【#16】日常生活で起きていることにSFはいっさい介入しておりません
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【#16】日常生活で起きていることにSFはいっさい介入しておりません

嬉野珈琲店へようこそ。
マスターは大の珈琲好きである「水曜どうでしょう」カメラ担当ディレクターの嬉野雅道さん。店ではこだわりの珈琲を淹れながら、マスターが人生のあれこれについてじっくりと語ります。マスター独特の視点から語られる、胸に詰まった息がすっと抜けるお話――。本日は、街の景観維持のために、無言で襷を繋ぐ人たちについてのお話です。

いったいゴミは誰が持ち去った

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我が家のワン公の散歩で毎日立ち寄る近所の子供公園で、よくパンの包みや、ストローやら、お菓子昆布の空箱など、スナック菓子関係のゴミが無造作に芝草の上に打ち捨てられ散乱しているのを目にすることがあるのですが、次の日もその次の日もと公園に通う内、そのゴミが綺麗さっぱり片付けられていることを確認する日がくるのです。

「やっぱり公園にゴミが散乱していないとホッとする」。私は内心でそう思いながら、しかし一方で、「あそこに散乱していたゴミって、いったい誰が片付けてくれたんだろう」とも思うのです。

まぁ市営の公園ですから市がどこかの業者に委託して定期的に清掃してもらっているから、しばらく経つと綺麗になっているということなのでしょう。しかし、市の公園ではなく、うちのご近所のゴミ出しの日にカラスたちにゴミステーションから引き出されて、ほじくられ道に汚らしく派手に散乱してしまったどこかのマンションの生ゴミというケースもあるわけです。

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このようなケースは市の管轄ではありません。なのに、このゴミもまた私が帰宅するころには綺麗に片付けられているのです。

「いったい誰が片付けているのだろう」と、恥ずかしながら、またもや私は自分の近所の問題にもかかわらず他人事のように呑気に構えておったわけですが、ある日のこと、私は、その「ゴミ片付け隊」というのか「美観保全特捜隊」とでもいうのか、その人たちの緊急出動の姿を偶然にですが目の当たりにして、襟を正す思いがしたのです。

その人たちの正体は、なんと、うちのマンションのお隣の戸建てにお住いのご年配のご夫婦だったのです。

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「美観保全特捜隊」出動す

その日、私は世間の皆さんの出勤時間より、わりとゆったりした時刻に家を出たのです。そのときのことです。お隣のお家に差し掛かったところでお庭の奥から箒と大きめのチリトリを両手に携えられたご夫婦が勇ましく出てこられ、道行く私なぞには目もくれず、二人それぞれに左右の安全確認を充分にし終えるや大急ぎで道を渡ってゴミの散乱現場に急行されたのです。

そしておどろくべき手際の良さで瞬く間に散乱現場の清掃を終えるや、私の見ている前で再び左右の安全を確認し道を渡ると、そのままご自宅の邸宅の庭の方へと回収されたゴミを携えながら疾風のように去って行かれたのです。

その間、私語はいっさいありませんでした。「本当にもう頭にくる」とか愚痴めいた発言はひと言もらされず、ただ一心に現場を掃き清めて行かれたご両名のその息の合った様子と、一糸乱れぬ手際の良さと、終始変わらぬ真剣な眼差しに気圧されて、私としては「美観保全特捜隊」とでも呼ばねばならぬようなお二人のプロフェッショナルな身のこなしに畏敬の念さえ覚えたのです。

いや、もちろん「そんなに感心するくらいなら、その前におまえも手伝ってやれや」と、世間の皆様に怒られそうで恐縮ですが。

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いや、おっしゃるとおりです。全くそうなんですよ。事実、私も結婚したばかりの頃に、呑み終えた缶ビールの空き缶を片付けないでコタツの上に置いたままにして寝ましたらね、翌朝、「ねぇ、これってさぁ、私に片付けろってことなの?」と、女房にピシャリと叱責されたことを思い出すわけです。言われて私も「なるほど」と、あのとき思いました。

テーブルの上に飲み食いしたものをそのままにしておくのは、いつの間にか身についてしまった九州の実家暮らしのころの習慣だったわけです。

誰かが片付けてくれているという想像力を持ちましょう

いえ、別に私の実家の居間にあった食卓が近未来SFのように呑み終えたコーラの空き缶や、夜中に起きて勝手に食ったカップ麺の空容器なんかを知らぬ間に片付けてくれるような、そんな特別なテーブルだったわけではなかったわけですから、つまりは、翌朝、誰よりも早く起きてくるお袋が黙って毎回片付けてくれていただけのことなのです。それをお袋が腹を立てないのをいいことに、私は、あたかも我が家のテーブルが異次元空間と通底してでもいるような気になって、自分に都合よく、「どうしてか分からないけど、別に自分で片付けなくても翌朝になったら綺麗に片付けられているからなぁ」と、誰かが片付けてくれているんだという現実を敢えて考えないようにしていたわけです。

そんな私に女房が「お前はもっと現実を直視して物事を具体的に考えてみろ!」と、鉄槌を下して私の目を開かせてくれたわけですが、ご近所の道に散乱したゴミの回収も、あれと同じことであって、「誰だろう?」ではなく、ずっと我が家のマンションのお隣の戸建てにお住まいのご夫婦が回収してくださっていたわけでございます。

あの日、偶然ご夫婦が出動されていく姿を間近に見る機会を得ましたから、私も事のしだいを知りましたが、もしも、あのご夫婦のおきよめの姿を見ていなければ、今でもまだ私は「誰だろう?」で済ませていたのだろうと思うのです。

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しかし、その隣家のご夫婦も、ここ数年来お姿を見ずじまいで、隣家をおとなう人の姿もなく、お屋敷の窓もまた長らく固く閉じられカーテンも掛かったままとなり、夜になっても、いっかな窓に明かりは灯らず、お庭の植物もいつの頃からか伸び放題となり、お屋敷全体が雑草で草深くなっておりますところを見ますと、あのご夫婦は、もうあのお屋敷にはお住まいではないようです。

それでもやっぱり、この頃もご近所の往来に生ゴミが散乱しっぱなしという光景を見たことがありません。

ということは、きっとまたご近所さんのどなたかが、「無言のたすきを受け取られて出動されているのかも知れない」と思えてもくるわけです。となれば、この私も無言の襷のあることを肝に銘じて、その日が来れば出動しなければと密かに意を決する今日この頃です。

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だって、あの近所の子供公園に散乱しているゴミ屑が、どれだけ日数を重ねても片付けられることなく増えてゆくばかりだったら、私はどうするんだろうってことですもんね。ただ、ゴミの山になるまで眺めてその挙句に、「これはこの公園も、いよいよ使えないな」と打ち捨てて、「ほんとうに市は何をしてるんだ」と、他の公園へ行くだけだったら、最近はやりの「持続可能なんちゃら」とかいう、あの未来を切り開くような合言葉も、私の中では、たんなるお題目のようなことになり、相変わらず私は、持続可能よりは焼き畑農業みたいな、やりっぱなしな、使い捨ての方に、根っこのところではシンパシーを感じてるってことになっちゃいますもんね。いかん、いかん、それではいかん。実家のお袋はもういないわけですからね。持続可能を継承してゆくために、自ら出動することを納得する以外に、この世界の持続はないわけですもんね。まぁ、ご近所に散乱するゴミに関しては、これから暇な時間が増えてゆくであろう私を含めた年配者が、順次出動していくであろうと、思われるわけでございます。

ということで、本日のお話は、まことにあっさりではありますが、これにて終わりとさせていただこうと思うのでございます。まぁ、たまにはカロリー低めであっさり終わってもいいですよね。

それでは皆さんも、その日が来ましたら左右の安全確認を怠らずに散乱現場へすみやかに出動するようにいたしましょう。案外やってみると、気持ちの良いことかもしれませんよ。(了)
(次回は11月11日更新です)

嬉野雅道(うれしの まさみち)
1959年生まれ。佐賀県出身。「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)のカメラ担当ディレクター。愛称は「うれしー」。ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、文化庁芸術祭賞優秀賞など多くの賞を受賞したドラマ「ミエルヒ」では企画を担当し、福屋渉氏とともにプロデューサーも務めた。「愛と平和と商売繁盛」「負けない」がモットー。どうでしょう藩士と奥様に人気。著書は『ひらあやまり』『ぬかよろこび』(ともにKADOKAWA)など多数。

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