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【#1-5】ロケの手ごたえゼロだった「水曜どうでしょう」の新作は、なぜ、おもしろかったのか

嬉野珈琲店へようこそ。
マスターは大の珈琲好きである「水曜どうでしょう」カメラ担当ディレクターの嬉野雅道さん。店ではこだわりの珈琲を淹れながら、マスターが人生のあれこれについてじっくりと語ります。マスター独特の視点から語られる、胸に詰まった息がすっと抜けるお話――。今回は、4人の“異常な親和性”の由来を探っていきます。

嬉野雅道連載写真

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“徳川埋蔵金”は本当に出てくるのか?

嬉野です。さて、この連載も第5回を数えましたが、あいかわらず私は、「21年目のヨーロッパ21カ国完全制覇」の話を書きたいのです。どうにもね、考えてるとおもしろいから。

で、昨日ね、東京でYouTubeの収録がありまして。そこで3週間ぶりくらいで藤村くんに会ってね、久々に話したんですが、私、あの人には、この連載のこと、なんにも言ってなかったのに藤村くん読んでくれててね、「いや、先生のあの連載はおもしろいですよ。あなたのあの分析はとても良いですよ」と言ってくれてね、ちょっと嬉しかったな。だってね、やっぱり私は「当人さえ腑に落ちることを見つけ出して書いてるんだな」って思えましたからね。それは誰もが考えなかった領域のことをここで書いてるってことですからね。

でも、そんなところまで考えてしまうくらい、今回の新作は、ロケ中の4人の人間模様が、かつてないくらい奇妙だったわけです。

だって、テレビ番組のロケでヨーロッパまでやって来ていながら、旅の間、4人の中の誰ひとりとしてロケの責任を取る気がないままロケをしてたんですからね。

藤村くんもロケ中に脳内編集を放棄しちゃったし、大泉洋も「このロケ大丈夫なのか?」と思ったろうけど、「まぁ藤村さんがなんとかするだろ」と、最終責任は取らないわけだし、私とミスターにしたら、最初から藤村くん任せで、責任取る気なんかそもそもなかったし。

そんな計画性のない4人では、旅をしていても、おもしろそうな事件には遭遇しませんよ。だからロケを終えた時点で、「やっぱり今回は大しておもしろくならなかったな」と、4人全員(とくに藤村・大泉)がロケの不出来を深刻に受け止めて帰国したわけです。それなのに、仕上げてみたら、「ロケは、おもしろくなっていた」んですよ。おかしいですよね。これは変ですよね。何でおもしろくなってたのか、まるで説明がつかない。不思議な世界です。4人全員が、旅の間、魔法にかけられて不思議な世界に迷い込んでいたみたいなことですよ。それじゃファンタジーじゃないですか。たかがテレビ番組のロケでそんなことはあり得ませんよ。

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それにこの4人は、なんの下準備もせずに、何の企画も仕込まずに、ただヨーロッパに出掛けて、ノープランでアイルランドまで行って帰ってきただけなんです。それなのに、「おもしろくなっていた」では……、しかも自分たちの印象ではおもしろくならなかったと思っていたのに「仕上げてみたらおもしろくなっていた」なんてことでは……、歩いてたらヒマラヤに登ってて、そのまま無酸素で登頂に成功して普通に生還しちゃってた、みたいなことになってるわけですから、こんなふざけた状況は、そもそも説明のしようがないわけです。

ここまでノープランでテレビバラエティーを作ってしまっているチームなんか、我々の他にいるんだろうか? いやぁ、ぜったいにいるわけがないですよ。もちろん、これまでも「ノープランです」と言いながらロケをしたことはありました。でも、それはあくまでも「ノープランという名のプラン」だったわけで。しかし今回は誰も現場でロケの責任を取ろうとしなかったという意味で、正真正銘のノープランでテレビロケをしているのです。それなのに、そこから「おもしろい」結果が生まれている。これは、やっぱり得体がしれないです。

なので、今回のロケばかりは、この私も「いったい我々は何をしているんだろう」と、不思議な気持ちがして、どうしても好奇心が湧くものだから、「これは間違いなく、4人の根源的なところに、まだ目に見えていない、どデカい鉱脈があるに違いない」と思えて、私は“考察”という発掘の穴掘り作業がやめられないのです。

そうなんですよ。私がこの連載でやり出したことは、遺跡を発掘しているようなことなんです。いや、温泉でもいい、油田でもいい、金鉱でもいい、いや、その全部だね。4人が立ってる地下にトロイの遺跡がきっとある。そう信じて遺跡発掘にとりつかれた男のような状況にいま私はなりかけているわけです。だけど、いつの世だって遺跡発掘は博打のようなものですよ。トロイの都は伝説かもしれないんだからね。掘ったら必ずトロイの遺跡にたどり着くとは限らないんだから。

だから、掘りながら私の心も揺れるんです。「水曜どうでしょう」の地下をあまり深掘りしても、その先は底知れず、必ず埋蔵物にたどり着けるという確証もないわけだから、ここらでお茶を濁して徒然なる話でも書いた方が良いのかもしれない。そう思うけど、でも掘ってると、新たな坑道らしい穴にうっかり出くわしてしまうものだから、「あぁ、やっぱりこの先もまだ奥へ奥へと坑道は続いているんじゃないのか、だったらその先に埋蔵金が眠っているんじゃないのか」と、私もついつい思ってしまってね、いまや私は引き返すこともできない。まったくこれって、肝心の黄金財宝は出てこないのに、もうすぐ出そうな予感ばかりと遭遇する「いっこうに収拾つかない徳川埋蔵金」みたいなことになりそうで我ながら恐ろしい。

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そしたらね。思いついたんです。

「そうだ。この際、私の頭に浮かんでくる泡沫を、整理もせずに浮かんでくるまま、このページの上に並べるように書いていこう」と。

そうやって、思いつくままに1つ2つと書いて行けば、私の脳内で、おぼろげな輪郭を見せているだけだった断片が、次々に表に出てくるから、もしかしたらそれらの断片の間に、やがて線のような脈絡が見え始めるかも知れない。

と、まぁ、そんなことを思いついたわけです。

なので今回は、私の思いつく順番のままに、手当たり次第で書いていきますので、話がやたらと飛んじゃったり、途中が、とっ散らかったり、「何だよ! ここで終わりかよ!」と、突然終わったりするかも知れませんが、そこはもう何卒ご容赦願って、おつきあいください。

埋蔵金に辿りつきそうな坑道

では、さっそく掘り始めましょう。まず、私は、「水曜どうでしょう」の4人には、“異常な親和性”があると発見したつもりでいるわけです。で、それは間違っていないと思うんですが、でも、そこからさらに4人の関係を考えていったところ、「いや待て」と、「ひょっとするとあの4人は25年も一緒に『水曜どうでしょう』をやっている仲間なのに、ひょっとしたら仕事仲間という関係の外に出る気がないのかもしれないぞ」と、思えてきたんです。それはちょっと意外だったけど、でも、おそらくそうなんじゃないかと思ったら、我ながら驚いたんです。これが、埋蔵金へ続きそうな坑道その1の発見です。

で、これはどういうことかというと、まだ分かりにくいと思うので、もう少し坑道を先へ進んでみましょう。要するに、「あの4人は、どうやらプライベートの領域で関係する気がない」ということです。自覚的な意思がそこにあるということです。4人とも、そうすることがロケにおける4人の“異常な親和性”を守っていくんだと銘々で無意識に察知してるように思えたんです。

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まだ、ちょっと分かりづらいかもしれないから、さらに坑道を進んで行きましょう。

たとえば、一般に、仕事仲間の関係から出ようとしないと聞けば、何か心を開かずに一線を引く間柄みたいに聞こえますから、世間的には「よそよそしい」「他人行儀」「うわべのおつきあい」、といった関係に聞こえるでしょう。でも、そうではないんです。そうではなく、仕事仲間の関係から出ないからこそ、むしろ関係性が“濃くなる”、とでもいうような、そんな独特の坑道が、あの4人の地下に伸びていて、どうもその坑道を辿ってあの4人は“異常な親和性”という広場へ出ちゃってるような予感がするわけです。

まぁ、「あの4人」なんて、なんとなく他人事みたいに書いてますけどね。でも、こう書きたい気分もあるわけです。

さらに、もう1つの気になる坑道があって、それは、藤村くんという人の持つ気質です。私の60年の人生で、あまり他に見たことのない、この人物の気質が主導して作り出す“ある雰囲気”が、4人の異常な親和性を担保している気がするのです。これが坑道その2です。

ブラックマヨネーズの小杉さんさえ驚愕させる4人の集団芸!

実は、先日、「水曜日のおじさんたち」という、ニコニコチャンネルのゲストにブラックマヨネーズの小杉さんが来てくれたんですが、小杉さんは、聞けば「もう20年来の水曜どうでしょうファン」なんだそうですよ。小杉さんの場合、あの方が、まだお笑いを始める前の20代のころのある日の深夜、大阪でテレビを見ていたら「水曜どうでしょう」が始まって、「何やこの番組?」「だれやこいつら?」という違和感のまま見始めたらしくて、でも「見てたら、おもろかったんですよ」と、なんと初回から笑ってしまったそうで、それから何回も見るようになって、「お陰で、いまだにどうでしょう見てると20代の自分に帰れるような気がするんですよ」と言った、その小杉さんの顔が、本気のどうでしょうファンの顔になっていて、私は、あのとき、地味に感動したわけです。

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で、そのとき藤村くんと私と小杉さんの3人でだいぶ深く「水曜どうでしょう」の話をしたんですが、そんな中で藤村くんが小杉さんに不意にこんなことを聞いたんです。

藤「オレはね、お笑いの人が、どうでしょうの笑いをどんなふうに見てるのか、凄く興味があるんだよ。だってあなたたちさ、上下関係とか先輩後輩とか、しきたりとかキッチリありそうじゃない、息苦しいことないの?」

そんなことをまず聞くわけです。で、小杉さんもいきなりそう聞かれたから、少し考えて、

小杉「たしかに、お笑いの世界は、歴史もありますし、縦も長いし、横も広い……そこへいくと、どうでしょうは4人だけでかたまってる、正直羨ましいこともありますけど」

そう答えて、

小杉「どうでしょうは、とにかく、喧嘩してるじゃないですか。でも、人によっては、そんなん見てられないって、いうこともあるのに、それがなんか喧嘩に見えへんというか、ののしりあってるんだけど、で、それもね、相方と2人、いうわけじゃなくて、年もちょっと違って、立場もちょっと違うっていう4人やから、バリエーションも広がりますよね」
嬉「それを25年もやってる」
藤「物凄い集団芸。芸人さんだったらお互い役割があるけど、でもうちの場合は自分をよく見せようと必死なだけだから」
小杉「で、それがね、4人のユニットいうわけでもなくて、たまたま番組で集まってるだけの4人なのに、いうところが凄い。芸人が真似したら大怪我する」

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小杉さんもやっぱり、「水曜どうでしょう」の可笑しみは、無意識のセッションから始まる、喧嘩、いさかい、ののしりあい、小競り合いにあると、認識していたわけで、そしてこれが簡単にできそうに見えて、実は大間違いで、だから芸人さんが安易に真似したら大怪我をすると釘を刺している。

つまり“セッションという、即興から始まる集団的無意識による集団芸”の境地には、“なんとなく”の乗りでやっても到達し得ないんだと小杉さんは認識している。ただ、そのありえない集団芸をしているのが“4人のユニット”という訓練された芸能集団でもない、たまたま集まっている4人の仕事仲間だというところで小杉さんも理解不能に陥るのだと思うのです。これは小杉さんが第一線で活躍する芸人さんであるだけに、とても重い指摘だと思うのです。ここはだから、今後あらためて考えてみたいところです。

で、このときの会話で興味深かったのは、藤村くんが小杉さんに「芸人さんが、どうでしょうの笑いをどう思っているのか知りたい」と、笑いの話を持ちかけながら、その問いのしめくくりで「息苦しくないの?」と、芸人さんの社会の雰囲気をセットにして質問していたことです。

そんなふうに聞いてしまう藤村くんの心理には、やっぱり、会話でセッションしている人間に妙な気遣いなんかがあったら、または、気遣いをしなければならない的な“しきたり”なんかが意識に介入してきたら、とてもじゃないが自分は、そこでの会話をおもしろくはできない、とでもいうような、藤村くんの笑いに対する根本原則があるのだろうと思えたのです。それなら藤村くんは、おもしろく会話ができるように、当然、人間関係の環境整備だってキッチリやっているはず、と思えてきたわけです。

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ほら。たしかに、こうやって小出し、小出しに書いていると、なんとなく4人の“異常な親和性”の正体に、少しずつ近づいていくようなライブ感が出る感じがして、これはこれで、やっぱりアリですね。

やっぱり肝は人間関係なんでしょうね。誰かが笛を吹き出したら、そこからその笛に合わせて銘々が即興で、楽譜もないまま、それぞれの楽器で演奏を始められる、それほどの濃密な関係性。その関係性が担保してくれるからセッションを始めるとすぐにあの4人は楽しくなって、そのまま無意識の領域で、いつまでも話してしまう。

でも、その密度の濃い関係性を我々4人は、どこで培ったのか。いったい我々4人は、どうやって仲良くなったのか。

我々は、今年で25年の仲になるのに、これまで一度も4人で連れ立ってプライベートで呑みに行ったことなんかなかったし、行こうとも思わなかったし、私と藤村くんだって会社帰りに呑んで帰ったりしたこともないわけです。

それでも我々4人の密度は間違いなく濃いのです。だって走っている車の中で話し出せば、夢中になって話し続けられるほど楽しくなるのですから。即興演奏のようにトークでセッションが可能なのですから。だからね、ここのところばかりは、実に不思議な4人の感覚なんだと思いますよ。

おそらく、4人は、プライベートで交流することを通じて仲良くなるような、そんな一般的なルートとは違ったルートで、仲良くなったのだと思うのです。

どこでどのように仲良くなったのか、それはまだ定かではありませんが、間違いなく一般的ではないルートで仲良くなってしまったからこそ、その関係性の濃度をキープするために「4人は、仕事仲間の関係から外に出る気がないのだ」という予感へ、リンクしてゆきそうに思えるのです。

「水曜どうでしょう」の本番とは、いったいいつ、どこから始まるのか

我々4人が、仕事仲間の関係から外に出る気がないということは、具体的にどういうことなのか。

ひょっとしたら我々4人は、それぞれが抱えている素の気持ちを、4人の前で明かすようなことは、金輪際、しないんじゃないか。そのことに、4人はハッキリとした意思を持つのではないのか。だから4人は、仕事仲間の関係から外に出る気がないのではないか。

つまり、仮に銘々が仕事で迷うことがあったとしても(この場合の仕事とは「水曜どうでしょう」ということです)、それを悩みとして4人に生々しく打ち明けたりは、多分しない。迷うことがあったら、それぞれは自分の中で処理しようとする。だからこそ、今回の新作のロケでも、藤村くんは「今回のロケは、オレはもう気持ち的に無理だよ」と、たとえ思っていたとしても、ロケ中、ホテルのレストランなどで食事しながら、生々しく素の感じでみんなに打ち明けたりはしない。事実、そんなふうに藤村くんが打ち明けないから、大泉洋も藤村くんの心模様が最後まで分からなかったわけです。

でも、だからといって大泉洋もまた、どれほど藤村くんの心模様が分からなくて気になろうとも、直接本人に「藤村くん、どうしたのさ? なんかいつもと違わない?」などと、素に帰ったトーンで聞きただしたりは絶対にしない。大泉洋の場合は、せいぜい私を藤村くんから引き剥がして、こっそり探りを入れてくるくらいです。おそらくそうやって、誰もがある種の緊張感を維持したまま旅を続けているのだと思うのです。

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でも、「いったい、なんのために?」

おそらくそれは、「水曜どうでしょう」の本番が、けしてカメラが回ったところから始まるのではないのだということです。旅が始まってから、旅が終わるまで、いや、4人が集まったところから、おそらく4人は本番を始めてしまっている、ということです。そこでカメラが回っていようが、回っていまいがです。だから、4人は、その緊張を持続させるために、4人でいる間は、けして仕事での個人的な迷いを生々しく打ち明けたりはしないのです。どうしてもその不安が抑えられないときは、あえてカメラが回っているセッションの中で、トークのテーマとしてぶつけてくる(かつて藤村くんは「正直、迷走してます」と、そのままの不安をセッションのテーマにぶつけてくるという大胆なことをして、その迷いすら笑いに昇華させてしまいました)。多分、それくらい常に真剣に番組と向き合っているのだと思うのです。

大泉洋が番組をクビになっても……

そういえば昔から、よく藤村くんと大泉くんとは、2人でこんな話をして笑っていました。それは「たとえば、『水曜どうでしょう』に、大泉くん以外の新人を入れたら、どうなるんだろうね」といった、ネタみたいな話だったのですが、あれなんか、「仕事仲間の関係の外に出る気がない」という観点から味わってみると、とても象徴的な話に思えてくるのです。

話の発端はこうです。藤村くんが、「たしかに大泉くんも面白いけど、ここらで新人を入れて、『水曜どうでしょう』も新しい展開を目指したいんで、悪いけど大泉くん、とりあえず大泉くんは、ここまでということで」と、ある日、大泉くんにクビを言い渡すわけです。すると、大泉くんはその言葉を受けて「あ、そうなんですか、いや、分かりました、ほんと、いままでお世話になりました」と、意外にあっさり引き下がるんだけど、後日、藤村くんが仕切る新人オーディションの会場に、若手タレントと横並びで「5番、大泉洋です」と、やっぱり、ちゃっかりオーディションを受けに来てる。みたいな話をあの2人は笑ってしていたんですけど。でも、その話って、あながち冗談ではないように思えるのです。

もし、そんなことが現実にあったとしても、大泉洋は、けして裏で藤村くんを呼び出して、2人だけのところで、「あのね。どうして、ぼくじゃなくて、新しい人を入れたいんですか?」とか、そんな素のトーンで生々しいことを藤村くんにぶつけたりはしないはずなんです。だって、それをやっちゃうと、ここまで続けて来た何かの糸が切れてしまうから。と、そんなふうに判断してしまうのじゃないでしょうか。そんなふうに思い詰めるものがきっとあるんです。

だからこそ、逆に大泉洋は、新人オーディションの日に、新人でもないのに真っ正面から来ちゃってて、若いタレントと一緒になって、1人だけ老けてるのが生真面目に「5番。大泉洋」みたいな新人のトーンで、またイチから這いあがろうとして見せる。そんなことをやられると、藤村くんも「あれ? 大泉くん。どーしたの?」と、驚くんだけど、大泉洋は笑いもしない真面目な顔で「よろしくお願いします」と、緊張感のある顔をして見せて、姿勢良く椅子に座ってるもんだから、「え? なにが?」と、藤村くんは笑ってしまう。その笑いにたどり着くには、そして、その笑いと縁を切らないためには、生涯4人は、4人の前では素の自分を見せない、明かさない、という緊張感を持続させなければと思っている。そのことを続けないと、あの4人の関係に2度と戻れなくなるから。だから4人は仕事仲間の関係の外に出る気がないんだろうなぁ。そう思えるんですね。

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もちろん、「水曜どうでしょう」に、新人オーディションみたいなことは、ない話なんだけど、でも、仮にそんなことが本当に起きても、きっと大泉くんは、そうやってオーディション会場に来るんだろうなぁと思う。そして藤村くんは、それを見せられて、やっぱりそんな大泉洋に爆笑するんだろうなぁって思う。

なんで、そうするんだろうって考えると、それはやっぱり、そのときだってまだ本番が続いているから、ってことなんだろうなぁって思って、それだけが答えなんだろうなぁってところに、どうしてもたどり着くんです。それはきっと永遠に終われない何かなんでしょうね。

むかし、4人で、「一生どうでしょうします」って言いましたけど、でも、そんなこと言わなくても、4人の関係は、一生涯、本番のままなんだろうなぁって思うんです。そうでないと、あの「水曜どうでしょう」の笑いと縁が切れてしまって2度と戻れなくなってしまうから。多分、4人は本気でそう思っているような気がします。でも、そんなことをするのは、ただ、いつまでもそうしていたいってことなんだろうなぁって思うのです。もちろんそうすることがイヤじゃないんからですよね。「だって、その方がぜったいおもしろいから」ってことです。そのためには、一瞬だって、緊張の糸は切れない。だったら素の自分を見せるなんてことはする気にはなれない。だから4人の関係は、仕事仲間の外には出ない。そういう順番になる。

もちろん、これも私の思いつきの域を出てはいないことですが、間違っていない気がするのです。
(次回は3月4日更新です)

追伸
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                              嬉野雅道

嬉野雅道(うれしの まさみち)
1959年生まれ。佐賀県出身。「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)のカメラ担当ディレクター。愛称は「うれしー」。ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、文化庁芸術祭賞優秀賞など多くの賞を受賞したドラマ「ミエルヒ」では企画を担当し、福屋渉氏とともにプロデューサーも務めた。「愛と平和と商売繁盛」「負けない」がモットー。どうでしょう藩士と奥様に人気。著書は『ひらあやまり』『ぬかよろこび』(ともにKADOKAWA)など多数。

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