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【第69回】平安時代の庶民はどのように暮らしていたのか?

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★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

平安人と現代人の本質

1945年5月10日、原子爆弾の「標的委員会」がロスアラモス国立研究所で開かれた。この会議に科学者を代表して原爆の爆発高度を選定するという重要な立場で出席したのが、天才数学者ジョン・フォン・ノイマンである。空軍は目標として「皇居、横浜、新潟、京都、広島、小倉」を提案した。ノイマンは、戦後の占領統治を見通して皇居への投下に反対する一方、「一億総玉砕」を叫んでいた日本人の戦意を完全に喪失させることを最優先の目標として、「歴史的文化的価値が高いからこそ京都へ投下すべきだ」と主張した。
 
これに対して、標的委員長を務めたヘンリー・スチムソン陸軍長官が、「それでは戦後、ローマやアテネを破壊したのと同じ非難を世界中から浴びることになる」と強硬に反対し、京都は却下された。彼が新婚旅行で京都を訪れていたことも、反対の大きな要因だったといわれている(原爆投下から日本の降伏に至る経緯は、拙著『フォン・ノイマンの哲学』をご参照いただきたい)。
 
このエピソードで注目してほしいのは、スチムソンが京都を「ローマやアテネ」と同格に認識していたという事実である。彼は、ナチス・ドイツがパリを占領した直後にアメリカの参戦を促し、日米開戦直後には軍統制による日系人の強制収容という強硬な反日政策を実施した人物である。その彼が、京都の「歴史的文化的価値」だけは、別格として認めていたというわけである。
 
桓武天皇が794年(延暦13年)に奈良の平城京から遷都して以来、平安京すなわち京都は1869年(明治2年)まで1075年にわたり日本の首都だった。平安京は、隋・唐の長安を手本とした平城京を踏襲し、北の「大内理」から南に向かう朱雀大路を中心に都市全体が東西に左右対称の四角形になっている。街路は「碁盤の目」のように直交し、市外を走る鴨川と桂川から新鮮な食材を運び込んで「東市」と「西市」が開かれた。実に合理的に構築された人工都市である。その平安京の人々は、どのように暮らしていたのか?
 
本書の著者・倉本一宏氏は1958年生まれ。東京大学文学部卒業後、同大学大学院人文科学研究科修了。駒沢女子大学専任講師、関東学院大学助教授などを経て、現在は国際日本文化研究センター教授・総合研究大学院大学教授。専門は日本古代政治史・古記録学。著書は『蘇我氏』(中公新書)や『戦争の日本古代史』(講談社現代新書)など数多い。
 
さて、平安京遷都から鎌倉幕府が成立する1185年(文治元年)まで390年に及ぶ「平安時代」は、世界史上でも稀な「平安」な時代といわれる。この時代には、外国勢力の侵略を想定する必要がほぼなく、王朝国家体制・摂関政治の成立により、庶民は過酷な兵役や租税に苦しめられなかったからである。
 
平安時代といえば天皇や貴族を中心に書かれたものが多いが、本書は「下衆」と呼ばれた下級官人や、さらにその下の「下人」や「雑人」の生活に焦点を当てている。倉本氏は、9世紀の『宇多天皇御記』から11世紀の『春期』まで「古記録」すべてを読み込んで、庶民のエピソードを抜き出したという。とくに興味深いのは、疫病・火災・風雨・洪水・地震・怪異の「恐怖」に立ち向かう平安人の姿勢である。本質的には現代人と何ら変わりがない(笑)!

本書のハイライト

平安時代の人間は、我々現代人よりも劣った連中であり、現代人は彼らよりも進歩した人類であるというのは、きわめて思い上がった考えである。あの時代には科学技術が発展していなかっただけで、彼らはその中においては、きわめて冷静で論理的に生きていたのである。むしろ、これだけ科学技術が発展した社会に暮らしている現代人が、「占いランキング」や結婚式・葬式の日取りを気にしたりしている方が、よほど愚かなことと感じざるを得ない。そもそも、歴史が果てもなく「発展」し、人類がとめどなく進歩しているという発想自体が、笑止千万なのである(pp. 257-258)。

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著者プロフィール

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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