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朝日エース記者が徹底取材!日本郵政を腐らせた真犯人の正体

日本郵政グループは、2021年に郵便事業の創業から150年を迎えました。しかし、従業員40万人を超える巨大組織は「腐敗の構造」にはまって抜け出せずにいます。実際、近年では、かんぽ生命の不正販売、内部通報制度の機能不全、ゆうちょ銀行の不正引き出しと投信販売不正、NHKへの報道弾圧、総務事務次官からの情報漏洩と癒着など、数多の不祥事が発覚しました。一連の事象の底流には何があるのでしょうか。スルガ銀行や商工中央金庫による大規模不正事件など、金融業界の不祥事を追及してきた朝日新聞経済部の記者・藤田知也さんは、このたび『郵政腐敗 日本型組織の失敗学』を上梓しました。本書の「はじめに――日本企業の悪弊の縮図」を公開いたします(一部アレンジしています)。

こんな会社に誰がした?

 生真面目な郵便局員が実績と手当を稼ぐため、独り身の高齢女性をつけ狙い、欲しくもない保険を売りつける――。
 そんな事例をひとつ目(ま)の当たりにするだけで、普通の感覚なら相当なショックを受けるはずだが、日本郵政グループの経営幹部たちは悠然としていた。

 2018年春のNHK番組で、70代後半の女性顧客が強引に保険を売りつけられたと訴え、「郵便局は嫌。信頼できない」と悔しそうに語る姿が放映された。


 だが、郵政グループは報じられた被害者の話を聞き直すこともなく、被害をただ漫然と放置した。あれはごく一部の悪質な事例なんだと、調べもせずに都合よく決めつけ、不正を防ぐための対策は万全なのだとアピールもしてみせた。
 そもそも一つや二つの事例を持ち出し、まるで郵便局員全員が悪いかのように言うのは偏向報道だ、と逆ギレする幹部さえいた。

 狂った感覚だと言うほかない。

 すでに郵便局の現場では、顧客のニーズや利益を無視した保険販売が横行していた。インストラクターと呼ばれる指導役が不正な手法を広め、入社してすぐに教わる不正販売こそ〝正しいやり方〟と信じ込む郵便局員を育てて野に放っていた。主要幹部が共有するデータには、不正と疑われる契約が年に万単位で出現し、NHKの報道後も拡大していた。

 顧客からの苦情で不正がバレそうになっても、郵便局員が否認すれば不正とは認めず、金融庁にも届けないという末恐ろしい運用がまかり通った。お金だけはあっさりと返し、被害者をなだめることが〝救済〟だと放言する経営者もいた。根拠のない楽観論にすがる一方で、NHKには経営陣が率先して熾烈(しれつ)な抗議を展開し、続報が出るのを封じ込めた。

 組織を挙げて不正の隠蔽と矮小化を重ね、問題が表面化するのを無理やり抑え込んだ。その結果、不正が膨れ上がり、顧客や現場の郵便局員の不満と怒りが限界を超えて噴出する事態にまで発展したのだ。

 こんな会社組織が一体どのようにして形成されるのだろうか。

「不祥事を起こす企業」の共通項

 東芝やオリンパス、日産自動車、神戸製鋼所、関西電力といった日本の伝統的な〝一流企業〟で近年、大規模な不祥事が相次いで発覚している。

 そこには、いくつかの共通項が見て取れる。

 終身雇用を背景にした組織の「同質性」があり、異なる意見や考えを許さない「同調圧力」が働きやすい。上司の顔色を気にして行動する「忖度(そんたく)」がフル回転し、歪(ゆが)んだ「上意下達」が形成されやすい。「縦割り」や「前例踏襲」「お役所仕事」「指示待ち」といった特徴も積み重なり、組織をじわじわと腐らせていく。
 古びた成功体験を引きずる経営者が、環境変化に適応できず、無理な数字や目標を無邪気に掲げる。根っからの「ノルマ体質」や「数字至上主義」にも煽(あお)られて不正が誘発され、やがて感覚が麻痺して当たり前になっていく。
 東証一部上場の一流企業だけに、コンプライアンスや企業ガバナンスといった取り組みには積極的だ。立派な肩書の社外取締役を迎え、もっともらしい部署が定期的に会議を開くが、こだわるのは「形」ばかりで、見た目は〝一流〟でも中身がともなっていない。ルールも形式的に守られることが重視され、少しでもはみ出ると叱責を招く一方、ルールすれすれの行為で問題が生じても見過ごされやすい。せっかくの監査体制も見せかけの「はりぼて」で、不祥事を予防する機能が備わっていない。

日本郵政――日本企業の悪弊の縮図

 そうした旧来型の日本企業の悪弊を詰め込んだ「縮図」となっているのが、全国の郵便局を束ねる日本郵政グループである。

 グループの一翼を担うゆうちょ銀行でも、預けたお金を理不尽に奪われる被害を長く放置していたことが発覚した。経営陣が雁首(がんくび)をそろえる会議で報告を受けながら、被害者を救おうと誰も言い出さない構図は、かんぽ生命ともよく似ている。全国で数百人の管理職社員がウソの記録を捏造(ねつぞう)しまくる不正が発覚し、実態や動機を本社幹部が覆い隠そうとする事例もあった。経営者の資質の問題ばかりでなく、ミスや間違いを決して認めないメカニズムが上層部の間にも働いているようだ。

 浮世離れした感覚は、官営の時代が長く、要職の多くを旧郵政キャリア官僚が占めることも無縁ではない。間違いやミスは許されないという思想のもとで、上の言うことは否定せず、何があってももっともらしく打ち返す答弁能力が評価される「官僚体質」が今も健在だ。
 ノンキャリの職場も同様で、「協調性」や「絆」を合言葉に、組織の和を乱す行為は疎まれる。「指示は絶対」と言わんばかりの重圧がある。間違った指示でも、同調しなければ職場に居づらくなる。おかしいと思っても声を上げられない空気が、本社や支社から現場の郵便局にまで行き渡っている。
 一部の職場には「体育会気質」が残り、パワハラの温床となっている。罵声や怒声は当たり前、モノが飛ぶことも珍しくない。熾烈な圧迫で恐怖政治が敷かれると、「怒られないこと」が最優先となる。不正を本社などへ通報する者がいれば、知らせを聞いた上司が〝犯人捜し〟に動き、通報者が特定されて報復される。人事で飛ばされるのはマシなほうで、心を患って休職や退職に追いやられるケースが後を絶たない。「ブラック」を絵に描いたような光景がそこここに残る。

マネしてはいけない「失敗のお手本」

 週刊誌の事件記者だった私は9年前、縁あって全国紙の経済部に移った。金融業界を取材する機会にも恵まれ、そこで二つの不祥事を目の当たりにした。

 一つは、スルガ銀行の投資用不動産融資を舞台にした大規模な不正の横行。もう一つは、政府系金融機関である商工中央金庫(商工中金)が国の制度融資を悪用して補助金をだまし取った事件だ。どちらも実績を稼ぐために融資資料が偽造・捏造されまくり、条件を満たさないデタラメな融資が多くの拠点で実行されるという組織的な不祥事だった。


 日本銀行が2013年春に始めた異常な大規模緩和による超低金利環境のもと、収益を圧迫される金融機関が旧態依然の営業目標にこだわり続けたことが、無理な融資や強引な勧誘の誘因となった。環境変化に経営陣が対応できず、歯止めをかけるべきコンプライアンスや企業ガバナンスが機能していなかった点は、かんぽ問題とも共通している。

 ただし、過去の二つの事件とかんぽ問題では、問題が発覚したあとにたどる道が、まったく異なっている。
 スルガ銀行や商工中金では、問題の原因を特定する目的で設置された第三者委員会が、実態を徹底的に解明して課題を洗い出した。過去のメールや会議録といったデータを丹念に調べ、責任を免れようと言い逃れをする幹部たちに証拠を突きつけながら事実認定を進め、根本的な原因を特定しようとした。根本原因が明確になれば、有効な再発防止策が浮かび、事業を立て直す道筋が見えてくる。

 日本郵政グループがたどる道は、対照的だ。理屈をこねて逃げを打つ経営幹部たちに厳しい調査や追及が及ぶことはなく、実態の解明も原因の特定も不十分だった。中途半端な検証の代償として、不正に走らされた現場の郵便局員には解雇を含む厳罰を科す一方、不正を指南した管理職や実態を知り得た幹部たちは重い処分を免れている。
 社会的な批判をあれほど浴びながら、それでもめげずに、粘り強く問題の矮小化を試み、失敗の責任をなんとか免れ、形ばかりの対策を上塗りしている。膿(うみ)を出し切る覚悟や誠実さが欠けていて、その場しのぎの「ケジメ」をつけることで、眼前の批判が時間とともに薄れていくのを待っているかのようだ。

 最近の名だたる企業不祥事のなかでも、決してマネをしてはいけない「失敗のお手本」の傑出した事例である。

組織のあり方や働き方の「糧」とするために

 組織に蔓延(はびこ)る不正は、人の体を蝕(むしば)む病気にたとえられる。

 病気の症状が出たら、プロの医師に診てもらい、原因を特定する。病気の原因や進行に応じた薬を処方してもらい、症状が重ければ外科手術もする。病気の発見が早いほど、治療は簡単で体も回復しやすい。反対に病気の発見や対応が遅れたり、原因を見誤って必要な治療をしなかったりすれば、病状はさらに悪化する。
 病気は日ごろの体調管理や健康診断で予防するのが一番だが、気をつけていても病気にはかかる。従来の健診では引っかからない新たな病原菌が生まれることだってある。気づかずに異変が起こり、大規模な不祥事へと発展する場合もあるだろう。
 そこで大事なのは、病気が見つかってからの対応だ。根本原因を特定し、必要な対応をきちんと取れば、病気の進行を抑えられる。
 病状がすでに重いとしても、長く酷使してきた体をリフレッシュする「チャンス」だととらえ、とことん治療に向き合えばいい。膿を出し切るには、ときに痛みもともなう。それでも病気と向き合い、症状を改善させられれば、その後の組織は逞(たくま)しくなる。遠回りをしても、企業の価値を中長期的に高められるはずだ。
 ただ、そうと内心はわかっていても、病気と向き合えずにチャンスを逃す人がいる。病状が深刻なのは明らかなのに、問題を直視せずに必要な治療を避け、無理やり仕事に戻ろうとする。その先に何が待ち受けているかは、郵政グループがこれから時間をかけて体現することだろう。
    *     *     *
 本書では、不祥事にまみれながら、間違った危機対応を繰り出す巨大組織の実態を明らかにする。一人ひとりはいたってマジメな社員が、集団で間違った方向へと走っていく過程をたどりながら、悪弊がどのように蔓延り、加速して壮大な不祥事へと発展していくのかを検証する。その実情とともに理由や背景を解き明かし、同じ轍を踏まないようにするヒントを探りたい。

 変革が遅れている多くの日本型組織で働く個人にとって、明日は我が身、他人事(ひとごと)ではないはずだ。組織を腐らせる真犯人の正体は何なのか。その答えを探ることで、組織のあり方や個人の働き方について考えるための「糧(かて)」としたい。

著者プロフィール

藤田知也(ふじた ともや)
朝日新聞記者。早稲田大学大学院修了後、2000年に朝日新聞社入社。盛岡支局を経て、02~12年、「週刊朝日」記者。経済部に移り、18年4月から特別報道部、19年9月から経済部に所属。著書に、『強欲の銀行カードローン』(角川新書)、『日銀バブルが日本を蝕む』(文春新書)、『やってはいけない不動産投資』(朝日新書)がある。

郵政腐敗 日本型組織の失敗学◆目次

はじめに 日本企業の悪弊の縮図
第1章  暴走 ―― ターゲットは高齢者
第2章  隠蔽 ―― 異論を許さない組織風土
第3章  病根 ――「被害者を見捨てる」銀行の論理
第4章  激突 ―― NHK vs.日本郵政
第5章  検証 ―― 経営陣の〝無責任体質〟
第6章  歪み ―― 官邸支配の構図
第7章  教訓 ―― 組織変革のカギ
あとがき


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