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探査機は火星で何を調べてる? 半世紀にわたる火星探査の歩みを辿る旅へ|『火星の歩き方』本文公開

光文社新書

2021年は、火星探査が歴史的な盛り上がりを見せたことをご存じですか。実は、アラブ首長国連邦のホープを皮切りに、NASAのパーシビアランス、中国の祝融号と、探査機が続々と火星の大地に降り立ったのです。さらに、インジェニュイティと呼ばれるドローンは困難と言われた火星での飛行を成功させ、中国は「火星有人探査」計画まで発表しています。
このまま技術が発展すれば、いつか人類は本当に火星へたどり着けるかもしれません。さらには、前澤友作さんが宇宙旅行を叶えたように、火星への旅行にだっていつか行けるようになるかもしれません。
そんな希望を込めて、光文社新書の12月刊では、火星研究者である臼井寛裕さん、野口里奈さん、庄司大悟さんの3人が『火星の歩き方』と題して火星のガイドブックをまとめてくださいました。本記事では出版を記念して、第2章のコラム「火星探査の聖地を訪ねる旅」を抜粋・再編集して掲載いたします。いざ、火星の自然を堪能する旅へ!

火星の聖地はどこになるか?

旅の目的はいろいろですよね。ほかにはない景色を見たい、名物料理を味わいたい、ここにしかないものを手に入れたいなどなど。人の数だけ目的はありそうです。

そんな十人十色の巡り方の一つには「聖地巡礼」もあります。もともとは宗教の聖地や聖域を巡ることを指していた言葉ですが、現在は映画やマンガ、アニメなどに出てくる場所や建物を訪れる意味でも使われています。

では、火星の聖地といえばどこでしょうか。これも人それぞれで変わるかもしれませんが、一つの候補として「火星探査機の着陸地」が挙げられると思います。

これまでに火星に着陸した探査機は11機で、それぞれ次の場所に着陸しました。

マルス3号(1971年)       :プトレマイオス・クレーター
バイキング1号(1976年)     :クリュセ平原
バイキング2号(1976年)     :ユートピア平原
マーズ・パスファインダー(1997年):アレス峡谷
スピリット(2004年)         :グセフ・クレーター
オポチュニティ(2004年)     :メリディアニ平原
フェニックス(2008年)      :ボレアリス平原
キュリオシティ(2012年)     :ゲール・クレーター
インサイト(2018年)       :エリシウム平原
パーシビアランス(2021年)    :ジェゼロ・クレーター
祝融号(2021年)         :ユートピア平原

図表1 火星の世界地図 ※白色の文字が示す場所が探査機の着陸地点
THEMIS Day IR with Colorized MOLA ElevationをTopoUSMを用いて処理したデータをもとに作成

どの探査機も火星研究を進める上で重要なデータを地球へと届けています。そういった意味で火星探査における聖地は火星探査機が調査をスタートさせた着陸地を挙げていいかもしれません。そこで、ここではいくつかの着陸地をピックアップしながら、火星着陸機の聖地巡礼コースをご紹介します。少しマニアックかもしれませんが、気になる人はこちらもぜひ回ってみてください!

火星に初めて降り立ったマルス3号

火星に初めて着陸した探査機の名前をご存じですか? 有名なのでバイキング1号だと思われる方もいるかもしれませんが、実は違います。バイキング1号は1976年7月20日にクリュセ平原に着陸しましたが、それより5年前の1971年12月2日、当時のソビエト連邦によるマルス3号が初めて火星への軟着陸を成功させています。

そのマルス3号。着陸後すぐに通信が途絶してしまい、長らく未確認の状態でした。しかし、着陸から40年以上経った2012年、高解像度画像中にマルス3号らしき物体が写り込んでいることが発見されたのです(図表2)。本当にマルス3号であるという確証は得られていないそうですが、着陸機本体だけでなく、逆噴射ロケットやヒートシールド、パラシュートのようなものも見つかっています。

図表2 火星に残るマルス3号らしき部品
HiRISE:PSP_006154_1345 NASA/JPL/University of Arizona

これらを発見したのは研究者ではなく、なんと、ロシアの宇宙ファンたちでした。写っているとしたらこんな感じに写っているだろうというモデリングまでしたそうですから、すごい執念ですね。

マルス3号が着陸したのは南部高地にある直径165㎞のプトレマイオス・クレーターでした。もう少し詳しく言うと、クレーター底北西部にある小クレーター、レウトフの西がマルス3号の着陸地点です。着陸から50年以上経っているのでなかなか見つけられないかもしれませんが、もし現地へ行かれた際には、ロシアの宇宙ファンのように根気強く探してみてください。

マーズ・パスファインダーの大発見?

火星の峡谷には、様々な国・地域の言葉で「火星」と名づけられているものがあります。例えば、カセイ峡谷は日本語の火星が由来です。このほかにも、マゥース峡谷(ウェールズ語)、ティーウ峡谷(西ゲルマン語)、シャルバタナ峡谷(古代メソポタミアのアッカム語)、マルテ峡谷(スペイン語)など、2021年11月時点で合計20の峡谷が「火星」と名づけられています。NASAの探査機マーズ・パスファインダー(図表3)が着陸したアレス峡谷も、ギリシャ語で〝火星〟を冠する峡谷の一つです。

図表3 アレス峡谷に着陸した探査機マーズ・パスファインダー
HiRISE:PSP_001890_1995 NASA/JPL/University of Arizona

この「火星」と名づけられたアレス峡谷は、マリネリス峡谷の東にある北西‐南東方向に延びる、長さ1700㎞の峡谷です。流線型の島など、かつて洪水が起こったと考えられる地形が残されています。谷底にはこうした洪水によって削られて運ばれた様々な種類の岩石があると期待されました。その期待に応え、マーズ・パスファインダーに搭載された小型ローバー「ソジャーナ」は多くの岩石を発見・調査。その中で驚くべき岩石が発見されました。なんと安山岩が発見されたのです。

どうして安山岩の発見が驚くべきことなのでしょうか。地球で安山岩を作るマグマは、一度できた玄武岩質の地殻がプレート運動により地下に沈み込み、ともに沈み込んだ水によって融点が下がり、プレートやマントルウェッジ(沈み込むプレートと直上のプレートに挟まれたくさび型状のマントルの領域)が溶融することで形成されると考えられています。つまり、ある意味で岩石のリサイクルの証拠とも言える安山岩が、現在プレート運動がないと考えられていて岩石のリサイクルが起こりそうにない火星で見つかることは驚くべきことなのです。

ただし、少しだけ注意が必要です。ソジャーナには岩石を分析する前に表面を掃除するブラシを備えていませんでした。つまり、安山岩の組成が岩石自体の組成なのか、その岩石の表面の風化した物質を見ているのか、判断ができないのです。

もしアレス峡谷を訪れる際には、ソジャーナになった気分で岩石探しをしてみてください。そして、そのときはブラシを忘れずに。

探査機スピリットに立ちはだかった試練

スピリットという探査機をご存じでしょうか。同型の探査機オポチュニティと同時期に火星に着陸し、設定寿命を超えて6年以上も調査を続け、多くの発見をもたらした六つの車輪を持つ探査機です。このスピリットは探査中に三つの大きな試練が立ちはだかりました。

最初の試練は、着陸後しばらくしてからの通信途絶です。調査の結果、システムに問題があることが分かり、復旧には10日を要しました。次の試練は調査開始から2年後。右前車輪に異常が発生して動かなくなってしまったのです。以降、スピリットは右前車輪を引きずりながらの5輪走行を余儀なくされました。そして、最後の試練は2009年。トロイと名づけられた砂地で車輪がはまり、動けなくなってしまったのです。砂地に囚われたスピリットをどうにか助け出そうと、NASAのエンジニアたちは「Free Spirit campaign」を立ち上げました。シミュレーションや砂場での実験を行い、それらの結果を基に何度も何度もスピリットに脱出を試みさせたのです。もがいている最中には、突如故障していた右前車輪が動き出しました。まさに奇跡です! その後もなんとか脱出させようと、エンジニアたちは四方八方手を尽くしました。

しかし、残念ながら、スピリットはトロイから脱出することがついぞ叶わず、その後はその場で観測を続けることになりました。そして、2010年3月、通信途絶し、スピリットのミッションは終わりを迎えます。

試練に立ち向かったスピリットが着陸したグセフ・クレーターは、南側から峡谷が接続しており、その峡谷を通じて水が流れ込んできたクレーター湖であると考えられていました。そして、クレーター湖に溜まった堆積物を分析することで水の痕跡を得ることができるのではないかと推測されていたようです。しかし、クレーター内部に堆積していた岩石は、全て玄武岩の溶岩でした。

スピリットが着陸したのはグセフ・クレーターのほぼ中央部です(図表4)。最初の試練、通信途絶のあった着陸地点はコロンビア・メモリアル・ステーションと名づけられています。これは、スペースシャトル・コロンビア号の空中分解事故で犠牲になった搭乗員7人に敬意を表したものです。

図表4 探査機スピリット(矢印)とホームプレート(中央)
HiRISE:ESP_021925_1650 NASA/JPL/University of Arizona

右前車輪が動かなくなった場所は、同クレーター内のコロンビア・ヒルズを構成する丘の一つであるマッコール・ヒルです。コロンビア・ヒルズでは、液体の水があった証拠となる、水によって強い変質を受けた火山岩がたくさん見つかりました。

最後の戦場跡であるトロイは同クレーター内のホームプレートと呼ばれる場所にあります。ホームプレートは大きさ90mほどの台地で、野球のホームプレートに似た形をしていることから名づけられました。このホームプレートでは「枯れた温泉」、つまり熱水活動の痕跡が発見されました。

ホームプレートでは火山学上重要な構造も発見されています。火山爆発では吹き飛ばされた岩石が柔らかい地面に着弾すると、めり込みます。このとき、直下の地層も同時にたわむのですが、この構造は火山学でボムサグ(bomb sag)と呼ばれます。このボムサグがホームプレートで見つかったのです(図表5)。

図表5 火山爆発の証拠であるボムサグ(矢印)
PIA08063 NASA/JPL/Cornell

ボムサグを写した画像は科学論文に掲載され広く知られることとなりました。皆さんもホームプレートへもし行った際には、論文に載ったボムサグを探してみてください。ただ、スピリットがそうであったように、グセフ・クレーター内には砂地が多く足を取られがちです。また、大きな砂嵐の前触れとなるダストデビル(つむじ風)もよく発生しますので、探索される際は十分お気をつけください。

かつての湖に着陸したキュリオシティ

皆さんはラーメン好きですか? 私は大好きで、お昼ごはんは大抵ラーメンです。特に好きなのは長浜ラーメンで、辛子高菜を入れて食べるのがもう最高で……と語り出したらキリがありませんが、ここで皆さんはラーメンスープの塩分濃度はご存じでしょうか? 世の中には実に多くのラーメンがあるので一概には言えませんが、大体1~1.5%くらいの塩分濃度だそうです。実は、このくらいしょっぱい水が、かつて火星にも存在しました。

先ほどの火星一周で紹介したエリシウム平原の西部には、ゲール・クレーターとという名前で、38億から35億年前にできたと考えられる直径150㎞ほどのクレーターがあります。このクレーターに2012年に着陸して探査を担ったのは、マーズ・サイエンス・ラボラトリー、別名キュリオシティ(好奇心の意味)でした(図表6)。

図表6 探査機キュリオシティとその轍
HiRISE:ESP_028612_1755 NASA/JPL/University of Arizona

ゲール・クレーターにはかつて湖が存在したと考えられています。そこで、ゲール・クレーター湖がどんな水質であったか、どのくらいの期間存在していたのかなど、詳細な調査がキュリオシティにより行われました。

クレーターの底にはかつて湖だった時代の堆積物があります。調査では、この堆積物中にあるスメクタイトという粘土鉱物が鍵となりました。スメクタイトは層構造を持つ粘土鉱物で、水を吸収するとふくらむ性質があります。さらに、この層の間には水に溶けたナトリウムイオン(Na+)やカリウムイオン(K+)などの陽イオンが保持されるのですが、水がなくなった後も陽イオンは保持され続けます。この性質を利用し、スメクタイト中の陽イオンを調べることで、ゲール・クレーター湖の水質が復元されたのです。

その結果、水は中性でミネラルが多く含まれており、塩分濃度は地球の海水の約3分の1であったことが分かりました。地球の海水の塩分濃度は3.4%です。もう皆さんもお気づきかと思います。そう、ゲール・クレーター湖の塩分濃度はラーメンスープと同じくらいだったのです。

このくらいまで塩分濃度を高めるにはどのくらいの期間が必要でしょう。地球の河川に含まれる典型的な塩分量と火星の気候モデルからゲール・クレーター湖の蒸発率を算出し、塩分の濃縮期間を計算した結果によると、100万年程度の時間がかかるようです。つまり、火星でも100万年以上、湖が存在した歴史があるようなのです。

ラーメンを食べる際は塩分過多に気をつけながら、ゲール・クレーターにも思いを馳せてみてください。

聖地巡礼、いかがだったでしょうか。ご紹介しきれない聖地はたくさんありますし、今後も探査機が送られて聖地は増えていくことでしょう。ぜひ皆さんも、ほかの探査機の軌跡を調べてみてください。

目次

【第1章】 そもそも火星はどんな星?
      ―― 旅立つ前におさらいする火星のキホン
【第2章】 気球でまわる火星一周
      ―― 太陽系最大級を巡る旅
【第3章】 オリンポス登山
      ―― 溶岩と氷河が作った太陽系最大級の山
【第4章】 火星の極地へ
      ―― 水と二酸化炭素の楽園
【第5章】 待ちきれない人へ
      ―― 地球上の火星アナログサイト

著者プロフィール

臼井寛裕(うすいともひろ)
1976年生まれ。福岡県出身。JAXA宇宙科学研究所教授。岡山大学大学院博士後期課程修了。博士(学術)。専門は岩石学・地球化学・惑星探査学。最近は、火星の水の起源・歴史を研究している。

野口里奈(のぐちりな)
1987年生まれ。福井県出身。新潟大学自然科学系助教。東京大学大学院博士課程修了。博士(理学)。専門は惑星火山学。火星と似た地質・風景・環境での調査研究に力を入れている。

庄司大悟(しょうじだいご)
1986年生まれ。神奈川県出身。JAXA宇宙科学研究所研究員。東京大学大学院博士課程修了。博士(理学)。専門は惑星火山学、木星や土星の氷に覆われた衛星。


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