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「バンドってウスバカゲロウみたいに儚いものなんですね。」――『平成とロックと吉田建の弁明』より④

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第4章 バンドの限界――浅草昼飲み

警戒心

 吉田とこの対話を始めてすでに数ヶ月が経過していた。年を越えて季節はすでに春になりかけていた。

 吉田と僕の関係はというと、同じサークルの先輩後輩の関係に似てきていた。というのも、回を重ねるごとに、特定の話題について、LINEでやりとりを繰り返し、内容を深掘りして議論する関係となっていたからだ。しかし、大事なことを話すのは必ず対面で、そして口頭で、という不文律が2人の間にはできるようになった。その理由は、それをコンテンツとしてまとめていくという共通のゴールがあることと、理由が見当たらないのだが、Fが同席することが必須条件となっていたからだ。

 4回目となるこの日の待ち合わせは浅草とした。今回は僕の提案である。

  回を経るごとに、吉田の、この本への愛着は増しているように見えた。少しずつ心を開いてくれているように感じる一方で、だが、吉田の語り口は、確実に、よりセンシティブなものに変化しているようにも見えた。

 それを感じるようになったのは、「劣等感」という言葉を吉田が使ってからだった。

 自分はロック界の人間ではなく、アイドルをプロデュースするポップス界の者だというニュアンスの発言がたびたびあったが、それはロックミュージシャンという人々と自分の間に、何か一線を画したいという主張にも聞こえた。その原因は、吉田が内面に抱える「何か」にあるように思えた。

  しかし、それだけが原因とは僕は思っていない。

 僕が投げかける話題の矛先が、「音楽」そのものから少しずつ、「吉田建」という人物に向いてくることへの違和感、あるいは警戒心のようにも思えた。そしてそれが、彼の僕に対する印象そのものにもなってきていることを感じていた。話題が少しずつ、本書のそもそもの企画意図からずれてきていることは、僕も認識していた。にもかかわらず、なぜ、そのズレを修正しないのか、自分でもわからなかった。

  浅草は、昼飲みの街として知られる。路面の立ち飲み屋は、暖かい週末の日中はとくに、あちこちから集まった昼飲み好きで路上のテーブルが占拠される。

 そんな常連の中に、豚をつれたおじさんがいる。なんで巨大な豚を路上で散歩させているのか、と聞いたところ、彼が言うには、ペットショップに犬を買いに行ったにもかかわらず、勧められて子豚を買ってしまったのだそうだ。元は可愛い子豚だったが巨大化し、いつしかこの辺りの名物になってしまったという。

 その豚の名は「とんかつ」というのだが、路上で立ち飲みをしながら、テーブル下には巨豚がいるという奇妙な風景も、おそらくこの辺りならではの日常となっているのだろう。

 このエピソードなどとともに、立ち飲み屋で昼飲みでの対話の提案をしたのだが、残念ながらこの日、とんかつくんの姿はなかった。

人間関係がボトルネック

斎藤「みんな楽しそうに飲んでますね。」
吉田「日本人はどうしてこう、わざわざ狭いとこに集まって飲みたがるんだろう。」
斎藤「対面で会わなくても用が済む時代だからですかね?」
吉田「会わなくて済むのになぜ会うの?」
斎藤「会う理由が減って、会いたい気持ちが満たされないんじゃないですか?」
吉田「あ、その傾向、バンドにも出てきてる。」
斎藤「どういうところに?」
吉田「デジタル化のせいで『演奏』という行為そのものがすごく縮小してしまっているのさ。」
斎藤「縮小?」
吉田「そう。一人で演奏できるようになっちゃったからさ。他人とコラボする機会を、逆にすごく探してるのよ。」
斎藤「あ、逆にDJがブースで一人でやってる方が今の若者には楽なんだ? 映画『ボヘミアン・ラプソディ』で、ソロ活動を始めたフレディ(・マーキュリー)が、クイーンに戻ってくるシーンがありましたね。レコーディングしててもイエスマンばかりでつまらん、と言う。」
吉田「僕は自分のバンドを持ったことがないからさ、あまり言えないんだ。けど、そのメンバーがいるから、みたいなダイナミズムは、かつてのバンドにはすごくあったよ。メンバー全員でオリジナルな音を追求してきた、という一体感は、デジタル技術のせいであまり見かけなくなったし。」
斎藤「なんでもお金で買える時代になればなるほど結婚しない人が増えているのに似ている感じですかね?」
吉田「そりゃそうでしょ。独身でいる方がラクという人、急増しているもん。人間関係がうざくなってくるのは、バンドに限ったことじゃないよ。実際さ、プロデュースを手がけたバンドの中には、あからさまにメンバー関係が悪いというのもあったもん。」
斎藤「そういうバンドは長持ちしない?」
吉田「しない。」
斎藤「バンドは、人間関係がボトルネックなんですかね。」
吉田「どんなに才能があっても残念ながら、そうなんだよな。」
斎藤「バンドが分裂した時に、去る側と残る側は誰がどうやって決めるんですか?」
吉田「知名度によっていろいろあるよ。ボーカリストの知名度だけがやけに高いバンドもあれば、ビジネス感覚に秀でたバックメンバーがいるところもあるし。」
斎藤「あ、それ、ありました。昔、キッスが再結成したばかりの頃、ジーン・シモンズ氏とゲームの打ち合わせで直接お会いしたことがあるんですよ。で、打ち合わせの休憩時間に、このあたりについて聞いたんですよ。」
吉田「なんて聞いたの?」
斎藤「エース(・フレーリー)と(ピーター・)クリスだけ、なんでバンドを去ったの?と」
吉田「へぇ。で、なんて答えてた?」
斎藤「アル中だったり仕事しないから2人はクビにした、とジーン・シモンズが言ってたのがとても印象的だった。」
吉田「クビ? その表現、やけに直接的だわ。」
斎藤「分裂でも、脱退でもなく、firedって言いましたからね。バンドを組織として考えるようになったきっかけはジーンのこの発言でした。」
吉田「ストーンズなんかは、今でも、ミック(・ジャガー)とキース(・リチャーズ)はツアー中、家族を連れてのホテルワンフロア貸し切りだそうだけど、他のメンバーはそうじゃないと聞くよ。」
斎藤「確かに、ストーンズも存在感ではこの2人ありき、のバンドだけど、もしそれが本当の話だとすれば、そこは公平にいってほしいですね。バンドも契約書で、誰が取締役で、権限がどう、とか決めてあるんですかね? 同級生同士で作ったケースなんか、どうするんだろう?」
吉田「残念ながら、実際にどんなにいいバンドでも、解散理由はそのあたりみたいだよ。音楽性の違い、なんてのは二の次。とにかく本人同士の好き嫌い、だよ。イーグルスもそうだしね。」
斎藤「バンドってウスバカゲロウみたいに儚いものなんですね。」
吉田「その儚さってのはさ、確かにバンドの面白さかもしれない。俺側の立場で言うことじゃないかもしれないけど。」(続く)


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