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松浦弥太郎さん『期待値を超える』、「はじめに」を全文公開!

こんにちは。光文社新書の樋口です。

この3月に担当させていただいた、松浦弥太郎さん『期待値を超える』という本を紹介させてください。

松浦弥太郎 (まつうらやたろう)
エッセイスト、編集者、クリエイティブディレクター。
一九六五年東京・中野生まれ。若き日にアメリカで書店文化に触れ、古い洋書を扱うエムアンドカンパニーブックセラーズを立ち上げる。二〇〇三年、COWBOOKSを中目黒にオープン。二〇〇五年から九年間『暮しの手帖』編集長を務め、現在は(株)おいしい健康・共同CEOとしてウェブメディア「くらしのきほん」を主宰する。
著書に、『着るもののきほん 100』(小学館)、『今日もていねいに。』(PHP文庫)、『100の基本』(マガジンハウス)などがある。

この『期待値を超える』ですが、松浦さん初の新書になります。

テーマは、「仕事におけるコミュニケーション」。

すべての仕事の基本は、仕事相手の「期待値」を超えるところにある。

仕事相手は選ぶことができないが、それでも伝えるべきことを伝え、成果をつかみ取らなくてはなりません。

では、その仕事相手との関係性を良くするにはどうすればよいのか?

松浦さんのこれまでのご経験を活かして、その秘訣を一冊にまとめていただきました。

今回、刊行を記念して、その「はじめに」を公開させていただきます。

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はじめに

これまで僕は一体何をしてきたのだろうと考えることがあります。もし肩書をつけるとしたら何だろうと。主には執筆をしたり、書籍や雑誌の編集をしたり、会社経営をしたりしてきましたが、ふと頭に浮かぶのは、商売人という肩書です。
商売人とは、商いをする人のこと。僕は「自分」という資本をもとに、十代終わり頃からずっと商いを続けているように思います。
商いというと、物売りのように誤解する方もいるかもしれませんが、僕にとって商いとは、世の中の役に立つこと、人々に喜ばれること、感動されることで得られる、価値と対価の交換であり、ひとつも嘘のない健全な行為だと思っています。
高校を中退してアルバイトを始めたのは一七歳のときでした。アルバイトでは、喫茶店のウェイターや引越し屋、ビラ配り、ビル掃除、建設作業員などさまざまな職種を経験しています。あの頃は、お金が貯まると、夢を抱いてアメリカを旅していました。
いま思えば、当時の僕が売りものにしていたのは、若さと体力、そしてひたむきさだったのでしょう。どこの職場でも真面目に働けば働くほど重宝されました。だけど、「ひたむき」という、ありきたりのものに高い値段はつきません。
どうしたら自分という人間の価値は上がっていくのだろう──。
いつもそんなことを悶々と考えていました。

アメリカで出会った書店文化

アメリカ各地で、僕が夢中になったのは本屋巡りです。当時、アメリカには魅力的な本屋がたくさんありました。店主の個性が品揃えに反映されているから、当然、店に来るのはその分野を好きな人たちです。ゆったりと座れるソファが置いてあって、美しい音楽が流れ、コーヒーを出す店もあったりして、とてもいい空気が流れていました。
英語が読めない僕が熱心に見ていたのは、ビジュアルブックとして優れた古い洋雑誌や希少なアートブックでした。登場するファッションも、インテリアやデザインも僕の目からはとても洗練されているように見えたのです。
そのうち日本にもこんな素晴らしいビジュアルブックを必要とする人がいるかもしれないと思いつきました。まだインターネットがなく、日本ではほとんど手に入れることができませんから、アイデアソースとして、デザイナーやカメラマンなどクリエイティブな職業の人たちは興味を示してくれるのではないか、と考えたのです。
僕は帰国してすぐにアメリカで買い集めた本の販売を始めました。店舗は持たず、たくさんの本をトートバッグに詰め込んでデザイナーやカメラマンの事務所を訪れて、商談をする。いわゆる訪問販売です。
少しずつ本は売れるようになり、顧客から好みの注文を受けて本を探すようにもなりましたが、その時はそれだけでは食べていけず、さまざまなアルバイトを掛け持ちしながらの日々でした。僕が二十代後半から三十代にかけてのことです。
その後、知り合いの洋書店の一角を間借りして本を並べて売るようになり、小さな店舗を営みながら、トラックによる移動書店をスタートさせ、三五歳のときにパートナーを得て「COW BOOKS(カウブックス)」を開業。商いは、少しずつ軌道に乗っていきました。

雑誌の編集に必要なのは商売のスキルだった

『暮しの手帖』の編集長に就任したのは、四〇歳のときです。雑誌の編集部に所属したことがないどころか、会社員としての経験もない僕にとって、とても大きな変化でした。僕に与えられた使命は、売り上げを伸ばすこと。就任したとき、発行部数は最盛期の十分の一くらいまで落ち込んでいたのです。
編集長に就任して気がついたのは『暮しの手帖』は、いいもの、正しいもの、暮しの手帖らしさにこだわりすぎて、時代の新しい感覚を捉えずに作り続けてきた結果、ビジネスとして低迷したということです。いいもの、正しいものが売れるとは限りません。暮しの手帖らしさが時代に合うとも限りません。それならば、自分なりに『暮しの手帖』を再定義して、この雑誌づくりをどう「商売」に結びつけるか。これが編集長としての僕の課題でした。
僕は仕事をしている以上、常に自分は商売をしていると考えることが大事だと思っています。商売という言葉に、自分の利益を最優先するようなネガティブな響きを感じる人もいるようですが、自分だけが得をするような商売は決して長続きしません。人の期待値を超えること──とにかく、人に尽くし、相手が喜び、得をして、そのおかげで自分も最後に利益を得ることが商売の基本です。だからこそ信用が得られ、商売を続けていくことができます。
僕は『暮しの手帖』でも商売の基本に取り組みました。自分が思う以上のかなり厳しい戦いが続き、結果が出るようになったのは五年を過ぎてからだったでしょうか。最終的に、売り上げ部数は数倍まで伸び、自分なりの商売の醍醐味を実感することができました。編集長を務めた九年間で鍛えられたのは、編集のスキルではなく、さらなる商売のスキルだったことは間違いありません。

仕事で会う相手は、自分で選ぶことができない

そして、四九歳のときに編集長を退任し、IT業界に飛びこみ、現在、株式会社おいしい健康で共同CEOを務めています。ここ数年、ビジネスのスケールが大きくなったことで、立ち位置としての世界が新たに開かれていきました。扱う資本の大きさも責任の重さもこれまでとは比べものになりません。しかも僕は、会社で一番難しいことをやらなくてはならないのです。
会社で一番難しいこと──。何だと思いますか。
それは、マーケティングでもプログラミングでもありません。世の中とのコミュニケーションです。僕たちは小さなスタートアップですから、自分たちのことを何も知らない人、事業に何も特別な価値を感じていない人に、一からビジネスを説明し、理解や協力、支援を提案しに伺います。会社にとってもっとも大切な部分ですから、まったく気が抜けません。
自分たちのアイデアのどこが素晴らしいのか、未来に対してどんなヴィジョンをもっているのかを伝え、業績を上げるにはどうすればいいのか。これからの事業はどうなるのか。プレゼンテーションに行きたくない。商談なんてしたくない。わかってもらえない人たちには会いたくない、と気が重くなることもたびたびあるでしょう。入念な準備をして向かったのに、まったく理解されないこともたくさんあります。
タフな交渉を重ねて実感したのは、やはりコミュニケーションの大切さです。
仕事で会う相手は、自分で選ぶことができません。苦手だ、好きになれない、と感じることもあるでしょう。それでも伝えるべきことを伝え、相手の期待値を超え、成果をつかみ取っていかなくてはならないのが仕事だと思うのです。
仕事の楽しさは、コミュニケーションの質であり、築く人との関係性にあります。互いを信頼し、最大限の力を発揮するために必要なのは、とにかくコミュニケーションという、チャレンジでもあります。僕はこの経験を通じて、さらに仕事が楽しくなりました。三十代、四十代は、準備期間だったと思えるほどです。

この本では、リアルな仕事の現場で必要とされるコミュニケーションの大切さをお伝えしたいと思っています。大事なプレゼンテーションの日、重要な打ち合わせや会議など、ここ一番の勝負もある一方で、仕事の世界では大なり小なり、毎日何かしらの山があります。そのために心と体のコンディションを整え、どんな準備をしておくといいのでしょうか。
今、仕事で苦しい想いを抱えている人が、不安を取りのぞき、自信を取り戻すヒントになることを願って書いています。ぜひ読んでください。

松浦弥太郎


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