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【#20】暮れなずむ東京で、もう中学生の佇まいに情緒を見た
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【#20】暮れなずむ東京で、もう中学生の佇まいに情緒を見た

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嬉野珈琲店へようこそ。
マスターは大の珈琲好きである「水曜どうでしょう」カメラ担当ディレクターの嬉野雅道さん。店ではこだわりの珈琲を淹れながら、マスターが人生のあれこれについてじっくりと語ります。マスター独特の視点から語られる、胸に詰まった息がすっと抜けるお話——。本日は最終回。年の暮れ、もう中学生さんとの出会いを嬉野さんが振り返ります。もう中学生さんから滲み出る情緒の源泉はどこにあるのでしょうか。

出張先に冬の便り届く

冒頭部差し込み写真©hiroko

さて、今回で連載も最終回です。とはいえ「最終回にちなんだ話ってなんだろう」と、いちおう考えてはみたんですが、さして思い浮かばず。でまぁ、素直に近況報告から入ってあとは成り行きにまかせてしまおうという結論に達しましたので、その線で進めます。

えぇこの原稿を書いております現在、嬉野は東京におりまして、しかもうっかり出張が長引いて、もう2週間近く札幌の我が家を空けたままなんですが、まだ東京で仕事が残っていて札幌に帰れない。そんなぼくのLINEに、今朝、女房が動画を送ってくれました。動画には、見渡す限りこんもりと雪化粧をした我が家のご近所の風景が映っていて、札幌はもうすっかり根雪といった風情でした。

こっちは雪なんかまったくない晴れた東京の街並みをホテルの12階の窓から眺めているというのに、スマホには、ほぼ同時刻の札幌の雪景色が動画で送られているという。「今はもう、そんなことが当たり前の時代なんだなぁ」と、ひとりで不思議な気持ちになりながらも、思いのほか長くなっている東京暮らしのせいか動画に映った雪景色がいつになく新鮮で懐かしく思えてしまいましてね、「そうかぁ、今年も札幌に、ようやく冬の便りが送られて来たんだなぁ」的な感慨を、ぼくは初めて素直に抱いてしまって、我が家のご近所の雪景色にしばし見入ってしまったわけです。

「九州生まれにも、雪景色を見てホッとする瞬間くらいは、25年も住んでいたら巡ってくるんだなぁ」という、それは人生での新たな発見であり軽い驚きでもありました。

もう中学生って なんか見ちゃう

さて、そんな出張暮らしの中で、ほんの2日ほど前ですが、今、再ブレイク中のお笑い芸人「もう中学生」くんとお話しをするというお仕事がありまして。聞けば「もう中」くんは、大の「水曜どうでしょう」ファンであるらしいのです。

画像10©hiroko

ぼくは、そもそも1980年頃から1990年頃へかけて徐々にお笑い番組を見なくなっていった男なので、今、再ブレイク中のもう中くんのことを恥ずかしながらよく知らなかったのです。なので前日に慌ててネットで見始めたところ、なんだか画面の中のもう中くんがクセになりはじめて、朝から見始めて夜になってもまだもう中くんの動画を見続けて、そのうち彼の妙に高音に伸びる声に自分は安心感を抱きはじめているんだということにも気づきはじめ、堺雅人さんに似た目元口元もあいまって、彼の不思議なネタ、自分で絵を描いたダンボールを出したり引いたりして「海苔」「こめ」とか観客に言ってもらって舞台で跳ね続けるという、あのネタにも笑っちゃって、気がつけばもう中くんのことが、どうにも気になってきた。

翌日、もう中くんは噂どおりものすごい量の荷物を担いでスタジオにやってきまして、「とにかく『水曜どうでしょう』さんには、常日頃から、たいへんお世話になっていますから、いつの日か藤村さん、嬉野さんにお礼を言いたくてしかたがなかったんです」とか言うわけです。

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どんなふうにお世話になっているのかというと、「ある夜、仕事から家に帰って、とにかくお腹が痛いときがありまして。そのとき『サイコロの旅』を見はじめたら知らないうちにお腹が痛いのが治ってたんです」と、もう中くんは、高音に伸びてゆくあの独特の声でそんな話をしてくれました。おそらくストレス性の腹痛だったんでしょうね。

「お休みの日は、とにかく家の外には一歩も出たくないんですが、『水曜どうでしょう』を何時間も見たあとは、ぼくの中に、なんとなくお出かけしたような気分が湧きまして。なので、見終わったあとコンビニに出かけられるくらいは、ぼくの背中を押してくれるんです」みたいなことも話してくれました。もう中くんは何も語りませんでしたけど、もしかして、お仕事での人間関係とか大変なんでしょうかね。

藤村くんが「水曜どうでしょう」のどんなところが好きなの? ともう中くんに聞きますと、「やっぱり、皆さんがいろんな乗り物に乗られて、旅情があるところですよねぇ」と、もう中くんは答えるのです。

お笑い芸人のもう中くんが、我々に「水曜どうでしょう」の印象を問われて、笑いのシーンではなく「旅情が感じられるシーンが好きです」と、情緒優先で答えたのは意外といえば意外でしたけど、でも、もちろん彼だって、どうでしょうを見ながら思わず笑ってしまったことで不意にホッとリラックスできてお腹が痛いのが治っているはずですから、笑いのシーンにこそ十分に良い刺激を受けているはずなんですが、でも、印象に残っているのは乗り物に乗って移動してゆく「旅情」という「情緒」の方になっちゃうんですね。

画像11©hiroko

「でも、そういえば」と、もう中くんの答えを聞きながら、ぼくは思い出すところがありました。「たしかに『どうでしょう』には笑いだけじゃなくて、旅情をはじめとした「情緒」を感じるカットを合間合間にちゃんと落とさず効果的に繋いでいたよなぁ」とか「なんか、オレらは基本的に初めから情緒が好きだよなぁ」とか、「ていうか、そもそも『どうでしょう』の笑い自体に情緒があるよなぁ」みたいなことを、もう中くんに言われて逆に思い出したくらいでした。

情緒よ我に帰れ

やっぱ、そうなんですよねぇ。結局ぼくが、1980年代、1990年代と、お笑い番組をなんとなく見なくなっていった経緯には、テレビのお笑い番組の雰囲気が段々変わって、芸人さんたちが激しく芸のしのぎを削るというような厳しさがお笑い番組に盛り込まれてきたようで、だんだんテレビを見るのが、ぼくなんかは苦しくなっていって、それで徐々に気持ちが退いてしまったと思うんですね。

ぼくが子どものころ好きだったテレビのお笑い番組の雰囲気とはまるで違って、お笑いがだんだん荒々しいものになっていくようで、ぼくはその感じに乗れなくて、徐々にバラエティー番組を見なくなっていったと思うんです。で、それは結局、「なるほど。情緒の不足がその原因だったかも」と思えてきたんです。

今はもう、お笑い番組における笑いの研ぎ澄まされ方もさらに先鋭化されたのか、芸人さんたちの本気度も超高濃度になっているのか、もしかしたら、しのぎを削るのも、ほぼ常態化したのか、お笑い番組の画面を見ているはずなのに、なんか芸人さんが怖くすら思えてしまう瞬間があって、ぼくなんかは完全に笑えなくなっているのかもしれんなぁと、もう中くんの存在を知って、思わず自分の思い出の中のテレビ史を振り返ってしまって、「ぼくが気にしていたのは情緒のありなしだったのかもね」と、思わずそこにフォーカスが合ってしまったという顛末でした。

画像11©hiroko

そういえば、何年か前に欽ちゃんに初めて会ったとき、欽ちゃんは言ってました。「『水曜どうでしょう』の笑いはあれだよね、むかしの東京の笑いだよね」って。それを聞いてぼくは「やっぱりそうなのか」って思ったのでした。だって、ぼくにとっての子どもの頃の懐かしい笑いが「水曜どうでしょう」の笑いには最初からあったんです。だからぼくは、「水曜どうでしょう」という番組を作りながら初めから楽しかったんだなって改めて思ったんです。その原因は情緒だった。

でも、だったらですよ。今ここへきて、「もう中学生」くんみたいな情緒を醸し出す、情緒のかたまりのような雰囲気を出す芸人さんが再ブレイクしてるんだったら、それって結局、お笑いに情緒を欲しがっている人は、ぼくだけじゃなくて、現代の視聴者の中にも沢山いたってことになるんじゃないでしょうか。「お笑いにも、もっとホッとする情緒と長閑さがあればなぁ」って思いながらバラエティー番組をずっと見ていた視聴者が実は大勢いた。なるほど、そんな気づきをもらったお陰で、ぼくは30年近く経った今、やっと自分がテレビバラエティーを見なくなった経緯を話題にできたんでしょうね。

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もう中くんは、ぼくらのスタジオでも、ダンボールの「湯のみ」とダンボールの「コップ」を用意してくれて、それを取り出して、ぼくらの前で「湯のみ」→「コップ」と、無観客ステージ並みに静まりかえったスタジオで延々やってくれました。

見終わって藤村くんが、「でも、今のネタだって、やっぱりもう中くんがやらないと笑えないものだよね」と感想を述べました。

たしかにそうなんです。もう中くんじゃなきゃいけないんです。もう中くんのネタは単純なだけに、誰がやっても笑えるってネタではないはずです。

画像11©hiroko

そもそも「コップ」→「湯呑み」→「コップ」「コップ」「コップ」→「湯呑み」ってやつを、もう中くんがその場で跳ねながら延々とやってくれるから、どっかでバカバカしくなってきた客から順に笑いが込み上げてくるわけなんですが、とはいえ、その笑いへ行き着くまでには一定以上の時間を必要とします。ということはですよ、ここで注目したいことは、笑いが起きるまでの長い時間、もう中くんはお客を自分に釘付けにして魅了しつづけているという、この事実だと思うんです。

そこには、延々と跳ねていても見苦しくなってゆかない、体力的に苦しくなる中でそれでもフォームを維持して跳ね続けられる身体 しんたいを手に入れたもう中くんがいるということです。

画像11©hiroko

くどいですが、整理しますと、もう中くんの「湯呑み」→「コップ」のネタで、ぼくら観客が笑ってしまうのは、観客であるぼくらが、自分の中に笑いが込み上がってくる前から、ダンボールの「湯呑み」と「コップ」を持って跳ね続けるもう中くんに既に魅了されているという現実、この現実の積み重ねがあるからこそ、笑いにつなげられるのだということです。かくてぼくらは、自分の中に笑いが起きる前から、それと気づかずもう中くんの身体しんたいに魅了されている。その辺りから情緒は既に漂いはじめている。みたいなことでは、ないでしょうかね。

人の気配を感じさせない場所に情緒はきっと佇んでいる

もう中くんとお話をしたお陰で、ぼくと藤村くんは図らずも「水曜どうでしょう」というバラエティー番組に、情緒も大事に散りばめてきたことを思い出したのです。

情緒とは、いったい何でしょうね。ハッキリしたことは分かりませんが、でも、きっと、人の心を潤わせる何かでしょうね。

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情緒。もしかするとそれは、人の作為というものを感じさせない、油断した場所にしか咲けない、長閑で、可憐な、小さな花のようなものかもしれませんね。

さて、明日は大泉洋さんとDVDの副音声の収録をして、それを最後に、ぼくは一旦札幌に帰ります。振り返れば大泉くんと会うのも1年ぶり。去年に続き、今年の大晦日も大泉くんは「NHK紅白歌合戦」の司会をするそうですね。1年の節目の大晦日に国民的番組の司会者として、過ぎて行く年の幕引きをする大泉洋。今年は彼にとっていったいどんな1年だったでしょうか。明日、副音声のときにでも聞いてみたいと思います。

それではみなさん、こちらも1年お付き合いいただき、まことにありがとうございました。きっとまた、どこかでお会いすることもあるでしょう。その日まで、どうぞお元気で。日々に幸あれ。

画像11©hiroko

嬉野雅道(うれしの まさみち)
1959年生まれ。佐賀県出身。「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)のカメラ担当ディレクター。愛称は「うれしー」。ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、文化庁芸術祭賞優秀賞など多くの賞を受賞したドラマ「ミエルヒ」では企画を担当し、福屋渉氏とともにプロデューサーも務めた。「愛と平和と商売繁盛」「負けない」がモットー。どうでしょう藩士と奥様に人気。著書は『ひらあやまり』『ぬかよろこび』(ともにKADOKAWA)など多数。

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