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川端康成『伊豆の踊子』に、本当に「恋愛」が存在したのかを検証する #7_1

この連載ではここまで、文豪たちの数々の名作を読んできました。『こころ』から始まり『痴人の愛』まで、6つの小説を恋愛学の見地から批評してきたわけですが、そのどれもが恋愛という夜空に舞う豪快な打ち上げ花火というべき作品ばかりでした。読みごたえがあり、圧倒される迫力がある。それだけに批評のしがいもありました。

ところが今回の『伊豆の踊子』、こちらはまったく異なります。圧倒されません。迫力もありません。花火にたとえるならば、線香花火です。小さくまとまって、小説内に恋愛があるのかどうかさえはっきりしない、たいへんもどかしく感じる作品になっています。それで、もう一度読むことになります。すると、線香花火もそれなりに美しいと思えるようになり、読むたびに新しい発見があって、とめどなく作品世界にのめり込まされる中毒性のある小説です。

この小説は無駄を一切排除しており、さらに恐ろしいのは、必要な情報さえも排して、典型的な「説かず、描かず」の小説となっています。描写も説明もないので自分で想像するしかないのですが、その解釈が正しいのかどうか、たいへん不安を覚えます。より深く理解するためには、川端康成の生い立ちや、自身による解説、たとえば『一草一花~「伊豆の踊り子」の作者~』『少年』などをあわせ読まなければならないという難解さも持ち合わせています。 なにしろ川端自身が「『伊豆の踊子』には随所に省筆がある。」と述べているくらいなのですから。 

なお、この小説は川端自身の経験がつづられた「私小説」です。『伊豆の踊子』は、旧制一高の寮生活(一高生は全員が寮生活をしなければなりませんでした)を送っていた川端が、寮の友人には内緒で1918年(大正7年)秋に8日間(10月30日から11月7日)伊豆を旅した際のできごとが書かれています。その旅を『湯ヶ島での思ひ出』として書き留めたのが4年後の1922年(大正11年)。川端はその中から踊り子である「薫」に関わることだけを抽出したのが、さらに4年後の1926年(大正15年)で、雑誌『文藝時代』に「伊豆の踊子」「続伊豆の踊子」として発表しました。

このような「私小説」ですから、読むにあたり、川端の性格から、あのぎょろっとした目つき、大きな耳や小柄な体型までもを思い浮かべる必要があります。映画の主演である若き日の高橋英樹や三浦友和をイメージしては理解できませんので、念のため。

また、内分泌学的な見地からは、川端の見かけから推察するに、男性ホルモンであるテストステロンが少ないことがわかりますので、前回の『痴人の愛』編でお話したような特徴も色濃く出た作品になっています。

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あらすじ

この短編小説の主人公は「私」(=川端康成、数えで20歳)です。当時は、旧制一高(現在の東京大学教養学部)の学生です。「私」は学校を休んで修善寺から下田までの伊豆旅行に出かけます。「孤児根性」で自身の性格がゆがんでいると思い、その劣等感を払拭したいと願っての一人旅でした。「高等学校の制帽をかぶり、紺飛白の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけていた」ので、だれでも一高の学生であると身なりで判断できます。

修善寺温泉に一泊、湯河原温泉に二泊して、4日目に天城の坂道に至りましたが、そのときすでに「私」の胸は高鳴っていました。なぜなら旅の途中で知り合った「旅芸人」、とくに踊り子である「薫」に会えると思ったからです。当時、旅芸人は蔑まれる存在でしたが、「私」は興味をもっていたのです。このときまでに二度道中で見かけていて、「私」の願い通りに三度目は雨宿りする峠の茶屋で出会います。

旅芸人の一座は、20代の男性(栄吉)、踊り子の薫(栄吉の妹で、17歳くらいに見える)のほか、若い女性2人(栄吉の妻の千代子と雇い人の百合子)と40代の女性(千代子の母親)の5人(+子犬一匹)です。「私」は声をかけたかったのですが、勇気が出ずにやり過ごします。

ところが途中、旅芸人の栄吉の方から話しかけられます。話が弾む中、「私」が「下田まで一緒に旅をしたいと思い切って言った」ところ、旅芸人一行も喜んで承知してくれました。会話の中で、彼らが大島の出身であること、栄吉の年齢が24歳であることなどを知ります。

その夜、一行はお座敷に出ますが、「私」は「踊子の今夜が汚れる(金銭を介した売春をする)のであろうか」と妄想し悩みます。なかなか寝つけません。

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翌朝、「私」は栄吉と温泉に入りますが、川の向こう岸には別の共同湯があり、その湯気の中に薫の姿を見つけます。「仄暗い湯殿の奥から、突然裸の女が走り出して来たかと思うと、脱衣場のとっぱなに川岸へ飛びおりそうな恰好で立ち、両手を一ぱいに伸して何か叫んでいる。手拭もないまっ裸」でした。このことで、薫がまだ子どもかつ「処女」であることを悟り、「私」の疑念は晴れて「微笑がいつまでもとまらなかった」のでした。

翌日、湯が野で落ち合う約束をしていたので、旅芸人の一行が泊まる宿に行きます。そこで、「私」は薫と五目並べをして遊びます。

旅芸人一行と時間を過ごす中で、「私」は「親しい気持ちになって」きて、やがてゆがんだ心が癒されていきます。薫は「私」の足元にしゃがんで埃を払ってくれたり、「玄関に先回りしていて下駄を揃えて」くれたり、「私」のことを「いい人ね」と言ったりしてくれます。

翌日、「私」は下田に着くと、旅費が残り少なくなっていることから、「学校の都合がある」として旅芸人たちと別れる決意をしました。その日、薫が映画に連れていってと願ったのですが、一座のおかあさん的存在である「四十女」こと千代子の母が許してくれずに、「私」は一人で映画を観る羽目になります。宿に帰って夜の下田を眺めていると、「私」は「絶えず微かに太鼓の音が聞こえて来るような気がし」て、「わけもなく涙がぽたぽた落ち」てくるのでした。

翌朝は出立の日。栄吉が見送りにきてくれました。ほかの一行はまだ寝ているとのことですが、乗船場に近づくと薫の姿が見えます。「海際にうずくまっている踊子の姿が私の胸に飛び込んだ。傍に行くまで彼女はじっとしていた。黙って頭を下げた。昨夜のままの化粧が私をいっそう感情的にした」のでした。

別れのときです。「私」は薫に話しかけますが、薫はうなずくばかりです。船が出ると、「ずっと遠ざかってから踊子が白いものを振り始め」ました。「私」は「頭が空っぽで時間というものを感じなかった。涙がぽろぽろカバンに流れた。頬が冷たいのでカバンを裏返しにした」ほどでした。

その後、船の中で出会った受験生に親切にされるのですが、「私はどんなに親切にされても、それをたいへん自然に受け入れられるような美しい空虚な気持」にいたるまでになっていました。

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「説かず、描かず」の世界を読みとく

『伊豆の踊子』は、「説かず、描かず」の極致の作品であるので、すべての語句が意味を成していて、無駄はひとつたりとも見あたりません。じっくり詳細に読まないと、作者の意図がわかりません。というより、しっかり読んだとしても、よくわかりません。そもそも前述したような補足資料がないと、十分に理解できないことを承知で書いているふしもあります。それほど、ストーリーとしては淡々と静かに流れているのです。

まずは「私」の伊豆旅行の日程をしっかり把握してもらいたいので、日にち、場所、できごとを一覧表にしました(図表1)。

伊豆の踊子_図版1

図表1 『伊豆の踊子』の日程とできごと

大まかなできごとはこの図のとおりですが、基本的に説明をしない小説ですので、行間に隠された主題がいくつかあります。これからそのテーマを考察してゆきますが、このような「説かず、描かず」の世界で、私たち読者はどこまで解釈していいのでしょうか? 川端が自分の経験を描写した私小説なので、作家が経験したものを同じように感じることが「正解」なのでしょうが、省略の多い『伊豆の踊子』ではなかなか難しい作業と言えます。とはいえ、この連載のテーマは作品中の恋愛を読みとくことなので、以下その点に絞って考察してみたいと思います。

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「私」はなぜ伊豆旅行をしたのか?

旅先での薫との出会いがこの小説の主題のひとつですが、それではそもそも「私」がなぜ旅に出たのかを考えなければなりません。

『伊豆の踊子』では、育った環境のせいで「私」の性格が「孤児根性」でゆがんでいて、その劣等感を払拭したいがために一人旅をしたと描かれています。本当でしょうか?

そこで問題となるのは「孤児根性」なのですが、これが何を指しているのかはっきりしません。たしかに、川端は1歳のときに父親を亡くし、翌年には母親も亡くなっています。その後は祖父母の家に預けられました。しかし、亡くなった父親は医師でしたし、祖父母の家は大地主で、施設に預けられたわけでも経済的に困窮していたわけでもありません。

また小さい頃は病弱でしたが、勉強は非常にできたため高校は首席で入学しています。なにしろ東京帝国大学に入学できたわけですから、庶民感覚からすると恵まれた境遇でした。「孤児根性」の意味するところが、いまひとつ私たちには理解できないのも当然なのです。

そもそも、この「孤児根性」なるものがあったとしても、長年川端の心中に存在していたわけで、20歳のときに突然生まれたものではないはずです。ですから、『伊豆の踊子』の中で「孤児根性」が理由で川端=「私」が伊豆旅行をしたというのは、本当の理由ではないようです。「なぜ20歳のときに突然旅に出たのか」の答えには到底なりえないからです。

実は、川端は「少年」というエッセーで当時の伊豆旅行について触れ、旅の動機を次のように書いています。

私は高等学校の寮生活が、一二年の間はひどく嫌だつた。中学五年の時の寄宿舎と勝手が違つたからである。そして、私の幼年時代が残した精神の病患ばかりが気になつて、自分を憐れむ念と自分を厭ふ念とに堪へられなかつた。それで伊豆へ行った。(「少年」)

つまり、本当のところは、一高の寮での折り合いの悪さが一人旅に出てみようと思いたった理由のようなのです。どのように「勝手が違つた」のかはわかりません。友人関係が希薄だったのか、「大阪平野の田舎しか知らない」川端が東京に来て馴染めなかったのか、上級生にいじめられたのか、それとも寮の隣の寄宿生がうるさかったからなのか、さらには遠距離恋愛中の恋人に会えないつらさがあったのか・・・とにかく一時的にでも寮から離れたい一心だったわけで、それは離れれば解決する問題でもありました。反面、孤児根性は旅をしたところで、簡単に解決するものでもないのです。

小谷野敦氏が指摘(2013年)するように、川端は若い頃は自分より目下の人を「蔑むような調子」があったようで、非常にプライドが高い一面があったようです。 おそらく寮では、そのプライドがずたずたにされる何かしらの事件があったのでしょう。一方で小説中には、随所に「私」が元気を取り戻す姿が描かれていますので、喪失した自信を回復するために旅に出た、というふうに解釈するのが正しいだろうと考えます。 

点数でたとえてみるとよくわかります。プライドの高い川端は、自分自身を自己評価するに、100点満点中95点くらいに考えていたと仮定してみましょう。ところが、一高に入って自信を失うような事件があった。その事件によって、自己評価がずっと低下して、50点くらいになってしまったということです。そんな自分が許せなくて、自分を一度リセットしようと思い、東京を離れてみようと思い立ったわけです。

私たちも同じような経験をしていますよね。普段は、ある程度点数が高くても、大きな事件によって、自己評価が下がる場合があります。たとえば、恋愛においては失恋ですし、仕事においては失業、あるいは私生活においては大病をするといったことで自信は喪失させられます。このような大きな事件が生じると急激に自分への評価を落ち、何らかの気分転換が必要になるのです。

川端の場合、プライドの高い性格でもあるので、普段だったら旅芸人に興味は湧かなかったことでしょう。なにしろ、旅芸人は人から忌避され、賎視される存在だったのですから。「物乞い旅芸人村に入るべからず。」という立て札があったくらいです。そんな旅芸人に興味をもったということは、自分の心が弱っていて、精神的に近くなり、その人たちに共感する感情が湧いてきたからです。このような自信喪失期であったからこそ、卑下される旅芸人一行と下田まで一緒に旅をし、一時的な「疑似家族共同体」をつくって仲良くなり、薫に対する恋愛感情を芽生えさせていった側面は決して否定できません。

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「私」は薫に恋愛感情を抱いたのか?

「私」は薫を好きだったのかという問いへの答えは、「はい」でしょう。ただし、小説内では薫への感情は二段階に分かれています。共同湯で真っ裸になって手を振る姿を見て、「私」は薫が子どもであること、処女であることを知りますが、そのシーンの前後で、薫への感情が劇的に変わります。

それまでは薫のことを女性として好きでした。しかし、入浴シーンの後は好きという感情がだんだんと薄れてきます。川端自身の言葉を使うと「いとおしさ」あるいは「感傷」に変換されていきます。 

まず前半の薫への気持ちを分析します。たしかに、当初は薫に対して恋愛感情を抱いていました。峠の茶屋で三度目の再会をするのですが、この茶屋で会えるのではないかと期待に胸を躍らせていますので、最初の2回ですでに薫を気に入っていたということになります。

好きになった理由はふたつ考えられます。ひとつは、薫が「踊子」であった点です。現在でいえば派手な衣装を着て踊るアイドルのような存在です。それを二度目撃しています。二度目の機会では「踊子が玄関の板敷で踊るのを、私は梯子段の中途に腰を下ろして一心に見ていた」とあるので、そのときの踊り太鼓をたたく姿に惹かれたのでしょう。アイドルのライブに行って好きになる感じといえばいいでしょうか。

第二に「踊子」の見かけです。天城の峠の茶屋で出会うこの場面で、踊り子の見た目は次のように描写されています。

踊り子は十七くらいに見えた。私にはわからない古風の不思議な形に大きく髪を結っていた。それが卵形の凛々しい顔を非常に小さく見せながらも、美しく調和していた。髪を豊かに誇張して描いた、稗史(中国の歴史小説)的な娘の絵姿のような感じだった。

つまり、現代風にいえば、薫は盛りヘアをし、小顔で、引き締まったバランスの整った顔立ちであり、二次元的なアイドルっぽい女性に見えたということです。つまり外見がたいへん魅力的で目立つ存在だったわけです。

それにしても、好きになるのが早いと思いませんか? ほぼ一目惚れ状態です。そこで参考になるのが、川端の美意識です。川端は前述した「少年」という随筆において、次のように書いています。

肉体の美、肉体の美、容貌の美、容貌の美、私はどれほど美にあこがれていることだろう。私の体はやはり青白く力がない。(「少年」)

このように、川端には自身の外見へのコンプレックスがあったようです。その裏返しとして、肉体を含めた見かけの美しさにあこがれを持っていたことになります。薫の躍動感ある肉体美と「凛々しい」容姿に魅せられた結果、言葉を交わすことなく惚れてしまったのです。

ところが小説の後半でその感情は一転します。まず薫が処女だということを知ります。一時「17歳の処女」であると思っていましたが、やがて年齢は17歳ではなく14歳であるということがわかります。この瞬間、「私」の意識では薫は子どもとなり、中性化し、恋愛対象から外れるようになったのです。そのかわり生じてきたのが「いとおしさ」であり、「感傷」でした。小説内では「無垢なるものへのいとおしみへと浄化」したと描かれています。

これ以降、「私」は薫に対して精神的に距離をおき始めます。トキメキを伴う恋愛感情から解放され、薫との関係は、囲碁ではなく五目並べで遊ぶび、本については「水戸黄門漫遊記」の読み聞かせるようになりました。 2人の間の知性や教養の差も歴然としてきます。物理的に接近する場面はありますが、心理的に距離が縮まる描写ではなく、愛らしい子ども的なしぐさを淡々と書き記しているにすぎません。恋愛ではなく、一人の無垢な女の子と接するという感じになるのです。

それを象徴しているのは、薫が「私」と活動(映画)に行きたいと言っても、「四十女」が許さなかった場面です。「私」は次のように述懐します。

なぜ(薫)一人で(私と活動に行って)はいけないのか、私には実に不思議だった。

もし薫を恋愛対象としてみていたら、このような「実に不思議」なんていう言葉は出てきません。子どもにせがまれて一緒にいくお兄さん的な存在になっていたからこそ不思議に思うのであって、恋愛対象だったら「一緒に行けなくて残念だった」になるはずだからです。

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薫は「私」のことが好きだったのか?

それでは逆に、薫は「私」のことをどう思っていたのでしょうか?

こちらは確実に恋心をいだいていたことがうかがえます。まず「私」の社会的ステータスに興味が湧いたはずです。なにしろ当時の一高生です。現在の東大生をはるかにしのぐエリート中のエリートです。「私」は、学生帽に学生カバンという一目で一高生とわかる見かけであり、旅芸人一座も、みな一高生が超エリートであることを理解している記述があります。薫もまた「私」に興味をもったことは確実でしょう。

加えて「私」には教養があり、難しい漢字も知っていて、尊敬できる存在でもあります。しかも大島といった田舎ではなく大都会である東京に住んでいます。さらに一緒に旅をしたいと言うほど旅芸人たちに親近感をもつ「私」に、薫も心を許したことが分かります。

湯が野の木賃宿でのできごとで、薫が好意をもっていることをうかがわせる描写があります。薫が「私」のためにお茶を運んできたときに「私の前に坐ると、(踊子が)まっ赤になりながら手をぶるぶる顫わせるので茶碗が茶托から落ちかかり、落すまいと畳に置く拍子に茶をこぼしてしまった。あまりにひどいはにかみようなので、私はあっけにとられた」とあり、その場にいた「四十女」が「まあ! 厭らしい。この子は色気づいたんだよ。あれあれ……」と言っていますので、この時点で「私」に対して淡い思いがあったことが分かります。

ところが、薫はまだ14歳です。当時の「数え」で14歳ですから、満年齢でいったら13歳、中学一年生か二年生になります。変声期の途中というくらいの若さです。性的な魅力を「私」に感じたのではありません。精神的な淡い恋心といったようなものです。

しかも薫は大正時代における13歳の処女です。初潮は始まっていたでしょうが、性教育を受けたわけでもありませんし、理解していたとも思えません。デートの経験もなく、ましてやキスの経験もありません。まったくのプラトニックでしか表現できないような淡い感情だったということです。

薫ができる精一杯の求愛行動は、「私」へのこまやかな気配りで思いを間接的に伝えることです。「私」に座布団を裏返して出したり、袴の裾についた埃をはらったり、竹杖を二度も探してきて渡したりしてそれとなく気持ちを伝えました。言葉で思いを伝えるには、どうにも経験不足だったのです。

好きという気持ちを直接的な恋愛行動に変換できないものですから、乗船場での別れのシーンで「私」から話しかけられても、うなずくだけで何も言えません。声に出して、「大好き」だとか「別れるのが寂しい、また会いたい」などと言うこともできません。うつむくだけでした。片想いを成就できないいじらしい少女として描かれているのです。

後編では、「伊豆の踊子」をさらに深く理解するための2つのキーワードを提示したいと思います。


後編につづく


バックナンバーはこちら↓

第1回 夏目漱石『こころ』前編
第1回 夏目漱石『こころ』後編
第2回 森鷗外『舞姫』前編
第2回 森鷗外『舞姫』後編
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第5回 太宰治『斜陽』後編
第6回 谷崎潤一郎『痴人の愛』前編
第6回 谷崎潤一郎『痴人の愛』後編


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