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ただの一技術に夢を見てはいけない――『Web3とは何か』by岡嶋裕史 第1章 ブロックチェーン⑩

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第1章 ブロックチェーン⑩――使いにくいシステム

これらを総じて、私はブロックチェーンを使いにくいシステムだと考えている。先に述べたような理由から、みんながみんなを疑わなければならないような環境(紛争地帯で政府や金融機関がまったく信用できなかったり、人権侵害でIDを発行してもらえる見込みがないなど)では絶大な威力を発揮する可能性がある。

いっぽうで、紛争地帯での行政手続やID発行はすべてブロックチェーンにすればいいかと言えば、安定的なチェーンの運営には魅力的なインセンティブが欠かせないが、インセンティブ設計がしにくい業務がほとんどだ。それを国連などが下支えするアイデアがあるが、であればブロックチェーン以外の技術で構築したシステムを国連が動かすのと大差ない。

さらに、政治や金融のしくみに第三者監査などのチェック機構がきちんと組み込まれている国や業界では、その既存システムを使い続けた方が高速で、安定して運用でき、拡張性があり、運営コストも小さくできる可能性が高い。

もちろん美点はたくさんある。そうでなければ、たとえその理由の多くを投機が占めていても、これだけ多くの人を熱狂させられない。ブロックチェーンは世界を変える可能性がある。

でも、使いどころの難しいシステムを過大評価して、本来適用すべき場所を逸脱して適用すると矛盾や脆弱性を生む。

軽量ノード

ビットコインではすべてのノード(インターネットの世界では、IPアドレス(インターネット上における識別番号)を持ち、通信をする機器をノードと呼ぶ。ブロックチェーンに参加するコンピュータもノードと呼ばれる)が全取引データを持っているわけではない。たいへんな負荷がかかるので、一部のデータしか持たない軽量ノード(全取引データを持っているノードをフルノードという)として参加することも許されている。

本来の思想から言えば、変ではある。ネットワークに何かがあったとき、軽量ノードだけが生き残っても全体を復元できない。たくさんの人に参加してもらうためにはやむを得ない措置だが、こうした拡張を続けていくともともと持っていた理念から少しずつ少しずつずれていく。

マルチチェーンとイーサリアム

マルチチェーンも大変そうだなと思う。最前線にいるのが、次章でも解説するイーサリアムだ。イーサリアムはビットコインの後発仮想通貨として、二番手の位置につけている。二番手だからこそ、新しいことを色々試せるし、試さねばならない。同じことをしていても、ビットコインに勝てないからだ。

だから、野心的な試みを続けている。技術的にはビットコインよりもずっと面白い。ビットコインはチェーンの用途を、ビットコインという価値の交換に絞っている。シンプルだ。それに対してイーサリアムは用途を限定していない。独自のトークンを作ることができる。だからスマートコントラクトと呼ばれる自動契約のしくみや、NFTに活用されている。NFTをやり取りする基盤として、まず思いつくのはイーサリアムだ。

ビットコインではブロックのサイズが決まっていたが、イーサリアムではサイズは可変であり上限も定められていない。その時々のトランザクションの需要に応じて、大きくすることも小さくすることもできる。ビットコインで批判のやり玉にされたブロック生成間隔は15秒だ。ビットコインよりずっときびきび動く(それでも、1秒当たりのトラフィックは数十程度で、既存システム(数万~数十万)とは比較にならないほど遅い)。

図 BTC.com
図 BlockChair

上記はビットコインとイーサリアムの比較である。イーサリアムのほうが後発だが、つながっているブロックの数はずっと多いことがわかる。ブロックの生成間隔が短いからだ。直近24時間のトランザクション量も、イーサリアムのほうが1桁多い。

図 イーサリアムのトランザクション(BTC.com)

イーサリアムの最新のトランザクションをいくつか拾ってみた。ビットコインは送金だけだが、イーサリアムは「Transfer」、「Mint」、「Stake」など、色々やっているのがわかる

こうなると出てくる問題がシステムの逼迫である。ブロックチェーンはもともと1秒、1ミリ秒をあらそうような用途を想定していない。でも、社会に根付かせるために手を広げ、実装を進めていくとそうした需要も出てくる。拡張性(スケーラビリティ)が必要なのである。

一般的に、システムを拡張するにはスケールアップかスケールアウトを行う。スケールアップは使っているコンピュータの性能を上げること、スケールアウトは台数を増やすことである。だが、ブロックチェーンはそう単純ではない。

中央管理サーバがあるわけではないので、そのコンピュータをでかくする解決策はとれない。みんなが同じ処理をしているので、台数を増やしても速くはならない。

加えて、トラフィックの量が増えれば、チェーンはどんどん伸びていき、システムにますます負荷をかける。どうすればいいのか?

オフチェーン・スケーリング

やり方はいくつかある。1つはオフチェーン・スケーリングである。処理の一部分をブロックチェーン外で行うのである。ブロックチェーンが関与しなければ、一連の処理は高速に低コストで実行できる。その結果だけをブロックチェーンに戻し、記録するのだ。

ブロックチェーンの負荷を軽減できるのは間違いないし、ブロックチェーンを通さないので手数料を節約できる可能性もある。しかし、ブロックチェーン以外の場所で二者間で取引すればその取引内容は闇の中であり、ブロックチェーンの透明性の恩恵は受けられない。知らない相手であれば持ち逃げのリスクもある。

それを回避するために、第三者的な取引所を立てそこを信用するモデルにするならば、結局取引所が大きな力を持って中央集権的なモデルになるだろう。わざわざブロックチェーンを置く意味は減退する。

図 オフチェーン・スケーリング

サイドチェーン・スケーリング

2つめはサイドチェーン・スケーリングである。メインで稼働しているチェーンが飽和してきたら、メインのチェーンと互換性があるサブのサイドチェーンを作って、そちらに処理の一部を移管するのだ。仮想通貨系ブロックチェーンであれば、サイドチェーンに資産の一部を移してそこで運用する。飽和したメインチェーンに比べて小さいので応答速度は速いだろう。必要が生じたら、資産をメインチェーンに戻すこともできる。

もちろん、このやり方にも欠点はある。メインチェーンとサイドチェーンをつなぐ結節点は常に攻撃の対象になるだろう。ここに取引所的なものを置くならば、ブロックチェーンの特長である非中央集権の度合いが弱まる。

だからそこを全部オートにすればいい。アルゴリズムは嘘をつかない、という人はグーグル検索の事例を思い出して欲しい。グーグルの検索結果に人手が介入していないことは売りだった。人力でサイトを登録していたディレクトリサービスに比べて、公平だと言われていた。確かにアルゴリズムに恣意性はないだろうが、バグが入り込む余地は常にあるし、またその特性に応じて対象(グーグル検索の場合はWebページ)を作ることで、詐欺サイトを検索結果の上位に位置させることもできた。

こうした誤解は、人手を介さないから公平になるはずだったAIによる入社試験などで、何回も繰り返されている。「機械がやるから公平、間違わない」は牧歌的すぎる議論だと思う。

また、サイドチェーンはメインチェーンよりも利用者が少なくなることが予想される(そのためにサイドチェーン化するのだ)。マイナーの数にとっては、安全性の懸念が生じる。

図 サイドチェーン・スケーリング

シャーディング


3つめはシャーディングである。シャードとは破片のことだ。メインチェーンに対して複数のサブチェーン(この場合は、シャードチェーンと呼ぶ)を作り、作業を分割する。発想はサイドチェーンと同じだが、シャードチェーンはメインチェーンの存在に完全に依存している。

サイドチェーンだって、メインチェーンの人気と実力があってこそ、価値があるのだが、たとえばイーサリアムをメインチェーンとするサイドチェーンがあったとして、イーサリアムが潰れても一応そのサイドチェーンは動き続けることはできる(利用者を集められるかは別の話だ)。でも、シャードチェーンの場合は、イーサリアムが潰れたら、そのシャードチェーンも同時に潰れる。

シャードチェーンは一般的にチェーンを多数に分割し、メインチェーンのマイナーをランダムに各シャードに割り当て、しかもそれを一定期間で入れ替えていく(悪意のあるマイナーが、あるシャードチェーンを独占する試みへの対策)。拡張性をより強化することができるが、機構と処理は複雑になり、欠点もサイドチェーンに準ずる。

図 シャーディング

イーサリアム2.0

イーサリアムはこれらのアイデアの実験場になっている。これまでに触れてきたPoSとシャーディングを中核に据えた大改訂版のイーサリアム2.0が準備され、移行作業が続いている(現イーサリアムも並行運用される)。さらにはこうしたイーサリアムの本体をベースに、イーサリアムとは異なる独立した組織のチェーンを接続する方法の実装も進んでいる。それぞれのチェーンごとに特色あるサービスを提供でき、拡張性もさらに増すだろう。

このときL2(レイヤー2)という用語が頻発するので、ちょっと注意しておいたほうがいい。レイヤーは階層の意味で、様々な場面で使われる用語だ。ブロックチェーンで出てくる場合は、メインになるチェーンをL1として、そこにつながるチェーンをL2、L2につながるチェーンをL3と呼んで階層構造を表す。

このとき、取りあえずL1につながっていれば何でもL2と呼ぶのか(サイドチェーンもシャードチェーンもみんなL2なのか)、メインチェーンに完全に依存していて、切り離されたら機能しなくなってしまうものがL2なのか、それがL2であるとしてシャードチェーンはL2なのか、それともシャードチェーンにつながった先がL2なのかは、企業や人によって言うことが異なる。まだ用語として収斂していない。

図 メインチェーンに依存するものだけがL2で、かつシャードチェーンまではイーサリアム本体だからその先がL2なのだ、と解釈したときの模式図

技術的なチャレンジがたくさんあって、わくわくする。だが、多くの参入者の思惑と技術が入り乱れる中で、非中央集権や、すべてのノードがすべてのデータを保有すること、強靱な耐障害性があることといった特徴が希釈されているのもまた事実である。そのひずみが強く出ているのが、次章で説明するNFTだと思う。

ブロックチェーンはただの一技術

ブロックチェーンは、インターネットの初期に起こったことを、もう一度なぞっているように見える。ただの一技術にすぎないものが、思想に育っている。個人を解放し、世界をフラットにする力としてのインターネットやブロックチェーンである。

システムが思想をはらんでいくことはある。でも、思想にとらわれる過ぎると、システムでできないことや向いていないこともそれでやろうとする。そして思想そのものも機能しなくなるのである。

インターネットの先駆者は、多くの人が平等に議論を行う場としての発展を期待した。しかし、フラットな関係は議論の収束を難しくする。何より、「多くの人」は議論なんて望んでいなかった。ツイッターをはじめとするインターネットの言説空間は、まずは罵り合いの場であり、善良なサイレントマジョリティはそこから退出する。

インターネットはその構造上、格差を助長しかねない特徴をいくつも有しているし、一般の利用者がアクセスできない領域も年々増えている。でも、当初のイメージとしての平等なインターネット、無償のインターネット、匿名のインターネットが強烈にすり込まれ、わたしたちはそれにとらわれ続けている。当初の有りようとは異なったインターネットを見誤り続けている。おそらくはブロックチェーンもそうなるだろう。

少なくとも、既存システムとの比較の上で導入すべき一技術に過ぎないことは、ここで強調しておきたい。(続く)


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