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【28位】ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズの1曲―「すべてはうまくいくんだよ」と、聖人のやさしきレゲエが繰り返す

「ノー・ウーマン、ノー・クライ」ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ(1975年8月/Island/英)

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Genre: Reggae
No Woman, No Cry - Bob Marley and the Wailers (Aug. 75) Island, UK
(Vincent Ford) Produced by Bob Marley and the Wailers, Steve Smith and Chris Blackwell
(RS 37 / NME 139) 464 + 362 = 826
※28位から25位までの4曲が同スコア

ボブ・マーリーの代表曲のひとつ、最もポピュラーな1曲かもしれない。つまりあらゆるレゲエ・ナンバーのなかで世界中の人々に最も多く愛された歌が、これかもしれない。

初出は74年のスタジオ・アルバム『ナッティ・ドレッド』。しかし翌75年7月にロンドンでおこなれたライヴの模様を収録したヴァージョンのほうが有名だ。こちらはシングルとしてリリースされたのち『ライヴ!』と題されたアルバムにおさめられた。もっとも同シングルは全英チャートで22位と、あまり伸びなかった。前作シングル(73年4月)の曲「アイ・ショット・ザ・シェリフ」が、74年にエリック・クラプトンにカヴァーされ、そっちのほうが各国で1位取得など大ヒットしていたのだが、しかしマーリーへのセールス的なフィードバックはここまでだった。とはいえ瞬間風速では測れない形で、末長く、当曲は愛され続けている。たとえばジョン・レノンの「イマジン」(83位)のように。

おだやかな、寄せては返す波のようなレゲエ・バラッドだ。タイトルに掲げられたキー・フレーズが、まずもって素晴らしい。「いけない、女よ。泣いてはいけない」という意味だ。目の前に泣いている人がいて、一生懸命なぐさめている感じの口語的表現だ。ときに「女がいなければ涙はない」と理解する人がいるようなのだが、完全な間違いだ。日本のタワーレコードの宣伝文句「No Music, No Life」の構文と、当曲のは違うのだから。

ジャマイカはキングストンの貧困地区・トレンチタウンの公営住宅に「僕らはいた」と主人公は言う。思い出話だ。焚火でコーンミールのお粥も作れたろうね、などと。そして「偽善者」がいたことや、仲間たちの人生の不遇も示唆される。「でも」と主人公は言う。泣いてはいけないんだ、と。「すべてはうまくいくんだよ(Everything's gonna be alright)」と。このフレーズが、歌の中盤、ブリッジ部で計8回も繰り返される――。

というこの曲、書いたのはもちろんボブ・マーリー本人と目されているのだが、ソングライター・クレジットのなかに彼の名はない。マーリーの幼なじみ、ヴィンセント・フォードの名前のみが記されている。フォードは当曲の舞台となったトレンチタウンで、貧しい人々のためのスープ・キッチンを営んでいた。だからマーリーのこの行為について「歌のなかに描いた世界」の人々、社会的弱者の救済へと印税収入を役立てたい、という意志のあらわれだと考える人が多い。つまり無限大の「愛とやさしさ」に裏打ちされつつ、無限大の「愛とやさしさ」を描いたナンバーこそが、この曲なのだ。だから愛されるのだ。

(次回は27位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


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