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【第52回】「自由の勝利は明白な事」だという死を賭した叫び!

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

自由主義者の『所感』

終戦直前の1945年5月11日、大日本帝国陸軍特別攻撃隊員として、沖縄嘉手納湾の米国海軍駆逐艦に突入して爆死したのが、上原良司である。彼は「自由主義者」が「出撃の前夜記す」という『所感』を遺したことで知られる。

上原は、1922年9月27日、長野県北安曇郡の裕福な医師の家庭の三男として生まれた。なお上原家の長男と次男は軍医となり共に戦死したため、三兄弟が戦争で逝去したことになる。少年時代の上原は、恵まれた環境で育ち、自由な校風に憧れて旧制松本中学校(現在の松本深志高等学校)に入学した。彼は「自治といふ精神や古い歴史がある」と母校を誇る文章を残している。

1941年に慶應義塾大学予科、翌年に同大学経済学部に進学した。上原が大学時代に熱中して読んだのが、イタリアの哲学者ベネデット・クローチェの著作である。クローチェは、文部大臣の経歴もある自由主義者だったが、台頭してきたムッソリーニの独裁政治を批判して上院議員を辞職した人物である。

21歳の上原は、1943年12月1日、大学を繰上げ卒業し「学徒出陣」により陸軍松本第50連隊に入隊した。翌年、陸軍飛行学校で約5カ月の飛行操縦訓練を受けて、その翌年、22歳の若さで「特攻隊」に志願した。彼は、最後に長野に帰省した際、親友に「死地に赴くのに喜んで志願する者は一人だっていない。上官が手をあげざるをえないような状況をつくっているのだ。仕方ないと心で泣き泣き手をあげているのが本当の気持ち」だと告白している。

『所感』において、上原は「権力主義の国家は一時的に隆盛であらうとも必ずや最後には破れる」と指摘し、その具体例として「ファシズムのイタリヤ」と「ナチズムのドイツ」を挙げている。さらに「自由の勝利は明白な事だと思ひます」と宣言し、「この事は或は祖国にとつて恐るべき事でもあるかも知れませんが、吾人にとつては嬉しい限りです」とまで述べているのである!

本書の著者・保阪正康氏は、1939年生まれ。同志社大学文学部卒業後、電通PRセンターに入社。朝日ソノラマ編集者を経て、作家となる。著書に『昭和陸軍の研究』(朝日選書)や『昭和史の深層』(平凡社新書)など多数がある。

さて、上原の『所感』には、「こんな精神状態で征つたなら、勿論死んでも何にもならないかも知れません。故に最初に述べた如く、特別攻撃隊に選ばれた事を光栄に思つて居る次第です」という奇妙な言葉もある。なぜ彼は「理性を以て考へたなら実に考へられぬ事」だと見抜いていた「特攻」について「光栄」などという矛盾した美辞麗句を書かなければならなかったのか。

保阪氏は、上原が「二重の意味」を込めて『所感』を書いたという。当時は、特攻隊員でさえ上官の「検閲」を受けていた。そして、上原には「虚構の中で掛け声だけをかけている軍人たちのいい加減さがはっきりとわかっていた」のである。要するに、この22歳の青年には「すべてがお見とおし」だった!

本書には、上原の『所感』をはじめとする昭和の28の「檄文」に解説が加えられている。「君側の奸を斬れ」(2・26事件蹶起趣意書)、「死をもつて大罪を謝す」(阿南惟幾陸軍大臣遺書)、そして「過ちは繰返しませぬから」(原水爆禁止運動)……。彼らの「死」を賭しての「叫び」とは何だったのか?!


本書のハイライト

昭和という回り舞台は、さまざまな装置でほどこされた。不況、農業恐慌、汚職、テロ、侵略、独裁、戦争、敗戦、占領、戦後民主主義、再軍備、反体制運動、高度成長、公害、新官僚主義――。時代と人間は、大きくゆれ動いた。……人はときに抗議し、ときには痛憤し、ときには死を賭して叫んだ。昭和の檄文とは、そうした人びとの遺した“叫び”であり“時代への語りかけ”であると私は考えた(p. 3)。

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著者プロフィール

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高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。


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