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【新連載】ドタバタのスウェーデン引越し|村上藍

2023年10月からスウェーデン・ストックホルムに移住した、住居学、近代住宅史を専門とする村上藍さん。北欧社会は評判通り幸福なのか。現地のライフスタイルは魅力的なのか。移住生活に何を思うか。現在進行形で身の周りの「暮らし」を綴ります。まずはプロローグとして、日本を発ちストックホルムでの生活が始まるまでの記録をお届けします。

はじめに

 この連載は、スウェーデンに移住した筆者が日々を記録しながら、北欧の住まいや暮らし方について考え、記すものです。
 筆者は、配偶者の現地企業への転職を機に日本人2人で2023年10月に移住したばかりです。北欧といえば幸福な国々、というイメージの通り、2023年の世界幸福度ランキングでは6位のスウェーデンですが、一方で犯罪率が上がっていたり、不便に感じることもあります。
 不安もありますが、日々の生活を楽しみながら、フラットな目線でさまざまなことをお伝えしていきたいと考えています。
 スウェーデン在住の方をはじめ、海外在住の方にとっては当たり前のことも多いかもしれませんが、移住0日目からこの土地に慣れるまで(慣れるのかどうかも含め)、現在進行系で綴っていきます。
 この連載では正しい情報を示すことに努めますが、取り上げる内容は全て筆者個人の見解であり、時期や情勢によっても情報が異なる場合があります。

成田空港解散、現地集合のドタバタ引越し

 引越しが決まったのは23年の4月だったが、実際に引越す事ができたのは10月だった。ビザが発行されたのが9月末で、そこからわずか3週間での超・怒涛の引越しとなった。

 今回のすまいの移動は国内の引越しではなく、海外移住になるのだが、何を持っていって何を持っていかないのか、ということや、持っていかない荷物をどこに保管するのかなど、今まで経験したことのないタスクばかりで、あまり実感が湧かなかった。今は無事移住先で生活できているが、振り返るとかなりひどい計画と作業だったと思う。

実際の荷物量。配偶者のものと併せて、スーツケース4、ダンボール3、アタックザック1、機内持ち込みスーツケース1となった。今のところ周囲からの荷物が少ない・多いの評価は半々である。

 私は10年以上同じ場所に住んでいたため、荷物が多い自覚はあったのだが、本格的に全ての断捨離を始めたのは、ビザが発行されてからだった。持っていく物に目星をつけたあたりで実家から借りてきたスーツケースが壊れたことに気づき、出国一週間前に新しいスーツケースが届いた。この時点で既に切羽詰まっていても良いはずだが、その日は午後から友人の家に遊びに行き、ゆっくりとご飯を食べて終電がなくなるまでおしゃべりしていた。その後も準備が間に合っていないのに、出国前日には移住先から本帰国された方とお会いして東京駅で優雅にランチをし、天ぷらにかける塩が4種類あることに呑気に喜んでいた。

 引っ越すことは随分前から決まっていたので、一応計画を立て、自分では順調に進んでいると余裕ぶっていたが、「家の中がこんな状態で本当に間に合うのか」と片付けを手伝いに来てくれた家族皆に心配された。親って心配性だよねなどと思っていたが、結局自分のマイペース具合と荷物量を見誤る把握能力の低さがたたり、出国日の朝にベッドやタンス、棚などのあらゆる粗大ごみをごみ収集センターまで捨てに行き、残りの細々とした荷物は全て母が引き取ってその後どうにかしてくれることとなった。荷物もその日の朝に詰め終わり、家を出る直前に船便の集荷をしてもらった。間に合っていたのか怪しいほどギリギリの引越しであった。本当に、何を根拠に余裕ぶっていたのだろう。

出国1週間半前の部屋の様子。これで「大体いい調子で進んでいる」と疑いもなく思っていた。

 終いには航空券を予約するのが遅すぎて、配偶者が随分前に予約していた航空会社の価格が高騰していることに気がつかず、予算の関係からそれぞれ別の飛行機に乗ることとなった(この不思議な話は後日に書きたい)。成田空港解散、現地空港集合である。空港と出国の時間帯は合わせられたものの、出発ターミナルは異なったため、しばらく会えなくなる義家族とは空港で食事をして早々に解散となった。自分の親とは別れを惜しむ時間もそこそこに、姉からの送別メッセージの話で持ち切りになった。当日は見送りに行けないと聞いていたが、その日の朝に「私は今宮古島に来てま〜す!気をつけていってらっしゃい!」と海の写真付きで連絡が来た。親もその時初めて知った様子で、姉が沖縄に居るなんて知らなかったね、いいわね〜!と言いながら別れた。忘れられない引越しとなった。

ストックホルム中央駅。Pendeltåg(ペンデルトァグ)というコミュータートレインとアーランダ空港からの急行駅として主に使用されている、国内最大のターミナル駅。

部屋を借りるのに20年待つ国へ

 移住先はスウェーデンで、北欧、というと聞き馴染みのある人も多いと思うが、スウェーデンというと具体的な観光地やものがあまり思い浮かばない人が多いのではないだろうか。イケアが生まれた国といえば皆わかってくれたが、フィンランドかスイスに行くのだと間違われる事が多かった。

 また、北欧といえば社会福祉が手厚く豊かな暮らしをしているというイメージもあると思うが(実際に自分もそう思っていた)、実際に移住して家を借りて住む、となると険しい道のりがあることがわかった。というのも、スウェーデンは慢性的な住宅不足により家を借りるのが非常に難しいことで有名で、まず住む家が見つかるかどうかが一つの大きな課題であった。私が住んでいるストックホルムはスウェーデンの中でも家賃が高く物件を見つけるのに大変な場所と言われており、すぐに家を借りたい場合は、セカンドハンドという既に誰かが借りている部屋をその借り主から借りる、又貸しが主流となっている。

 というのも、スウェーデンでは賃貸物件を所有している会社から物件を借りる権利(Bostadsrätt)を取得することがファーストハンドとよばれており、このファーストハンドで物件を借りるためには、専用のサイトに登録し、年会費を支払った上でウェイティングリストという”借りるための列”に並ばないといけない。ファーストハンドはあくまでも「その家に住む権利を放棄しない限り住むことができる」権利であり、分譲や購入とは異なる仕組みである。しかし、話に聞くと比較的安い家賃で広い部屋に住めるらしく、なかなか他の人の手に渡らないため、借りるための列はどんどん長くなっている。その専用サイトによれば、2022年の全体の平均待ち時間は9年強で、ストックホルム中心部ではなんと平均18年弱、場所を選ぶと最長で20年以上も待たなければいけないそうだ(以下参考)。

 住む家がなければ豊かな暮らしはできないし、そんなに待っていたら日本に戻っている可能性すらあるため、セカンドハンドの家を探すことにした。家探しはfacebookの掲示板や人伝てなどいくつか方法があるが、qasa(カーサ)というセカンドハンドの賃貸探しサイトで探すことにした。日本でいうSUUMOのようなサイトであるが、物件掲載者のほとんどは貸主本人であり、qasaが契約を仲介し貸主と借主が直接契約を結ぶシステムである。しかし、近年はインターネット上で見た物件が実際には借りられないなどの賃貸詐欺が横行しているらしく、日本にいるうちに物件を決めることはせず、まずは現地の知り合いの家を間借りしてから、物件を直接見て決めることにした。

間借りしている集合住宅のエリア。都心部から地下鉄30分ほどの場所に位置する。こうした郊外にある古めの住宅は比較的安く手に入るそうだ。ホストのように購入している場合もあれば、賃貸サイトにこの辺りの家が掲載されている場合もある。

日本から持ってきたもの・置いてきたもの

 セカンドハンドで家を借りる場合、賃貸物件のほとんどは家具家電や食器、調理道具など生活するためのものが備わっている(ファーストハンドで借りている借主、つまりセカンドハンドにとっての貸主の持ち物やインテリア)。その他、細かな生活雑貨は基本的に現地で揃うため、極端に言えば日本からは何も持っていかなくてもよかった。つまり、より「持っていくもの」を何にするか迷ったのである。

 引越しまでの時間が限られていたこともあり、配送の値段や届く時期、自分で運べる量を考慮して、手荷物でスーツケース2つとダンボール1箱、船便で2箱と、大体の量と手段をあらかじめ決めてから持っていくものを選んだ。ひとまず目についたものから詰めていったため、何故わざわざこれを持ってきたのだろうか?と思うものもいくつかある。変な柄の靴下とか、着古したダサいセーターとか、初めて買った抹茶味のあんまり美味しくないチョコとか。

 本当は持って来たかったものとして、家具はチェコのヴィンテージチェアやArtekのStool60など気に入って使っていたものがいくつかあったが、輸送代や輸送時の破損、引越し後は間借りすることなどを考慮して泣く泣く諦めた。

チェコのヴィンテージチェア(写真は購入時)。今は使う場所がないため、母が実家で飾ってくれているらしい。

 食器類もお気に入りのものばかりだったが、移動時に割れる可能性と梱包でかさばることを考え、全て実家に置いてきた。

 一番困ったのは書籍・資料類で、これまで勉強や研究・仕事のために参考にしていた本や資料はもちろんだが、研究でお世話になった方からいただいた本、そして尊敬する建築家夫妻の遺品としていただいた大切な本を持っていくかどうかを一番悩んだ。

 本は最も重くかさばるが、船便は届くまでに約3ヶ月かかるらしく、なるべく手荷物で運びたかった。結局、直近で仕事に必要そうな本や資料を最優先し、その次に移住先で読みたい本、お守りのように持っていたい本を詰めた。その他の本は一時帰国時に少しずつ持っていくつもりだ。

 他には、少しずつ集めた雑貨類を持ってきた。家具と食器を諦めたかわりに、ほとんど持ってきた。生活には必要のないものかもしれないが、それが異国の地で自分の側にあるだけで安心する。が、今は間借り状態のため、全てスーツケースの中で梱包材にくるまれて眠っている。早く間借りしている家から引越して光を浴びさせてあげたい。

 北欧へ行くための荷物のなかで、最もスペースを要したのは衣類だったと思う。連日30度超えの異常な暑さがしばらく続いた東京では温度感覚が完全に麻痺しており、一桁台の気温がどれほど寒いのか忘れてしまっていた。現地は物価が高いことも明らかだったため、できる限り日本から持っていこうとした結果、すごい量になった。セーターと厚手のズボン数枚とヒートテック類、防寒具、コート2着でスーツケース1つがほとんど埋まってしまったのだ。少しの期待を込めて秋服も持ってきたが、それらは今もスーツケースの圧縮袋の中で窮屈に出番を待っている。

 手当たり次第詰め込んだ結果、スーツケース2つとダンボール2箱、船便1箱に落ち着いたが、今振り返ると船便がもう1箱くらいあっても良かったと思う。それでも成田空港から間借りする家までスーツケース2つとダンボール2つを移動させるのはとても力のいる作業だったため、これから引越しする人には早い段階から入念な計画をおすすめしたい。

観光名所の一つである旧市街Gamla stan(ガムラスタン)。右の見切れている建物はノーベル賞博物館。

幸福な国と言われる土地に来てみて

 無事に配偶者と現地の空港で合流し、タクシーで間借りする家へ向かう道で、前日にスウェーデンから本帰国された方に教えていただいた現地の治安情報を見ていた。

 北欧といえば安全安心で幸福度の高い国と思う人も多いだろうが、現在、スウェーデンは欧州の中で最も治安の悪い国の一つになっている。というのも、2022年末頃以降、違法薬物取引を巡るギャング・グループ間の抗争による銃撃・爆破等の事件が頻繁に発生しており、2023年に入ってから特にその争いが増え、都市部や郊外関係なく銃撃・爆破事件が多発している。8月にはテロ脅威レベルがレベル5段階中の4段階目(高い脅威)に引き上げられ、どこにいても油断できない状態となっている。報道によると、警察だけではこれらの事件を収めることができず、国が軍の介入を要請するほど事態は深刻化しているそうだ。標的となっているのはギャングとその親族ではあるが、ギャングと間違えて一般人が被害者となる事件やたまたま居合わせた一般人が巻き込まれ死亡する事件なども起きているのが事実だ。

 空港から家へ向かう道は自然も多く緑豊かでおだやかな風景が続き、こんなにのどかな場所でどうして銃撃事件が多発しているのか、と信じられなかった。しかし、知人の話では友人の住む家の前の家で銃撃事件があった、とか、ギャングの家と間違われて部屋に無理やり侵入されそうになり必死にドアを抑えた、という話など、住み始めて数週間の無関係な私達でもそういった話を聞く。

間借りしている家に向かう道。
帰り道ではノウサギによく遭遇する。たまに鹿がいることも。

 私がスウェーデンに到着したほんの数日前に在スウェーデン日本大使館より注意喚起が出ており、都市ごとに銃撃・爆発の発生状況がプロットされた地図が載せられていた。これからしばらくお世話になる家の近くでは、銃撃事件と爆破事件のどちらも発生していることがわかり、楽しみな気持ちは一瞬で消え、気をつけて生活しなければと改めて気を引き締めることとなった。警察も警備を強化しているため、住み始めてから危険な目に遭ったことはまだないが、人が多く集まる場所へ行くことや深夜の外出を控えるようにしているし、いつ何が起きてもおかしくないということが常に頭の片隅にある。

 街はハロウィンシーズンからクリスマスシーズンへと年末に向けて一気に華やぐ時期であり、実際街に出て色々な建物を見たり散歩をしたりしたいので、できる限り正確な情報を毎日チェックしながら、生活を楽しんでいきたい。

運良く部屋からオーロラが見えた日。ストックホルムではほとんど見ることができないが、この日は気象条件がよく見ることができた。

どこにいてもあたたかい家

 今間借りしている家は、ストックホルムの南側に位置するのどかな場所で、1959年にできた比較的古い集合住宅だ。ホストはウクライナからの移民で、配偶者が以前お世話になっていたことからしばらく間借りさせてもらっている。

 家は日本の間取りでいうと3LDKだが、そのうちひとつは小さめの仕事部屋であり、大体2LDKのような感じだ。そのうち約12㎡の一部屋を借りている。

簡単に書いた平図面。リビングからベランダに出られるようになっており、夏場の日が出ている時期は皆ベランダで過ごすそうだ。

 部屋にはダブルベッドとテレビ、デスクと小さめのクローゼットが備えられ、キッチン・バス・トイレは共用で、シェアルームのような形で住まわせてもらっている。全体は約70㎡でホスト二人が住むには十分な広さであり、こうして一部屋を誰かに貸すことも、家賃が高く賃貸物件が少ないスウェーデンではよくあることだそうだ。

 家にはエアコンはもちろんないが、セントラルヒーティングという海外でよくみる蛇腹状の暖房器具が各部屋についている。これがとにかくとてもあたたかく、どこにいても常に一定の温度を保っている。ヒーターを直接触ってもほんのりするくらいの温度で、火傷や発火の心配もなく、部屋全体をじんわり温めてくれている。また、窓は二重窓でしっかり密閉されているため、外気温が氷点下をかなり下回っている日でも窓際まであたたかい。
日本では廊下に出ると寒かったり、玄関や浴室が寒かったりと、冬は各部屋の温度差が辛くなるが、こちらでは浴室内にもヒーターがついているのでどこにいてもあたたかい。そもそもの構造がRC造と木造で違いもあるし、二重窓や窓枠のサッシの頑丈さも異なるので比較しづらいが、やはり寒い国ならではの仕組みとして、部屋の中をあたたかくすることに重きを置いた部屋づくりになっている。

間借りしている部屋の窓とセントラルヒーティング。窓の左上の細長い棒のようなものを左右にスライドすると、外気を取り込める。二重窓の間にブラインドが仕込まれている。

 今の家のセントラルヒーティングは細かな温度調節はできないが、ある程度の調節は可能で、気温に合わせて多少強弱をつけることができる。(私の部屋のものは壊れているので調節できない・・・)また、暑いときは窓枠に外気を取り入れる仕組みがあり、それをスライドさせて温度調節もできる。寒いならなるべく開口部を減らしたほうが部屋があたたまるのではないかとも思うが、冬季はほとんど日が出ないこの地では日光がなによりも大切であり、どの家も可能な限り開口を大きく設けている。日光を浴びる時間が少ないと身体がビタミンD不足になり、それが鬱に繋がりやすいため、窓の大きさや場所は家を借りる際の大きな関心となる。ちなみに窓から見える景色も非常に重要だそうで、森などの緑豊かな景色が見えると家賃が高く、更に海が見えるともっと家賃が上がるそうだ。

窓辺でくつろぐ猫。毎朝部屋に来て外を見ている。

書き手:村上藍(むらかみあい)
1993年、長野県茅野市生まれ。八ヶ岳の麓で育つ。2016年、日本女子大学家政学部住居学科卒業。2018年、東京藝術大学大学院美術研究科建築専攻修士課程修了。専門は住居学、近代住宅史。2020年、修士論文に加筆・修正を加え『奥村まことの生涯とその設計』を私家版で上梓。2022年、公益財団法人ギャラリーエークワッド、ちひろ美術館共催「いわさきちひろと奥村まこと・生活と仕事」展協力。2023年10月にスウェーデン・ストックホルムへ移住。手探りながらも北欧と日本のすまいや生活について考え中。Threads(@ai_murakami)にてストックホルムでの日常を気軽に書いています。

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