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青木幹雄、小泉純一郎、安倍晋三…彼らは参議院の重要性を熟知していた|倉山満

参議院は戦後、日本国憲法とともに誕生した第二院です。これまで日本で議論の中心になってきたのは「参議院は、要らないのではないか」というものでした。では、その議論のもとになる参議院の研究はどのように行われてきたのでしょうか。実は、それほどないのが現状です。本書で試みるのは、憲政史家の倉山満氏が、歴史的事実を踏まえて政治的な観点から「参議院とは何なのか」を、憲法学、政治学、歴史学の視点で明らかにするものです。発売を機に、本文の一部を公開いたします。

「参議院研究」って、意外とない

「第二院は第一院に賛成するなら不要。反対するなら有害」。

フランス革命を指導した政治家アベ=シェイエスの言葉です。一七八九年、フランス革命が勃発。その後の憲法制定に際し、一院制の議会制度にしようとして、二院制を批判した言葉とされます。もっとも、当のフランスでは一院制を採用した結果、議会が暴走し恐怖政治を招いたので、その後は二院制を取り入れていますが。

シェイエスの言葉はけだし名言です。日本の議会政治にも大いに当てはまり、今でも説得力を持ちます。

日本国憲法下での第二院、すなわち、参議院にもシェイエスの指摘した問題が常について回ってきました。

昭和の参議院は衆議院の「カーボンコピー」といわれるほどで不要でしたし、平成時代はほとんどの期間がねじれ国会であったために有害でした。平成二十四(二〇一二)年十二月に安倍しんぞうが総理大臣に返り咲いて以降は、どんな選挙を行おうが常に自民党が勝つので、参議院は再び不要に戻ってしまったと思われてきました。

参議院は要らないのではないか。これが参議院の存在をめぐる議論の中心です。

では、議論のもとになる参議院の研究は、これまでどのように行われてきたのでしょうか。

参議院の通史に関しては、参議院自身が出版した『参議院50年のあゆみ』(一九九七年)と『写真でみる参議院六十年のあゆみ』(二〇〇七年、非売品)の二冊、そして竹中はるかた氏の『参議院とは何か』(中央公論新社、二〇一〇年)くらいしか見当たりません。参議院研究って、意外とないのです。もちろん個々の史実に関してはそれなりにあるのですが、参議院全体を俯瞰する研究はほとんどありません。

参議院が出した二冊は参議院の誕生からそれまでのあゆみを時系列で記し、事実と書いてもよい建前に終始していて、一種のデータブックのような内容となっています。特に『写真でみる~』のほうは写真をふんだんに使った構成です。付属のDVDにはコンパクトにまとめたドキュメンタリー番組仕立てになった二十分強の映像で、日本語と英語でナレーションが入っています。

一方の竹中氏の著作は発表媒体が中公叢書であり、学術論文的な記述で参議院そのものが描かれているものの、参議院を取り巻く肉付けの部分に物足りなさを感じざるを得ません。そりゃ、中公叢書で血沸き肉躍る作品は出せないでしょう。「学者が書く叢書」である性質上の限界というしかありません。また、現代史に関しては平成二十二(二〇一〇)年から平成二十五(二〇一三)年までに重要なことが起きているのですが、残念ながらそれ以前の二〇一〇年出版の竹中氏の本では扱い得るはずがありません。

二〇一三年以降、参議院がまた「カーボンコピー」に戻ったとはいえ、そこにはまったく重要なわけではない隠れたファクターがあるにもかかわらず、それに対するまともな言及がないのは参議院研究の薄さを物語っています。

この本では二〇一〇年以降も扱うのはもちろん、竹中氏が踏み込めなかった参議院周辺により深く迫り、現代史における重要なファクターに切り込んでいきます。

著者プロフィール

倉山満(くらやまみつる)
1973年、香川県生まれ。憲政史研究者。(一社)救国シンクタンク理事長兼所長。96年、中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程を修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤研究員として、2015年まで同大学で日本国憲法を教える。著書に『検証 財務省の近現代史』『検証 検察庁の近現代史』『検証 内閣法制局の近現代史』『歴史検証 なぜ日本の野党はダメなのか?』(以上、光文社新書)、『政争家・三木武夫』 (講談社+α文庫)など多数。現在、「倉山塾」塾長、ネット放送局「チャンネルくらら」を主宰、積極的な言論活動を展開している。

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