愛の不時着はなぜヒットした? 半沢直樹がウケる日本はヤバイ⁉【序章公開②】
光文社新書の永林です。6月16日発売の「ジェンダーで見るヒットドラマ」序章公開後篇です。韓国ドラマの姑はなぜしつこいのか。アメリカドラマではなぜすぐに夫を捨てるのか。韓国ドラマではなぜ捨てないのか。日本のドラマではなぜ仕事だけしていてオッケーなのか。いろんな国のドラマを見ればみるほど、いろんな疑問がわいてきます。本書の序章後半では、治部れんげさんがこんな疑問をあっさりバッサリ、ジェンダーで読みときます。
序章前篇はこちら ↓
◆現代日本の課題とつながるドラマのテーマ
ジェンダーに基づく諸問題は、国際社会や各国政府が取り組む政策課題です。日本では、内閣府男女共同参画局が中心になり、5年ごとに「男女共同参画基本計画」を作っています。2020年12月末に閣議決定された「第5次男女共同参画基本計画(以下、計画と略します)」でカバーしている論点の多くは、本書で紹介するドラマのテーマとも重なります。
いくつか例を見ていきましょう。まず、新型コロナウイルス感染症の影響です。世界的に見て、女性は男性と比べて賃金が低く、不安定な仕事に就いていることが多いため、外出自粛の影響を強く受けており、これは計画の前文で触れられています。
また、計画の第7分野「生涯を通じた健康支援」の中では「医療分野における女性の参画拡大」の重要性を述べています。これらの問題提起は、カナダのドラマ「アウトブレイク─感染拡大─」(2020)を見ると、ピンとくるはずです。ドラマのヒロインは緊急衛生研究所所長であり、現実世界の新型コロナと酷似したウイルスに見事に対応していくからです。
アメリカから始まり世界に広がった、性暴力告発のMeToo運動は、日本のジェンダー政策にも影響を与えました。計画の第5分野「女性に対するあらゆる暴力の根絶」は、性暴力・性犯罪対策の推進などを扱っています。ここで記される問題意識と対策はアメリカのドラマ「ビッグ・リトル・ライズ」(2017)の扱うテーマと重なります。世界中、どの国でも起きているレイプやDVといった問題に政府機関がどう対応すべきか、ドラマを見た後に計画を読むと、何かヒントを得られるかもしれません。
子どもに対する暴力対策の重要性も、この第5分野に記されており、カナダのドラマ「アンという名の少女」(2017)が提起する諸問題とかみ合っています。同じ第5分野では職場や就職活動において女性が被害を受けることが多いセクシャルハラスメント防止対策についても書かれています。
読者の中で、実際にはセクハラを見聞きしたことがない方は、韓国ドラマ「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」(2018)を見ていただくと、被害者の置かれた状況や心理を理解できるはずです。舞台は韓国企業ですが、日本企業でも非常によく似た問題が起きています。
ジェンダーとは、先に書いた通り、社会的・文化的な性差のことですから、男性の問題でもあります。計画の第2分野「雇用等における男女共同参画の推進と仕事と生活の調和」は、女性が本当の意味で活躍できるジェンダー平等社会を作るために重要です。日本のドラマ「私の家政夫ナギサさん」は、元製薬会社の会社員でハードワーカーだった男性が家政夫に転身するお話です。今の働き方を男女ともに変える必要があることを、心温まる人間ドラマの中で伝えてくれます。
また、アメリカドラマ「サバイバー:宿命の大統領」(2016)やデンマークのドラマ「コペンハーゲン/首相の決断」(2010)は大学教授や政治家として忙しく働く男性が、当然のように家事や育児を担う様子を描いています。
日本は男女の家事育児格差が、他の先進国と比べて大きく、それが女性の就労継続や昇進を難しくしています。日本のドラマ「私の家政夫ナギサさん」が提示した課題を、欧米諸国がどう解決しているか、いくつかのドラマを併せて見ると展望が開けてくるのではないでしょうか。
◆「集団主義」の韓国ドラマと「個人主義」の欧米ドラマ
このように色々な国のドラマをジェンダー視点で見ていくと、文化を超えて共通する課題に気づくはずです。実際、ジェンダーに関する国際会議に出席して様々な国から来た人と話してみると、議題には国を超えた共通点があることが分かります。さらに、比較の視点を持ってドラマを視聴すると、国や文化圏による「違い」が見えてくるのも面白いところです。
冒頭に記した通り、私がジェンダー視点でドラマを見るようになったきっかけは、韓国ドラマ「愛の不時着」でした。韓国は日本と文化的によく似たところがあり、年長者を敬うところや、職場の上下関係がはっきりしているところは「同じだな」と思うことが多々ありました。一方で、複数の作品を見比べていくと「違い」も気になるようになってきます。
特に韓国と欧米のドラマを比較してみて強く感じたのは「集団主義」と「個人主義」の対比です。本書で取り上げた韓国ドラマでは、ほぼすべての作品で、親が子どもの人生に過剰に介入します。「よくおごってくれる綺麗なお姉さん」、「私の名前はキム・サムスン」(2005)、「ミスティ〜愛の真実〜」(2018)では、30代、40代になった子どもに実の母が「結婚しろ」と毎日のようにプレッシャーをかけ、姑が「子どもはまだか」と言ってきます。熱心を超えて教育虐待に至る「SKYキャッスル〜上流階級の妻たち〜」(2018)のような例もありました。
ドラマに登場するソウルと東京の街並みはよく似ていますし、韓国俳優と日本俳優は肌や髪の色で違いを感じません。似ていることが多いと、日常の延長で感情移入しやすいため、2020年2月から10月頃までの9カ月間、私は連日、韓国ドラマ漬けの日々を送っていました。この頃は、欧米のドラマを見ると「すごく違っていて遠い」感覚を覚えたものです。
ところが、本書を書くために、担当編集の永林さんに強くお勧めされた欧米ドラマを見たり、かつて自分が好きだった作品を見返したりするうち、国による違いを強く意識するようになりました。あくまでもドラマで描かれる世界観に限った話ですが、欧米、具体的にはアメリカ、カナダ、デンマークのドラマでは、ヒロインもヒーローも、個人として生きているのです。彼・彼女たちにとって大事なのは、第一に自分、第二に配偶者、並んで子ども。自分の選択によって形成した核家族を中心に物事を考えます。
主婦を描いた「ビッグ・リトル・ライズ」から女性首相を描いた「コペンハーゲン」まで、就労や家族形態は様々ですが、彼女ら・彼らは重要な意思決定をする際、自分の意思を最優先しています。その次に必ず出てくるのが配偶者です。仕事で新しいポジションを得た時は、妻や夫に真っ先に話をします。そして子どもがいる場合は、どんなに忙しくても、子どもの学校や心理状態を気にかけます。
つまり、欧米のドラマが描くのは、徹底した個人主義と核家族の世界観です。成人した男女が重視するのは、何より先に自分が作った家族であって、親はまったく関与しないか、登場しても子どもの意思決定には影響を与えません。
韓国ドラマでは定番キャラの「結婚しろ」とうるさく言う母親や「子どもはまだか」とせっつく姑は、欧米ドラマには出てきません。もし、仮に登場するとしたら「毒だから縁を切った親」という位置づけになるでしょう。日本の視聴者が韓国ドラマにハマる理由については、本書の韓国篇総論で掘り下げました。
個人主義の世界観に基づき、欧米ドラマが描くのは、孤独だけれど自由な世界です。ある年齢になったら、親は子どもの人生に口を出しません。子どもは自分の意思で人生を切り開くことができますが、確固とした意思を持たない人にとっては厳しい世界でもあります。
一方で、30代を過ぎても、子どもの人生に口を出してくる母親が登場する韓国ドラマが描くのは、切れない縁につながれた不自由な世界です。子どもは、良い学校に行き、良い就職をして、良い結婚を期待されています。期待に沿えないと、親はどこまでも介入してきます。
子どもの自己決定権を侵害する親に象徴される、濃いつながりの世界は、裏を返せば家族を見捨てない温かさでもあります。韓国ドラマに登場する酷い母親、酷い夫、酷い父親たちは、高い確率でセカンドチャンスを与えられます。欧米ドラマだったら、第3話あたりで縁を切られて当然の彼ら・彼女らとの絆を、子どもの側も切ることができないからです。
そんなわけで私は、その日の気分によって欧米ドラマを見るか韓国ドラマを見るか、日本のドラマを見るかを決めています。現実のしがらみに疲れて、いろんなことをバサッと切ってしまいたくなった時は欧米ドラマ、そうは言っても簡単に切れないよねえ……という気分の時は韓国ドラマを見ています。日本のドラマは両者の中間にあるような気がしています。
例えば「結婚できない男」(2006)の主人公は40代独身男性。母親や妹一家と食事をすると、結婚について問われることもありますが、息子が突っぱねると、しつこく追求はされません。また「きのう何食べた?」(2019)の主人公は、当初、無意識のジェンダーバイアスに基づく親の言動にイライラさせられますが、物語の終盤では同性パートナーと実家でともに食事をして、ある程度は理解が進みます。そんなシーンを見ていると「欧米ドラマだったら、親はこんなこと言わないな」と思う一方、「韓国ドラマだったら、親はこんな風に子どもの主張を受け入れないな」とも思うのです。
このように、ジェンダー視点でドラマを見始めると、考えることがたくさん出てきます。本書では、現実のある側面を映し出すドラマ視聴を通じて、私たちを取り巻く社会を考え、他の国や文化との共通点や相違点を考える旅を、一緒に楽しんでいただければ幸いです。
なお、各ドラマの紹介では、ストーリーを詳細まで記しているところがあります。これから視聴する方は、まずはご自身でドラマを見てから作品紹介ページを読むといいかもしれません。
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治部れんげ Jibu Renge/1974年生まれ。1997年、一橋大学法学部卒。日経BP社にて経済誌記者。2006~07年、ミシガン大学フルブライト客員研究員。2014年よりフリージャーナリスト。2018年、一橋大学経営学修士課程修了。メディア・経営・教育とジェンダーやダイバーシティについて執筆。現在、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院准教授。東京大学大学院情報学環客員研究員。内閣府男女共同参画計画実行・監視専門調査会委員。東京都男女平等参画審議会委員。豊島区男女共同参画推進会議会長。公益財団法人ジョイセフ理事。一般財団法人女性労働協会評議員。著書に『「男女格差後進国」の衝撃:無意識のジェンダーバイアスを克服する』(小学館)、『炎上しない企業情報発信:ジェンダーはビジネスの新教養である』(日本経済新聞出版社)、『稼ぐ妻 育てる夫:夫婦の戦略的役割交換』(勁草書房)等。