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発達障害の患者さんは、発達障害そのものだけでなく、必ずほかの問題を抱えている

光文社新書編集部の三宅です。『大人の発達障害 診断・治療・支援の最前線』第2章冒頭部分を公開します。本章のざっくりとした内容は次のようになります。

 成人期発達障害の患者さんは、医療機関探しに苦労したり、うつ病やパニック障害など、ほかの疾患と診断されて治療を受けていたりすることがあります。このような状況を改善し、治療機会を逸しないようにするには、治療者側に成人期発達障害を疑う目と診断できる力が必要です。ただし、成人期発達障害の患者さんは、特性に基づく困難を経験した時間が長く、さまざまな課題を重ね着しているため、現在抱える問題も非常に複雑です。そのため診断が難しいのです。
 そこで、成人期発達障害の診断に関わる課題を、「過剰診断と過小診断」「二次的問題の不可避性」「ASDとADHD」「発達障害を診立てる」の四つに分けて、どう改善していくかを考えます。さらに、ASDとADHDそれぞれの本質や、支援の視点に立つ評価についても述べます。

※「はじめに」、目次、著者紹介はこちらでご覧いただけます。

※第1章はこちら。

第2章 成人期発達障害診断の現在地と課題

柏 淳 医療法人社団ハートクリニック ハートクリニック横浜院長

1 成人の発達障害の患者さんが診断に至るまで

患者さんが受診する四つのきっかけ

 私は、複数のクリニックから成る「ハートクリニック」という医療社団法人の、横浜分院「ハートクリニック横浜」の院長を務めています。

 ハートクリニック横浜は、とてもたくさんの路線が通っている巨大ターミナル・横浜駅から、徒歩5分のところにあります。医師は私を含めて7名です。特に発達障害専門というわけではなく、一般的な心療内科のクリニックで、さまざまな路線を使っていろいろな患者さんが来ます。

 ただ、多くの医療機関などと連携してきた結果、現状で私の新患のほとんどは成人の発達障害の人たちです。また、クリニックの特徴の一つとして、成人の発達障害の人を対象としたショートケア「サタデークラブ」が挙げられます。サタデークラブでは、よりよい対人コミュニケーションを築くためのSST(ソーシャル・スキルズ・トレーニング)と呼ばれる訓練やディスカッションを、グループで行っています。

 本章では診断の現状と課題についてお話ししますが、その前に、患者さんがどのような経緯でクリニックに来るかについて、簡単に述べておきましょう。

 大きく分けると、患者さんが受診するきっかけは、以下の四つです。

①本人が診断を求めて来院。
②周囲(家族、上司、支援者など)が疑って来院。
③他の主訴(うつ、不安など)で来院。
④他疾患で通院中に気づかれる。

 ①は、本人がいろいろ調べて、「自分は発達障害ではないか? ちゃんと診断をつけてほしい」と、求めて来る場合です。
 ②は家族――奥さんの場合が多いのですが、両親や兄弟のこともあります――あるいは会社の上司、または困りごとがあって支援を求めた先で、「あなたは発達障害かもしれないから、一度診てもらいなさい」と言われて来る場合です。この場合は、本人が「自分は発達障害かもしれない」と思っていることもあれば、「自分は違う」と思っていることもあります。
 ③は、うつや不安などほかの症状を訴えて来院し、初診あるいは初期の段階で我々が気づく場合。我々が診て、この患者さんのベースには発達障害があって、それが大きな問題につながっているのだろうと考える場合です。
 ④は、うつ病やパニック障害などと診断されて通院中に、治療がうまくいかないことや話の内容などから、「この患者さんは発達障害ではないだろうか」と、医師が気づく場合です。このようなケースは多々あって、当院でも毎週のようにあります。

成人の発達障害の患者さんは、受診先に困っている

 先ほどの①と②、「本人が診断を求めて来院」と「周囲が疑って来院」の場合では、「ようやくちゃんと診てもらえるところにたどり着きました」と言う患者さんがかなりいます。どこで発達障害の診療を受ければいいのか、困っている人がたくさんいるのです。

 そこで、当院のケースワーカーが、横浜市内の精神科と心療内科のうちホームページがあるクリニックについて、標榜実態(外部に広告している診療科名)を調査しました(図2―1)。横浜市は約376万人と全国の市でもっとも人口が多く(2020年7月1日現在)、クリニックがたくさんあるのです。

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 ホームページがあるクリニックだけですから、網羅できていないかもしれませんが、横浜市内に精神科と心療内科のクリニックは124軒ありました。その中で、ホームページに診療する病名または病気の説明を表示しているところは80軒、約3分の2です。

 まず、病名表示のないクリニックを含む124軒中で発達障害を表示しているところは21軒(17%)、自閉症スペクトラム障害(ASD=Autism Spectrum Disorder)は9軒(7%)、注意欠如・多動性障害(ADHD=Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder)は17軒(14%)。

 病気またはその説明を表示している80軒に絞って割合を見ると、発達障害を表示しているところは25%、4軒に1軒でした。ASDは10%、ADHDは20%です。

 ただし、横浜市内には子どもの発達障害を専門にしているクリニックが3軒あり、それもこの中に含まれていますから、それを除くと成人の発達障害を診るクリニックはさらに少なくなります。

 また、「発達障害」とは書かずに、「ADHD」と書いているクリニックも3軒あります。ADHDは薬による治療が可能ですから、「発達障害」とか「ADHD」と表示していてもADHDの薬物療法のみを行っていて、発達障害に関してはそれ以外の診療を行わないクリニックがあるのかもしれません。

 成人の発達障害をきちんと診療できるクリニックはまだまだ少ないのが実態で、これをどうしていけばいいかという話になるわけです。

 その話と関連するのが先ほどの③と④、「他の主訴で来院」「他疾患で通院中に気づかれる」です。たとえば、うつ病で通院していてなかなかよくならない患者さんの場合、医師は「双極性障害(躁うつ病)ではないか?」とか、「不安障害が合併しているのではないか?」とか、「パーソナリティの問題、愛着やトラウマに関わる問題、知的な問題がないか?」など、いろいろ考えるわけです。そのときに、「発達障害が関係しているのではないか?」と考えることも重要ではないでしょうか。

 医療機関を大きく分けると、発達障害を専門に診ているところと、専門ではないものの、発達障害の人が初めに受診する医療機関として、発達障害を総合的に診ているところがあります。これらには、林寧哲先生のところ(ランディック日本橋クリニック。第3章参照)や、本田秀夫先生のところ(信州大学医学部 子どものこころの発達医学教室・附属病院子どものこころ診療部。第4章参照)などが該当します。

 そして、私のところのように「発達障害も診ます」と標榜している医療機関があります。

 あとはそれ以外の一般クリニックですが、「発達障害を診る」と表示していないクリニックでも、診療スキルの向上や患者さんの回復の援助ということを考えれば、発達障害を見抜く〝眼力〟が必要なわけです。

 ただし、発達障害を見抜く眼力は必要ですが、すべての医療機関で正確な診断ができなければいけない、ということではありません。発達障害の可能性があると気づいた時点で、専門の医療機関に照会できる態勢を作っておけばいいのです。

 一方、発達障害を診る医療機関には、当事者の診療はもちろん、家族・職場・学校など周囲への支援や、福祉サービスとの積極的な連携も求められます。

2 成人期発達障害の診断に関する現状と課題

 ここからは、診断に関わる問題を「過剰診断と過小診断」「二次的問題の不可避性」「ASDとADHD」「発達障害を診立てる」の四つに分けて述べます。

過剰診断と過小診断の問題

 初めに、過剰診断と過小診断の問題についてです。

 過剰診断とは、発達障害でない人を発達障害と診断してしまうことですが、その根底には以下のような状況があります。

 一つ目は、「アスペさん現象」と呼ばれるものです。これは会社で困った人がいたり、ネット上で困った人がいたりすると、「アスペルガー症候群なんじゃないか」と言われることをさします。アスペルガー症候群とは、ASDに含まれる一つのタイプで、ASDの三つの特徴「対人関係の障害」「コミュニケーションの障害」「パターン化した興味や活動」を併せ持つが、言葉の発達に遅れがない一群をさします。

 ただし、最新の診断基準「DSM―5」(アメリカ精神医学会発行の精神疾患の診断・統計マニュアル第5版。精神科の診断に現在もっともよく使われている)では、アスペルガー症候群という言葉は使われないことになっています。

 周囲に「アスペルガーなんじゃないか」と言われて受診する人がいるのですが、アスペルガー症候群の人は人口の0・3%とされていますから、そんなにたくさんいるわけではありません。

 二つ目は、ネット上でAQ―J(ASDのスクリーニングテスト)などが簡単にできるようになったために、やってみて「35点だったから、発達障害だ」などと自己診断して来る人がいること。

 そこに、医師の知識不足や経験不足が重なって、過剰診断が起こるのです。

 過小診断についても、医師の知識不足や経験不足の問題はありますが、それ以前に、そもそも専門医が少ないという事情があります。発達障害を診るプロフェッショナルである小児精神科医自体が少ない上に、成人は守備範囲外のため診てもらうのが難しい。なおかつASDやADHDは、こちらから疑って尋ねないとわからない。何年も診ていて、あるとき質問して初めてわかったというケースが、けっこうあるのです。

 このような現状をどう改善していくかを考える上で、青木省三先生(慈圭会精神医学研究所所長・川崎医科大学名誉教授)の言葉「理解としては発達障害を広くとり、診断としては発達障害を狭くとる」が、ヒントとなるのではないでしょうか。

「理解としては発達障害を広くとる」とは、患者さんとの面接場面において、常に「何らかの発達特性(障害)があるのではないか」「発達特性が患者さんの困りごとに関与しているのではないか」と考えることをさします。

 ただし診断する際には、「発達障害を狭くとる」ことが重要です。具体的には、その困りごとが発達特性以外の要素で説明できないかどうかを考える、ということ。「人とうまく関われない」という困りごとでも、ASDの社会コミュニケーション障害に起因する場合だけではなく、特定の状況に不安や恐怖を感じる社交不安症からきている場合などもありますから、丹念に診ていく必要があるのです。

 さらに、診断を急がないことが重要です。言い換えれば「留保する不安と向き合う」ということで、患者さんが「早く診断をつけてほしい」と焦っていても、医師は焦らずに留保する勇気を持つことが大事ではないでしょうか。

 我々医師は、得体の知れないものに対しては安心できないために、とにかく何か診断をつけたいと思ってしまいます。そのまま置いておくことは心情的に難しいのですが、発達障害、特に成人の発達障害の正確な診断は、そんなに簡単につくものではないと思うのです。患者さんと長く付き合って、困りごとの背景にある要素を丹念に診たり、過去のことを繰り返し尋ねたりして、いろいろな情報を集めて初めてわかるようなところがあるのです。

 2019年に新潟で開催された日本精神神経学会で、村上伸治先生(川崎医科大学准教授)が「グレーに診断して、グレーに支援すればいいんだ」とおっしゃっていましたが、それもまた至言だと思います。つまり、診断としてはグレーであっても、その時点で支援に移るということです。最終的な診断はもっと先でもいいのです。

 私のクリニックにも、手帳(精神障害者保健福祉手帳)がほしいと言って来る患者さんがいますが、申請は初診から6か月以上経たないとできませんから、その期間を上手に使って情報を集めていくのです。

二次的問題の不可避性

 次に、「二次的問題の不可避性」です。二次的問題とは、発達特性に合わない環境の影響などによって生じた、うつ病や社交不安症などの「二次障害」という意味ではありません。二次障害だけでなく、たとえば愛着の問題、不登校やいじめ、対人関係の困難さなども含めた、さまざまな二次的問題をさします。

 受診に至る発達障害の患者さんは、発達障害そのもののことだけで受診することはまずなく、必ず何かほかの問題を抱えています。何らかの適応障害を起こしていて、それが一定のレベルを超えたために受診に至ることが多いのです。適応障害とは、特定の状況や物事がその人にとって非常につらく感じられるために、不安や神経過敏になるなど心理面の症状が出たり、物を壊すなど行動面の症状が出たりすることをさします。

 あるいは生育の過程で何らかの愛着課題があり、それが原因で虐待やネグレクト、いじめなどを受けたり、複雑性PTSDを生じたりした人もいます。

 愛着課題とは、生育の過程で養育者(母親など)との情緒的な絆がうまく形成できなかったために生じる問題のこと。ネグレクトは心理的虐待の一種で、無視すること、または子どもの養育などを著しく怠ることです。

 PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、事故やレイプなど強い精神的ストレスがダメージとなって、時間が経ってもその経験を突然思い出したり、強い不安や緊張を感じたりするものです。複雑性PTSDは、家庭での虐待のような長期にわたる複合的なストレスによって生じたPTSDの一種で、慢性的に無力感や絶望感があるなどします。

 このようなことと、生育過程で形成されるパーソナリティ(個性・性格)特性とが互いに影響し合って成人となったのが、我々の前に現れる発達障害の人たちなのです。

 これを広島市精神保健福祉センターの先生方が、「重ね着症候群」と命名しています。厳密にはもう少し狭い範囲をさす言葉なのですが、私は広く捉えて、「発達障害の人はいろいろな要素を重ね着している」という意味で使っています。

(続く)

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