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人は、無関心なまま「組織不正」に手を染める|中原翔

組織不正は、なぜなくならないのでしょうか。組織不正がひとたび発覚すれば、企業の株価や評判は下がり、時には多くの罰金を罰金を払う必要が生じます。最悪の場合、企業は倒産してしまう場合もあります。このように、組織不正を行わないほうが得策と言えるにもかかわらず、組織不正に手を染めてしまう企業が少なくないのはなぜなのでしょうか。組織不祥事の研究を続けてきた立命館大学経営学部准教授の中原翔さんは、燃費不正、不正会計、品質不正、軍事転用不正の例を中心に、組織をめぐる「正しさ」に着目した一冊、『組織不正はいつも正しい』を刊行しました。発売を機に、本書の「はじめに」を公開いたします。

いつでも、どこでも、どの組織でも、
誰にでも起こりうる

本書は、組織不正がなぜなくならないのかを、組織をめぐる「正しさ」に注目しながら説明する本です。

組織不正というと、本書でも扱うような燃費不正や品質不正などを思い浮かべる方が多いかと思います。それらの組織不正はあくまで他社の出来事としてメディアを通して伝わってくるため、どこか他人事のようにも感じるかもしれません。

しかし、本書を読んでいただければ分かるように、組織不正とは、いつでも、どこでも、どの組織でも、誰にでも起こりうる現象と言えます。なぜなら、組織不正とは、その組織ではいつも「正しい」という判断において行われるものだからです。

いつも「正しい」と思っていたものが、ある日組織不正として取り上げられたり、その責任を追及されたりする。だから、誰にとっても問題である、と私は考えています。そのため、決して他人事ではなく、「いつか自分の身にも起きるのではないか」という気持ちで本書をご覧いただければと思います。詳しくは後ほど説明していきますので、ここでは少しだけ自己紹介をさせてください。

私は中原翔と申します。これまで組織の不祥事(以下、組織不祥事)について研究をしてきました。神戸大学大学院経営学研究科に入学し、大阪産業大学で教鞭をとるようになってからの約一〇年間を組織不祥事という現象の解明に費やしてきました。二〇二四年四月からは立命館大学経営学部にて教鞭をとっており、引き続き組織不祥事や組織不正について研究しています。

組織不祥事について言えば、企業組織や大学組織などの大きな組織が何か問題を起こすことと思われるかもしれません。実際に、これまでの組織不祥事とは、組織の問題として完結する場合も多かったと言えます。つまり、「組織不祥事=組織問題」であったのです。

しかし、昨今ではSNSなどにも見られるように、組織が明確に問題を起こしていなくとも、それが関係者の利害によって問題として「作られる」ことが少なくありません。つまり、組織不祥事が変質しているのです。このことから私は、組織不祥事を(単なる組織問題を超えた)社会問題として考え、『社会問題化する組織不祥事:構築主義と調査可能性の行方』(二〇二三年)という本を出版しました。こちらの本もよろしければご覧いただければ幸いです。以上が簡単な自己紹介です。

ここで組織不正について話を戻すと、組織不祥事が様々な現象を含む一方で、組織不正は違法性をもつものと考えられます。しかし、私が本書を通じて世に問いかけたいのは、組織不正が違法性をもつからと言って、必ずしも組織が全面的に悪いわけではないということなのです。

本書で取り上げる事例においても、このことを例証していきたいと思います。特にそれを物語っているのは、第五章の軍事転用不正です。この事例では、組織がいかなる状況においても「正しさ」をつらぬくことの大切さを知らしめたものとなりました。

したがって、いかなる組織不正であっても、その当事者は何を「正しい」ものと考え、動こうとしているのか(していたのか)を自分の目と耳で判断してほしいのです。

組織不正は、ある種の「正しさ」において
生じるものとして考えてみる

さて、一般的に組織不正とは、個人による不正とは違い、組織ぐるみで行う不正のことを指しています。このような組織不正は、個人による不正よりも、より大きな社会的影響をもたらすものであるため、以前にも増して問題視されているのが現状です。

ところで、なぜこのような組織不正があとを絶たないのでしょうか。いくつかの理由が考えられますが、一つには組織が不正をすることによって多くの利益を生み出しやすいと考えられるためです。例えば、不正会計がそうです。本書で言えば、第三章の東芝の不正会計問題です。本来であれば、「短い時間」でそこまで多くの利益を生み出せないにもかかわらず、東芝は不適切な会計処理をすることで短時間に多くの利益を生み出そうとしました。利益の水増しは、多くの利益を生み出すためによく利用される方法です。

でも、組織不正が発覚したあとのことを考えると、多くの人々は「組織不正を避けるべきだ」と考えるのではないでしょうか。あるいは、「組織不正と疑われるようなことはやめよう」と思うのではないでしょうか。

というのは、組織不正がひとたび発覚すれば、企業の株価や評判などは下がりますし、時には多くの罰金を払う必要もあるからです。最悪の場合、企業は倒産してしまう場合もあります。より大きな企業であるほど、倒産した時の影響は計り知れないものですから、あとから取り返しがつかなくなってしまいます。こう考えると、組織不正を行わない方が得策にもかかわらず、それでも組織不正に手を染めてしまう企業が少なくないのです。

本書では、このように組織不正を行わない方が得策にもかかわらず、なぜ組織不正があとを絶たないのかを考えていきたいと思います。とりわけ、組織不正がある種の「正しさ」において生じたものとして考えることによって、組織不正が私たちにとって身近な現象であることを明らかにしていきたいと思っています。詳しくは、本書で事例も交えながら説明していきますので、各章を自由にご覧いただければと思います。

各章のポイント

それでは、簡単に各章で取り上げたいことを説明しておきます。第一章では、「正しい」ことをした結果において組織不正が生まれてしまう現象をこれまでの研究に基づいて考えてみたいと思います。研究とは言いつつも、いずれも噛み砕いて説明していきたいと思いますので、身構える必要はまったくありません。

ところで、多くの人々は自分が「正しい」と思って仕事をするものです。当たり前のことかもしれません。しかし、その「正しい」という理解でなされた仕事であるがゆえに組織不正が生じてしまっているとすれば、それは悲劇的なことでもあります。

実際にこのような現象は私たちの身近なところでも「起こりうる」ため、これがなぜ「起こりうる」のか、どのように「起こりうる」のかを考えていきます。第一章では、このような問題に対して、本書全体の基礎となる考え方を説明していきたいと思います。

第二章では、燃費不正について取り上げます。燃費不正とは、二〇一六年にわが国において大きな問題となった自動車業界における不正を指しています。当時の報道では、自動車メーカーが間違った測定方法で燃費を測っていたことが「危うさ」として表現されていました。

ただし、よく調べてみると、自動車メーカーが海外の燃費試験基準を用いるという意味での「正しさ」を垣間見ることができるのです。そのため、こうした燃費不正事例については、単に各社に違法性があるからという理由で批判してしまうのではなく、どのような「正しさ」において燃費不正が生じるに至ったのかを考えなければならないと思っています。第二章では、このようなことを三菱自動車工業(以下、三菱自動車)とスズキの燃費不正に焦点を当てて考えてみたいと思います。

第三章では、不正会計について取り上げます。不正会計とは、とりわけ二〇〇〇年代に入って国内外において目立つようになった不正な会計処理のことを指しています。海外ではエンロンやワールドコムによる事件が有名ですが、国内では二〇一五年に大きな問題となった東芝の不正会計があります。第三章では、この東芝の不正会計を扱います。

この問題は、不正会計が発覚した当時の経営陣が、事業部に対して「チャレンジ」と称した過度な利益目標を押しつけ、それに耐えかねた社員が利益の水増しを行ってしまったものと結論づけられています。ただし、本書ではこれらを経営陣だけ・・に責任があるとは考えず(つまり人為的な問題に落とし込まず)、むしろ構造的な問題に原因があるという考えの下、不正会計を改めて問い直すことを目的としていきます。その構造的な問題とは何か。詳しくは第三章をご覧いただければと思います。

第四章では、品質不正について取り上げます。品質不正とは、何らかの理由で製品の品質が低下し、その結果、消費者や取引先に対して悪影響をもたらすことを指しています。とりわけ昨今問題視されているのは、製薬業界の品質不正です。

製薬業界では、政府や都道府県の方針を踏まえジェネリック医薬品の生産を拡大していきました。ところが、その結果、不正製造が相次ぎました。それらのジェネリック医薬品を服用した患者からは、体調悪化の副作用も報告され、大きな問題となったのです。

しかし、製薬企業も、わざわざ不正製造をして、多額の利益を得ようとしていたのではありません。むしろ、製薬企業は、愚直に政府や都道府県の方針に基づいて生産拡大をしていたのです。それでは、なぜ不正製造は生じてしまったのでしょうか。そこには単なる組織のガバナンスの問題を超えた、製薬業界を取り巻く構造的な問題があったのです。第四章では、このような製薬業界の品質不正について考えていきます。

第五章では、軍事転用不正について取り上げます。軍事転用とは、わが国から海外に輸出された製品が輸出先の国において戦争やテロなどの軍事に利用されてしまうことを指しています。わが国では、これを防ぐために「外国為替及び外国貿易法」(以下、外為法)が定められており、近年ではその取り締まりも強化され、いわゆる外為法違反の事例も確認されるようになりました。

しかし、この外為法は、言わば抜け穴の多い「ザル法」とも呼ばれています。つまり、捜査機関が何を外為法違反と見なすか次第で、逮捕・起訴されてしまうものなのです。本書では、これによって冤罪の被害を受けた大川原化工機事件を取り上げ、どのような捜査が大川原化工機を冤罪に追いやったのかを考えていきます。また、捜査を主導した警視庁公安部による「正しさ」によってどのように大川原化工機が被害を被ったのか、また大川原化工機はどのような「正しさ」を対抗させたのかについて考えてみたいと思います。

第六章では、本書のまとめを述べていきます。まとめと言っても、ここまでに述べた事例をただ単にまとめるのではありません。むしろ、ここでは新たな考え方として、個人が「正しさ」を追求することで起きる「社会的雪崩(social avalanche)」を考えたいと思います。

個人の「正しさ」は、それが「正しさ」として認識される限り、組織不正の原因とは考えられにくいと言えます。それは周囲の人々にも「正しさ」として認識されているためでもあります。そのため、個人の「正しさ」の追求は、かえって個人、組織、社会を次々に瓦解させていくこともあるのです。それはまるで、雪崩が起きる現象に近いです。

このように「正しさ」を追求することは、一見すると組織不正の発生とは対極にあると考えられるものの、本書ではむしろそれが一つの現象であると考えたいと思います。そして、その「正しさ」の追求による社会的雪崩を防ぐためには、「正しさ」を複数的=流動的なものとすることが大事であると主張していきます。

例えば、取締役(会)や監査役(会)は、単一的=固定的な「正しさ」によって組織不正の温床となりやすいと考えられています。そのため、そこに複数的=流動的な「正しさ」を取り入れるべく、近年では女性役員の登用が注目されています。このような多様性をいかに確保していくのか、そして組織不正とどのように向き合うのかを考えてみたいと思います。

最後に、本書はこれまでの組織不正についての考え方を見直すことを通じて、組織不正という現象に対する新たな見方を提示したいと考えています。このような見方を取り入れることで、取締役や監査役を担う皆さん、その他にも企業や行政などで働く皆さんが組織不正に対してどう向き合っていくのかを、今一度考えてくだされば幸いです。

それ以外にも、本書は多少なりとも教育研究に関する要素も含んでいますので、教職員の皆さん、そして大学院生や学部生の皆さんにも是非ご覧いただければと思っています。

なお、本書は決して唯一の答えを与えようとするものではなく、むしろ皆さんと一緒に議論を行うための材料です。その点はご理解いただければと存じます。

目次

第 一 章  組織不正の危うさと正しさ
第 二 章  危うさの中の正しさ――燃費不正
第 三 章  正しさの中の危うさ――不正会計
第 四 章  正しさがせめぎ合うこと――品質不正
第 五 章  正しさをつらぬくこと――軍事転用不正
第 六 章  閉じられた組織の中の開かれた正しさ

著者プロフィール

中原翔(なかはらしょう)
1987年、鳥取県生まれ。立命館大学経営学部准教授。2016年、神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。同年より大阪産業大学経営学部専任講師を経て、’19年より同学部准教授。‘22年から’23年まで学長補佐を担当。主な著書は『社会問題化する組織不祥事:構築主義と調査可能性の行方』(中央経済グループパブリッシング)、『経営管理論:講義草稿』(千倉書房)など。受賞歴には日本情報経営学会学会賞(論文奨励賞〈涌田宏昭賞〉)などがある。

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