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【12位】ブルース・スプリングスティーンの1曲―逃げ去るアメリカン・ドリームと、自殺マシーンのクローム光彩の狭間で

「ボーン・トゥ・ラン」ブルース・スプリングスティーン(1975年8月/Columbia/米)

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※こちらはヨーロッパ盤シングルのジャケットです

Genre: Rock
Born to Run - Bruce Springsteen (Aug. 75) Columbia, US
(Bruce Springsteen) Produced by Bruce Springsteen and Mike Appel
(RS 21 / NME 54) 480 + 447 = 927

初登場が続く。「ボス」ことブルース・スプリングスティーンの出世作が、米英ともに高位置で並び、ここに。当曲が70年代中期の米「ロックンロール再興」の一翼を担った。

ニュージャージーの小さな町にいる、クルマ好きのブルーカラーの若者の「ひとり語り」で、この曲は構成されている。ウェンディという名の想い人に、彼は語りかける。ここにいるとダメになる、町を出なけりゃいけない、あのハイウェイ9に乗って……だがいまのところ、その夢が果たされる気配はない。ゆえに永遠の「あすなろ系」というか、くすぶり男の「いつの日か俺は」的な独白に歌は終始する――の、だが、なんとそれが「きらめく」のだ。圧倒的な熱量で、聴き手の魂に着火するロックンロールとなる、のだ。

この転化の触媒となるのが、コーラス部だ。「走るために生まれてきた」と邦訳されることが多いタイトルもここに含まれるのだが、僕ならこう訳する。「だって俺らみたいなろくでなしは、ベイビー、生まれながらのかっ飛び野郎だから」(マーク・ボランの「Born to Boogie」や、ジョニー・サンダースの「Born to Lose」と同じ用法だ)――かくして主人公の負け犬めいた人生、それそのものが、まるで栄光への花道であるかのように祝福される。クローム・メッキのホイールを履かせたマッスル・カーと、この、スプリングスティーン謹製の「新復古ロックンロール」にて……というのが、当曲の構造だ。

発表当時、メインストリームのロックは、進化と巨大化の果てに動けなくなった恐竜みたいな状態だった。ゆえに「ビートルズ登場以前」のロックにあった、未精製の生々しさや、洗練と無縁の荒々しさ、血がしたたるような「直接性」を模索する動きが、米英のいたるところで脈動し始めていた。パンク・ロックもその一例だったのだが、「ボス」は、もっと直球で「原初的ロックそのもの」を大量に、両肩の上に担ってしまう。エルヴィスやロイ・オービソンの歌唱、デュアン・エディのギター、そしてフィル・スペクターの「音の壁」などの全部盛りだ。しかもそこに、ディランがジョニー・キャッシュとカポーティの混合を試みたような「新しい」見事な話法があった。歌のなかに「人間」がいた。

とはいえ当曲は、まだ大ヒットとはならなかった。イギリスではチャート・インせず、アメリカではビルボードHOT100の23位が最高位だった。しかし当曲を収録した同名アルバム、彼の第3作(『教養としてのロック名盤ベスト100』では26位)は、全米3位まで上昇。ボスのロックが、明らかに「未来」を引き寄せ始めたことを証明した。

(次回は11位、お楽しみに! 毎週火曜・金曜更新予定です)

※凡例:
●タイトル表記は、曲名、アーティスト名の順。括弧内は、オリジナル・シングル盤の発表年月、レーベル名、レーベルの所在国を記している。
●曲名については、英文の片仮名起こしを原則とする。とくによく知られている邦題がある場合は、本文中ではそれを優先的に記載する。
●「Genre」欄には、曲の傾向に近しいサブジャンル名を列記した。
●ソングライター名を英文の括弧内に、そのあとにプロデューサー名を記した。
●スコア欄について。「RS」=〈ローリング・ストーン〉のリストでの順位、「NME」は〈NME〉のリストでの順位。そこから計算されたスコアが「pt」であらわされている。
川崎大助(かわさきだいすけ)
1965年生まれ。作家。88年、音楽雑誌「ロッキング・オン」にてライター・デビュー。93年、インディー雑誌「米国音楽」を創刊。執筆のほか、編集やデザイン、DJ、レコード・プロデュースもおこなう。2010年よりビームスが発行する文芸誌「インザシティ」に短編小説を継続して発表。著書に『東京フールズゴールド』『フィッシュマンズ 彼と魚のブルーズ』(ともに河出書房新社)、『日本のロック名盤ベスト100』(講談社現代新書)、『教養としてのロック名盤ベスト100』(光文社新書)、訳書に『フレディ・マーキュリー 写真のなかの人生 ~The Great Pretender』(光文社)がある。
Twitterは@dsk_kawasaki



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