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【73位】ダスティ・スプリングフィールドの1曲―奇跡のひとしずく、深南部での冒険の果てに

「サン・オブ・ア・プリーチャー・マン」ダスティ・スプリングフィールド(1968年11月/Atlantic/米)

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Genre: Soul, R&B
Son of a Preacher Man - Dusty Springfield (Nov. 68) Atlantic, US
(John Hurley, Ronnie Wilkins) Produced by Jerry Wexler, Arif Mardin, Jeff Barry and Tom Dowd
(RS 242 / NME 161) 259 + 340 = 599

白人が歌ったソウル音楽を「ブルー・アイド・ソウル」と呼ぶ時代がかつてあった。その代表例のひとつと目されつつも、しかしそんな範疇は軽々と超えて、真なる「ソウル・クラシックス」のひとつとなったと言うべき人気曲がこれだ。60年代イギリスが生んだ至宝、ダスティ・スプリングフィールドの、一世一代の晴れ姿がここにある。

歌のストーリーは、牧師の息子と恋に落ちた人物(おそらくは若い女性)の心の動きを描写するものだ。揺れる心情を、しかし弾むように軽快に歌いきる。粘りのあるリズムの上に、スモーキーな声質のコシが強いヴォーカルが乗る。そしてコーラス部、高音域に生じる、きらめく光沢にセンチメンタルな波動が宿るところ――これぞ彼女の真骨頂だ。かくして当曲は大ヒット。ビルボードHOT100では10位、全英では9位まで達した。

そもそもこの曲は、アトランティック所属の「ソウルの女王」アレサ・フランクリンのために用意されたナンバーだった。だが採用されなかったものを、スプリングフィールドが押さえた。ヒットのあとの70年、フランクリンもこれを歌った。しかしアルバムおよびシングルのB面には起用されたものの、セールスも評価も「この曲にかんしては」スプリングフィールドが圧勝した。フランクリンほどの大巨人を前にして!

レコーディングがおこなわれたのは、米テネシー州はメンフィスの名門、アメリカン・サウンド・スタジオだった。この場で彼女は、通算第5作目のアルバム『ダスティ・イン・メンフィス』(69年、『教養としてのロック名盤ベスト100』では33位)を制作したのだが、同作からの先行シングルとなったのが当曲だった。スタジオ付きのミュージシャンの面々も、4人のプロデューサーの全員も、この時代のアメリカのロック/ソウル音楽に親しんだ人なら瞠目必至の、すごい名前が並ぶのだが、そんな顔ぶれの眼前に単身乗り込んでいって、一歩も引かずにスプリングフィールドは渡り合ったわけだ。

60年代の英女性ポップ・シンガー・ブームとは、性差別的な前提のもと、気軽に使い捨てできる音楽を量産するものだった。しかしそこで生き残ってきたスプリングフィールドは、ちょっとばかり腹が据わっていた。幾度となく自作のプロデュースまでノン・クレジットでおこなっていた彼女は「(都合のいい)お人形さん」ではなかった。じつはこのとき初めて外部プロデューサーと組んだのだが、臆せずに「大好きなソウル音楽」を追及できるだけの能力があった。その裏付けから生まれた奇跡のひとしずくが、この曲だ。

(次回は72位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki


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