【第17回】沖永良部、再び――記録に残る女性たち|三砂ちづる
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【第17回】沖永良部、再び――記録に残る女性たち|三砂ちづる

忘れてしまった、身体の力。脈々と日常を支えてきた、心の知恵。まだ残っているなら、取り戻したい。もう取り戻せないのであれば、それがあったことだけでも知っておきたい……。
日本で、アジアで、アフリカで、ヨーロッパで、ラテンアメリカで。公衆衛生、国際保健を専門とする疫学者・作家が見てきたもの、伝えておきたいこと。


著者:三砂ちづる  


米兵が写真に収めていた、沖永良部の人々の姿


連載第9回第10回に、沖永良部島における頭上運搬を取り上げた。「暗河(くらごう)」と呼ばれる地下に流れる水を水源としていることと、上水道が完備された時期から考えて、南西諸島で最も最近まで頭上運搬が行われていた地域ではないか、と思われる。

沖永良部島には、行政的には知名(ちな)町と和泊(わどまり)町の2つの町があるのだが、知名町の広報誌である『広報ちな』2020年11月号に、頭上運搬の写真と記事(*1)があることを教えてもらった。

占領時に米兵が写真におさめていた、という島の人々の姿を紹介しながらの連載記事である。この11月号のメインの写真は、大きな桶を頭にのせ、ざるを片手に持ち、打ち合わせた対丈(ついたけ)のきものを帯で前結びしている、若くはない女性の姿である(他の写真は子どもたちの写真であったり、三浦大知の祖父のやっていた三浦理髪店の写真だったり……で、そちらはそちらなりに、興味深い)。

よくゆるんだからだに、まっすぐなセンター(*2)が通る。視線はまっすぐ先にある。美人なのか、きれいなかっこうをしているのか、というのとは、全く次元の違う気品と威厳を感じる、人間の根源的な美しさがある。水を運ぶ、その過酷さ、厳しさは分かってはいるものの、それでも頭上運搬する人は美しい、と感じるのである。

視線を前方の一点に定めて、リズムをつけて歩く、という頭上運搬のコツは、美容法の姿勢のなかにも取り入れられていると言われる(*3)。モデルになる人たちのトレーニングの一環として、本を頭の上に乗せて歩く、というのがあるのだ。

島尾敏雄が見た、暗河から水を運ぶ女性たち


『広報ちな』の記事では、島尾敏雄が石牟礼道子との対談で沖永良部島の女性の姿に肯定的な眼差しを向けていたことが記されている。

石牟礼道子が関わっていた雑誌『暗河』について言及すると、島尾は「暗河といってもどこにでもあるわけなじゃくて、沖永良部島が中心になるんですけど、永良部の女の人たちの姿は非常に良かったですね」と言うのである。

「頭に水桶を乗せてね、歩いてきてすれ違うときの挨拶の、どう言うか、良いことねえ。……つまり腰をちょっと屈(かが)めるんですよ。頭にはものを乗せてるから、頭を、こう、下げるわけにはいきませんからね。それで眼に思いを込めて、ちょっと腰を屈めるんですね」(*4) 。

まことに、島尾らしい言い方だ。ゆるんでよくセンターの通った人が、その眼に思いをのせて、語らせながら、そっと腰を屈めるしぐさは、どれほど可憐であっただろう。たくましさの中に、なんとも言えない匂い立つような女らしさが立ちのぼったことだろう。

知られざる奄美群島の歴史――北緯27度半の危機

この『広報ちな』の記事は、そこから、もう一歩踏みこんでいる。頭上運搬の写真の撮られた1953年前後は、まさに、この奄美群島の島々が大きく揺れた時期だった。

米軍占領下にあった奄美群島であったが、1952年9月末に「北緯27度半以北の返還の可能性」がある、と新聞で報じられたのだという。

北緯27度半は、沖永良部島とその隣の徳之島の間にある。だから、「北緯27度半以北の返還」とは、徳之島より北が日本に返還され、それより南に位置する沖永良部島と与論島が沖縄とともに、日本に返還されることなくアメリカ占領下に置かれる、ということを意味している。

徳之島にも沖永良部島にも行ったことがあるが、ほんとうに近い。沖永良部からは徳之島がよく見える。ここに区切りの線を引く、ということの驚きは想像してあまりある。

激しい「二島分離反対運動」が巻き起こり、その過程で、婦人会の一部から、「自分たちは日本人だ。頭の上にものをのせることや、帯の前結びなど、沖縄のような風習はやめよう」という声が上がったのだという。

結果として1953年クリスマスの日に、奄美群島は分離されることなく返還されるのだが、そうなのか、そういう声が起こったのか、と、幾重にもその思いの複雑さについて考えてしまう。

この一部の婦人会の発言にあったという、「頭の上にものをのせることが沖縄のような風習である」というのは、事実としても、正しいことではない。前回の連載に書いた『民俗學辭典』による頭上運搬の分布地図(*5)にもあるように、頭上運搬自体は、北は宮城県から、日本のあちこちに広がっていたからである。

くだんの「北緯27度半」が、沖永良部島とその隣の徳之島の間にあり、この二島は距離は近いものの、植生や地形がずいぶん異なり、ものの運び方も違って、徳之島は頭上運搬をしない、ということから、婦人会の一部の発言、というのが出てきたのかもしれない。

運搬法の変遷――萬納寺徳子による分析


伝統的に女性がものを運ぶ方法として、「頭上運搬」と「頭から紐で背負う」方法があると言われており、奄美群島の奄美大島、与論島、沖永良部では頭上運搬、奄美大島の一部と徳之島では頭上運搬を行わず、荷物をテル(ティール)と呼ばれる紐のついた竹カゴに入れて、カゴの背負い紐を額にかけて運ぶのである(*6) 。

ともあれ、前回の連載で書いたように、頭上運搬が行われていた地方は、日本各地の海辺の村が多いのではあるが、そうはいっても規則性があるわけではない。1970年代に萬納寺徳子は、この規則性のなさに、「古くは広くおこなわれていた頭上運搬法が、現在観察される土地でのみ、まもり継がれているということではないか」というような仮説を立てた。

つまりは、日本中どこでも頭上運搬は行われていたのではないか、と考え、歴史資料から運搬法の変遷における頭上運搬の位置を見ていこう、という試みを行ったのである(*7)。

資料としては、平安時代末期から室町時代中期にかけては「日本常民生活絵引」を用い、室町末期から江戸時代前期までは「洛中洛外図」を用いて、それぞれの絵巻を書かれた時代によって分け、さらに運搬方法を分類し、それぞれに描かれた頻度を件数として数え上げていった。

これらを集計して、「平安末期には女の頭上運搬が顕著で、鎌倉時代になると背負い運搬が多くなり、鎌倉後期から室町初期にかけてかつぎ運搬が目立ってくる」 (*8)と結論づけている。

絵巻物の分析からは、絵巻に出てくる土地が限られていたにせよ、頭上運搬が海村に限らずに広くに分布していたことが知られ、それが時代を追うにつれ減少していき、特に元禄時代以降におおきく変わったらしいことが明らかとなった。そして頭上運搬は女性専用の運搬法となっていきながらも、他に女性の運搬法がほとんどみられないことがわかった……(中略)こうしてみると、昔は広く行われていた頭上運搬が、ある特殊な環境の中で守り継がれ、現代に至ったと、見ざるを得ない(*9)。

「特殊な環境」を、萬納寺は地形上の理由と並んで、その村の性格によるもの、と言っている。平凡な結論を言えば、頭上運搬の行われている漁村は古い歴史を持ち、古いありようを伝えている村で、古代の海部の伝統をひいている漁村ではないか、というのである。


註釈
(*1)前利潔「追憶のプロムナード 米兵が見た知名町⑤」『広報ちな No.604』知名町役場企画振興課、2020年11月
(*2)センター:「体の軸」「中心軸」などと踊りやスポーツなどで呼ばれる、上下に通る身体意識のこと
(*3)芳賀日出男「運ぶ(頭上運搬)」『奄美の情熱情報誌 HORIZON vol.6』ホライゾン編集室、1997年12月
(*4)島尾敏雄『ヤポネシア考――島尾敏雄対談集』葦書房、1991年
(*5)民俗學研究所編「頭上運搬の分布」『民俗學辭典』東京堂出版、1951年
(*6)芳賀日出男、前掲書
(*7)萬納寺徳子「頭上運搬」『日本民俗学』83巻、pp85-87、日本民俗学会、1972年
(*8)萬納寺徳子「絵巻物よりみた運搬法の変遷」「民具論集〈4〉』慶友社、1967年
(*9)萬納寺徳子、前掲書(「頭上運搬」)


著者:三砂ちづる(みさご・ちづる)
1958年山口県生まれ。1981年京都薬科大学卒業。薬剤師として働く傍ら、神戸大学経済学部(第二課程)、琉球大学保健学研究科修士課程卒業。1999年ロンドン大学にて疫学のPhD。ロンドン大学衛生熱帯医学院リサーチ・フェロー、JICAの疫学専門家として約15年間、疫学研究を続けながら国際協力活動に携わる。ブラジル北東部セアラ州に約10年在住。2001年より国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)疫学部に勤務(応用疫学室長)。2004年より津田塾大学多文化・国際協力学科教授。
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