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もはや「恋愛結婚」は終焉するのか?|高橋昌一郎【第13回】

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★現代の日本社会では、あらゆる分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。
★「新書」の最大の魅力は、読者の視野を多種多彩な世界に広げることにあります。
★本連載では、哲学者・高橋昌一郎が、「知的刺激」に満ちた必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します。

「恋愛」と「結婚」の多様化

「愛」とは何か。一見身近で誰でも知っている概念のように映るが、実際にその意味を明らかにしようとすると、宗教学・哲学・医学・心理学・文化人類学などを駆使しても、明確に捉えることが難解なテーマである。とはいえ、時代背景や文化圏によって異なる多種多様な「愛」の形態は非常に興味深い。そこで私は、大学の比較文化論の一環として「愛」を分析する講義を行っている。

この講義では、匿名のクラスメートから受けた「愛の相談」を議論することから始める。受講生は、現実のクラスメートの相談に対して、どのような対策が可能か、いかなるアドバイスができるのかをディスカッションする(以下の事例と考察については、拙著『愛の論理学』(角川新書)をご参照いただきたい)。

ある日の相談は、文学部3年男子からだった。「僕はアニメやゲームが好きな、いわゆる『オタク』なのですが、2次元キャラクターに恋愛感情を持っています。周囲に言ったら引かれるので言いませんが、彼女のことが本気で好きです。2次元キャラクターなので、この気持ちが叶わないことは十分わかっているし、叶わなくてもいいと思っています。それでも、彼女を愛しています。3次元の女性には、まったく興味が湧きません。この感情は、おかしいでしょうか?」

これが昭和の大学の教室であれば、爆笑や失笑が起こり、彼の感情は「おかしい」という批判や「3次元の女性に興味がない」点が理解できないという意見が殺到したかもしれない。しかし現在の教室では、大多数の学生が「まったく問題はない。そのまま2次元キャラを愛し続ければよい」と彼を受け入れる。

アニメの等身大フィギェアと一緒に暮しているという学生もいた。休日になると、彼はフィギュアを助手席に乗せて海岸公園にドライブし、ベンチでランチを広げて一緒に写真を撮る。この種の写真をお互いに鑑賞するSNSのサークルがあり、そこでの交流は非常に楽しいそうだ。ここで注意してほしいのは、彼が自分の趣味を堂々と大教室で発言し、周囲も自然に傾聴していた点である。

2023年8月に発表された『第16回出生動向基本調査』によれば、18歳から34歳の未婚者で「恋人と交際している」男性は21.1%、女性は27.8%にすぎない。ところが「いずれは結婚したい」男性は81.4%、女性は84.3%も存在する。この帰結は何を意味するのか。本書は政府の少子化対策やロマンティック・ラブ幻想、恋愛結婚コストの行動経済学的分析などの観点から詳細に解説する。とくに「恋愛・結婚・出産の三位一体」という社会的通念への批判は的確で鋭い。

本書で最も驚かされたのは、著者・牛窪恵氏の「結婚生活に『恋愛力』など、ほとんど必要ないのです」という言葉である。実際に牛窪氏は「ゆるオタ(ゆるいオタク)」を自認し「恋愛力も明らかに低い」相手と20年前に結婚し、その相手が今では「結婚生活を共にするうえで最高のパートナー」になったそうだ。つまり牛窪氏は、彼女が提案する「共創結婚」を実践しているわけである。

ところで、私は恋愛結婚して、それなりに幸福な家庭を築いているつもりなので、必ずしも「結婚に恋愛は要らない」とは思わない。そもそも「恋愛」と「結婚」は非常にプライベートな百人百様の概念なので、「恋愛結婚の終焉」とまで一般化できるものなのだろうか。すでに「同性婚」が世界各国で受け入れられ、日本では「2次元キャラとの結婚」が200組を超えているという。むしろ「恋愛」や「結婚」の指示対象そのものが多様化しているのではないだろうか?

本書のハイライト

本書では「結婚には恋愛が必要だ」という昭和の概念から脱却し、若者の「恋愛離れ」を受け入れたうえで、「結婚に恋愛は要らない」という歴史学的に、あるいは科学的、行動経済学的にも理に適った概念を、打ち出すことにしました。同時に、Z世代をはじめとしたいまの若者たちが求める「共創(Co-Creation)」、すなわち、思いを共有するパートナーや仲間と共に、よりよい未来や社会を創りあげていこうとするマーケティング由来の思考こそが、令和の時代に求められる結婚に通じるのではないかと思い、新たに「共創結婚」の概念を提案しようと決めたのです。

(p. 13)


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著者プロフィール

高橋昌一郎(たかはし・しょういちろう)
國學院大學教授。情報文化研究所所長・Japan Skeptics副会長。専門は論理学・科学哲学。幅広い学問分野を知的探求!
著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』(以上、講談社現代新書)、『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『新書100冊』(以上、光文社新書)、『愛の論理学』(角川新書)、『東大生の論理』(ちくま新書)、『小林秀雄の哲学』(朝日新書)、『実践・哲学ディベート』(NHK出版新書)、『哲学ディベート』(NHKブックス)、『ノイマン・ゲーデル・チューリング』(筑摩選書)、『科学哲学のすすめ』(丸善)など多数。

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