【第21回】生活を支える身体の使い方、生活を支える運動|三砂ちづる
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【第21回】生活を支える身体の使い方、生活を支える運動|三砂ちづる


忘れてしまった、身体の力。脈々と日常を支えてきた、心の知恵。まだ残っているなら、取り戻したい。もう取り戻せないのであれば、それがあったことだけでも知っておきたい……。
日本で、アジアで、アフリカで、ヨーロッパで、ラテンアメリカで。公衆衛生、国際保健を専門とする疫学者・作家が見てきたもの、伝えておきたいこと。

著者:三砂ちづる


「運動」ってなんだろう?


「健康のために運動を」と、聞かない日はないような気がする。

みんな「運動」をしなければならない、と思っているし、おおよその人は、自分が「運動不足」だと思っているし、コロナパンデミックの中、家でいる時間が増えて、「運動の機会が減った」ということになっている。

「運動」ってなんなのだろうか。

よく考えてみないとわからないし、考えてもわかるかどうか定かではない。忙しいから、そういうことはよく考えず、運動とはおおよそ「スポーツ」をすることであろう、と考えたり、運動とは「よく歩くこと」だ、と考えたりしていると思う。年齢性別を問わず、そう思っているような気がする。

人間は動物である。動物とは「動く」から、「動く」「物」つまりは「動物」なのであり、だから人間にとって動くことはとても大切であり、運動は必須のものだとは思う。とはいえ、「運動=スポーツ」「運動=よく歩くこと」で、よいのだろうか。

現代日本人にとっての「運動」「体育」「スポーツ」


「運動=スポーツ」という考え方は、私たちが受けてきた教育に深く根ざしている。学校教育における重要な科目の一つが「体育」であり、小中高までは文科省が学習指導要領で体育科目について定めているので、どのような学校でも多少の読み替えはあるにせよ、おおよその人が、この科目(体育)を履修してきている。

その内容の多くは、いわゆる「スポーツ」、つまり陸上競技であったり、器械体操であったり、球技であったりであることが多い。だからどうしても、体を動かすことは、イコール「スポーツをすること」である、と理解しながら育ってくる。

スポーツの中で興味があったり、好きなものがあったりすると、部活動に参加して、その種目の技術を磨く。そのこと自体は大変結構なことである。日本には部活動というものがあるから、多くのスポーツを学ぶ機会があり、自分がどういうスポーツが好きか、ということを知る機会もある。

こういう体育科目が世界中にあるかというと、そういうわけではなくて、多くの国では、学校では教えていない。ましてや部活動など、ないところが多い。種目ごとのスポーツなどは、学校の外でクラブなどに加入して習うものである国も多く、クラブに加入するお金がなかったり、そういう環境にいなかったりすると、スポーツを学ぶ環境すらない。

これはスポーツだけではなく、音楽や絵画も同じことで、地元の中学校でブラスバンド部に入ったから、義務教育が終わる頃にはサキソフォーンが吹けるようになっていました、とかいうことは、日本ではよくあることだが、例えば、ヨーロッパなどでは考えられない。音楽はコンセルバトワールで習うものなのである。

スポーツをすれば軸(センター)が通るわけではない


ともあれ、私たちにとって、体育教育と部活動のおかげで、スポーツとその鍛錬は身近なものとなり、その後の人生で「運動不足」と言われると、つい、「スポーツをしなければならない」と思いがちになるのだ。

しかし、スポーツと、その鍛錬のありようは、必ずしも年齢が上がってからの日々の生活を支えるもの、というわけではない。

前回取り上げた「センター」 (*1)が通っている人は、もちろんスポーツのパフォーマンスのレベルも高いのだが、かといって、スポーツをやれば「センター」が通ってくるというものでもない。スポーツというのはある意味、特殊な体の使い方をするわけであるから、スポーツを続けたからといって、自分に必要な生活所作が死ぬまで滞りなくできるための体づくりができたり、よりしなやかで、見ていても美しい体になったりする、というわけでもないのである。

スポーツ系の筋トレやジョギングも、スタイルとして確立しているし、ファッションも楽しめるし、見かけの筋肉はついたりするかもしれないが、それらが生活を支える体づくりに役に立つのかというと、またそれは別の話のような気がする。

高齢になってスポーツや筋トレを始めると…


運動と並び、体に関わる別の分野である医療においては、科学的根拠がないものは医薬品にもならず、治療として認められないのだが、ことスポーツや筋トレやさまざまな運動に関しては、新しいものが登場して、それがファッショナブルだったりすると、テレビで取り上げられたりネットで話題になったりして、みんなやるようになるのだが、結果として体を壊してしまうことも珍しくない。

年齢が上がって体がかたくなってから、かたまった体のまま、突然、昔と同じようにスポーツをしたり、走るのが健康にいいと聞いて、突然、ジョギングを始めたりすると、膝や腰をいためてしまったりする。体がかたくなったから、と強いストレッチを突然行うと、これまた、体をいためる。

高齢になっても、陸上競技や筋トレを競技会に出られるレベルでやっている方々もおいでになって、そういう人たちは、体はよく動いているかもしれないが、見かけが、実年齢より上に見えるような感じになる(ひと言で言えば、老けて見える)人も少なくない。

陸上や筋トレのような動きを年齢が上がっても全力でやることは、生活を支える動きができるようになるとか、よりしなやかな、見ていても美しい体の使い方をする、という方向性とは違っているところがあるのではないか、と思うのが、正しい感覚ではあるまいか。

たくさん歩けば、それでよいのか


「運動=スポーツ」という考えと並んで、「運動=よく歩くこと」という考え方も根強い。運動不足の解消とは、「よく歩くこと」だと思われているし、万歩計などを持ったり、最近はスマホが歩数を測ったりもしてくれるようなので、毎日、ノルマを作って歩いている人も少なくない。隣の駅まで一駅ぶん、歩きましょう、というようなキャンペーンがなされていたこともあった。

もちろん、動かないでじっとしていることを思えば、歩くことは気分転換にもなるし、楽しいし、目的地に行けるという利点もあるから、悪くないようにも思えるけれど、たくさん歩けば、それでよいのだろうか。

スポーツの時と同様、「センター」が通っている人は歩きもきれいだけれど、ただ、距離をたくさん歩いていれば「センター」が通ってくるわけではない。かたまった体のまま、「とにかくガンガン歩くことが大切なのだ」と思って、かなりの距離を歩いていると、必ず、こちらも膝か腰をいためる。

運動不足だといって、スポーツを始めたり、たくさん歩いたりすることには、さほどの根拠もなく、「動いた方がいいでしょうから」というぐらいの意味で推奨されていることのように感じる。

日々を支える運動が、身体意識を育てた


私たちとしては、別に一生、50メートルを8秒台で走れる必要はない。全速力で走って逃げなければならない状況は、そうそう立ち現れない。バレエダンサーでないなら、180度の開脚ができる必要もない。それなりの交通機関の発達から見て、毎日来る日も来る日も何キロも歩かなければならない、というわけでもない。

そういうことは、趣味の範囲での楽しみとはなるかもしれないが、健やかに暮らしたい日々の生活で、そんなに重要なことではない。

私たちの多くが求めているのは、「高齢になっても、日常の衣食住や排泄に問題がない程度に動けること」、つまりは死ぬまで動けること、さらに可能であれば「高齢になっても自らの体を快適と思い、見かけも悪くないこと」ではあるまいか。

そう思うと、スポーツ、ランニング、ウォーキングなどに熱心な割には、「生活を支える身体の使い方」については、十分に吟味されているとはいえない。

前回紹介した「ゆる体操」 (*2)は、その意味において、死ぬまで生活を支えてくれるようなタイプの運動である。どんな状況でも、何かできることがあり、今現在の状況より、体を少しでもよい状態にすることができる。

背景には、身体意識の研究がある。例えば、センターという身体意識を強化するためには、ゆるんだ体が必要であり、センターが強化されると、さらに体はゆるんでいく、という、「どんどん上達していく」ようならせん構造になった体の使い方を提示している。

人間が元々自分のものとしていた体の動き方、動かし方は、こういった方向性のものではなかったか。

この連載で取り上げている「頭上運搬」は、生活に必要な身体所作であり、それを続けることでセンターが強化され、ゆるんだ体が結果として保たれる。実用性もあり、生活を支える運動でもあり、身体意識の強化にもつながっていた。

労働の過酷さ、のみではない、体づかいの妙味が提示されていたことに気づくのである。

(*1)高岡英夫『センター・体軸・正中線――自分の中の天才を呼びさます』ベースボールマガジン社、2005年。
(*2)高岡英夫高岡英夫『脳と体の疲れを取って健康になる 決定版 ゆる体操』PHP研究所、2015年。

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著者:三砂ちづる(みさご・ちづる)
1958年山口県生まれ。1981年京都薬科大学卒業。薬剤師として働く傍ら、神戸大学経済学部(第二課程)、琉球大学保健学研究科修士課程卒業。1999年ロンドン大学にて疫学のPhD。ロンドン大学衛生熱帯医学院リサーチ・フェロー、JICAの疫学専門家として約15年間、疫学研究を続けながら国際協力活動に携わる。ブラジル北東部セアラ州に約10年在住。2001年より国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)疫学部に勤務(応用疫学室長)。2004年より津田塾大学多文化・国際協力学科教授。

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