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VTuberに注ぎ込まれるリアルマネー―『メタバースは革命かバズワードか~もう一つの現実』by岡嶋裕史

2章⑥ 仮想現実の歴史

光文社新書編集部の三宅です。

岡嶋裕史さんのメタバース連載の10回目。「1章 フォートナイトの衝撃」に続き、「2章 仮想現実の歴史」を数回に分けて掲載中です。仮想現実(≒メタバース)の歴史をたどることで、メタバースへの理解を深めていきましょう。

前回のリハビリの話から一転、アイドルの話へ。

下記マガジンで、連載をプロローグから順に読めます。

驚きのスーパーチャット(スパチャ)額

 次はアイドルである。アイドルはもともとの存在そのものが、「自分にとって都合のいい部分だけを切り取った、理想の異性像」である。利用者をつらくするような態度や発言は、ビジネスとして慎重に排除される。

 そのような存在は、クラスや職場にネイティブに実在するわけはない。であれば、仮想現実でいいのではないか。「自分にとって都合のいい部分だけを切り取る」のは仮想現実が最も得意とする機能である。利用者の気分を落ち込ませるアイドルとしての失言や、PTSDを誘発するスキャンダルの漏洩なども、可能性をゼロ近似にできる。

 従来の技術であれば、「そうは言っても、実在の異性のかわりにはならない」と断言されたことだろう。二次元愛好者であれば、「そもそも二次元はリアルの代替物ではなく、理想なのである。多少、インタフェースが未熟であっても何の不備もない」と言い返せるが、そうでない利用者も多いだろう。

 しかし、初音ミクを嚆矢とする音声合成技術や、モーションキャプチャ、リアルタイムレンダリングの高度化は、十分に憧憬の対象となる人物を仮想現実内に産み落とすことに成功している。

 利用者がどのくらい彼ら/彼女らに熱狂しているかは、スパチャ(スーパーチャット)の値を見ればよい。

 スーパーチャットとは、お金つきのチャットである。ユーチューブ内で利用されている。日本語の感覚だと、投げ銭と訳すのがわかりやすいだろう(投げ銭を知らない世代も多いだろうが)。

 広く捉えれば、他の利用者に価値を送信するギフティング機能の一種で、これらの機能の実装は紅包の習慣がある中国で先行していた。

 ライブ動画を配信しているときに、配信者は視聴者とチャットをすることができる。それが著名な配信者で、視聴者が憧憬を覚えているならば、視聴者にとっては至福の瞬間である。しかし、それはどの視聴者にとっても同様なので、多くのメッセージに埋もれて自分のメッセージが配信者に取り上げられることはほとんどない。

 しかし、ここでお金を添えてメッセージを送ると、極めて目立つ形でメッセージが表示され、しかもその他のメッセージが瞬時に揮発していく中で、ずっと画面に残り続ける。これは広告収入以外に収入のパスができる配信者にとっても、なんとかして配信者に注意を向けて欲しい視聴者にとってもメリットのあるサービスだった。

 もちろん、投げたお金の数割はプラットフォーマーであるグーグルやテンセントが徴収するわけだが。

 日本は法解釈の問題もあり、SNSやライブ中継を介して金銭的な価値をやり取りするサービスの登場が遅れていたが、ユーチューブがスーパーチャットを導入したことで本格普及への道がついた。2017年のことである。

 その後の市場の伸びは、異常なほどだ。

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 上記は、ユーチューブにおいて配信者が1年間にスーパーチャットでどれだけの金額を集めたかのまとめである。2020年のデータだ。

 10位までに7人、15位までだと11人を日本のVTuberが占めている。これは日本国内限定のデータではない。ワールドワイドの統計である。また、VTuberだけでなく、ユーチューバーなども含めた数値である。まるでバブル期の世界時価総額ランキングを見るようだ。日本勢の独占と言ってよい。

 ちなみにホロライブというのは、VTuberが所属する事務所である。世界ランキングの4位まではすべてホロライブ所属者だ。1位の桐生ココは1億5800万円、3位の宝鐘マリンまでは1億円を超えている。

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 VTuberが実況を行うためには、演者や技術者、ディレクタなど数多くの人的資源と比較的高度な技術が必要になる。また先にも述べたように3割ほどはグーグルの懐に入るため、個人が1年間で1億を稼いだわけではないが、広告収入などは抜きにして投げ銭だけでこれだけの金額が動いたのである。人は仮想現実内で形成された仮想の価値に、すでにそれだけのリアルマネーを注ぎ込んでいる。(続く)

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