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【第10回】タコが進化したらどうなってしまうのか?

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
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■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?
★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、哲学者・高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

タコの衝撃の知性

日本人は、タコをよく食べる。刺身に握り鮨、タコ酢にタコの天ぷらや唐揚げ、おでんの具にもなるし、子どもたちはタコ焼きが大好きだ。ゆでタコはサラダやマリネ、炒め料理にもマッチする。海外のアヒージョやパエリア、カラマリにも欠かせない。タコが「万能食材」と呼ばれる所以である。

本書の著者・池田譲氏は、1964年生まれ。北海道大学水産学部卒業後、同大学大学院水産学研究科博士課程修了。京都大学大学院研修員、理化学研究所研究員などを経て、現在は琉球大学理学部教授。多くの専門論文に加えて、著書に『イカの心を探る』(NHK出版)などがある。

さて、タコをイカのような軟体動物から際立たせている特徴といえば、その巨大な脳である。タコの体重に対する脳のサイズは、およそ高等脊椎動物(哺乳類や鳥類)と下等脊椎動物(両生類や爬虫類や魚類)の間にある。タコは、その重い脳を6本の腕で支えて「二足歩行」もできる。凄すぎるではないか。

一口に「タコ」といっても、250種が世界の海洋に分布し、その寿命は1~2年と非常に短い。それにもかかわらず、マダコにボールを提示し、そのボールを攻撃すると餌を与えるようにすると、そのマダコはボールを攻撃するようになる。つまり、イヌと同じレベルの「条件付け」が成立するのである。

さらに、イタリアのタコ研究者として知られるグラツィアーノ・フィオリトとピエトロ・スコットが行った実験では、マダコに赤いボールと白いボールを同時に見せて、赤いボールを攻撃すれば餌を与え、白いボールを攻撃すれば電気ショックを与える。この水槽を透明な仕切りで隔てて、その様子を他のマダコに見せる。そのマダコは、何が起こっているのかを熱心に観察する。

さて、実験を見ていたマダコに赤いボールと白いボールを見せると、なんとこのマダコは、赤いボールだけを攻撃するというのである。一般に、同種の他個体の行動を見て学ぶことを「観察学習」と呼ぶ。これは、チンパンジーでも難しいと言われる学習だが、マダコには、その能力があるというのだ! この研究結果は、1992年の『サイエンス』に掲載された。池田氏のグループは、さらに高度なタコの「鏡像自己認識」や「社会活動」に関する実験を現在進行形で実施し、本書には、その興味深い成果が詳しく解説されている。

本書で最も驚かされたのは、タコが「道具」を使うという事実である。2009年に発表された論文によれば、タコがホタテガイやハマグリのような二枚貝の殻を持ち歩いて、いろいろな局面で利用するケースが20例も報告されている。たとえばメジロダコは、人間が捨てた大きなココナッツの殻をソリのようにして持ち歩き、その中に自分の体を入れて隠れることもあるという。

タコが「二足歩行」して「道具」も使える以上、もし未来に人類が弱体化したら、海から上陸して「火」を使えるほどに進化するかもしれない。そこで思い浮かぶのは、H.G.ウェルズの『宇宙戦争』に登場する「火星人」である。この「タコ型知的生命体」は、脳が異常発達して巨大化する一方、消化器官は退化して、吸盤から動物の血液を直接摂取して栄養を取る。今はタコを食べている傲慢な人類が、未来にはタコの子孫に襲われるかもしれない(笑)!


本書のハイライト

想像の域を出ないが、タコの先祖である何者かは貝家を飛び出たのだろう。彼は自由を求めて飛び出した。貝家のアウトサイダーとも言えるだろう。後に彼は、あるいは彼女は、大きな脳を身につけ、立派なレンズの入った眼を備え、吸盤のついた八本の腕というユニークな道具で身を固めた。硬い盾で身を守るのではなく、さりとて強靭な牙で獲物を襲うのではなく、状況を読み取り、わずかな力で最大限の成果をあげる、賢さという武具により生き抜く術を体得した。(p. 241)

↓第9回はこちら

著者プロフィール

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高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『ゲーデルの哲学』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。





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