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ときに温泉に浸かって宇宙について考えました。|松原隆彦さん、自著を語る。

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ネットから生まれた教科書

2011年以来、光文社新書から宇宙関係の著書をこれまでに6冊も出していただいています。

平均すると1~2年に1冊のペースになります。

私は宇宙論研究する研究者ですが、研究論文には書けないような話題を以前から自分のウェブページに書き散らしていました。ごく一部の研究者の間では評判がよかったのですが、アクセス数の限られた一研究者のウェブページが一般の読者を獲得することはありません。たまに書きたい文章を公開して自己満足していたのでした。書きたいことはあるので、本の執筆にも興味がありましたが、どうしてよいのかわからないし、自分の書いた文章売れるのか自信もありませんでした。

本の執筆の機会が巡ってきたのは、最初は学術書でした。最初の著書は本の1章を担当した共著書でしたが、本格的な著書はその後に書いた宇宙論の教科書でした。大学院で行っていた宇宙論の講義用に作った講義ノートを拡充しながら、それを講義資料として自分のウェブページに公開していたのです。

この拡充版講義ノートの内容が充実してくると、全国の大学院生などに評判になり、広く使われるようになりました。その状況が私の元指導教官の目に留まり、出版社を紹介していただきました。そして、講義ノートの内容を大幅に洗練させることにより、『現代宇宙論』という教科書が生まれました。まさにネットから生まれた教科書です。

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正体不明・宇宙のダークエネルギーに関する一般書を刊行

学術書や専門の教科書を超えて、一般書にまで執筆対象を広げられたのは、光文社新書編集部の小松現氏との出会いでした。

2007年ごろ、小松さんが私の研究者仲間である東京大学土居守さんに、ダークエネルギーに関する本の執筆を依頼しました。土居さんは観測家なので、理論家と共著にしたいと考えたそうです。

そんなわけで、土居さんから私に白羽の矢が立ち、土居さんが観測部分を、私が理論部分を主に執筆するということになりました。

そこで編集者の小松さんを交えて三鷹にある国立天文台に隣接する土居さんの研究室で3人で打ち合わせを行いました。これが最初に小松さんにお会いした経緯です。このときにはその後10年以上の付き合いになるとは想像もしていませんでした。こうして生まれたのが土居さんとの共著書である光文社新書の『宇宙のダークエネルギー』です。

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適当にウェブページに文章を書き散らすのとは勝手が異なり、まとまった量の文章を書き上げる作業は大変でした。また、土居さんは本業がとても忙しく、その合間を縫っての執筆ということで、なかなか完成に近づきません。大学にいると次から次へと雑務に追われるので、まとまった時間をとるために、土居さんと合宿形式で執筆したこともあります。

当時、土居さんは東京大学木曽観測所所長を務めていましたが、通常は三鷹にある研究室で研究されていました。私の方は、当時名古屋大学に勤めていました。そこで名古屋と東京の中間地点にある木曽観測所近辺の風光明媚なところで、近くの温泉に浸かったり、きれいな景色を眺めたりしながら集中的に執筆をしようということになり、私は名古屋から、土居さんは東京から、それぞれ車で木曽に行って執筆したこともありました。それでも土居さんには次々と雑用が降ってきて、なんとか振り払いながら執筆をしたのは良い思い出です。

温泉

ときには温泉に浸かりながら執筆(※写真はイメージです)

執筆というのは孤独な作業ですが、こんな感じで楽しみを作りつつ進めました。なんとか完成にこぎつけたのは、2011年の秋口であり、依頼から4年近くも経ってしまいました。

おかげさまでこの『宇宙のダークエネルギー』は好評を博しました。また、限られた紙数で宇宙論の内容を解説したこともあり、書き足りないところが多々ありました。

宇宙に外側はあるか?

そんなこともあり、小松さんから、光文社新書の単著として宇宙に関する全般的なテーマで本を出す可能性がないか打診されました。私も以前から宇宙に関する文章を書き散らかしていて、こうした執筆活動に興味があったため、二つ返事で引き受けました。書きたい内容はすでにあったため、一気に執筆しました。

そうして出来上がったのが『宇宙に外側はあるか』です。前著から約半年での出版となりました。この本はタイトルのインパクトが強かったこともあり、新書ランキングの上位へ食い込みました。

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前著と並んで、一般の本屋に自分の本が並んでいるのを見るのは、なんとも妙な気分でしたが、自分の書いた文章が見ず知らずの一般の方々に読まれるのは、とても奇妙な経験でした。

その後も、『宇宙はどうして始まったのか』、『目に見える世界は幻想か?』、『宇宙のかたち』、『宇宙は無限か有限か』と、合計で6冊の光文社新書を出版していただきました。この間、ずっと担当してくださったのが編集部の小松さんです。本のアイディアを出し続けつつ、私の執筆意欲を絶妙に刺激しながら次回作を依頼される手法は、見事としか言いようがありません。それにまんまと乗せられた結果、6冊も書く羽目になりました。

3冊目を出版したころから、光文社新書以外からも執筆の依頼がボツボツと来るようになり、他の出版社からも著書を出させていただいています。

でも、光文社新書のシリーズは私の一般書執筆の原点とも言える場所であり、生まれ育った故郷のような場所という気がします。単に売れれば良いというのではなく、いろいろと実験的な試みもさせていただきました。そのような中で、どのようなテーマや文章が読者の心を掴むのか、手探りの中で試行錯誤させていただいたという面もあります。

100年スケールで見ると、基礎科学の分野の成果が社会をガラリと変えることもある

一般書を書いていると、たまに読者からメッセージなどをもらうことがあります。先日、若い読者から手紙が届き、私の著書を読んで将来の科学に対する夢が広がったので、自分が科学者になって宇宙開発の技術を進展させたい、という趣旨の感想をいただきました。とても感動するとともに、自分の文章が人の進路も左右するという責任感も感じました。

私の研究分野である宇宙物理学は、基礎科学の典型であり、すぐに直接社会の役に立つというような実用的な科学ではありません。しかし、100年スケールで見ると基礎科学の分野の成果が社会をがらりと変えるような変化をもたらします。

例えば、スマホに使われている技術は、100年前にはなんの役に立つのかまったくわからなかったようなものの集まりです。科学に対する純粋な好奇心を刺激しながら、世の中に正確な科学の知識を広めることにより、少しでも世の中に役に立つことができればこんなに嬉しいことはありません。本業の研究教育活動の合間を縫いながらにはなりますが、これからも私にできる範囲で執筆活動を続けていきたいと考えています。

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宇宙に関する著作を多数刊行されている松原隆彦さんが、自著について語ってくださいました。
松原隆彦(まつばら・たかひこ)1966年長野県生まれ。高エネルギー加速器研究機構(KEK)素粒子原子核研究所・教授。京都大学理学部卒業。広島大学大学院理学研究科博士課程修了。博士(理学)。東京大学大学院理学系研究科、ジョンズホプキンス大学物理天文学科、名古屋大学大学院理学研究科などを経て現職。井上科学振興財団・井上研究奨励賞および日本天文学会・林忠四郎賞などを受賞。著書に『宇宙に外側はあるか』『宇宙はどうして始まったのか』『目に見える世界は幻想か?』『図解 宇宙のかたち』『宇宙は無限か有限か』(以上、光文社新書)、『現代宇宙論』『宇宙論の物理(上・下)』(以上、東京大学出版会)、『大規模構造の宇宙論』(共立出版)。『私たちは時空を超えられるか』(サイエンス・アイ新書)、共著に『宇宙のダークエネルギー』(光文社新書)などがある。

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