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屋上ベトナムピクニック|パリッコの「つつまし酒」#88

「はあ、今週も疲れたなあ…」。そんなとき、ちょっとだけ気分が上がる美味しいお酒とつまみについてのnote、読んでみませんか。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、それが「つつまし酒」。 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

パーフェクトサイゴンセット

 仕事の用事で池袋まで出た帰り、何気なく西武デパートの「デパ地下」を覗いてみたんです。デパ地下ってのはもう、飲み食いが好きな人にしてみたら天国のような場所ですよね。広大なフロアに所狭しとブースが並び、ショーケースには世界各国から集められた色とりどりのグルメがぎっしり並んでいる。それを見れば、自然にグーとお腹が鳴る。そこで時計を見ると、あ、もう夕方だ。飲んでいい時間だ。というわけで、今日は軽〜くデパ地下飲みをして帰ることにしましょう。
 といっても、僕のように優柔不断な「いやしんぼ」にとって、デパ地下はまた魔窟のような場所でもあります。宝石のように輝くイタリアン惣菜もいいし、天ぷらや串カツなんかの揚げ物もいいし、中華点心も美味しそう。待てよ、思いきって駅弁って手もあるな。なんてね。迷いに迷ってしまい、「はいはいもうこれ! 君はこれにしなさい!」と言ってくれる強靭な意思を持った同行者でもいない限りは決断ができない。それでいつも後悔するんですよね。「こっちじゃなかったかな……」なんて。そこで思った。逆に、好物を選ぶから後悔するんだと。「これもうまかったけど、やっぱりあれも食べたかったな」と。ならいっそ、ぜんぜん知らない料理を選んでみるのはどうだろう? 「何これ〜おもしろい〜」が先行して、後悔してる場合じゃなくなるんじゃないだろうか?
 よし、今日はこのフロアのなかでいちばん知らない料理を探してみよう! というふうに方針を決めてしまえば、人間、決断ができるもんですね。どうやら、池袋にある人気のベトナム料理店が出店しているらしき「サイゴン」というお店で、未知の料理ばかりが詰まった「サイゴンセット」というのを買ってみることにしました。ついでに世界のビール売り場でベトナムの「333(バーバーバー)」も買い、サイゴンセットが僕だけの「パーフェクトサイゴンセット」に進化。さぁ、屋上に行って味わうか〜。

意外と優しいんだ

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「サイゴンセット」(800円)

 サイゴンセットは、ぜんぶで6つのブロックに仕切られており、唯一名前を知ってたのは左上の「生春巻き」くらいかな。その横はなんだろう……何これ? 目玉焼き? いちばんわかんないぞ。その横は確か売り場では「チャージョ」だかって呼ばれていた、揚げ春巻き的なものでしょうか。下段は春雨サラダっぽいものと、炒飯っぽいご飯物。それから、焼きそばだか焼うどんのようにも見える、なんだ、フォーを使った料理かな?
 全体的にかなりのわからなさで、「あっちの方が良かったかなぁ」なんて考えてる余裕は一切ありません。計画通り!

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どこか異国の屋台村風にも見えるテーブル席で、ベトナム飲み始めます

 まずはベトナムビールの333から。何度か飲んだことはありましたが、じっくりと意識して味わうのは初めてかもしれない。南国の気候に合いそうな軽〜い飲みやすさでありつつ、どこか黒ビールを感じさせるコクもほんのりとあって、美味しいですね。なるほど、こういう味だったんだな、君は。
 さて料理はどこからいくか。まずは前情報がゼロではない生春巻きからいってみましょうかね。タレをかけ、ペターっとした皮を箸で掴んで持ち上げ、しげしげと眺める。豚肉、春雨、キュウリ、レタスが確認できる。あ、生のイカも! タレに感じるのはレモン、しょうが、ナンプラーの風味かな。うんうん、各具材の食感が爽やかにまとまって、こいつはビールに合いますよ。
 次は揚げ春巻きっぽいのいってみましょう。お、これはなんだ? 以外にも中身がひじき煮みたいな見た目をしているな。たっぷり入ってる黒いのは、キクラゲか? それと、ひき肉と細切れの野菜たち。どこか和風な感じでもあって、しみじみとうまいですね。
 春雨サラダ。居酒屋に通い慣れていると、この見た目からはどうしても酸味を予想してしまうんですが、意外にも酸っぱくない。むしろ醤油ベースの淡めの味つけで、そこにパクチーの香りのアクセント。かわいらしいミニチャーハンは、干しエビの風味が効いたおこわみたいで、甘辛く濃い味がビールに最高。焼きそば風フォー炒めは、ピラピラぷりぷりの麺の食感が他にない感じで楽しいです。
 確かにエスニック的ではあるんだけど、全体的にタイ料理なんかとはまた違う、和食に通じる優しさがある印象ですね。ベトナム料理。

謎の料理の謎にせまる!

 さぁ、いよいよ最後にして最大の謎に挑むときがやってきました。上段中央の目玉焼き的な何か。これはもう、見た目からなんとなく味の方向性が予想できたその他の料理と違い、何がなんだかまったくわからない。どうやって食べるのかもわからない。もしかしたらデザートという可能性すらある。
 箸で持ち上げようとしたとたんに柔らかさでちぎれやしないかとおそるおそるつまんで引っぱってみると、わ! なんと二段構造になっていて、下にタレが! 完全に予想外。

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こういう構造!?

 このタレ、蜜なのかな? それともナンプラーなのかな? うっすら透けて見える中身、お菓子なのかな? 肉なのかな? え〜い、考えててもわからん。ひと思いに食ってやれ! と、まずは下段の物体にタレをかけて口のなかへ。もぐもぐもぐ……え〜と、ん? ん〜……なんだろう? これ。食べてみてなおわかりませんね。とりあえず、タレはしょっぱいナンプラー系。で、皮というのかな、外側の白いの。これがモチモチとろとろで、強いて近いものをあげるとすれば、え〜となんだっけ、この食感……あ! あれだ、くず餅。くず餅に近いかもしれない。そして中の具。これまたとろりと柔らかく、肉と野菜なのかな? そうだろうな、きっと。って、けっきょく味はどうなのかというと、うん、未知ゆえに不思議さが勝ってしまうけど、美味しいですよ。間違いなく。
 さて、次は上段だ。まずは中身を確認しようと、皮をひとかじりしてみます。すると出てきたのは、なんと! ゆでたエビだ。そうきたか〜。おお〜、はいはい。これはうまい。当初未知だったくず餅的食感にすでにだいぶ慣れたというのもあるけど、このモチとろ皮とぷりぷりのエビ、そしてナンプラー風ダレのハーモニーはすごくいいですね。ゴクゴクゴクっと最後のビールを飲みほし、ごちそうさまでした!

 あとから調べてみたところによると、この料理、「バンクン」というベトナムの蒸し春巻きだそうです。クレープ状に広げた米粉の生地を蒸して、具材を包む料理だそう。なるほどね〜、世界にはいろんな料理があるもんですな。今回、どれも本当に美味しかったので、いつかサイゴンのお店のほうにも行ってみたいな。

 突然のベトナムピクニック。堪能させていただきました。またデパ地下に、未知の料理を探しに行こ〜っと。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
2020年9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco


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