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小さい農家は「差別化」してはいけない

【連載】農家はもっと減っていい:大淘汰時代の小さくて強い農業⑨

㈱久松農園代表 久松達央

久松 達央(Tatsuo HISAMATSU)
株式会社久松農園代表。1970年茨城県生まれ。慶応義塾大学経済学部卒業後,帝人株式会社を経て,1998年に茨城県土浦市で脱サラ就農。年間100種類以上の野菜を有機栽培し,個人消費者や飲食店に直接販売している。補助金や大組織に頼らずに自立できる「小さくて強い農業」を模索している。他農場の経営サポートや自治体と連携した人材育成も行う。著書に『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社)。

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ビジネスは、自分がやりたいことと時代状況の接点にしか生まれません。時代状況とは、ビジネスを形にするための様々な環境のこと。「やりたいこと」が自分の中にあるのに対して、「時代状況」は自分の外にあり、コントロールすることはできません。中でも、思うようにならない最たるものが顧客です。

久松農園では、多くの人に売れそうなもの、をつくるのではなく、まず自分たちが食べたい野菜をつくり、それをお客さんにおすそ分けする、という順番でつくるものを選びます。

大根を例に取ると、最近では紫や緑色などの品種もポピュラーになり、マルシェなどではカラフルな大根を目にする機会も増えました。紫大根の生産者に美味しい食べ方を尋ねると、「ステーキ」との答え。大根ステーキは確かに美味しいです、たまにレストランで食べれば。

一方、自分は家では大根をステーキにする習慣がありません。それよりも、味噌汁に入っている普通の大根が安定して美味しいことの方が大事です。野菜セットの箱を開けた時にカラフルな野菜で歓声があがる様子よりも、無造作に取り出した大根をブリと煮た時にとろっと甘くて、思わず食卓の会話がはずむ方が、私には喜びです。

以前、茨城県主催の、東京の百貨店の催事場でのフェアに出展したことがあります。開催中にメディアを引き連れて陣中見舞いに来た知事が、私の大根を取り上げて「これは普通の大根と何が違うの?」と質問されました。あえて抑えたトーンで「これは『普通の』美味しい青首大根です」と答えると、知事は黙って次のブースに去っていきました。

こういう時に、「伝統品種がうんぬん」とか「有機栽培でどーこー」などと言えるのが正解とされることに、私は疑問を持っています。純粋な戦略として考えても、わかりやすい違いを売りにすることが、小さな農家の選択として正しいとは思えないのです。

商品開発のコンサルタントの話を聞くと、同業の他の商品との差別化の話が中心です。他と違う特徴を際立たせた商品をつくり、それを上手にアピールしましょう、という話の趣旨は分かります。

一方で、私が自分で食べたいのは、冷たい筑波颪に当たってじっくり育った普通の冬の大根です。青首ならばサカタの「冬自慢」、三浦大根なら「龍神三浦二号」という品種が好きです。同じタネを買ってくれば、隣の農家にも、家庭菜園のおばあさんにもつくれるものです。それでも、何千回と食べてもしみじみ美味しく、大根が美味い季節になると、毎年感動があります。大鍋で豚バラと甘辛く煮た日には、大きな三浦大根もペロリと食べてしまいます。

人の大根の嗜好に何千ものパターンがあるとは思えません。私と同じように考える顧客はたくさんいるはずで、そういう人を探していけば、差別化なんて必要ないはずなのです。
 
一般論として、「川上産業」である農業は差別化がしにくい業種です。特に、他社の真似がしやすい現代の農業は、オンリーワンの商品をつくることが本質的に難しい仕事です。幾多のビジネス書が指南する「顧客獲得のための差別化」を前提に小さい農家が経営を組み立てることは、正しいとは言えません。差別化のポイントを明確にすることは、むしろ真似する力のある強い農業者に有利な戦い方です。
 
個農の売り方としては、他と違うかどうかに関わらず、自分が個人的に好きだと、相手の目を見て言い切れることの方が、遥かに重要です。

※本連載は8月刊行『農家はもっと減っていい 農業の「常識」はウソだらけ』(光文社新書)からの抜粋記事です。

久松さんと弘兼さんの対談が掲載されています。


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