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「(ベースは)恋人とキスする時の、心拍を刻む役割かな。」――『平成とロックと吉田建の弁明』より①

光文社新書

7月21日、一風変わったロック、音楽、クリエイティヴィティに関する書籍が刊行されます。タイトルは『平成とロックと吉田建の弁明』、著者は天才ゲームクリエーター・斎藤由多加さんと、稀代のベーシスト・吉田建さんです。

斎藤さんはゲーム「タワー」「シーマン」などで、吉田さんは沢田研二のバックバンド「EXOTICS」、泉谷しげるのバックバンド「LOSER」、多くのアーティストのプロデュース、「イカ天」の審査員などで著名です。ちなみに本書は吉田さんにとって、初の著書となります。

そんな2人がタッグを組んで、どんな本が出来上がったのか? タイトルにはいったいどんな意味があるのか?

ロックや音楽、クリエイティヴィティに関する膝を打つような内容が満載なのは当然ですが、2人の文字通りスリリングな会話にハラハラしながら読み進めると、思いも寄らぬ結末に至り、再度頭から読み直したくなること必至です。

内容を一言で言い表したいけど、とても言い尽くせないジレンマ。でも、抜群に面白い。ぜひ読んでみて、この世界を体験してください、としか言いようがありません。少なくとも、普通の対談本でないことは間違いないです。

長くなりましたが、これから発売前後まで、4回にわたり本文を公開していきます。1~4章の頭の部分を抜き出す予定です。そこだけ読んでも面白いのは間違いありませんが、それだけでは本書の規格外のすごさは伝わりません。

ぜひ、現物を入手し、頭から読み進めていただけると幸いです。

第1章 遭遇――六本木裏路地

「いかすバンド天国」

 50過ぎのいわゆる「おじさん世代」にとって、影響力をもっていたテレビ番組が一つある。「三宅裕司のいかすバンド天国」という番組だ。「イカ天」という愛称で広く知られることになったこの番組は、そもそもは素人のバンドがオーディション形式で予選を勝ち抜きテレビ出演できるというただそれだけの、いわばマニアックな深夜番組だった。

 出演できた者たちが獲得するもの、それは、「出演して演奏すること」そのものだ。そこに賞金があるわけでもない。ただ、テレビ番組を通じて彼らの演奏が放映されるだけだ。

 参加したアマチュアバンドの評価を下すのは、プロミュージシャンで構成される審査員団である。楽曲の魅力や演奏の技術が低いと、演奏途中でも躊躇(ちゆう ちよ)なく強制終了される。そして参加バンドは、演奏終了後に、直接審査員団から評価コメントの洗礼を受けるという、ただそれだけのものだが、中にはこれがきっかけでメジャーデビューが決まるバンドもいた。

 この審査員の中には辛口の人がいて、得意げな表情の素人たちをこき下ろすというのも一つの名物となっていた。その急先鋒的存在が、吉田建というミュージシャンだ。

 この吉田建という人物は、1980年代初期に沢田研二のバックを務めたEXOTICSという元祖ビジュアル系バンドのリーダーとしても知られ、90年代に入ると音楽プロデューサーとしても大物アーティストを多数手がけていた。「イカ天」に審査員として出演していたのは、若手売れっ子の象徴的存在としてまさに業界の坂を駆け上がっている時期である。

 才能があって、実績があって、知名度があって、その分辛辣に見える存在の若手というのは、実はどの時代にもいる。吉田は、間違いなく当時のその一人だった。

 *

「斎藤さん、吉田建ってミュージシャン知ってます?」
 突然そう聞いてきたのはKだった。
「もちろん知っているけど。」
 そう答えると、
「そのおっさんとの本書く気とかありません?」
 Kはある日、唐突にそう誘ってきた。
 吉田は、本を出したがっている、がしかし、今ひとついい切り口が見つかっていない、どうやらそういうことらしい。

 僕は、これまで何冊か本を書いてきた。その中にはそこそこのヒットらしきものもある。が、僕の仕事はライターではない。ゲームクリエーターだ。ゲームの新作を作る上で一番重要なのは、「着想」だ。そして「着想」とは「切り口」を探すことだ。僕のような個性臭の強いクリエーターを吉田にぶつけることで、何か刺激的な切り口が見つかるとKは考えたのだろうか。もしそうならば、それはそれで大手企業で管理職の肩書きを冠するKらしい発想とも言えた。

 *

 直接、吉田と会ってみないか、とKから連絡が来たのは、その質問をされて2週間ほどした頃のことだった。場所は六本木、日は、東京の暑さが少し和らぎ始めた平日だった。

六本木の路地裏

 六本木は、名前こそ有名だが、実際は箱庭のような町である。小さな区域に、ごく限られた数の飲食店が集まっている。

 指定された場所は、派手な六本木ミッドタウン近隣の、しかし一本裏路地に入った、木造の古い住宅街にある居酒屋だ。馴染みとまではいわないが、何回も入ったことがある店だ。

 その日の夕方、慣れた表通りから路地裏を深く入っていくにつれ、珍しく脳内にアドレナリンが分泌されるのを感じていた。それは受験の合格発表会場に向かうような緊張感に似ていた。

 河原の石が丸くなるように、吉田の辛口な人柄も丸くなっているのだろうか。それとも当時のキャラをブレずに維持し70代を生き続けているのだろうか? 毒を失いがちな年齢に差し掛かる自分が、年を重ねた敏腕音楽プロデューサーからどんな洗礼や刺激を受けられるのか。期待と不安の両方の感情が湧き上がるのを感じていた。

  程なく、外見こそは地味なその店に着くと、安い塗り壁のサッシの網戸越しに店内を覗いた。どうやらKの姿はまだない。が、吉田とその連れらしき男が一人すでにおり、覗き込む僕の姿に吉田は気づいたのか、盃を傾けたまま、「あ、あ」と、挨拶とも取れる声を発した。

エレベータ

斎藤「はじめまして、斎藤と申します。」
吉田「あ、はい。どうも。吉田です。」
斎藤「すみません。よろしいですか?」
吉田「うん、どうぞどうぞ。Kくんから聞いてるよ。面白い人がいるので紹介したいと。」
斎藤「あ、そういう感じの説明でしたか。」
吉田「ん? そうだよ。なんで? ま、いいや。ここ座ってよ。」
斎藤「ありがとうございます。失礼します。」
吉田「君、九州出身?」
斎藤「なんでですか?」
吉田「あ、じゃ、当たってるの?」
斎藤「はずれです。」
吉田「え、じゃどこ?」
斎藤「東京生まれです。」
吉田「なんだよ。」
斎藤「なんだよ、って、逆になんで九州と思われたんですか?」
吉田「なんとなくイカツイから。これは鹿児島辺りかなと。」
斎藤「それ、僕が西郷どんに似ているからとかですかね。」
吉田「あ、そうか、そこだね、似てるね、本物には会ったことはないけど。」
斎藤「顔が濃いから九州とか沖縄と言われるのは多いんですが、いきなり鹿児島と言われたのは初めてです。」
吉田「焼酎でいいよね?」
斎藤「はいそれで。」
吉田「で、君は何をやってる人?」
斎藤「僕はゲームソフトの会社をやっています。」
吉田「あらら、そっち系の人か。わからない世界だ。」
斎藤「あと、最近はロボットの脳みそを作ってます。」
吉田「なにぃ? ますますわかんないわ。」
斎藤「ええ、そうですよね。けど僕は、吉田さんのこと存じてますから。」
吉田「光栄です。けどどうせ、『イカ天』見てとか、そういう話でしょ?」斎藤「泉谷しげるさんの『エレベータ』というLPを持ってるんです。」
吉田「あ、ほんとに?」
斎藤「はい。まだ家にあると思います。」
吉田「いや、それマニアックすぎだわ。『エレベータ』。あれ確かに僕のプロデュースだよ。けどそこから入るってのも、なんかちょっと微妙な初対面だなぁ。」
斎藤「え? 僕、何か変なこと言っちゃいました?」
吉田「いや、ま、それはいいの。今の話は忘れて。はい、では乾杯。」
斎藤「はい、よろしくお願いします。」

ベースの役割

斎藤「ベースってどんなパートなんですか?」
吉田「いきなり、そういう質問?」
斎藤「こういう質問はまずいですか?」
吉田「いや、いいけどさ、ちなみにそれって、どこまで深い意味で聞いてるの?」
斎藤「あ、ぜんぜん、素人な質問です。深い意味じゃありません。」
吉田「あ、なるほど。ええと、そうね、恋人とキスする時の、心拍を刻む役割かな。」
斎藤「あ、あまりに素人な質問すぎて、僕、からかわれてます?」
吉田「いや、真面目にそう思うのよ。ドキドキ感と、甘酸っぱさってのは、リズムとメロディのことね。ベーシストとはこの接点にいる人のことなのよ。」
斎藤「なるほど。ベースとドラムが屋台骨ってよく言いますが、バスドラムをキックするタイミングでベースも音を出すって、基本常識なんですか?」吉田「そうだね。」
斎藤「けどポール・マッカートニーのベースは、素人の僕が聞いても、ぜんぜんリンゴ(・スター)のバスドラとシンクロしてなくないですか?」
吉田「ビートルズはさ、もう特殊よ。ポールのベースもリンゴのドラムも、変わってる。彼らしかできないね、ああいう音作りは。」

バンドブームとはなんだったのか?

斎藤「『イカ天』の時代のバンドブームって、今はどこにいったんですかね?」
吉田「あれはねぇ、バンドブームなんかじゃないんだよ。」
斎藤「違うんですか?」
吉田「違う。あれはバンドブームではなくて、〝アマチュアバンド〟のブームだったのよ。」
斎藤「あ、そういうことか。となるとアマチュアであることの何がウケたんですかね?」
吉田「それまでのプロがお金をじゃんじゃんかけて出してくる歌謡曲の黄金時代に対する、反動、かな。」
斎藤「その反動というのは、今でいうと地上波テレビに対するユーチューバーアイドルみたいなものですか?」
吉田「そんなもんかもね。あの頃はさ、TBSの看板番組だった『ザ・ベストテン』の12年近い放映が終わったばかりだったのね。それも関係があると思う。言ってみればさ、プロの仕事人のヒットのテクニックに対するアンチテーゼというかね、音楽の原点回帰というか。」
斎藤「ってことは、もしや吉田さんをはじめとするイカ天の顔となる方々は、歌謡界の人から見たら、ちょっと疎ましい存在だったとか?」
吉田「どうなんだろうね。若い某作家の結婚式で偶然にお会いした筒美京平さんに言われたことあるよ。『君がバンドブームを仕掛けた男か⁉』とね。仕掛けてなんかないし、僕ごときにそんなこと仕掛けられるわけないんだけどさ、プロの方々にはそう見えたのかもしれないね。それくらい、突然のブームだったからさ。」(続く)

目次

第1章 遭遇──六本木裏路地 

「いかすバンド天国」
六本木の路地裏
エレベータ
ベースの役割
バンドブームとはなんだったのか?
プロデューサーの役割
辛口のイメージはなぜついたのか?
ウルフルズの場合
日本語のロック
ロックは英語でないとダメなのか?
音楽を科学する

第2章 ベーシストになった理由──ヒルズクラブ

謎の男
リボルバー
岩波文庫と倉橋由美子
アイビーファッション
ベーシストになった理由 
カレッジポップスの時代 
ロンドンでジェフ・ベックを見る 
「本気でぶっ壊れようとしている」 
劣等感 
勉強熱心な「大将」 
EXOTICSのメンバーに 
氷室くんのプロデュース 
アナログ時代のレコーディング 

第3章 ロックバンドの定義──新宿ガード下  思い出横丁

Fという存在
神頼みはしない 
捏造 
ロックバンドの定義 
ロックバンドの元祖は誰だ? 
ピタゴラスの話 
エレキギターはなぜやかましい? 
バンドの音が耳障りでなくなる瞬間 
少人数で大きな音を出せることの意味 
ロックとパソコン 
ヒッピー文化 
ギターの音の良し悪し 

第4章 バンドの限界──浅草昼飲み 

警戒心 
人間関係がボトルネック 
縮小するバンド音楽 
デジタルのいいところ 
レコードジャケット 
デジタル化による分断 
無駄の話 
写経と神頼み 
吉田建をプロデュース 

第5章 職人とアーティスト──熱海 

アーティストとミュージシャンの違い 
上手でキレイだけどつまらない 
「秀才の技術者」と「変わりモノ」 
作家性 
ギター神話を深掘りする 

第6章 「男の色気」──熱海その2 

飲み放題2000円 
男の色気 
浅川マキさん 
ギタリストは弾いてない時が肝心 
内田勘太郎とエフェクター 

第7章 優等生のユウウツ──新宿御苑のオフィス 

村上ポンタさんの死 
群れない男 
豪傑の素顔 
色気の正体 
ビンテージレスポールの正体 

第8章 壊れることとコンプレックス──Zoomでの対話 

Fの不在 
建さんオーケストラ 
誰も壊れようとしない 
予想は裏切っても期待は裏切らない 
コンプレックスのようなもの 

終 章 吉田建の弁明──中野の洋楽バー 

分断 
「前代未聞の駄作」 
吉田建らしい生き方 
『ソクラテスの弁明』

おわりに




 

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