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【#1-3】ロケの手ごたえゼロだった「水曜どうでしょう」の新作は、なぜ、おもしろかったのか

嬉野珈琲店へようこそ。
マスターは大の珈琲好きである「水曜どうでしょう」カメラ担当ディレクターの嬉野雅道さん。店ではこだわりの珈琲を淹れながら、マスターが人生のあれこれについてじっくりと語ります。マスター独特の視点から語られる、胸に詰まった息がすっと抜けるお話――。前回に引き続き、本日も「水曜どうでしょう」でおなじみの人たちとのお話です。

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前回まではこちらから
#1-1  #1-2

新作の編集直前 緊急事態が宣言されてしまう

さて、前回の続きです。

去年の春に、新型コロナウイルス感染症が日本でも突然大流行し始めて、4月に入ると緊急事態宣言が発出され、藤村くんは、赤平の森に引きこもってツリーハウスに寝起きしながら大好きな野鳥を観察するという生活をはじめました。

私はといえば、女房と犬1匹とで札幌の自宅に引きこもる日々となり、会社の仕事は全国規模でリモートワークになったものですから、いつしか毎朝起きると冷蔵庫へ直行し、プシュッという音をさせては冷えた缶ビールを飲み、また寝床に逆戻りして寝てしまうという堕落の日々をつづけ、気づけば2ヶ月近くが過ぎて、はや6月のカレンダーをめくろうというところまで来てしまったある日のことです。スマホを開くとADの佐野くんからLINEが届いていました。

「嬉野先生、そろそろ編集されませんか?」

そう書いてあるのです。私は、佐野くんのLINEを眺めながら「どうしたものか……」と、考えていました。

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佐野くんは藤村くんの助手として「水曜どうでしょう」DVDの編集作業を手伝って、もう10年になります。すでに藤村くんの信頼も厚く、なんなら編集に関しては、「私より、佐野くんの方を信頼してんじゃないか」と思える言動も数多いわけです。

「そうだ、だったら佐野がこのまま新作を編集するという手もある」

私は、一計を案じて佐野くんに返信を書くことにしました。

私は、自粛生活が始まってから2ヶ月近くを自宅で過ごすうち、すっかり編集の腰が重くなっていたのです。その間、佐野くんはリモートで新作のデータからおもしろくなりそうなところを適宜拾い出して粗編集(あらへんしゅう)をしてくれていたのです。

「佐野くんへ。佐野くんの編集技量は、もう10年です。きみは、すでに粗編(あらへん)で終えるような人ではない。だから、今度の新作は、カチッと最後まで佐野くんが編集してみるといいと思いますよ」

そんなふうに、さも指導しているかのように、促すように書いて送信してみたのです。すると翌日、佐野くんから返信が届いておりました。

「カチッとできあがるまで、先生はご覧になりませんか??笑」

そう書いてあるのです。私は、佐野くんのLINEの文末に置かれた「笑」の1文字がどうにも気になり、なんだか佐野にこっちの魂胆が見透かされているようでバツが悪く、早々に観念して返信しなおしました。

「明日、出社します」

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編集を始めて驚いた 意外な手応え

翌日、会社の編集室で佐野くんに会うと、やっぱり私の魂胆は見透かされていました。

「昨日、赤平の森に藤村先生をお訪ねしまして、嬉野先生のLINEをお見せしましたら、『佐野、おまえもう何でもいいから、今の編集状態のままで、嬉野さんに、これで編集カチッとできましたって言って、早いとこぜんぶ渡してしまえ』と言われまして」と、人懐っこい顔でニコニコしながら佐野くんは私に洗いざらい内情を教えてくれるわけです。やっぱり「佐野くんに編集をおっつけようとした私の魂胆」は、すべて筒抜けに見透かされていたのです。なら仕方がない。私は、家から持参したアルコールを編集機のキーボードにシュッシュと吹きつけ編集室全体を清めながら腹を決めました。

「よし、明日から編集するかぁ」

私は、翌日から、ようやく新作の編集を始めることにして、帰り際に、「どうなの? おもしろくなりそうなの?」と、内心ドキドキする思いで佐野くんに聞いてみると、佐野くんは「おもしろいと思います」と、意外なことを言うのです。しかし、あのときの私には、その言葉を聞いても、にわかには信じられなかった。

ところが翌日、実際に自分の手で編集を進めながら細かく流れを整理していくと、たしかに、ぐだぐだだった企画発表も、旅の車内の小競り合いも、おもしろいのです。おもしろいところがなくて頭を抱えて悩まなければならないことなんて、ないのです。

「あれ? 今回のヨーロッパの旅、おもしろいじゃん」

さぁ、それが分かると現金なもので、私は一気に気が楽になり毎日編集室に通うのが楽しくなってきて、第1夜、第2夜、第3夜と、順次、繋いだところまでプレビューする度についつい見ちゃうし笑っちゃうのです。編集は快調に進むのです。

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それは、まったくもって意外な手応えでした。そしてなにより、不思議でした。だって、こんなにおもしろい旅の中身を4人全員が忘れていたなんて。

このときに感じた不思議な驚きが、「ロケの手応えゼロだった『水曜どうでしょう』の新作は、なぜ、おもしろかったのか」を考えてみたくなった瞬間だったのです。

おもしろくしていたのか? 勝手におもしろくなっていたのか?

でも、ここで白状しておきますが、私は「なぜ、おもしろかったのか」の、その答えを知っているわけではないのです。

私はただ、「そんなに、おもしろくはならなかったな」と思っていたロケが、蓋を開けたら「おもしろかった」という、その奇妙な事実に考えさせられてしまっただけなのです。

だって、大泉くんは2年半前、ロケから帰ってすぐのころ、「あの番組(水曜どうでしょう)も、いよいよヤバいぞ」と、HTBの他番組のスタッフに深刻な顔でこぼしていたそうですし、2019年の新作「北海道に、家、建てます」の最終夜でも、次回作の放送を予告したときに「あぁ、次のあの海外ロケは、今回のロケよりもっと手応えなかったなぁ」と、赤平の森でキッパリ発言しているほどだったのですから。

藤村くんにいたっては、あの編集大好きの人が、私に新作の編集を全部振ってしまうほど興味を失っていたロケだったわけです。

そんなヤバそうなロケが、編集を始めてみたら、なんだかやたらと笑っちゃって、ついついいつまでも見ていたくなるほど「おもしろくなっていた!」のですから、それはもう、何が何だか、わけが分かりませんでしたけど、でも、考えてみれば、これほど興味深い話もないでしょう。

だって今回の新作に限って言えば、4人が4人とも、全員、目が節穴だった、ということが露呈したわけですから。

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さらに興味深いのは、「水曜どうでしょう」は、大泉洋や藤村忠寿がロケを意識的にコントロールしておもしろくしていたはずなのに、その2人が2人とも、「今回のロケはコントロールできなかった!」「オレはさじを投げた」と言わんばかりに方々で公言するほど不満足なロケだったのに、ロケは大泉・藤村のコントロールの手を離れたあとも勝手におもしろくなっていた、というのですから、これはもうミステリーです。

もちろん私とミスターの2人は、思いつきを折々に主張するだけで、もとよりロケをコントロールなどしているつもりもないのですが、でも、こうなってしまうと、私とミスターだけでなく、大泉・藤村も、これまでだって、べつにロケをコントロールしていたわけでもないんじゃないか、という仮説が立ちやしないかと思えてくるわけです。

いや、こう書いてしまうと言葉が過ぎるかもしれない。

私はべつに大泉・藤村を告発しているわけではないのです。そこは間違えないでください。ただ、そういう仮説を立てて考えてみるのも、番組の未来を見据え、「大事なことは何か」を知る上で、「見過ごせない答えを炙り出すのではないか」、そう思えるというだけのことです。だから、「ちょっとおもしろいから、この際、考えてみればどうだ」という程度のことです。

だって、結局、今回のロケだって、しゃべっておもしろいのは大泉・藤村の2人なんですから。あの2人がおもしろくしているんです。

大泉・藤村の身に起きたミステリーの謎をとく

そうなんです、あの人たち、今回も自分たちでおもしろくしゃべっているにもかかわらず、そのことを忘れて「手応えがない」とか「あの番組もヤバいぞ」とか、果ては編集する興味すらなくしたりしているのですから、なんだか、その奇妙な"てんやわんや”の様子は笑えるのです。ロケに行ってから編集するまでに、こんなおもしろい状況ってこれまでなかったし、この先の「水曜どうでしょう」でも、もうないんじゃないかと思えるほど今回は稀なケースに思えます。だから、今回の顛末を考えるうちに、うっかりどこかでこの番組の本質に触れてしまえそうな、そんな予感もしてくるのです。

では、なぜ、そんな奇妙な"てんやわんや"の事態が発生したのでしょうか。おそらく今回は、「せっかくコントロールしているのに」とか、「もうコントロールは無理だ」とか、「手応えがなかった」とか、そんなふうにロケの現場で大泉・藤村が強く意識したマイナスの印象だけが彼らの記憶に深く刻まれ、ずっと残ってしまって、せっかく他にもおもしろいトークがたくさんあっても、そっちの記憶は、まるで靄に包まれたように見えなくなってしまった、みたいな、その人個人のこだわりが肥大して他の大事なものをみんな隠してしまった、みたいな、まさにミステリーと言えそうな心理的作用が大泉・藤村の胸のうちで起きていたのではないのか。そんなふうに思えるのです。

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具体的に言うと、藤村くんの場合、彼が強く意識してしまったのは企画発表でいきなり、「自分が望まない旅を引率するのは無理だ」と思わされたショック体験だったでしょう。実際、藤村くんが望まないロケに行くなんて「24年の水曜どうでしょうの歴史で初めての体験」だったのですから、彼には、ひときわショックだったでしょう。そんな彼は、企画発表が終わった時点で「今回のロケはもうダメだな」と強く意識してしまい、そのとき彼の心に刻んだマイナスの印象が旅の途中も薄れることはなく、彼の心を諦めムード一色にしてしまった。

では、もう一方の番組のエンジン、「あの番組もいよいよヤバいぞ」と、ロケのあとに、よそでこぼしていた大泉洋の意識は、ヨーロッパロケの間、いったい何を見ていたのでしょうか。

意外に彼は、藤村くんと違って、企画のショボさに「ダメ」を感じたりはしていなかったようです。

藤村くん、なにやってんだよ

ここは、編集上、流れに必要なかったのでカットしたのですが、カメラは、次のようなシーンを写していました。それは、藤村くんが新千歳空港へ向かう車の中で大泉洋に、「いや、今回はこの長老2人に押し切られたけど大泉くん、オレは、本当はユーコンに行きたかったんだよ」と、弁明を始めるシーンなのですが、そのとき大泉洋は、「あぁ、だったら明らかにユーコンの方が良かったですねぇ」と、その話題に共感するでもなく、藤村くんの話を聞いてはいるようでしたが、その打明け話にリアクションするでもなく、まるでその顔は「まぁ、そっちの方が、企画としては、だいぶましだったかもしれませんが、でも今回はユーコンじゃなくてアイルランドへ行って帰ってくるだけの旅をやるんですよねぇ」と、すでに自分の気持ちを現実にシフトさせ、大泉洋はそこへ向け全集中を始めていた、そんな顔に思われたのです。

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事実、大泉洋という人には、そういう特性がありそうです。つまり提示された企画を一旦受け入れたら、ただちに全力で集中し始めるという特性です。そりゃぁ企画はおもしろいに越したことはないでしょうが、それよりは自分が納得することが大事なのです。事実、大泉洋は、つい今しがた終わったばかりの、あのぐだぐだな企画発表で「みっともない行程だね!」と、言いはしたものの、最終的には「行くぞ!」と、カメラに向かって気合を入れ、それを聞いて思わずもらした藤村くんの「いや、今のが見れれば、もう行かなくてもいいくらい」という、今思えば“まんざら冗談でもなかったであろう"消極発言を尻目に、「行きましょう、行きましょう、まだまだやれますから、名場面いっぱい作っていきますから、行きましょうよ」と、大泉洋はすっかり納得し、やる気になっていたわけです。ならば、新千歳空港へ向かう車の中で彼の心はすでにアイルランドへ向けて全集中を始めていたはずなのです。

今にして思えば、そんな彼の性質が番組開始当初にすでにあったからこそ、「水曜どうでしょう24年の歴史」の中で、幾度となく彼に提示してきた「うそ企画」も、大泉洋は毎回疑うことなく全力で信じ込み、幾度となく騙されてくれた、そういうことだったに違いないのです。

「京都ぶらり旅」なんてのも大昔にはありましたが、あれなんか、そもそも大泉洋を金閣寺からカブに乗せるためのダミー企画ですから、まるで展開の見えないしょぼい企画だったのは今回以上です。でも、彼は信じこみ、そればかりか納得し、全力で若旦那を演じたのです。だからカブを見た瞬間、あそこまで崩れ落ちてしまった。「夏野菜スペシャル」だって、イタリアンのシェフに「あんた騙されてるんだよ」と言われながら、「いや、そんなことはない」と、毎回、無理を言ってパイ生地を練ってもらっていた。それくらいの人です。

そんな大泉洋にしてみれば、今回のロケ中、ずっと気になって仕方がなかったのは、企画のしょぼさではなく、何かいつもと違う藤村くんの反応の方だったのです。

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大泉洋の誤解

あのときの大泉洋に言わせればこうです。

「オレが、せっかくおもしろく膨らみそうな話を振っているのに藤村くんは返してくれないんだよ」
「一緒に膨らまそうとしてくれないんだよ」
「なに、やってんだよ」

大泉洋はそんなふうに、何か、いつもとは違う藤村くんが気になってしかたがなかった。そして、それはいつしか大泉洋の中で無視できない大きな違和感となってロケのあいだずっと彼の心を捉えて離さなかった。おそらく大泉洋には、今回、なぜか打てば響くように返してくれない藤村くんの変化が、そのまま藤村くんの「衰え」に思えてしまった。私にはそう思えるのです。だとしたら、それは、さぞかしショックだったことでしょう。それだけに、そのショックは胸騒ぎとなり強く意識され、のちに他のどんなことも隠してしまうほどに彼の旅の記憶を占拠してしまった。そして、「あの番組もいよいよヤバいぞ」という発言につながった。

でも、現実には、藤村くんのその変化は衰えではなく、たんに私とミスターの思いつきが撒いた種によるものだったのですが、大泉洋にはそこが分からなかった。

そう、あれは湖水地方のホテルに到着し、4人で騒がしいホテルのビュフェで晩ごはんを食べていたときです、こんなことがありました。
(つづく。次回は2月1日公開です)

追伸
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                              嬉野雅道

嬉野雅道(うれしの まさみち)
1959年生まれ。佐賀県出身。「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)のカメラ担当ディレクター。愛称は「うれしー」。ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、文化庁芸術祭賞優秀賞など多くの賞を受賞したドラマ「ミエルヒ」では企画を担当し、福屋渉氏とともにプロデューサーも務めた。「愛と平和と商売繁盛」「負けない」がモットー。どうでしょう藩士と奥様に人気。著書は『ひらあやまり』『ぬかよろこび』(ともにKADOKAWA)など多数。

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