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元ソニーのAIBO技術開発者が、イノベーションに不可欠な考え方を語る。

現在、日本と世界は転換期を迎えています。リアルな商品の販売やリアルな人対人によるサービス業をベースに進んでいたビジネスの構成が、ネットによる販売・物流やSNSなどに代表されるSaaS(ソフトウェアによるサービス)企業に大きくその座を譲る状況になっています。ネットを通したサービスがますます重要度を増していく世界の中で、日本が生き残っていくには何が必要なのでしょうか?ソニーで、犬型ロボット「AIBO」などロボット関連の開発に携わり、ソニー退職後にロボット開発会社を立ち上げた春日知昭さんが、『面白いことは上司に黙ってやれ』の刊行にあたって、これからの時代を生き抜くために必要な考え方を綴ってくださいました。

これまでの方法ではビジネスがうまくいかない理由

ロボットを製作している僕はこのたび、技術畑の話ではなく、ビジネスのヒントを本(紙媒体)として出版させていただくことになりました。

日本ではまったく一般的ではない、というか、これまで培われてきた日本の習慣が「考えることを阻止」してきた、本来、現代のビジネスに必要不可欠な『未来を考えるための基盤』をまとめたものです。

日本の企業で働く皆さんの多くは、きっと会社で「効率よく仕事をしろ」とはっぱをかけられ、着手した仕事に「結果を出せ」と言われ続けていると思います。所属する会社からお金をもらっている限り、上意下達で会社の意志を完遂することは「当然のこと」だと肝に銘じているからです。

僕は、その考え方に異を唱えるつもりはありません。大事なことを考える人がいて、考えられたことをカタチにしていく人がいる。テクノロジーでいうところのソフトとハードが絶妙なバランスを保ち、効率的にお金を稼ぐことができていれば、ビジネスとして成立するわけです。

ところがグローバル社会で遅れをとるようになった日本は、世界の変化についていくことなく、これまでのやり方を踏襲し続けました。待ち受けていたのは、結果を出すのにたいへんな苦労を強いられる状況です。ソフトとハードのバランスは崩れ、ビジネスがうまくまわらなくなっているのです。目標と結果に生じた差異は広がりつつあり、いつしか私たちを疲弊させるストレスの素になっているように思われてなりません。

日本ビジネス

過去の遺物となった日本の勝ちパターン

今、新型コロナウイルスが地球を(ギャンブルの)ツボで振られるサイコロのように揺さぶっていますが、このことを除外すれば、世界が同時に不況に陥っているわけでないことは周知の事実です。『GAFA』(Google, Amazon, Facebook, Apple)に代表される情報産業は続伸し、製造費をおさえ受注を増やす世界の工場は、欧米とぎくしゃくしながらも、着実にその地盤を固めています。

なのに日本は、時代に即した手を打つことなく、不沈であるはずの空母が日本海と太平洋の間にじわじわと沈んでいくような状態です。

どうしてこんなことになってしまったのか?

自著で指摘したように、それは日本がこれまでビジネスの基本的な進め方を『帰納法』で考えてきたからです。

帰納法とは、多くの観察から相似点を分析し、必要な結論を導く方法です。

過去、日本はこの帰納法に基づいて経済を牽引してきました。他国の優れた商品を観察し、よりよいものに仕上げるにはどういうふうに改良を施せばいいか……。いわゆる「カイゼン」を行ってきたのです。

そのようにして世界に誇る高品質で壊れない製品を作り出し、世に送り出していったのです。

世界が高品質で壊れない製品を求めているうちは、日本の経済は安泰でした。ところが「プラットフォームに基づいたアプリ開発によるビジネスをしよう」という動きが生まれ、「製品よりも『Saas』(Software as a Service)だよね」という新風が現れ、たちまち日本の勝ちパターンは過去の遺物となってしまったのです。

日本がずっと採用してきた帰納法は「カイゼン・ビジネス」には有効でしたが、世界のニーズが新しい時代に目を向けた時、日本には「次に求められるだろうこと」を開拓することはできませんでした。
 
先進企業群『GAFA』は、その時価総額が、世界中の他の企業をすべて合わせた時価総額を超えています。ビジネスは完全に「脱シンプルなもの作り」社会に変わったのです。

帰納法で鍛えられた日本人は「白紙からモノを考えるのが苦手」と言われています。欧米など、現代におけるビジネスを牽引する人たちになぜそれができるのかといえば、代表的な回答に「学校教育で鍛えられているから」と口にする人がいます。若いうちから考える習慣があるからこそ実現できるのだと。

世界ビジネス

ビジネスのクリエイトは『演繹法』がスタンダード

でも、本当にそうなのでしょうか?

20年前にソニーという会社を辞め小さな会社を立ち上げ、ソニー在籍中に手掛けた犬型ロボット『AIBO』の経験からロボット製作を根気よく続けてきた僕に、その答えは言い訳にしか聞こえませんでした。

45歳で独立し、会社というものを外側から傍観した際、会社員として働いていた時に何が足りなかったか、はっきりとわかったからです。そして、学校で教育されなくても、自分で気づけばいいんだ、ということも。

先進国では、ビジネスのクリエイトは『演繹法』で行われるのがスタンダードです。

これは仮説やルール、観察事項からロジックに基づいて必然的な結論を導く方法で、帰納法と違って新しい商品を創造することを容易にします。シリコンバレーがこれに基づいてビジネスを考えているといえば、わかりが早いと思います。そして僕は独立してから、つまり40歳を超えてからこの演繹法を理解し、実践しました。

僕の手がけるロボットは、PEPPERにも似ていないし、ASIMOとも違います。改良したって、しょせんは二番煎じです。やるならオリジナルを!そうすれば、切り拓いた分野で世界一を目指すことができます。

『高坂(こうさか)ここな』という名前を聞いたことはあるでしょうか?

神田明神で巫女姿で踊ったり、吉祥寺の商店街で老若男女に愛想を振りまいたこともあります。FaceBookに動画を載せれば、海外から圧倒的なアクセスをちょうだいします。日本国内で知らない方が多いのなら、世界にこそビジネスの可能性があるということなのかもしれません。

美しくスリムな動くロボットアイドル創作プラットフォーム『MOFI7-Cute』と等身大アイドルロボット『高坂ここな』  ©Speecys Corp.

高坂ここなは、細い手足にくびれた腰、まるでアニメから飛び出してきたような容姿の動くフィギュアです。

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「高坂ここな」2019 年。東京・吉祥寺のブティック、大原商店でのデモ。お店が販売している服を借用。この時のビデオをFacebook に掲載したところ、100 万リーチに達した。©Speecys Corp.

今回出版させていただいた書籍には、もちろん動くフィギュア(「モーション・フィギュア・システム」といいます)の構造や開発秘話も収録させていただいています。ソニー在籍中から、もの作り日本の底力は衰えさせてはいけないと考えていたし、僕自身、演繹法で新しいものを生み出したことを多くの人に知ってほしかったからです。

そしてなにより、会社に属しているだけでは見えてこない、「切り拓く力」「世界に立ち向かおうとする野心」「自分株式会社の社長になることの重要性」を本書を通してご理解いただけたらと思っています。

上司に止められたからやりたかったことを諦めるのではなく、『面白いことは上司に黙ってやれ』なのです。

いま必要なのは発想の切り替えだ

実は、この『面白いことは上司に黙ってやれ』という名言はソニー社内のスローガンで、上司への報告なしで開発を進めることが許されていたばかりでなく、上司や経営者は開発途中の案件を却下しないというルールがありました。

そうして生まれてきたものにはFelicaを始めCDやAIBOなど、世間に定着した技術が多数あります。市場に出るまで、誰も判断はできないといった太っ腹で肝っ玉の据わった体制は、当時ソニーが躍進する原動力だったように思います。

CDにはさらなるエピソードも残されています。当時開発の責任者だった井深大さんが、そんなものはソニーにふさわしくないと言い切ったのに、開発が頓挫しなかったばかりでなく、結果として社会に受け入れられたCD技術の成功を前に、井深さんが自分が間違っていたと謝罪したというのです。

開拓・開発に、これまでの常識をあてはめた否定は禁物です。「これからの時代」を切り拓いていくためには、思考・発想の切り替えが不可欠なのです。

本書は、読んでいただければ、読後すぐに発想の切り替えとはどういったものなのかがご理解いただけると思います。共感していただいたなら、まずは自分が本当にやりたいことはなんだったかを考えてみることです。

そのガイド役として、本書はきっと皆様のお役にたてると思います。

春日知昭(かすがともあき)
1956年、東京都三鷹市生まれ。早稲田大学理工学部電子通信学科卒業。79年、東芝に入社。府中工場にて発電制御システム部に所属。マイコンを使った原子力発電所の制御機器を多数設計。GE社との共同開発も行う。85年、ソニーに転職。UNIXワークステーション〝NEWS〟、VAIOのデスクトップ機種などの設計課長、AIBO技術管理室長。2001年にソニーを退職し、スピーシーズ株式会社を設立。オリジナルのロボット開発を行う。2足歩行ロボットを、大学を中心に200台以上販売。ロボットによる表現や感情移入を追求するため、モーション・フィギュアの開発に取り組む。取得特許多数。本書が初の著書。   


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