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55歳以上の労働者は31%! 日本の職場が見落としていること|石山恒貴

日本のパラレルキャリア研究の第一人者としてご活躍されている法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴さん。近年では「人生100年時代」を視野に入れ、ミドルシニアが活躍するための研究・情報発信にも精力的に取り組まれています。そんな石山さんは、このたび『定年前と定年後の働き方』を上梓されました。これまで日本では、シニアの働き方に対して組織側の施策に焦点があたることが多く、個人の働き方としてどのような戦略をとるべきかについてはあまり論じられてきませんでした。また「定年後の生き方」を解説するものは多く見受けられますが、継続して働き続ける方法を解説したものは少ないのが現実です。「定年前と定年後」をどう働くのか――。ここでの働き方に「人生でもっとも充実した幸福な時期を実現する可能性がある」と説く石山さんによる、これまでにない一冊です。発売を記念して、第1章を特別に公開いたします。

職場の中核となるシニア

少子高齢化と長寿化の進行により、シニアの働き方への見方を根本的に変える必要が生じている。総務省「労働力調査」によれば、2021年の労働力人口で、55歳以上の労働者の比率が31・0%に達している。つまり、日本の職場の3割以上は55歳以上の労働者で占められていることになる。シニアの活躍こそ、日本を支えることになる。しかし、これまでの日本の実態では、シニアの働き方を補助的なものとしか考えていなかった。それを象徴する言葉が「福祉的雇用」である。

福祉的雇用とは、経済学者の今野浩一郎が唱えた言葉だ。企業はシニアが職場の戦力として中核になるとは、さらさら考えていない。しかし、社会的責任としてシニアを雇用する必要がある。そこで、本当は職場で、さほど必要とされていない業務を作り出し、しぶしぶシニアを雇用する。これが、これまでの福祉的雇用の意味だった。これからの日本社会では、一刻も早く福祉的雇用の考えを脱し、シニアを職場の中核と考える必要があるだろう。この福祉的雇用の考えを引きずってしまうと、エイジズムの問題に陥ってしまい、事態はさらに悪くなる。

エイジズムとは何か

セクシズムという言葉が性差別を意味することを知っている人は多いと思う。それに対し、エイジズムは年齢差別を意味する。加齢すること、その中でも典型的にはシニアに対する偏見がエイジズムである。都市社会学や社会老年学を専門とする原田謙によれば、エイジズムのような偏見はステレオタイプとも呼ばれる。エイジズム、すなわち年齢ステレオタイプは身体化するとされる。つまり、自分の中で無意識に偏見が根付いていく。年齢ステレオタイプは若いうちから内面化し、無意識に自分自身に影響を及ぼす。恐ろしいことに日本の調査では、加齢に関する否定的なステレオタイプをもつこと、つまりシニアに対するエイジズムをもつ者は、短命化が予測されていたという。つまり若い時にシニアに対する偏見をもつと、自身がシニアになった時に内面化された年齢ステレオタイプが自分に影響を与えてしまい、寿命にも悪影響を与えてしまうのだ。因果応報といえばそうだが、なんとも悲しい結末である。

筆者は人材育成の研究者であるため、企業で管理職研修を行うことも多い。残念ながらそのような時に、エイジズムをもつ若い管理職の発言を聞くことがある。最近の企業では、シニア世代の社員の比率が多くなっている。そうなると、若い管理職が年下上司となり、年上部下を持つことは珍しくない。研修でリーダーシップを考えるグループ討議をすると、若い管理職は次のような本音を漏らすのだ。

「正直やってられませんよ。管理職は予算を達成しろ、コンプライアンスを守れ、パワハラをするな、部下に残業をさせるなと会社から無茶な要求ばかり。そのうえ、部下は年上ばかりなんです。あのシニアの年上部下たちは困ったものです。全然使えない。過去の経験にしがみつき、新しいことを学ぶ気もなくて、主体性もない。自分ばかり年上部下を押し付けられて、たまったものではありません」。

管理職が多忙であることは、そのとおりだろう。しかし部下が年上であるという理由だけで使えないと決めつけることは、まさにエイジズムだ。そして筆者が気になったのは、この若い管理職の行く末だった。人は誰でも平等に年を取る。この若い管理職もいずれシニアになっていく。会社組織においては、社長にでもならない限りは自身が年上部下になる可能性が高い。

自身が年上部下になった時、若い管理職にシニアへの偏見(年齢ステレオタイプ)が内面化されていたらどうなるだろう。自己嫌悪に陥るなど、自分自身へダメージを与えてしまうことになるのではないだろうか。セクシズム(性差別)やレイシズム(人種差別)の場合、差別する側と差別される側の関係は変わりにくい。しかしエイジズムに限っては、加齢への偏見を持つ人は、いずれ自分が偏見を持たれる側へと変わってしまう運命にある。結局、偏見を持つと一番損するのは自分自身ではないだろうか。セクシズムやレイシズムが内面化された人も、他者を傷つけると同時に、最終的には自分を傷つけることになると筆者は考える。

無意識に思い込むという偏見(アンコンシャス・バイアス)

しかし厄介なことは、偏見は無意識に醸成されていくということだ。その結果、本人はそれが偏見と気づいていないことがある。こうした偏見は、無意識の思い込み(アンコンシャス・バイアス)と呼ばれる。

シニアに対するエイジズムは、アンコンシャス・バイアスとして形成されてしまっている可能性が高い。その原因として筆者が気になるのは、メディアなどによる特定の年代・性別などの対象層に関する面白おかしいネーミングだ。これは、シニアに限らない。たとえばリクルートワークス研究所の古屋星斗は、「Z世代、ミレニアル世代、ゆとり世代、就職氷河期世代、新人類」といった世代論、すなわち「イマドキの若者論」は皮相的だと批判している。実際、バブル時代の新卒入社で会社員となった筆者は、当時「新人類」と呼ばれた。「新人類は残業よりデートを優先する」「新人類は会社より私生活を大事にする」などと、奇妙な存在だと思われたものだ。ところが新人類は、今や「バブル世代」と呼ばれ、Z世代やミレニアル世代など「イマドキの若者」を抑圧する管理職の象徴になってしまっている。

Z世代やミレニアル世代は上司から仕事のフィードバックを求める、承認を求める、「いいね」が好きといわれる。しかしそもそも、どの世代だって、フィードバックも承認も「いいね」もほしいのではないだろうか。そしてどの世代だって、私生活は大事にしたいのではないだろうか。

若者を一括りにした偏見も、年齢を基にした偏見であり、エイジズムであることには変わりない。そしてシニアの場合は、どう考えても差別的としか思えない「シニア男性の働き方を揶揄する呼び方」がWEB上に溢れている(本書では、その呼び方を記載することは避けたい)。筆者があるメディアの人にお聞きしたところ、その呼び方をWEB記事に使うとPV(ページビュー)を稼げるので、今までは積極的に使ってきたそうだ。しかし最近、これは差別用語だという認識に変わり、そのメディアの企業では一切使わないことになったという。

特定の年代・性別などの対象層の特徴を一律に決めつける呼び方を繰り返し聞かされた人々は、それが客観的な真実だと知らず知らずに刷り込まれてしまう可能性があるだろう。そうなるとアンコンシャス・バイアスにつながってしまう。

自己成就予言と
ピグマリオン効果がシニアに与える影響


エイジズムとアンコンシャス・バイアスは、シニアの働き方に悪影響を与える。その背景にあるものが、自己成就予言と(悪い)ピグマリオン効果である。

アンコンシャス・バイアスのような思い込みが自分に影響を与えてしまう現象は、自己成就予言と呼ばれる。自己成就予言は社会学者のロバート・K・マートンらが中心的な提唱者として知られている。自分はそうなってしまうと考えて行動していると、本当にそうなってしまう、ということを意味する。たとえば組織内の働き方でいうと、周囲から高い期待があるとそのとおり高い成果を達成し、低い期待をされると低い成果しか達成できなくなるメカニズムがこれにあたる。なぜそうなるかといえば、低い期待をされると、防衛的に努力を行わないようになっていき、かつ失敗に対する不安が高まるため、挑戦的な行動もできなくなってしまうからだとされている。

これに似た概念がピグマリオン効果だ。この効果はギリシャ神話に基づくオヴィディウスの物語から命名されている。キプロスに住むピグマリオンは、自分で彫刻した女性の像に恋してしまい、あたかも本当の人間のように扱う。そしてその女性像が人間になると信じ続け強く願ったところ、ヴィーナスがその願いを聞き入れ、女性像を人間にする。そしてピグマリオンはその女性(ガラティア)と結婚し、幸せに暮らしたという。この物語が心理学者のロバート・ローゼンタールの研究で、教師など他者に期待された生徒の成績が向上したという研究の効果を説明するように使われることになったのだ。

自己成就予言は、悪い結果を実現する時に使われることが多い。ピグマリオン効果は良い結果に使われることが多いが、シニアの働き方への悪影響に使う場合は「悪いピグマリオン効果」というべき状況の説明になるだろう。
前述の若い管理職のように、上司がシニアとは「過去の経験にしがみつき、新しいことを学ぶ気もなくて、主体性もない」存在だと偏見を持っていたらどうなるだろう。そこまでの偏見はなくとも、人事部や上司は「シニアとは能力が衰えていく存在」とみなしているかもしれない。だからこそ福祉的雇用のように、職場の中核となる仕事を与えてこなかったのかもしれない。そして、「もう第一線の仕事はしなくていいから、若手への技能・技術継承だけやってください」と指示してしまうかもしれない。このような低い期待は、シニアに自己成就予言と悪いピグマリオン効果をもたらし、モチベーションを低下させ、実際にも低い成果につながる危険性があるわけだ。

シニアとは、
能力が一方的に衰えていく存在ではない

しかしそもそも、シニアの能力が一方的に衰えていくという見方に根拠はあるのか。加齢と能力の関係を説明する有名な論文に、知能を結晶性知能(crystallized intelligence)と流動性知能(fluid intelligence)に分類したものがある。結晶性知能とは、言語能力など長年の経験によっていう蓄積していく知能であり、加齢によっても衰えにくい。他方、流動性知能は処理のスピードなど、新しい環境に対応することに適した能力であり、若い時にピークとなり、その後は低下していく。このように当初の研究段階では、シニアにとっては流動性知能の低下を結晶性知能で補うことが重要とされた。しかし、結晶性知能も流動性知能も定年前後の60代では高く維持され、明確に低下していくのは80代以降だとする研究も示されている。

またシニアの体力面の向上も続いている。現在はスポーツ庁が実施している「体力・運動能力調査」は1964年以来実施されているが、50歳台後半、65歳から79歳の年代の体力・運動能力の上昇傾向は続き、元気なシニアが増えているという。

これらのデータを見る限り、定年年齢の60歳以降に急にシニアの能力が衰えるという見方は非現実的であることがわかるだろう。まして定年前の50歳台なら働き盛りとさえいえる。シニアの働き方の問題とは能力の衰えというよりも、エイジズムとアンコンシャス・バイアスに起因する自己成就予言と(悪い)ピグマリオン効果だったのではないだろうか。

「抑うつに陥らないこと」と
「経験への開放性」が重要

加齢に伴い知能を高く維持する要因として、生涯発達心理学を専門とする西田裕紀子は2つの要因が重要であると指摘している。第1の要因は「抑うつに陥らないこと」である。抑うつは結晶性知能と流動性知能の両方に悪影響を与える。第2の要因は「経験への開放性」をもつことである。経験への開放性とは、好奇心旺盛で新しい経験を歓迎する心理特性である。経験への開放性があると結晶性知能に好影響がある。

この西田の指摘は、シニアにとっては心理的な要素が重要であることを示している。

そして「抑うつに陥らないこと」と「経験への開放性」は、シニアの働き方思考を実現するための方法と共通した特徴がある。この共通性については後の章で詳しく述べたい。

本章をまとめると、以下が要点となる。

シニアの能力は、一方的に衰えるものではない。
シニアに関するエイジズムとアンコンシャス・バイアスは、自己成就予言と(悪い)ピグマリオン効果による悪影響がある。
シニアの知能を高く保つコツは「抑うつに陥らないこと」と「経験への開放性」。
つまり、シニアにとっては心理的な要素としての「働き方の思考法」が重要。

目次
【第1章】シニアへの見方を変える ── エイジズムの罠
【第2章】幸福感のU字型カーブとエイジング・パラドックス
【第3章】エイジング・パラドックスの理論をヒントに働き方思考法を変える
【第4章】主体的な職務開発のための考え方── ジョブ・クラフティング
【第5章】組織側のシニアへの取り組み
【第6章】シニア労働者の働き方の選択肢
【第7章】シニアへの越境学習のススメ
【第8章】サードエイジを幸福に生きる

著者プロフィール
石山恒貴(いしやまのぶたか)
1964年新潟県生まれ。法政大学大学院政策創造研究科教授。博士(政策学)。NEC、GE、ライフサイエンス会社を経て現職。越境的学習、キャリア形成、人的資源管理等を研究。日本労務学会副会長、人材育成学会常任理事。主な著書に『越境学習入門』(共著、日本能率協会マネジメントセンター)、『日本企業のタレントマネジメント』(中央経済社)、『地域とゆるくつながろう!』(編著、静岡新聞社)、『越境的学習のメカニズム』(福村出版)などがある。

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