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奇跡の復活! 所沢の名酒場|パリッコの「つつまし酒」#89

「はあ、今週も疲れたなあ…」。そんなとき、ちょっとだけ気分が上がる美味しいお酒とつまみについてのnote、読んでみませんか。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、それが「つつまし酒」。 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

大好きだった店が、突然の閉店

 埼玉県にある所沢という街に、かつて老舗の名酒場「百味」がありました。いや「かつて〜ありました」という表現は正確ではないな。まぁ、ひとまず話を進めさせてください。
 僕の住む西武線沿線の駅ということもあり、もう10年以上前からずっと大好きなお店。所沢って、どちらかというと「プチ渋谷」とか「プチ池袋」といったイメージの、若者の街。メインの繁華街「プロペ通り」も、新しいチェーン店ができては入れ替わりといった感じで、一見僕のような場末酒場好きが好むタイプのお店はなさそうなのですが、その通りのとあるビルの地下に、百味は突然存在していました。まず入ってびっくりするのは、100人は余裕で入れるんじゃないかという開放的な巨大空間。しかもなんと、オープンが午前11時。というわけで、所沢の酒飲みは基本的に全員ここに集まり、昼間っから大喧騒のなかで飲むのが定番なのでした。
 百味の創業は昭和40年ごろ。同じく西武線沿線のひばりが丘で誕生し、一時は10店舗近くまで増えた人気店で、ここ「プロペ店」ができたのは昭和58年。以来、バブル崩壊の影響などもあり他の店舗が次々と閉店していくなか、プロペ店だけは常に大繁盛で、その歴史を重ねてきたそうです。

 ところが、悲しすぎる知らせを聞いたのは半年ほど前のこと。なんとその百味が、新型コロナウイルスの影響により、今年の5月12日をもって閉店してしまったのです。
 実は昨年末、とある媒体の取材で百味に伺い、店主さんにいろいろとお話を聞かせてもらう機会に恵まれました。そのときは明るく「来年の4月からは全席禁煙になるから、それも書いといてね!」なんて言っていたのに、まさかの展開。もうあの空間で昼間っからお酒を飲むことができないなんて。あぁ、コロナウイルスが、そして何もできない自分が憎い……悲しい……。

まさかの復活!?

 ところが状況は一転、想像すらしていなかった嬉しいニュースが耳に飛びこんできたのはつい先日のこと。なんと、百味の前を通りかかった知人が「再開する」という看板を見たと、SNSに写真をアップしていたんですね。

 それによれば、なんと百味は、12月9に再オープンするらしい。僕、あまりの驚きと嬉しさにいてもたってもいられなくなり、オープン前日にその看板を確認しに行っちゃいましたよ。

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確かに間違いない!

 数年前からの東京オリンピックに向けての都市再開発、加えてコロナウイルスの影響により、閉店してしまった大好きなお店は数知れず。もはや悲しむことにも慣れっ子になってしまっていた感すらあった現在の状況において、こんなにも胸が熱くなる情報があるでしょうか。
 はい。もちろん、記念すべき再オープンの瞬間に合わせて行ってきました。

 百味は子供が生まれる前、妻ともよく行っていた店。妻にそのことを教えてあげると「仕事を休んで行く!」とのこと。僕も仕事を休んで、じゃなかった、この「つつまし酒」に書けばそれはそれで仕事になるので、半分仕事ということで、夫婦でやってきました。
 所沢駅の改札を出たとたん、お店まで続く長〜い行列ができていたらどうしよう? と思い、オープンの30分ほど前に現地に来てみたのですが、行列はなし。そして気づく。あれ? 前は11時オープンだからそれに合わせてきちゃったけど、昨日この目で確認したはずの看板に、赤字ででっかく「正午オープン」と書いてある。前のめりすぎてぜんぜん見えてませんでした。というわけで、若干あきれ顔の妻とぶらぶら散歩して時間をつぶし、あらためてオープンの10分前くらいに来てみると、おお! 15人くらいの行列ができている!
 最後尾に並び、前にいたいかにも酒場が好きそうなお兄さんと「嬉しいですね〜」なんて、なんとなく世間話をしていると、どうも相当な常連さんだったようで、いろいろと裏事情を教えてもらうことができました。
 百味の前店主大久保金一郎さんが閉店を決めたあと、このビルの大家さんは「こんなにもたくさんのお客さんに愛されている店をなくしてもいいのか?」と感じ、とりあえずお店をそのままにしておいたそう。その後、新しいオーナーが決まり、元従業員の方々で再び働ける方は呼び戻し、ついに百味は季節の復活を果たした。といったところが、大まかな流れなんだそうです。

夢……じゃ、ないんだよね?

 さぁ時間になりました。並んでいるお客さんたちの、喜びに満ち、もはやニヤニヤがおさまらないといった表情が最高にハッピー。気分はディズニーランドの人気アトラクション。ちょうちんやメニュー、階段などところどころがきれいになっているのも、これからさらなる歴史を重ねてくれるんだなと感じられて嬉しいですね。
 扉をくぐると、おぉ、内装はほぼ以前のままだ。あ、あそこにいるのは、この店のオープンから働いているというなじみのお姉さん。はは。喫煙室が新設されてる。気合入ってるなぁ。あぁ嬉しい。なんて言いながら、いつものテーブル席に着く。まずは生ビールに、これだけは外せない「辛口つくね」を2本。それから「刺身3点盛り」に、日替わりの「かすべ煮」あたりを頼んでみましょうか。

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生ビール到着!

 ごくごくごくっ……うおー! う、うますぎる! まさかまたこの空間で生ビールを飲めるなんて、絶対にありえないことと思っていたので、本当になんだか夢でも見てるみたいです。酒飲みとして、こんな幸せな経験はなかなかできないぞと、しっかりとその気分、味を記憶にとどめておきましょう。
 久々のオープン、しかも、タブレットなどの新システムの導入により、各テーブルへの料理の到着が若干滞り気味になっていますが、それでもみんなニコニコと思い思いのお酒を飲んでいる。なんて幸せな空間なんだろうか。

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百味名物のひとつ「辛口つくね」

 しばらくすると我々のテーブルにも料理が届きはじめました。これこれ! この、どっしりと食べごたえがあって、ぷりぷりっとしてて、甘辛いタレとピリ辛のアクセントが最高にうまい、他のどこにもないつくね! ビールはとっくに飲み干して注文しておいたホッピーとの相性がたまらなすぎる。
 マグロ、ブリ、タコの刺身3点盛りも極上だし、軟骨までとろとろのかすべ煮もお酒が進むな〜。

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かすべ煮はこれで550円

 妻は外に飲みに来ること自体がかなり久しぶりで、「やっぱり居酒屋っていいね〜」なんて言ってくれている。僕もなんだかテンションが上がり、その後も、いつも以上に遠慮なしにあれこれ頼んでしまいました。
 初めて頼んでみた「海老春巻」のサクプリ食感、いいな〜。「鉄火巻き」も豪快な量で、シメにもつまみにも最適。「チューハイ」を追加したら、なんと230円。百味のチューハイって、こんなに安かったっけ!? あらためてありがたい。

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網状の皮が良い食感を生んでます

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年を重ねるごとに感じる巻物の良さ

 これからはまた、いつでも好きなときに百味に来て飲めるんだなぁ。とはいえ、一度は閉店してしまったことからもはっきりしているとおり、永遠にあり続ける店なんてない。今後はさらに1回1回の機会、1軒1軒との出会いを大切にお酒を飲んでいかなければな。と、あらためて感じさせてもらえた、良い昼酒でした。

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夢……じゃ、ないんだよね?
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
2020年9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco


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