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夢の商店街弁当|パリッコの「つつまし酒」#87

人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動! 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

せっかくの炊きたてご飯が

 妻が仕事で早めに家を出る予定だったある朝。僕が娘の朝ご飯担当ということで、簡単にチャーハンを作ってやることにしました。すると、好物のはずなのに気分じゃなかったのか「ふつうのごはんとたまごやきがいい〜」とグズっている。そこでビシッと、「わがまま言わない! チャーハンが嫌なら朝ご飯抜き!」とでも言えればいいんでしょうが、僕も甘いんですよね。チャーハンは自分で食べればいーや、はいはい。と、玉子焼きを作り直してやることに。
 が、そういえばさっきのチャーハンで、炊飯器のご飯使いきっちゃったんだった。そこで慌てて、炊飯器の急速モードよりも早いだろうと、アウトドア用の飯ごう「メスティン 」でご飯を炊きはじめます。お米1合をさっと研ぎ、コンロの強火にかけ、沸騰したら弱火にして10数分、グツグツがパチパチに変わるまで待って……なんてことをしつつふと居間を見ると、あれ? 娘が黙々とチャーハンを食べている。まったく子供ってのは気分屋ですよね。まぁ食べたなら良かった。良かったけど、今まさに炊きあがった美味しい美味しいこのご飯、どうすんのよ?

商店街をハシゴして

 そこで思いつきましたね。いつかやってやろうと夢見ていた「あの計画」を実行に移してやれと。いや、計画というのはですね、商店街へ行くと、美味しそうなおかずやらお惣菜やらが、それぞれのお店であれこれ売られているじゃないですか? それらを欲望のままに選び、白いご飯の上に乗せていき、オリジナル弁当を作る。そんな「夢の商店街弁当」を作って、それをつまみに飲んでやろうというもの。
 そこで、お米1合は多いので、半分は取りわけて冷凍し、半合のご飯が入ったメスティンを保冷バッグに入れ仕事場へ。夕方の弁当晩酌を楽しみに仕事をし、よしひと段落となったところで、いそいそと駅前に出かけていきました。
 地元石神井公園には、規模は大きくないもののいくつかの商店街があります。まずは南口にある、3つの商店が身を寄せあう昔ながらのマーケット内「肉のタナカ」へ。「メンチカツ」と「ハムカツ」を選び、その場で揚げてもらいましょう。合わせて250円。その間、同じマーケットにある魚の「えびすや」で、手作り惣菜の棚を物色。「葉唐昆布」ってのがつけあわせに良さそうだと購入。290円。熱々の揚げ物を受け取り、今度は北口へ。八百屋「マルゴ青果」では、大好物のカイワレを購入。なんと30円! 最後にもう1軒魚屋さん。同じ商店街にある、信頼と実績の「魚隆」を覗いてみると、それはもう色とりどりの美味しそうなお刺身が並んでいます。美しく輝くブリやヒラメも食べたいし、なんとアワビやフグ刺しまである。が、ここは王道のマグロでいきましょう。いつもなら800円の赤身を選ぶところだけど、え〜い、今日は大台1000円の、中トロください!

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買い集めたごちそうたち

この幸せをあと8回も?

 その足で公園の東屋にやってきました。カバンからご飯を取りだし、さぁ、夢の商店街弁当を作っていくぞ!

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ここにどんどん乗せてく

 まずはマグロ。パックを開けてあらためて眺めてみると、これ、すさまじいマグロですね。きめ細やかな脂の乗った大迫力の切り身が、9切れも乗ってる。自重でとろんとたわむ身を箸で持ちあげてはご飯の上へ。食べる前からうまいことが約束されていて、思わずよだれが出てきます。

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この神々しさ。発光している?

 次はカイワレ。公園の水道で洗い、手でちぎってご飯に敷きつめます。そこに揚げ物を乗せる。わはは、でかすぎて全然収まらない。いくらなんでもやりすぎたなこりゃ。どっちかひとつでよかった。が、もうあとには引けません。隙間に葉唐昆布をグイグイと詰め、はい完成!

 それでは、いただきま〜す!

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これが私の商店街弁当です

 本末転倒ではありますが、この状態では食べるのが困難なので、揚げ物をいったんメスティンのフタに取りだし、まずは巨大なメンチをザクッとほおばってみます。おぉ、まだ熱々だ! 肉と玉ねぎのジューシーさ。ほんのりとした塩気。そして何より、肉屋の揚げ物ならではの、ふわりと漂うラードの香り。やっぱり最高! 続けて、ぬかりなく持ってきておいたキッコーマン「ウルトラソース ごちそう食感」をメンチにたっぷり。これ、野菜のシャキシャキ感がたっぷりと残っていて、その名の通りごちそう感がすごいんですよね。っくぅ〜、ソースドボドボの揚げ物って、なんでこんなに白メシに合うんだろう。すかさず最近のお気にいり「氷結 無糖レモン7%」をごくっ。よし、このキレが脂っこさとの相性抜群!
 さてと、マグロ行くか。一片にワサビをちょんと乗せ、持参した醤油をたらり。うやうやしく持ちあげ、ひと息にほおばる。もぐもぐもぐ。う、うわー、こ、こりゃあ……すげえや! 適度な歯ごたえがありつつもとろけるマグロの身。同時に溢れだす旨味と上質な脂の香り。とんでもないな。え? この幸せをあと8回も味わえるの? 明日死なないか不安になってきた……。

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無我夢中で堪能

 分厚いハムカツも、青唐辛子っぽい香りとピリ辛感がアクセントにばっちりな葉唐昆布も、選んで正解でしたね。量が潤沢だからこその遊び心で、この上等なマグロでカイワレを包んじゃったりしてもこれまた天国。

 あ〜、商店街弁当計画。想像以上に楽しかったな。次はどの街の商店街でやろうかしら。

パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
2020年9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco





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