そもそも「重力波」とは何か?|高橋昌一郎【第47回】
「重力波」検出に成功
1664年、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの学生だった21歳のアイザック・ニュートンは、窓扉に小さな穴を開けて一筋の太陽光を暗い部屋に導いた。その光線をガラスの三角柱「プリズム」に当てると、光は「虹」のように分かれ、色によって屈折する角度が異なることがわかった。彼は、これらの色彩を「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」の7音階に合わせて「赤、橙、黄、緑、青、藍、紫」の7色に分類した。その「虹」を再度レンズで集めると、白色に戻る。そこで彼は「白色光は、すべての色の光の混合」であることも発見した。
現在でも日本やフランスでは虹を7色と認識するが、アメリカやイギリスなどの英語圏では「red(赤)、orange(橙)、yellow(黄)、green(緑)、blue(青)、purple(紫)」の6色が普通である。ドイツでは「rot(赤)、gelb(黄)、grun(緑)、blau(青)、violett(紫)」の5色と認識する。さらに、アフリカ南部のショナ語圏では「chipwuk(赤・橙)、acitena(黄・黄緑)、acitem(緑・青)」の3色、バサ語圏は「ziza(赤・橙・黄)、hui(緑・青・紫)」の2色と認識している。つまり「虹」を何色と認識するかは言語圏によって異なるわけである(言語と認識に関する議論は、拙著『知性の限界』(講談社現代新書)参照)。
現在では、そもそも光は電磁波であり、人間の目で認識できる光線は、およそ波長380~780「ナノメートル(10億分の1メートル)」の「可視領域」にすぎないことがわかっている。赤よりも長い波長領域には赤外線・ラジオ短波・テレビ長波、紫よりも短い波長領域には紫外線・エックス線・ガンマ線が存在し、可視領域よりも遥かに広域である。「虹」は、大気中の水蒸気の屈折によって、いわば大気がプリズムとなって太陽光線を反射させる現象なので、物理的には幾らでも色を細かく分類できる。現代のテレビやパソコンで表示可能な「フルカラー」は、可視光線を24ビットカラーの16,777,216色に分類する。機械は約1,678万色をスクリーン上のドットに表示して動画を投影するわけである。
電磁波において、波が1回振動する距離が「波長」であるのに対して、1秒間に振動する波の数を「周波数」と呼ぶ。たとえば、東日本で供給されている電磁波の交流電気は1秒間に50回振動するので、周波数は50ヘルツである。「波長」と「周波数」は反比例の関係にあり、波長が短いほど周波数は高くなり、エネルギーも高くなる。紫外線・エックス線・ガンマ線が人体に強い影響を及ぼすのは、そのためである。逆に、波長が長いほど周波数は低くなり、エネルギーも低くなる。携帯電話・テレビ・ラジオで用いられる電波の波長は1ミリメートルから1キロメートルと長く、電波は弱いが安定した状態で伝わる。
宇宙に目を向けると、信じ難いほど途方もない波が存在する。それが「重力波」である。重力波の波長は約30光年で、周波数は約1ナノヘルツであり、1回振動するのに約30年かかる。2023年6月、国際研究チーム「ナノグラブ」は20年を超える観測の末、ついに「重力波」をしたと発表し科学界に衝撃を与えた。
さて、本書で最も驚かされたのは、『宇宙はいかに始まったのか』という問いに対する答えが、本書のどこにも記載されていない点である。これは『なぜ宇宙は存在するのか』(講談社ブルーバックス)の書評でも触れた点だが、あまりに内容と逸脱したタイトルは読者の期待を裏切り失望させてしまうのではないか。
本書のサブタイトル「ナノヘルツ重力波と宇宙誕生の物理学」ならば「正統派科学書」として納得できる。「ナノヘルツ重力波」の研究が、太陽の10億倍という途方もない巨大ブラックホールや宇宙誕生時の「始原重力波」の解明に役立つという最前線研究紹介は非常に興味深い。本書自体は立派な力作である!