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【第2回】最終日に現れた夜空を割るオーロラ|アイスランド編(後編)

数々の極地・僻地に赴き、想像を超える景色に出会ってきたネイチャー・フォトグラファーの上田優紀さん。ときにはエベレスト登山に挑み、ときにはウユニ塩湖でテント泊をしながら、シャッターを切り続けてきました。振り返れば、もう7大陸で撮影してきているかも!? そこで、本連載では上田優紀さんのこれまでの旅で出会った、そして、これからの旅を通して出会う、7大陸の数々の絶景を一緒に見いければと思います。第2回はアイスランド編・後編。夜空を覆うオーロラを求めて、極寒の地で耐え忍びます。


待てど暮らせど姿を見せない

それから氷の大地を毎日数百キロ近く車で走りながら旅をした。だが、多くの写真家が訪れる撮影スポットと言われる場所を訪れ、いくらカメラを向けても、どうしても気分がのらない。アイスランドに撮影に来たら行かない人はいないと聞いた滝を見ても、こんなもんか……と思って、一応二〜三枚シャッターを切ったが、それだけで終わってしまった。

火山の噴火はそれほどまでに劇薬だった。あれほどのエネルギーを持った風景を最初に見てしまったがゆえに、他の風景がなんとも薄味に感じてしまう。多くの人が訪れる滝も氷の洞窟も、きっと順番さえ違えば大きな感動を僕に与えてくれたのだろう。だが、一度巨大なものに当てられてしまうと、もうどうしようもない。心が動かない風景にカメラをいくら向けてもシャッターボタンは押せなかった。

噴火の興奮を越える風景があるとすればオーロラしかないと思っていたが、心揺さぶられるほどのものは現れなかった。何日かに一回は現れはするが、肉眼では靄がかかっているくらいにしか見えない。オーロラの当たり年と言えどこんなものか、と落胆する夜が続いていた。

とうとう帰国まであと三日になった。一生に一度の噴火を見られただけでも今回の旅はよしとしよう。そう自分を納得させはじめていたが、オーロラに最後の望みをかけて、帰国の前日までは街から離れた、とある湖の近くで過ごすことにした。夕方にその場所に到着した時、一目で気に入った。観光客もほとんどおらず、人とすれ違うこともあまりない。ただただ森に囲まれた湖が静かにあるだけだった。時々、家も見えるが、バカンス用の別荘なのだろう。真冬に訪れる人もおらず、灯りも暖炉の煙も出ていない。陽が沈むと、雲ひとつない空と湖はピンクに染まり、その間に挟まれる雪の森は青く輝いていた。久しぶりに心から美しいと感じる風景に思わずカメラを向けた。

オーロラを観測するにはいくつか条件がある。一つ目はもちろんオーロラが発生していること。二つ目は晴れていること。オーロラは高度百キロ以上、雲よりも遥か上空で発生するため、曇っていると見ることはできない。そして、三つ目は暗いこと。当然、星と同じように暗ければ暗いほどオーロラの光をはっきりと目視することができる。僕がアイスランド訪問を二月に決めたのも、この時期は太陽が出ている時間が、一日のうちたった六時間程度しかないということも理由の一つでもあった。

湖に拠点を移した初日、猛吹雪ではあったが北の空は晴れており、僅かではあるものの、オーロラを目視することができた。ただ、天気は最悪で、暴風と吹雪に僕はカメラともども飛ばされそうになり、夜が明ける頃には指先は凍傷になっていた。だが、エベレストのデスゾーンに比べたらなんてことない。指先は凍傷で鈍く痛むが、これくらいの痛みならまだ大丈夫だと知っている。アイスランドでまさかヒマラヤ登山の経験が生きるとは……。なんでも経験しておくものだな、なんて思っているうちに薄いオーロラは消えていってしまった。だが、明日はこの二週間で一番の快晴だという。期待というより、願望のようなものを抱いて宿まで戻っていった。

待ち侘びた〝北の光〟

オーロラ指数というものを聞いたことがあるだろうか。地磁気擾乱の活動度を十段階で表した指数のことで、簡単にいうとこれが大きければ大きいほどオーロラを見られるというものである。0から9までの十段階の指数で測られるのだが、アイスランドに来てもう一〇日以上、ずっと0か1しかなかった。もちろんその数値はオーロラは出ない、もしくは見られる可能性はほとんどない、というレベルだ。

夜通しオーロラを探し、明け方に就寝、昼前に起床するとまずこのオーロラ指数をチェックするのが習慣になっていた。その日もいつものようにスマホを開き確認する。0か1ばかりの日が続き、もはやただの惰性でしかなくなっていた。が、画面に表れた数字はなんと5。思わず「うお!」と声が出た。それもその日は快晴でもあるという。帰国まであと二日。恐らく今晩が最大であり、最後のチャンスになるだろう。急いで防寒具を着込み、ロケハンの最終確認に出かけた。

ロケハンとは写真業界ではよく使われる用語だが、「ロケーション・ハンティング」のことで、撮影する場所に実際に出向き、下見や下調べをすることをいう。僕は普段、案件の撮影などどうしても必要な時以外はロケハンをしない。風景写真をする人にこの話をするとよく驚かれるのだが、基本的に旅をしながら(常に移動をしながら)撮影をするので、〇〇を見たいなぁという考えが微かにあるくらいで、一箇所に留まって撮影をする、ということは今までほとんどしてこなかった。そもそもより美しく、理想的な風景を撮りたい! という考えはなく、曇っていてもそれも自然さ、とあるがままを記録してきた。もう一つ言うと、ヒマラヤのように一箇所に留まっているだけで死が近づいてくる危険地帯で撮影することも多く、そもそもロケハンなどできるはずなどなかった。そのスタイルは変わっていない。

ただ、オーロラをきちんと記録するためには、どうしてもケハンが必要だった。

オーロラが出現する場所はもちろん毎日変わっていくが、オーロラベルトと呼ばれる出現率の高いエリアが地球上には存在する。それは北緯六十五度から八十度付近のことで北極圏を中心にカナダやアラスカ、北欧なんかもこのエリアに入っている。そして、アイスランドは国まるごとオーロラベルトにすっぽり入っており、東西南北どの方角にオーロラが出てもおかしくない国だった。ゆえに三六〇度空が開けた場所でカメラを構えていれば問題ないが、その時、僕は人気のない山中でオーロラを探していたので、近くにそんな場所は見つからなかった。もし南の空にオーロラが出た時、南の空が開けてない場所にいたら当然見ることはできない。そのため、昼間のうちにオーロラが南の空に出たらここ、北の空に出たらここという場所を決めておく必要があった。

簡単な夕食をとり、日が暮れる前に出発した。湖は風もなく、湖面に黄昏時の色が映り込んでいる。もちろん、まだどの方角に出るか分からない。オーロラは英語でノーザンライツ、北の光と言うし、北に行くか。僕はヤマカンで、まずは北の空が開けて見えるその美しい湖畔で待つことにした。

午後十一時。穏やかな夜だった。新月が終わったばかりで、星だけが輝いている。風もなく、シンとした無音の音さえ聞こえてきそうなほど、静けさに包まれていた。北の空を眺めはじめてもう六時間が過ぎていたが、一向に現れる様子は全くない。だが、誰にも邪魔されず、自然と向き合うことができるその時間をとても愛おしく、幸せなものに感じていた。

日も変わろうとする頃、今日も駄目かと思いはじめるが、落胆はしてなかった。自然は人に左右されない。諦めではなく、それを受け入れることが自然と共に生きる時に大切になってくる。今までもこんなこと山ほどあったし、どうせまたオーロラを見に来るだろう。

そんなことを考えた途端、急に現れるもまた自然だった。午前0時。突然、北の空が明るくなりはじめた。最初は薄い雲のようにも見えた微かな光は次第にその光量を増していき、あっという間に空を明るく染め、その勢いのまま北の空から一気に僕の頭上までやってきた。次第に夜空には緑や赤の光も現れ、カーテンのようにうねうねと動きながら夜を覆っていく。真っ暗な夜空の中に急激にオーロラが広がっていき、その名の通り、空が破れたように見えることから「ブレークアップ」と呼ばれる現象が上空で繰り広げられていた。そのメカニズムは今だに解明されておらず、どのように起きているのかはっきりは分かっていないことがその神秘性をより高めていた。かのアリストテレスはオーロラを「天の割れ目」と表現しており、もしかしたらこんなオーロラを彼も見たのかもしれない。

きっと伝説や神話というのは、こういう風景を人が見たときに生まれるのだろう。オーロラはイヌイットの言い伝えによると、魂が天へと登る時に現れるとされ、また中国では龍だと思われていた。恐怖なのか好奇心なのかという違いはあるにせよ、きっと想像もできない風景と出会った時、人の心が動くというのは古今東西普遍のことなのだろう。もしオーロラという現象を知らないで、こんな風景を見たら誰でも人知を超えた存在に思いを馳せるに違いない。僕でさえ、目の前の広がるオーロラを美しいというより、少し怖いとさえ思いはじめていた。それほどまでに圧倒的な夜がそこにあった。

そんな光のショーも数分もほどすると、まるでまぼろしだったかのように跡形もなく消えてしまった。だが、それは確実にあった。オーロラが持ついくつかの伝説と同じように、僕がこの世界からいなくなった後も、写真を通じて今日出会った奇跡のような夜を紡いでいけたらいいな。再び訪れた静かな夜の下、ひとりでそう祈っていた。


上田優紀さんからのお知らせ

今まで世界最高峰のエベレストをはじめ、世界各地の極地・僻地へと足を運び撮影をしてきました。そして、今年、また新たなプロジェクトをはじめます。
世界各地には神話に登場する動物たちがいます。それは時に神の使いであり、時に守護者でもありました。何百年前に生きた人たちはそんな神を思わせる動物たちと出会った時、何かを感じたからこそ、その野生動物たちを神話に残したんだと思います。その姿や風景を僕は見てみたいし、伝えたい。そこにはきっと今の人にとっても心が動く風景があるはずだから。新たなプロジェクトではそんな神話で出てくる野生動物たちの撮影に挑みます。
そこで、ぜひ僕の次なる旅に関心を寄せていただけるようでしたら、無理のない範囲でクラウドファンディングにご協力いただけたら、大変嬉しいです。見たことのない世界を見たい人、日々の生活にちょっと疲れている人、何かに挑戦して頑張りたい人。時に癒しになり、時に好奇心をかき立てる、きっとそんな多くの人々の心を満たすような風景をきっと皆さまにお届けします。何卒、ご協力をいただけますと幸いです。

著者プロフィール

1988年、和歌山県生まれ。ネイチャーフォトグラファー。京都外国語大学を卒業後、24歳の時に世界一周の旅に出かけ、1年半かけて45カ国を回る。帰国後は株式会社アマナに入社。2016年よりフリーランスとなり、想像もできない風景を多くの人に届けるために世界中の極地、僻地を旅しながら撮影を行う。近年はヒマラヤの8000m峰から水中、南極まで活動範囲を広めており、2021年にはエベレスト(8848m)を登頂した。

世界最高峰への挑戦をまとめた
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