日本で広がる有機農業(オーガニック)という希望。経済至上主義から新たなライフスタイルへ
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日本で広がる有機農業(オーガニック)という希望。経済至上主義から新たなライフスタイルへ

食料自給率が40%を下回る日本は、食の大部分を海外に頼っています。また、「飽食の時代」という言葉に象徴されるように、私たちはクリックひとつで自宅に食品が届き、コンビニエンスストアだけでも食事を賄うことができる時代を生きています。しかし、今後、地球環境に変動が生じ、農作物の輸出入に不測の事態が起きたらどうなるでしょうか。「食の海外依存」「国内農業の荒廃」という二重のリスクを抱えている私たちは、今、食と農についてどう考え、どう行動すべきなのでしょうか。本書では、地域社会や食と農、有機農業などの動きに精通している千葉商科大学人間社会学部准教授の小口広太さんが、現場で起きている新しい動きにも着目しながら「等身大の自給」について考えます。刊行を機に本文の一部を公開いたします。

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80年以上の歴史を持つ、「本来あるべき農業」

近年、「有機農業」や「オーガニック」という言葉は一般的にも知られるようになりました。有機農産物は、スーパーなどでも普通に購入することができます。この日本の有機農業ですが、自然農法の取り組みを含めると80年以上もの歴史を持っています。

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Photo by Joshua Lanzarini

1971年、協同組合運動に尽力した一楽(いちらく)照雄さんの提唱によって「有機農業研究会(現・日本有機農業研究会)」が創設され、「有機農業」という言葉が誕生しました。その結成趣意書では農業の近代化が厳しく批判され、「本来あるべき農業」としての有機農業の推進について言及しています。

一般的に、農薬や化学肥料を使用する農業は、「慣行農業」「慣行栽培」と呼ばれています。農薬や化学肥料が普及していなかった戦前、戦後15年ほどは有機農業が当たり前の農業でしたが、農業の近代化によってそれらの使用が当たり前になりました。有機農業は、社会が大きく変化する中で生まれた農業なのです。

ところが、当時の有機農業は技術の未成熟もあり、有機農産物は市場流通で正当な評価を受けることができませんでした。生産者は市場流通を利用できず/利用せず、一方で消費者も有機農産物を入手できなかったのです。

生産者と消費者の「関係性」を重視する「提携」とは!?

その中で、有機農業に取り組む生産者が消費者に直接農産物を届ける「提携」という実践が各地で生まれ、自分たちの手で流通システムをつくり上げていきます。日本の有機農業は、この提携を軸に社会的に広がっていきました。

提携は、生産者と消費者の「関係性」を重視します。この「顔と顔が見える関係性」は、「信頼関係」によって実現しました。実際に、栽培計画や出荷数量、価格を決定する意見交換会、より良い社会に向けた価値観の共有を図る学習活動、援農(縁農)、収穫祭や現地見学会など、人間的な交流の機会が多く設けられました。

有機農業は、単に農薬と化学肥料を使用しないという生産技術の個別問題を解決するだけではありません。提携を通じて農業を「生産(つくり方)―流通(運び方、分け方)―消費(食べ方)」という社会関係として捉え直し、そのプロセスをトータルに創造する取り組みです。さらに、このような提携を軸にしながら、地域再生へと展開する実践も生まれました。

提携の手段には、いくつかのパターンがあります。ひとつは配送し、販売する形態です。これは「自家配達か、宅配便か」「個別購入か、共同購入か」に分かれます。もうひとつは、農場に直接取りに来るパターンです。

少量多品目の野菜は、季節ごとに7~10品目ほどを段ボールやトレイに入れて準備します。その頻度は、消費者世帯の都合、配送する農産物によって異なり(米であればその頻度は減ります)、週1回から隔週1回、月1回など様々です。

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Photo by Markus Spiske

「有機農業推進法」の成立という画期

2006年12月には「有機農業の推進に関する法律(有機農業推進法)」が成立しました。これまで有機農業に関する法制度は、2001年4月から本格的な運用が始まった有機JAS制度による表示規制のみでしたが、有機農業推進法の成立によって日本でもようやく有機農業を振興する体制が整い、国と地方自治体は有機農業を実施する責務を負うことになりました。有機農業は、日本農業の一翼を担う存在になったのです。

その中でも、「地域に広がる有機農業」の構築と普及が目指され、有機農業者が中心となって行政や農協、生産者グループ、消費者グループなどが参加する「有機農業推進(有機の里づくり)協議会」が各地で設立されました。

有機農業推進法では、有機農業を有機JAS制度にもとづく有機農産物の表示が可能な取り組みに限定するのではなく、その対象を広く捉えています。第2条では、次のように定義されています。

「有機農業」とは、化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として、農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業をいう。

 続く第3条では、有機農業を推進するにあたっての基本理念を定め、有機農業が農業の「自然循環機能を大きく増進」させると位置付けています。本書では、有機農業推進法の捉え方に倣(なら)って有機農業という言葉を使用します。

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Photo by Steven Weeks

「自然共生型農業」としての有機農業

一楽さんは、日本酪農の父と称される黒澤酉蔵(とりぞう)さんらが創立した「野幌機農学校(現・酪農学園大学)」の由来であり、黒澤さんが漢詩をもとにつくった「天地有機(天地機有り)」という言葉にヒントを得て「有機」という名称を付けたといわれています。

有機の「機」とは、「仕組み」という意味で、天地有機は「自然の仕組みを活かす」と言い表すことができます。有機農業は、単に農薬と化学肥料の不使用や有機物の投入を意味するものではないということです。

有機農業技術の展開方向は、「自然共生」の追求です。その基本は、自然の仕組みを理解し、土づくりと生物多様性の保全を重視することにあります。地中は堆肥や肥料をしっかり施し、微生物に食べものを与えて棲みかをつくりながらその働きを積極的に活用すること。地表はできる限り裸地にしないよう有機物マルチで覆い、地上は多品目栽培や輪作などを通じて病害虫の被害を抑えることです。

このように、自然の仕組みにもとづいて地中、地表、地上に生物と植物の多様な生命の世界をつくり、活かしていくことが自然共生の姿で、「持続可能な農業」としての有機農業の展開につながっていきます。

有機農業から見える「希望」

次に、日本における有機農業の現状を見ていきましょう(農林水産省生産局農業環境対策課「有機農業をめぐる事情」〈2020年9月〉)。農林水産省によると、耕地面積に対する有機農業取組面積の割合は、2018年時点で世界平均1・5%です。イタリア15・8%、スペイン9・6%、ドイツ9・1%、フランス7・3%とヨーロッパの国々で高い割合を示していますが、日本は0・5%で世界平均の3分の1程度です。

こうした現状を見る限り、日本では有機農業の普及がだいぶ遅れているといわざるを得ません。ただし、日本の有機農業の取扱面積や農家数は、増加傾向にあります。例えば、取扱面積は2009年からの2018年までの10年間で、16万3000ヘクタールから23万7000ヘクタールに増加しています。

図は、農家の平均年齢・年齢構成の比較です。有機農家は60歳未満が47%と約半分を占め、平均年齢59・0歳は農家全体の66・1歳と比べて約7歳も若いことがわかります。

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有機農業の取り組みは、まだまだ小さな存在ですが、有機農家数、圃場面積ともに年々増加し、日本農業の動向とは異なる構造を形成しています。さらに、若い世代から支持されている点が特徴です。

独立就農者が「選択」する有機農業

このような有機農業の動きをつくる中心が独立就農者です。新規就農者の中でも、年齢層が若い独立就農者が選択する農業の形として有機農業があります。

例えば、新規就農希望者のうち「有機農業をやりたい人」は65・1%で、「有機農業に関心がある人」を含めると、92・7%を占めています(全国農業会議所「2010年度新・農業人フェアにおけるアンケート結果」)。

また、独立就農者による有機農業等への取り組み状況を見ると、「全作物で有機農業を実施」20・8%、「一部作物で有機農業を実施」5・9%で、約4分の1が有機農業を実践しています。これに「できるだけ有機農業に取り組んでいる」46・2%を合わせると、72・9%にもなります(全国農業会議所〈2016〉「新規就農者の就農実態に関する調査結果‐平成28年度‐」)。

独立就農者の特徴は、有機農業との親和性が高いことです。実際、独立就農者のほとんどが有機農業を選択している地域も少なくありません。耕作放棄地の解消や地域社会の維持などに大きく貢献し、地域にとって「無視できない存在」から「なくてはならない存在」になりつつあります。

有機農業を「選択」する理由

では、独立就農者はなぜ有機農業を選択するのでしょうか。私がこれまで出会った若い世代の姿を見ていきます。

独立就農者の広がりは、1970年代以降のことです。大学紛争に影響された若者たちが生き方を問い直し、有機農業に取り組みました。「たまごの会八郷農場」(茨城県八郷町)、「耕人舎」(和歌山県那智勝浦町)、「興農舎」(北海道中標津町)などで、独立就農者が有機農業の歴史をつくってきたといっても過言ではありません。

1980年代後半から顕著に見られるように、環境に負荷をかけたくない農業の選択が結果として有機農業の実践に結び付いています。現在もこの傾向は続き、ある女性が「農業をするんだったら、有機農業と決めていた」と言うように、有機農業を当たり前のように選択する姿も見られるようになっています。

2000年代以降、有機農業や有機(オーガニック)農産物はより身近な存在となりました。現在の20~30代が物心つく頃にはそのような言葉を耳にし、口にする機会も少なからずあります。若い世代にとって有機農業は決して特別なものではなく、実践の対象として「肯定的」に受け止められているのです。

もうひとつの傾向として、「生き方」としての選択があります。これは近年広がりつつある「田園回帰」の流れとも重なります。ある女性は「利益を追求し、会社に管理される社会よりも大地に根差した暮らしのほうが安心できる」と言っていました。

2011年3月に起こった東日本大震災および福島第一原子力発電所事故の発生も、若い世代を有機農業の実践に向かわせた一因です。ある男性は「都市生活が脆弱だとわかった。食べものが身近にあることが本当の意味で安心な暮らし」と考え、有機農業を志しました。

経済成長を優先する社会への違和感が背景にあり、農や地域に根差したライフスタイルに転換する動きが、有機農業による就農や有機農業を取り入れた農的暮らしを後押ししています。若い世代は、自らの生き方を体現する実践の対象として有機農業を捉えているといえます。

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Photo by Dan Meyers

『日本の食と農の未来』目次

【第1章】日本の食と農のいま
【第2章】この時代に農業を仕事にするということ
【第3章】持続可能な農業としての「有機農業」を地域に広げる
【第4章】食と農のつなぎ方
【第5章】食と農をつなぐCSAの可能性
【第6章】都市を耕す

著者プロフィール

小口広太(おぐちこうた)
1983年、長野県塩尻市生まれ。千葉商科大学人間社会学部准教授。明治学院大学国際学部卒業後、明治大学大学院農学研究科博士後期課程単位取得満期退学、博士(農学)。日本農業経営大学校専任講師等を経て2021年より現職。専門は地域社会学、食と農の社会学。有機農業や都市農業の動向に着目し、フィールドワークに取り組んでいる。日本有機農業学会事務局長。農林水産政策研究所客員研究員。NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)理事。著書に『生命(いのち)を紡ぐ農の技術(わざ)』『有機農業大全』(ともに共著、コモンズ)などがある。
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