【第22回】敬意と頭上運搬――高く、美しく運ぶやり方|三砂ちづる
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【第22回】敬意と頭上運搬――高く、美しく運ぶやり方|三砂ちづる


忘れてしまった、身体の力。脈々と日常を支えてきた、心の知恵。まだ残っているなら、取り戻したい。もう取り戻せないのであれば、それがあったことだけでも知っておきたい……。
日本で、アジアで、アフリカで、ヨーロッパで、ラテンアメリカで。公衆衛生、国際保健を専門とする疫学者・作家が見てきたもの、伝えておきたいこと。

著者:三砂ちづる  



敬意を表すしぐさとしての「ササゲ」「イタダク」


日本国内の頭上運搬の分布図は、1951年の『民俗學辭典』の分布地図(*1) が最もよく知られており、さらに、萬納寺徳子が1967年にアップデートしたものが存在する(*2) (連載第19回)。

これらの分布地図に出てくる地名(連載第16回参照)は、当時、頭上運搬を「生活上の運搬手段として」使っていたところであり、祭祀や儀式の際に、頭上にものをのせる風習のあるところについては、記載されていない。

連載第18回では、「私共が物を押しいただく場合には、両手に持った物をやや高く上げて、頭部を、潜るが如く、頭上運搬をするが如くに屈する挙動をする。私どももかつて、ササゲ・イタダク人々であった痕跡ではなかろうか」という瀬川清子の言葉を引用した(*3) 。

「ササゲ」「イタダク」は頭上運搬を表す言葉なのである。

わたしたちはいまでも、敬意をあらわしながら人に何かを差し上げようとするとき、「捧げる」しぐさをとるのだが、それはたしかに、頭の上に何かをのせようとしているしぐさである、ともいえる。

同時に、自分たちが何かを敬意をもって頂戴するときのやり方も、また、両手でおしいただくのであるが、それは、頭の上にのせようとする姿勢のようにも見える。

頭上運搬は、まずはこのような「関係性の上で敬意をあらわすときのしぐさ」からはじまったのか。あるいはまず「頭上で運ぶ」という事実があり、それが敬意をあらわすしぐさとしてよりふさわしいために採用され、のちの時代にも残ったのか。

供え物を運ぶ、もっともふさわしい方法


天に近いものがより尊く、高いところにあるものがより良い、という感覚は、ずいぶんと昔から存在したことであろう。足元のものは、汚れやすい。土、地面と交わることは、清潔という観念からすれば、さまざまな問題が生起しやすい。

地面から遠いほど、なにごとも、良く、清潔に保てる、ということは理解しやすい。尊いものは、できるだけ高いところにおきたいし、良きものは、そのように、顕現させたいものだ。

また、手で持つことは、文字通り「持ち上げる」のであるから、「もの」への重力が手にかかる。つまり手は、持ち上げる「もの」にかかる地球の中心に向かおうとする重力に反して、それらの「もの」を持ち上げようとするのである。

重力に逆らって持ち上げるような姿勢は、自ずと不自然なものになるであろう。実際、現在の私たちが手でものを持っている姿勢のことを考えればよい。ものを持っている姿勢は、結果としてなんとも不調法になりがちで、敬意を表す姿勢を取るには、向かないように思われる。

頭上にのせることによって、まず、地面からは「もの」が最も遠くなる。そして、「もの」にかかる重力は地球の中心に向かうのであるから、頭の上にのせることというのは、自らの重みに、「もの」の重みを足しているだけであり、「持ち上げる」という動作はしなくてすむから、からだは真っ直ぐに保つことができる。

逆に、センターの通った、真っ直ぐな、軸の通ったからだでなければ、頭上に何かものをのせて運ぶことはできない。

よく整った、すっきりとしたからだを持ち、その頭の上に「もの」が載っている様子は、「敬意を込めて運ぶ」、つまりは供え物をするときの運び方として、まことにふさわしいやり方であったに違いない。

「舞い罷っては、錦は頭に纏う」


1952年に著された吉川幸次郎と三好達治の名著『新唐詩選』(*4) には、以下のような杜甫の五言絶句があげられている。

 卽事(そくじ)

百寶裝腰帶
    百宝は腰帯(ようたい)に装い
眞珠絡臂鞲
    真珠は臂鞲(ひこう)に絡(まと)う
笑時花近眼
    笑いし時は花の眼に近づき
舞罷錦纏頭
    舞い罷(まか)れば錦は頭に纏(まと)う

吉川は、「一生愁う」と言われた詩人である杜甫にも、こういう可憐な少女の舞いを詠じたものもあるのだ、という言い方で、この詩を紹介している。

杜甫の時代、このような舞いは、屋内で行われるものではなく、中庭、つまりは、屋外で行われていたという。

娘たちの帯には、たくさんのきらきらとした宝石が縫い付けてあり、それが外の光に照り映える。腕には、今でいう、太めのバングルをしているのだが、そこには真珠が散りばめられている。

そういった舞装束での踊りは、おそらくは、日本の舞踊などよりずっと西方の踊りに近い闊達(かったつ)なものであっただろう、と吉川は書く。

少女たちは時折、花のように笑うのだが、まさに、舞いをみている席の周りの花が、彼女たちの目元に引き寄せられるように感じられる。

そして、「舞い罷っては、錦は頭に纏う」、つまり、踊りが終わると、少女たちはご褒美として、錦の反物をもらうのだが、それは、頭にのせてもらうのである。

そのように、ご褒美として頭上にのせてもらう形でものをいただく、というのが当時の風俗であったらしく、宋の程大昌(ていだいしょう)の随筆、演繁露(えんはんろ)に、詳しく説明されているという(*5) 。

神への供物は、頭にのせて運ぶ


これは、瀬川清子が書いていた、「ササゲ」「イタダク」姿勢で、敬意を持っていただき、頭のうえにのせてもらう、というやり方そのものであり、滋賀県や会津の祭祀で行われていたやり方と、とても似ている。

瀬川は、いくつかの祭祀で使われる頭上運搬について記している。

まず、柳田國男の「日本の祭り」(*6) をひいている。それによると、南会津のある古い神社の祭りでは、両親の揃った若い男女が、それぞれに頭上に酒や料理のお膳をのせて列を作って、神前にすすみ、神殿の中で神主がひとつひとつ、それらの頭上運搬された酒やお膳を受け取っていたのだ、という。

近江地方の他の神祭にも、神への供物を頭上にのせて運ぶ例が見受けられたという(*7) 。

大津市の樹下神社の祭りでは、6人の頭屋(とうや)の中から、嫁入り前の娘が1人選ばれ、嫁入りの服装をして、フネと呼ばれる浅い箱に神への供物を盛ったものを頭上にのせて運んでいたらしい。

滋賀県小松村(当時)では、女稚児が、餅を頭にのせる形をとって、親や親戚の者が支えて参進(さんしん)する祭りがあった。

祭りに残る、頭上運搬の名残り


頭上運搬の際、頭にまず、藁(わら)で作った輪っかや、手ぬぐいを丸くしたものをのせてからものをのせる、というのは、伊豆諸島でも南西諸島でも言及されていたが、滋賀県の野洲郡中里村(当時)の高木神社の祭りでは、11歳の女の子が、最上の帯(品質が良い、上等の帯という意味かと思う)を肩からかけて、手に藁の輪を持っていたという。

これは、供え物を頭上運搬した名残りであろうと、周囲の村人たちも推量していたらしい。

このほかの滋賀県内の様々な祭りでも、しぐさやことばに、頭上運搬に関わるものが残っていた。ここから瀬川は、近江地方、滋賀県下の各郡の祭りに神供(じんく)を頭上運搬した様子が残っているということは、女性が祭りに参与していたことと、頭上運搬は女性のみが行なっていた運搬法であるということを示しているのではないかと議論している。

「近江の国に残るこの頭上運搬の遺風は、単に祭日にだけする、神へのかしこまりの礼式であったのか、あるいは一般の婦人の、常の日の運搬にも、そうして、この遺風を祭にさえも留めていない近村部落にも、一様に行われたものであったのではなかろうか、という疑問を抱かせるに充分である」という瀬川の疑問は、未だ解かれてはいないのである。


註釈
(*1)民俗學研究所編「頭上運搬の分布」『民俗學辭典』東京堂出版、1951年。
(*2)萬納寺徳子「絵巻物よりみた運搬法の変遷」『民具論集〈4〉』慶友社、1967年。
(*3)瀬川清子「頭上運搬について」『高志路』9巻7号、新潟県民俗学会、1943年(瀬川清子『販女』三国書房、1943年に補訂のうえ収録、また、木下忠編『背負う、担ぐ、かべる』岩崎美術社、1989年にも収録)。
(*4)吉川幸次郎、三好達治著『新唐詩選』岩波新書、1952年。
(*5)吉川 前掲書。
(*6)柳田國男「日本の祭り」、1941年(『日本の祭』角川ソフィア文庫、2013年に収録)。
(*7)瀬川清子 前掲書。

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著者:三砂ちづる(みさご・ちづる)
1958年山口県生まれ。1981年京都薬科大学卒業。薬剤師として働く傍ら、神戸大学経済学部(第二課程)、琉球大学保健学研究科修士課程卒業。1999年ロンドン大学にて疫学のPhD。ロンドン大学衛生熱帯医学院リサーチ・フェロー、JICAの疫学専門家として約15年間、疫学研究を続けながら国際協力活動に携わる。ブラジル北東部セアラ州に約10年在住。2001年より国立公衆衛生院(現・国立保健医療科学院)疫学部に勤務(応用疫学室長)。2004年より津田塾大学多文化・国際協力学科教授。

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