【第16回】頭上運搬の分布――日本のどこで見られたのか|三砂ちづる
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【第16回】頭上運搬の分布――日本のどこで見られたのか|三砂ちづる

忘れてしまった、身体の力。脈々と日常を支えてきた、心の知恵。まだ残っているなら、取り戻したい。もう取り戻せないのであれば、それがあったことだけでも知っておきたい……。
日本で、アジアで、アフリカで、ヨーロッパで、ラテンアメリカで。公衆衛生、国際保健を専門とする疫学者・作家が見てきたもの、伝えておきたいこと。 

著者:三砂ちづる          

  **【第15回】までの連載はこちら



日本で頭上運搬は、どのように消えていったのか


頭上運搬について学ぶとき、文化人類学者である川田順造氏の研究は大変参考になる。まさにそのものずばり、『<運ぶヒト>の人類学』 (*1)などの著書がある。西アフリカ地方の人の体型は、骨盤が前傾しているために、荷物の重さが荷物をのせた頭から直下して、そのまま腰に降りるから、体型自体が頭上運搬に適している、という記述もある(*2)。

たしかに西アフリカに限らず、アフリカに行くと、現代でも頭上運搬を街中でも普通に目にすることになるし、その姿勢があまりに堂々としているから、頭上運搬を体型から議論したくなるのは、本当によくわかる。

一方、頭上運搬は、アジアの各地や、また、この連載でも書いてきたように、日本の各地でも行われてきたことを思うと、また、聞き取りをしてきた頭上運搬経験者のほとんど全員が「やろうと思えばできる」という言い方をしていることからすると、頭上運搬ができるかどうか、うまく使いこなせるかどうか、は、おそらく体型に深く関わっているというより、身体意識と身体の使い方に関わることではないかと思っている。

実際、川田氏の論文でも、頭上運搬は、かつて、世界各地の広い範囲で行なわれていたと思われるが、どのような条件が頭上運搬を消滅させたのか、広汎な比較を行なって明らかにすることがのちの研究課題になりうる、ということが指摘されていた。

広汎な比較はすぐにはできないが、少なくとも、日本における頭上運搬がどのように消えていったのか、については、さまざまに話を聞いたり考えていくことはまだできるように思われる。

現在、必要に迫られて日常的に頭上運搬をしている人は、日本にはもう、いないと思うし、日常的に見ることもなくなっていると思うのだが、「以前は行なっていたが、今はやっていない」と言う人たちの中には、2020年代のいま、まだご存命の方も少なくない。

自分は行なわないまでも、周囲が頻繁に頭上運搬をやっていた、ということを見ていて、記憶している人は、もっとたくさんいる。


頭上運搬を覚えている人は、日本のどこにいるのか


頭上運搬をしていた人、していた人を覚えている人は、具体的に国内のどこにいるのだろう。

この連載でも南西諸島や伊豆諸島での何名かの頭上運搬の経験について書いているし、薪などを頭にのせて運ぶ京都の大原女(おおはらめ)などの存在もよく知られているのだが、実はもっと広範囲に広がっていたことがわかっている。

日本の頭上運搬の分布については、昭和26年に出版された『民俗學辭典』の分布地図(*3) が代表的なものであると言われる。

35箇所の地方があげられているので、少し長い引用となるが地名を挙げてみよう。現在では地名が変わっているところもあるが、調べれば全て場所の特定は可能である。

この分布地図にあげられているのは昭和26年の段階での、35の地域である。漢字は新字体で表示している。

1. 宮城県牡鹿郡江島
2. 東京都伊豆諸島
3. 静岡県賀茂郡西南部一帯
4. 新潟県三島郡出雲崎町
5. 新潟県直江津市
6. 石川県河北郡内灘村大根布
7. 福井県遠敷郡小浜町西津
8. 京都府愛宕郡大原村、八瀬村
9. 三重県志摩郡長岡村
10. 三重県度会郡鵜倉村
11. 三重県南牟婁郡泊村古泊浦
12. 和歌山県西牟婁郡串本町
13. 和歌山県和歌山市雑賀崎、海草郡木本村
14. 兵庫県三原郡福良町、灘村
15. 岡山県邑久郡牛窓町
16. 香川県香川郡雌雄島
17. 香川県仲多度郡塩飽諸島および付近の島々、三豊郡粟島村志々島
18. 広島県尾道市、豊田郡生口島、瀬戸田町、幸崎町能地、忠海町、吉名村、愛媛県越智郡魚島村、弓削村、岩城村、鏡村、宮窪村
19. 広島県安芸郡江田島村
20. 徳島県海部郡阿部村
21. 愛媛県新居郡西條地方
22. 愛媛県温泉郡興居島村、伊予郡松前町
23. 高知県幡多郡沖ノ島村、鵜来島
24. 山口県萩市玉江浦
25. 山口県下関市吉見・安岡、豊浦郡豊西村吉母、小串村
26. 福岡県小倉市平松・長浜
27. 大分県北海部郡海辺村
28. 長崎県西彼杵郡崎戸町、瀬戸町(家船)
29. 長崎県西彼杵郡野母村深浦・松島
30. 熊本県天草郡二江村
31. 熊本県天草郡西南部
32. 鹿児島県鹿児島郡桜島
33. 鹿児島県揖宿郡山川地方
34. 奄美大島・与論島・沖永良部島
35. 沖縄本島・宮古諸島・八重山諸島


ざっと見るとわかるが、2の「東京都伊豆諸島」、34の「奄美大島・与論島・沖永良部島」、および35の「沖縄本島・宮古諸島・八重山諸島」などの、いわゆる本土から遠く離れた島嶼部(とうしょぶ)のみは、かなり広い範囲になるものの、それ以外の場所は非常にピンポイントな地域が記されている。

『販女(ひさぎめ)』と頭上運搬

この分布地図が掲載されている『民俗學辭典』には、「頭上運搬」という項があり、そこでは柳田國男や瀬川清子(ともに民俗学者)らの戦前の文献が引用されている。

昭和18年の瀬川清子の著書『販女(ひさぎめ)』(*4)は、物を売って歩いていた、つまりは行商をしていた女性たちについてのフィールド調査の結果であり、古い文献に「ひさぎめ」「販婦」「販女」と呼ばれていた女たちを追って書き上げられたものである。

『販女』のうちの一章は、頭上運搬についての記述であり、そこには伊豆諸島、南西諸島の島々についての記述よりも、瀬川清子がフィールドワークを行なったのであろう、本州、四国、九州のピンポイントな地名における様子が描かれていて、先の『民俗學辭典』の分布図の地名の多くは瀬川清子のフィールドワークを基にしていることがわかる。

現在の私たちが頭上運搬を「そんなことができるのか」という驚きとともに見聞きするのと同様、戦前に瀬川がフィールドワークをしたときにも、基本的には頭上運搬は珍しいものであり、どこにでも見られるというものではなかったことがわかる。

「風は、あちらにも、こちらにも」吹いていた…


リストをみればわかるように、島嶼部以外では、北は宮城県から始まる。

江島(えのしま)は現在の宮城県牡鹿郡女川(おながわ)町の沖合に浮かぶ島である。女川原子力発電所の正面にあり、現在50名くらいの方が住んでいるという。

東北地方で挙げられているのはそこだけであり、北陸地方も、新潟と石川、福井にちらほらとみられるものの、多くはない。

ほかは、三重、和歌山、瀬戸内海に面する地域、九州など、多くは海寄りで、魚を売ることと関わっていたであろうことがわかる。

それにしても、「頭上運搬の風が、あちらにも、こちらにも、と云ふ風に散在して居る……」と瀬川清子が書くように、規則性は見当たらない。

また、上記の『民俗學辭典』の分布図にも、「伊豆諸島、奄美大島、沖縄本島国頭(くにがみ)地方には、額(ひたい)を以(も)って荷縄を支え、荷を背中に托する運搬法」も、あわせておこなわれていることが書かれていて、例えば隣同士の島でも、頭上運搬をしていた島としていなかった島があるのだが、理由は見当たらない。

車による運搬がこの国のすみずみにまであまねくいきわたり、物を運ぶには車を使えばよくなって、これらの地方の頭上運搬が現代は見られなくなった、というのが、今まで聞き取りをしてきた人たちの答えであった。

石垣島での聞き取りでも、2019年に70代以下くらいの世代は、自転車もリヤカーも車も使えるようになったから、誰も日常的に頭上運搬はしなくなった、と言っていた。

車ができたとはいえ、日常で何かを運ぶことと無縁であるはずはないのだが、それらをひょいと頭上にのせて運ぶことはなくなったのである。


註釈
(*1)川田順造『<運ぶヒト>の人類学』岩波新書、2014年
(*2)川田順造「非文字資料による人類文化研究のために――感性の諸領域と身体技法を中心に」『身体技法・感性・民具の資料化と体系化:2-30』 神奈川大学21世紀COEプログラム「人類文化研究のための非文字資料の体系化」研究推進会議報告書、2008年3月
(*3)民俗學研究所編「頭上運搬の分布」『民俗學辭典』東京堂出版、1951年
(*4)瀬川清子『販女』三國書房、1943年


著者:三砂ちづる(みさご・ちづる)
1958年山口県生まれ。1981年京都薬科大学卒業。薬剤師として働く傍ら、神戸大学経済学部(第二課程)、琉球大学保健学研究科修士課程卒業。1999年ロンドン大学にて疫学のPhD。ロンドン大学衛生熱帯医学院リサーチ・フェロー、JICAの疫学専門家として約15年間、疫学研究を続けながら国際協力活動に携わる。ブラジル北東部セアラ州に約10年在住。2001年より国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)疫学部に勤務(応用疫学室長)。2004年より津田塾大学多文化・国際協力学科教授。



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