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いきなり小旅行 〜千葉編〜|パリッコの「つつまし酒」#185

なくした財布を受け取りに

 お恥ずかしい話なんですが、人生で2度目となる「財布をなくす」という失態をやらかしまして……。
 久しぶりに酒場を取材する仕事の帰り道、いつもよりさらにぼーっと、総武線で家へと向かっている途中のことでした。なんらかの用事で電車内で財布を取り出し、しまったカバンのポケットのチャックを中途半端に閉めたかなんだかで、そのまま落としてしまったのでしょうか。
 電車を降りてそのことに気づき顔面蒼白となり、JRのサイトで落としものについて調べてみると、最近のサービスの進歩ってすごいすね。「お忘れ物チャット」というのがあって、24時間いつでも、問い合わせたい忘れものの特徴やらなんやらを入力し、探してもらうことができるらしく。そこに情報を入力し、とりあえずクレジットカードだけは止めて、待っていてみていると翌日、信じがたいことに「お客様のお忘れ物が見つかりました」というメールが!
 届いていたのは、なんと総武線の終点、千葉駅。そこまで誰に拾われることもなく、心優しいどなたか、もしくは駅員さんが見つけてくださったのか。しかも、万が一見つかったとしても、お金はあきらめるしかないよなぁ、せめて免許証や保険証が無事であれば……と思っていたのに、なんと現金までそのまま入っているという。絶望からの希望。なんてありがたいことなんだ。というわけでその日は思いっきり前倒しで仕事をがんばり、その翌日、地元の練馬区から片道約1時間半の千葉駅へと向かったのでした。
 午前中から出かけていって、無事財布を受け取ってひと安心。「お忘れ物承り所」のあった西口方面から千葉の街並みを眺めていて気がつきました。あぁ、この、横浜とか横須賀とかの港街とも雰囲気の違う、独特の荒涼とした風景。妙に旅情を感じるなぁ……。あれ? そういえば今の自分、急にめっちゃ遠出してない? 人生で数えるほどしか来たことのないこの千葉駅に前回やって来たのは確か、愛する駅弁「トンかつ弁当」を買うだけのために訪れた、約1年半前。突然気がついたんですが、これってもはや小旅行じゃないですか。「いきなり小旅行」と名づけてもいい状況かもしれない。
 なんつったって、こっちには財布がある。急に気持ちのモードが切り替わったぞ。せっかくだからちょっと、千葉の街を旅行気分で散策して帰っちゃおうかな。うんうん、そうしよう!

千葉駅西口

名物料理をつまみに昼飲みを堪能

 あまり土地勘がないのでそのまま駅を出てみると、周辺には数軒の飲食店があるばかり。逆口はまた雰囲気が違うのかもしれないけど、これはこれでいい侘しさだ。ランチ営業をしている居酒屋の前に千葉県の郷土料理「さんが焼き」ののぼりが立っていたりして、旅情がぐっと盛り上がります。ここに入ろうか、それとももう少し散策してみようか。

千葉にいるんだなぁ
「ホットとん」ってなんだろう?

 なんて駅周辺をふらついていると、全力でさんが焼きが推されている「こっから!」という店を発見。大量ののぼりが景気いいし、看板の「千葉市観光協会認定店」の文字も、いかにもでいいじゃないですか。もっと本気の旅行であれば、意地になってでも地元で古くからやってるような店を探すのかもしれないけど、今日はあくまで“いきなり小旅行”ですからね。こういうお店で、あえての観光っぽさを味わうの、ありでしょう。

「こっから!」

 と、店頭のメニューを見てみると、これが思いのほかそそられる。

い、いいじゃない

「本日のなめろう」だけで3種類、「本日のさんが焼き」が2種類、その下の「茹でおおまさり」ってなんだ? わかんないけど気になる〜(検索してみたところ地物の落花生のようで、せっかくだから食べときゃよかった!)。さらに今はランチタイムらしく、 4種類のランチセットが提供されているようです。ラインナップはこちら。

・本日の日替り 若鶏の唐揚げとお刺身定食(税込み850円)
・アジフライ刺身定食(980円)
・こっから御膳(1250円)
・さんが刺身定食(1250円)

 日替わり、安いな〜。近所にあったら通う。けれども、店名のついた「こっから御膳」。これが、刺身3点盛り、天ぷら、さんが焼き、小鉢、香の物、ごはん、お椀、という盛り沢山な内容で、かなりお得かつ初心者向けっぽいですね。この地では僕はおのぼりさんであることだし、今日はそれにしてみっか!
 と入店し、こっから御膳とホッピーセットを注文。

「ホッピーセット」(520円)

 何度も言いますが、なくした財布が見つかったという最高にハッピーな状況のなか、ぐいっ……っか〜! なんて言いながらホッピーを飲んでいると、もう、幸せすぎますね。そんななか、こっから御膳も到着。

「こっから御膳」(1250円)

 いやいやいや、おいおいおいおい、え〜? 本当に? これが全部で1250円? いや〜、いやいや。ちょっと信じがたいぞ。
 だってさ、千葉名物のさんが焼き。これが、旅館みたいなあの直火炙りの器で出てきて、加えて天ぷらに、各種小鉢に、大ぶりのあさりたっぷりのお味噌汁に、ごはんに、刺し盛り。でさ、その刺し盛り、メニューには確か「刺身3点盛り」と書いてあったはずなんですけど、皮目が炙られた鯛が2切れ、太刀魚かとみまごうほどにピカピカのいわしが2切れ、海老、ブリ、あとはなんだ、サワラかな? つまり、あきらかに5点盛りなうえ、いかの塩辛までついてるんですよ。ちょっとやりすぎじゃない? 千葉県さん。そんなに優しくされたら、また来ちゃうよ?

さんが焼き
天ぷら
刺し盛り
この脂の乗りよ
あぁもう、最高

 ひとまずさんが焼きをじりじりと炙りつつ、お刺身や小鉢や天ぷらをおかずにごはんをほおばりつつ、ホッピーをぐびぐび。きっと全部が千葉産ってことはないんだろうけど、どう考えてもまず、刺身がうますぎる。これは旅先の味だ。天ぷらの揚げ具合も最高。海老に、なすに、もうひとつ小ぶりなのはなんだ? と思ったら、黄色いパプリカか。これがシャキッと甘くてまたいいな。

さんが焼きが焼けた

 で、さんが焼き。メニューに2種類あったけど、これはたぶん「はがつお」のほうなのかな? 大葉で巻いてあって、バターが添えられていて、それを目の前で炙る。その時点で優勝じゃないですか。香ばしく焼けたそいつをがぶっとかじると、さんが焼きっていわゆる、なめろうを焼いたような料理ですよね? その、なめろうのまったりとろりとした感じをイメージして食べるとちょっと面食らうと言うか、これ、和風魚肉ハンバーグだ。その弾力が心地よく、ひと噛みごとにじゅわっと魚の旨味があふれて、ごはんにもホッピーにも合いすぎる! おそるべし、こっから! 夜の居酒屋営業時にもまたじっくり来てみたいお店をひとつ、知ることができました。

そして海へ

 大満足し、その後は腹ごなしの散歩がてら、せっかくだから海でも見て帰ろうかと「千葉みなと」駅方面へ。これは前回トンかつ弁当を買いに来た時と同じコースですね。

このモノレールの感じが千葉なんだよな
練馬区にはないスケール感の「千葉市役所」
良さげな居酒屋もいろいろあるな〜

 と、海に向かって歩いていると、前方に気になるタワーを発見。スマホの地図で調べると、どうやら「千葉ポートタワー」という建物らしく、展望台やカフェやおみやげ屋まである観光施設のよう。へ〜! いいな! 千葉にもタワーがあったんだな。

「千葉ポートタワー」

 これはぜひ寄ってみようと、その根元まで行ってみます。ところが、入り口がまったく見当たらず、ただただそこに建っているだけの、まるでモノリスのような塔。

潔いデザインだな
一周するも入り口が見当たらず

 運悪く定休日なのかな? と思ってあきらめて退散したんですが、あとから調べてみたところ、実はこの塔の建っている丘をちょっと下ったところに入り口があるそうで、一部では「入り口がわかりづらい」という評判もあるタワーのようです。じゃあ、やってたんだ! 悔しい! そうとわかれば絶対にまた来たいし、千葉ポートタワーさん、よけいなお世話かもしれませんが、「入り口はこの下」みたいな看板、わかりやすいところに建てておいたほうがいいと思いますよ!
 ただまぁ、せっかくなのでとそのまま海のほうまで行ってみましょうかね。と、たどり着いたのは、なんと砂浜の海岸。

ビーチだ!

 今朝、目が覚めた時には来ることを想像もしていなかった、突然のビーチ。これはテンション上がります。

冬の海は水がきれい

 で、自分のファインプレイっぷりを褒めたいことに、ここまで来る途中、コンビニで1巻、缶チューハイを買ってあったんですよ。それをここでプシュッと開けて、海を眺めながらのんびりと飲む。その時間の優雅なことといったら……。この感じ、いきなり小旅行じゃなかったら絶対に味わえていなかったよなぁ。いやぁ、財布もなくしてみるもんだわ。

いい時間

 というわけで海辺で30分ほどぼーっとし、帰路についたわけですが、家に帰ってもまだ夕方。ふり返ってみるとなんだか夢のなかの出来事のような、不思議な1日を過ごさせてもらいました。
 みなさんもぜひ財布をなくしましょう! とはもちろん言いませんが、予定のない休日に、突発的にふだん行かない土地に行ってみる、いきなり小旅行、これは本気でおすすめですよ。

次回はあの遊覧船にも乗ってみよう


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パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。2021年8月には、新刊『つつまし酒 あのころ、父と食べた「銀将」のラーメン』を上梓! また、『ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある』(スタンド・ブックス)『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)、『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。
Twitter @paricco

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