなふうに称賛されている。「ジョニーは若い頃のランボーみたいだったわ、思慮深く、激しく、美しかった」(同前)。この「美しき」パンク・ランボーは、アメコミ・ヴィランみたいに毒々しく笑い、吐き捨てるように、そして痙攣しているかのような耳障りな声で、社会の良識をひたすらに侮蔑する。「俺は反キリストだ/アナキストだ」で幕を開け、「無政府状態(Anarchy)をイギリスに」と繰り返し、「デストロイ!」で幕を閉じる――という、そんな1曲だ。『名曲100』にランクイン。また『名盤100』にランクインした彼らのデビュー作にしてたった1枚のオリジナル・アルバム『ネヴァー・マインド・ザ・ボロックス、ヒアズ・ザ・セックス・ピストルズ(邦題『勝手にしやがれ!!』)』に収録されている。

 当曲を始め、セックス・ピストルズの音楽性には、じつはラモーンズの影響は、ほとんどない(幾度も執拗に、ライドンが否定している)。ガレージ・ロックの影響はある。だからラモーンズよりもデビューは後だったのだが、同じルーツからの養分を吸収していたわけだ。しかし彼らにとってより大きなものは、60年代イギリスの「モッド・ポップ」だった(対してラモーンズは、ピストルズと比べると、こっち側の素養への傾斜がずっと小さい)。

Song3: The Clash 'White Riot' (Mar. 77) CBS, UK

ザ・クラッシュ「ホワイト・ライオット」(1977年3月/CBS/英)

 そしてこちらは、明らかにラモーンズの影響のもとに作られた1曲だ。その意味で、音楽的にはロンドン・パンクの典型のひとつかもしれない――というのが、ザ・クラッシュのデビュー曲だった。このあとの彼らとはかなり違う、性急なビート。つまり「ラモーンズ直系」のリズム・セクションに、まるで追い立てられているかのように、ヴォーカルのジョー・ストラマーが吠える。狙ったのだと思うのだが「ブリッツクリーグ・バップ」よりさらに曲は短い。ワーッとがなり立てたと思ったら、スパッと終わる。あっけないほど、あとくされなく、パッと散る。

 そんなナンバーにおける「クラッシュらしい」特徴の第一とは、まず、歌詞のモチーフだ。「白い暴動、来たれ暴動/白い暴動、俺の暴動」と、前のめりに連呼される。「白い暴動」とは、なにか? 今日の目で見ると、まるで白人至上主義者がブラック・パワーに対抗したつもりで唱える「ホワイト・パワー」にも似ているのだが――だからまるで人種闘争を呼びかけているかのようだが――まったく違う。逆だ。ここでは、以下のようなアジテーションがおこなわれているのだから。白人ももっと声を上げるんだ、蜂起せよ、「76年のノッティング・ヒル・カーニヴァルの暴動で立ち上がった黒人たちのように」――というのが、この歌詞の趣旨だ。ストレートに、直接的に「政治的」なのだ。

 つまり戦うべき真の相手は「体制そのもの」。だから「抑圧されている者」は、黒人もアジア人も白人もみんな連帯して立ち上がらなければならない。「ビッグ・ブラザー」に対抗して!……と、そんなふうにストラマーは、ここで階級闘争を呼びかけているわけだ。まるで左翼セクトか労働組合の集会の演壇上に立った熱血弁士のごとく。要するにアジビラや告発文、デモのコール&レスポンスやチャント、シュプレヒコールなどの要素が、ど真ん中豪速球パンク・ロックの燃料たり得ることを、クラッシュが身をもって示してくれたナンバーが、このデビュー曲だった。

 にもかかわらず、早くもほんのすこし「音楽的に豊か」だった点も彼ららしい(特徴の第二)。当曲において唯一「ブリッツクリーグ・バップ」より多いものが、コードの数だ(と言っても、他ジャンルよりは全然少ないのだが)。基本2コードながら、もうひとひねりの部分のギター・リックに、50sロカビリーからの遠い道のりすら、うっすらと垣間見えてくる。のちに「史上最も音楽的に豊潤かつ幅広いパンク・ロックの確立」という、一大事業を達成するバンドとなる萌芽が、すでにここにある。当曲は彼らのセルフ・タイトルド・デビュー・アルバム(邦題『白い暴動』、『名盤100』にもランクイン)に収録されている。

  前編の基礎編はここまで。次週の後編ではパンク・ロックの「発展型」を聴いてみよう。あくまでも「初期パンク」の魂を装備でありながら、未来の礎となるような発想が注入された、そんな名曲をご紹介したい。(続く)

川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。著書に長篇小説『東京フールズゴールド』(河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』『教養としてのロック名盤ベスト100』(ともに光文社新書)、評伝『僕と魚のブルーズ ~評伝フィッシュマンズ』(イースト・プレス)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki

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