【第29回】日本の教科書検定はどこに問題があるのか?
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【第29回】日本の教科書検定はどこに問題があるのか?

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、哲学者・高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

戦後70年以上にわたる教科書運動史

小学校2年生になると、算数に「かけ算」が登場する。たとえば「1つの皿にバナナが2本あります。この皿が3つあります。バナナは何本ありますか」という問題では、「2×3=6」と答えれば「正解」だが、「3×2=6」と答えると「不正解」になる。なぜ? なぜなら「教科書にそう書いてあるから」!

教科書的に説明しよう。この問題をたし算で求めると「2+2+2=6(本)」になり、それは「2を3回たすこと」と同じ「2×3」である。一般に「A×B」において、Aは「1つ分の数=かけられる数(被乗数)」、Bは「いくつ分=かける数(乗数)」でなければならないという「かけ算の順序」が教えられる。

数学的には「A×B=B×A」の交換法則が成立する。しかも「被乗数」と「乗数」の「順序」は日本の教科書が勝手に定めた「慣習」に過ぎない。小学校では「2×8」を「2本足のタコが8匹になる」と決めつけて不正解にするそうだが、これでは数学の自由が失われ、数学嫌いが増えるばかりではないか?

本書の著者・俵義文氏は、1941年生まれ。中央大学法学部卒業後、啓林館に入社。「家永三郎教科書裁判」支援会員、「子どもと教科書全国ネット21」事務局長、出版労連教科書対策部長、和光大学・立正大学非常勤講師などを歴任。著書に『子どもたちがねらわれている』(学習の友社)や『あぶない教科書no!』(花伝社)などがある。2021年6月7日、肺がんのため逝去。

さて、1945年8月の終戦から2カ月後に再開した学校では、戦前の国定教科書をそのまま使用するわけにはいかなかった。そこで教員は、国定教科書の非民主的・軍国主義的な部分に墨をぬらせた。いわゆる「黒ぬり教科書」である。昨日まで「正しい」と教えられた文章を今日は「間違い」と塗りつぶす作業は、児童にとっても教員にとっても、大きな衝撃だったに違いない。

1949年度、文部省による「教科書検定」制度が始まった。1963年度、家永三郎・東京教育大学教授の執筆した高等学校教科書『新日本史』(三省堂)が検定で「不合格」となった。300カ所に及ぶ「修正意見」によれば、太平洋戦争を「無謀な戦争」と述べた部分は「日本だけに責を負わせるのは酷」なので削除、原爆で焼け野原になった広島の写真は「戦争について暗い印象を与えすぎる」ので不可、傷痍(しょうい)軍人の写真は「陰惨すぎる」ので不適切……。

家永氏は、この「検定」は日本国憲法第21条の禁ずる「検閲」に相当するのではないかと日本国政府を提訴した。それから32年後の1997年に最高裁判決が下されるまで、「教科書検定」の問題点は本書で詳細に分析されている。

本書で最も驚かされたのは、教科書を検定する「教科書調査官」が、必ずしも学術的に研究者としての資格を有する大学院修了者ではなく、教職免許を持つわけでもなく、実際の教育経験もない官僚だということである。誰がどのように任命しているのかさえ不透明だというのだから、呆れる話である!

2006年12月、安倍晋三内閣が新教育基本法を強行採決させた。俵氏は、この新法は「軍国主義と皇国史観による愛国教育」を復活させる「世紀の悪法」だと非難する。小中学校では、2019年度から「道徳」が正規の授業として復活した。この「道徳」教育は、日本の若者に何をもたらすのだろうか?!


本書のハイライト

人生を捧げた私自身の教科書運動も一つの節目を迎えたといえるが、今年2020年は、家永教科書裁判の「杉本判決」が出されてから50周年にあたる年でもあった。その年に私のライフワークのまとめともいうべき本書を刊行できたのは、とても意義のあることであり、名誉なことでもある。本書は、家永教科書裁判運動にともに取り組んできたすべての人に捧げたいと思う(p. 421)。

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著者プロフィール

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高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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