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寄る辺もないオッさんたちが醸す穏やかさに、きみは未来を見るか

嬉野珈琲店へようこそ。
マスターは大の珈琲好きである「水曜どうでしょう」カメラ担当ディレクターの嬉野雅道さん。店ではこだわりの珈琲を淹れながら、マスターが人生のあれこれについてじっくりと語ります。マスター独特の視点から語られる、胸に詰まった息がすっと抜けるお話—―。本日は「水曜どうでしょう」幹部会が開かれる赤平の森に集まる〝おじさん〟たちについてです。理由もなく集まる彼らに嬉野さんは穏やかな「未来」を感じました。

台所から人生の幸福が見える

ようこそ嬉野珈琲店へ。
本日も、わたくしのヒマな喫茶店からお送りする音声だけのライブ配信におつきあいください。

本日はね、本当に徒然とした、どうでもいいような話に終始するだけの回になることが早くも予想されますので、適当におつきあいください。

あれはいつのことだったでしょうか。もう10年以上も前のことだったでしょうか。新築だった今のマンションに越してから、まだそんなに間のあかぬ頃だったと思います。ある日、女房に小言を言われたのです。

「ねぇ、台所を使ったら、そのあとはちゃんと片付けておいてよ」って。

もちろん、それだけのことなら毎度のことなので私もいちいち覚えてはいないのですが、そのとき女房は、そのあとに続けてこう言ったのです。

「私はこの家のこのキッチンが好きなの。この場所に居る時間が好きなの。だからいつも綺麗にしていたいの。わたし、死んだあともきっとここにいると思う」

そんなふうなことを女房は言ったのです。まぁ、言った女房が今もそのことを覚えているかどうか、それは分かりません。でも、私は未だに印象深く覚えているのです。

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たしかに女房は、料理好きの上に研究熱心な性格ですから魚を三枚に下ろすのはもちろんのこと、知り合いのハンターからもらった鹿の後足まるごと一本だって、このキッチンに運び込み、綺麗に解体してしまうのです。「そんな解体方法、いったいどこで教わったんだ」と、訝しむ私を尻目に、女房は嬉々として、我が家のキッチンで実に多種多様な調理行為全般を実行するのです。

そんな女房にとって、キッチンは、たしかに、ある種、主婦の聖域であり、一日の多くの時間を過ごす職人の仕事場でありするのでしょうから、キッチンでの時間を女房がことのほか大事にすることに私とて異論はないのです。

ですが女房は、それ以上にバイク旅を愛している女なのです。だって女房は、毎年、春の雪解けを待って日本一周のバイクツーリングに出かけて今年でもう35年になる旅に生きる主婦なのです。ですから、てっきり私は、女房の人生が終わるときは芭蕉さんみたいに「夢は枯野を駆け廻る」のかとばかり思っておりましたから、「台所とは予想外なことを言うものだ」と、意外に思って印象深かったのです。

とはいえ、発言にはその場の勢いというものがありますから私とて、女房の発言を字義通りに受け取ってはいけないのかもしれません。女房に連れられて毎回バイクツーリングに同行する我が家のワン公だって、ワン公ながら旅先で気に入りのキャンプ場があると嬉しさのあまり芝生の上に大きな円を描いてぐるぐる激走(げきばし)りして悦びを表現すると女房の口から聞いたことがありますから、それならば女房の心情だって推して知るべしで、あのときは勢いで私にあのように言いはしたものの、いざとなったら好きな場所が日本中にあり過ぎることを思い出して、きっと我が家の台所だけで済ませるわけにもいかなくなるのでしょう。

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とはいえ、そういう女房の発言を聞いては、私だって気にするようになりますから、キッチンで作業した後は小まめな現状復帰に努めるようになりました。

ところが、おかしなもので、「女房がそんなに気に入ってる場所なのか」と思って、あらためてキッチンに立つと、なるほど、たしかにこの場所は、思いのほか良い場所かもしれないと思えてくるのです。

ある日、女房が日本一周バイクツーリングに出掛けたあと、私は、キッチンに椅子を持ち込んで腰掛けてみました。

すると、なるほど我が家のキッチンからの眺めは実に良かったのです。

晴れた日には、正面に見える南向きの大きな窓から昼の光が射し込んで、なんとも明るくて、清々しい幸福感が部屋のそこかしこに溢れて見えたのです。雨の日には、雨音を聞きながら降る雨を眺めるだけでも不思議と風情があるのです。

札幌は東京と違って山が近くに迫って見えます。雪がとけて、ひと雨ごとに山の緑が濃くなってゆく様子は、冬を乗り越えたばかりの身には心踊る眺めです。季節は明るい夏に向かい、生き物がいっせいに萌え出す様子がキッチンから見えて、生命体のはしくれである私もまた、いたく共感を覚えるのです。

「たしかに、女房が言うように、ここは良い場所だな」

私は、熱い珈琲を淹れながら、キッチンから移ろいゆく時間を眺めるのです。札幌に越して25年経った今も、「あぁ自分は今、北海道にいるんだなぁ」という、若い頃に抱いたこの地に対する憧れが、まだ消えずに自分の中にあることを知るのです。ここからの眺めは、北海道の夏の儚さが教えてくれる幸福感で満ちている、とでもいえばいいのか、なんとも不思議な満足感を感じるのです。

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オッさんたちが謎に集まる赤平の森

思えば不思議なことですが、人間には、そうやって、勝手に「良い場所」を感じさせる安心センサーのようなものがありますね。

このところ月一で「水曜どうでしょう」の幹部会を開催している赤平の森にも私はそれを感じるのです。

赤平の森というのは北海道の赤平市にある鈴井さんの所有する森のことですが、その森に、我々は大泉洋と4人で、「水曜どうでしょうハウス」という名のツリーハウスを2017年の1月から3年がかりで作り、完成までの経緯をまとめて、2019年の「水曜どうでしょう新作」として放送しました。そんな赤平の森で、去年の秋から鈴井さんと藤村くんと私と3人集まって、大泉洋の居ない「水曜どうでしょう幹部会」を始めました。

その幹部会の模様は「ニコニコチャンネル」で「水曜日のおじさんたち」というタイトルで配信しておりますので、気になる方はどうぞ、そちらをご覧ください。

幹部会と言っても、たんなるオッサンの世間話に過ぎないのですが毎回清々しい森の中で開催しているのです。

でも、秋の間は清々しかったのですが、さすがに冬が来くると木々の葉も全て落ち、森は一面白い雪に覆われ、気温は氷点下となり、とても呑気に世間話をするような場所ではなくなったのですが、とはいえ、他に相応しい場所も思いつかず、結局、我々は、冬の間もそのまま赤平の森に集まり続け、雪の上に椅子を三つ並べて、凍えながら世間話を続けました。

もちろん大いに焚き火を焚き、盛んに薪をくべ、しっかり暖をとってはいたのですが、「しゃべっていないと体温が下がって死ぬかもしれない」という妙な強迫観念に駆られて、真冬の幹部会は妙な盛り上がりを見せました。

あれから冬が去り、赤平の森にもようやく春が訪れ、少しずつ夏の気配がするようになりました。

葉を落として丸裸だった森の木々にも若葉が芽吹き出し、森はまた、気持ちの良い緑の季節になってきました。

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そんな赤平の森の幹部会に、いつの頃からか、とくに関係ないはずのオッさんたちが謎のように集まりはじめ、幹部会のあと、そのオッさんたちが肉や野菜を買い出しに町まで出かけては、そのまま森でバーベキューを始めるようになったのです。

これまで私は、バーベキューがあろうと酒盛りがあろうと、寒いところに長居できず、鈴井さんがバーベキューに居残ろうとも、幹部会の収録が終わった後は、さっさと森をあとにして一人で札幌に帰っていたのですが、さすがにこう気候が良くなってくるとそんな私でさえ気持ちがよくなって、帰る理由を見つけられず、前回は、私もなんとなく森に居残ってしまったのです。

もちろん居残ったところで、することなんかないですから、そのまま椅子に座ってただ森に居るだけなのですが、でも、その居るだけが、どうにも清々しくて、それでついまた帰るタイミングを失って、なんとなく焚き火を眺めたり面白半分に薪をくべたりしていたのです。

すると、関係ないのに集まってきたオッさんたちも、当然、全員しなければならないこともない身ですから、銘々どうでもいいようなことばかりやっているわけです。

いや、関係ないオッさんたちと言っても、もちろん見ず知らずのオヤジが集まって来るわけではなく、それは幹部会に関係がないというだけで、やって来るのはHTBのグッズ店長であり、「水曜どうでしょうキャラバン」をはじめ我々が主催するイベントのたびにスタッフの要になってくれるベテランイベンターの五十嵐隊長であり、キャラバンの会場で「バッタ屋」と称して我々ディレクター陣のグッズを販売してくれる名古屋の今井さんであり、ドラマ制作のときに制作部としてロケ地を探してくれる松倉くんでありと、どのオッさんも既に旧知の仲のオッさんたちなのです。

それでも、集まって来たところで幹部会には関係ないわけですから、オッさんたちにギャラが支払われるわけでもないのに、50を過ぎたいい年の大人が、毎回わざわざ札幌から車で2時間もかけて赤平の森に集まって来るのです。

「いったいどういう了見で集まってくるんだろう」と、私などはずっと訝しく思っていたのですが、それでもみんな、毎回楽しそうに集まって来るので、この頃は彼らの姿が見えないと、「おや、今日は来ていないのかなぁ」と、なんとなく寂しく思えてくるのですから、人間というのはまったく不思議なものです。

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思えばオッさんたちはコロナで不本意ながらも暇だった

先日、オッさんのひとりである五十嵐さんが、「これ、もう、うちでは使いませんから」と、調理用のデッカい鉄板を森に持ち込んで来て、それを見た藤村さんが、「そんならその辺の石を集めてさぁ、釜戸でも作れば?」と、まぁ提案したといいますか、思いつきを口走ったといいますか、暗に命じたというのでしょうか、藤村さんが発したその声が合図となり、いい年をしたオッさんたちは、きびきびという感じのまるでない、ゆるい動きを見せながら、森の奥へゾロゾロ入って行き、そのまま幼稚園児みたいに律儀にゴロゴロした石を、どうでもいいような話をしながら大量に拾い集めて戻ってくるわけです。その素直さは見ていて妙に微笑ましく、そこらへんの中学生より、よほど愛らしいのです。

そうなると私も、この「寄る辺ないオッさんたち」から目が離せなくなり、彼らを眺めるだけで、ずいぶん心ほだされてゆくのです。

たしかに、あらためて思えば、コロナ不況も2年目です。ここに集まって来る、いい年をしたオッさんたちも仕事がないのです。そうして自分を持て余すほど暇になってしまったのです。そんなオッさんたちは全員50代。その年で他に行く場所もないのです。なんなら、このコロナで未来も見えないのです。

唐突にもたらされたこのところの状況は、だれの身にも不本意なことでしょう。でも、そんな不本意を抱えて、それでもオッさんたちは、赤平の森へ目的もないまま集まってくるのです。そしてそのまま、赤平の森で好ましく穏やかな雰囲気を醸し出しているのです。

だって、オッさんたちが動き回るあの場所には、なんとも言えないゆるさが発生しているのですから。

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コロナになる前までは、人が集まれば人々は判で押したように大盛り上がりをしてみせ、だれもが我れ勝ちに奇声を上げ、過剰と思える大声で不自然に笑うことを無意識のうちに自分で自分に強いていたように思うのです。

大きな声で笑っている自分は孤独ではない、孤立していない、勢いがある、自分の人生は上手くいっている、そういった信号を誰もが人前で懸命にアピールし、「自分は他人に負けていない」「劣位に立っていない」「虚勢を張らなければ」と思い込んでいたように思えるのです。

でも、コロナ禍の今、赤平の森では、仕事を失くして暇になった寄る辺ないオッさんたちが、目的もなく集まって、ゴロゴロした石を拾ったり、拾った石を思い思いに組み上げて釜戸を作ったりしているわけです。そんな行為のどれひとつとして周囲にわざわざ顕示する必要なんか思いあたらない、自慢にもならない、明らかにどうでもいいことばかりです。でも、そんなどうでもいいことのひとつひとつを、みんな意外に楽しそうにやっているのです。本当に、呑気とはこのことです。でも、そんなときに彼らから思わず出る笑いは、楽しくて自然と漏れてくるシンプルな笑いですから、自分の優位を周囲に顕示するような異様に高らかで不自然な笑いにはならないのです。まぁ当たり前といえば、当たり前のことなんでしょうね。

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焚き火があればとりあえず生きて行ける

きっと、この森に集まってくるオッさんたちは、暇になって、やることを失って、多分、心がシンプルになったのです。それは、真冬の雪の上で焚き火にすがって暖をとりながら生きていこうとすることと、どこか似ているのかもしれません。

北海道の森で寒さの中に取り残されればイヤでも緊張感が募ります。それでもとりあえず焚き火があれば大丈夫と思えるから、「この焚き火に薪をくべていれば、いましばらくは生きていける」と思える。でも「焚き火があれば生きていける」なんて、先の先まで考えれば、そもそも安易過ぎることなのかもしれないけど、でも、そんなふうに安易に結論できたら呑気でいられることだってあるでしょう。幸い、近くにいるのはそんなふうに呑気になれるオッさんばかり。いざとなったら手数もある。なんとなくそんな安心感の中で、銘々、火の周りに集まるようにして、この赤平の森に集まって来るのかもしれません。

やることを失うという不本意な状況を一方的に背負わされはしたものの、オッさんたちは「まぁ、生きていけるだろう」と楽観的に思い始めたのかもしれません。

北海道の冬の厳しさが人の心に生きる真剣さをもたらすように、オッさんたちの醸し出す穏やかさの芯の部分にも、生きようとする真剣さが醸し出されているのかもしれません。
その真剣さが、オッさんたちの心から余計なものを削ぎ落とし、オッさんたちをシンプルにしていくのかもしれません。

そんなに先まで見なければ呑気にもなれるから、とりあえずは手近なところを見て、小枝を拾って薪にして、前向きな気分で焚き火の近くに居ることにしよう。そんなふうに考えるオッさんたちは、けして悲愴な境地には飛躍していかないはずです。私は、そこに未来を感じるのかもしれません。

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若い頃に読んだ本の一節に、あれは吉本隆明さんだったか、だれだったか、出典を覚えていないのではっきりしたことは言えないのですが、「失業して、やることがなくなって、いくところも失ったとき、暇をもてあまして図書館に出かけて無為に本を読んでばかりいたけれど、振り返れば、あのときの読書が本当の読書であったように思う」というのがあって、それを私は未だに印象深く覚えているのです。

上手く言えないのですが、赤平の森で見た「寄る辺ないオッさんたちの集まり」にも、私は、なぜか同じような印象を持つのです。
人が集まってくることの本来的な姿を、私は赤平の森で見たのかもしれません。功利的な理由もなく集まってくるというところにです。

他に行くところもないから森に集まり、集まったところで、やっぱりすることもないから、どうでもいいようなことをやりはじめるという状況の中で、それでもなんとなくオッさんたちは森に居つづけ、ある者は焚き火を始め、ある者は言われるままに石を拾い、石を積み上げ、それは週末の子供たちのキャンプ研修より遥かに無目的で、そこには、火のつけ方を習得するためとか、生き残るための技術を習得するためとかいった功利的な目的さえ皆無で。でも、だからこそ人に優劣を付けられるような評価も比較もそこにはなく。目的もなく、ただ集まっているからこそ長閑で、自由で、和やかで、とにかく居心地がいいのです。

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ね、徒然すぎるお話だったでしょう。しかも結論だってあるような、ないような、分かったような、なんだか分からないような、どこか煙に巻いたような感じなのに、これで終わろうと思っているわけです。

なにしろ、私もまだ上手く言えないのです。それでも、森に集まる寄る辺ないオッさんたちを眺めながら、私はそこに何か、良き未来を感じてしまったのです。「まぁ大丈夫だろう」と思ってしまったのです。その程度で十分なように思えたのです。

次の幹部会のときも、あの人たちは、また、集まってくるでしょう。雨が降ろうと、天気が良かろうと。

そしてまた、やらなければならないこともないままに、あの森で、どうでもいいことをし始めるのです。

でも、その無為な時間の中で見えてくるものもあるかもしれません。もしかしたら、無為な時間の中でしか見えないことだってあるのかもしれない。

だから、居心地の良い場所というものには意味がある、ということになるのかもしれませんね。

では、本日はこれにて終了、また次回も、お集まりください。
(次回は6月24日更新です)

嬉野雅道(うれしの まさみち)
1959年生まれ。佐賀県出身。「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)のカメラ担当ディレクター。愛称は「うれしー」。ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、文化庁芸術祭賞優秀賞など多くの賞を受賞したドラマ「ミエルヒ」では企画を担当し、福屋渉氏とともにプロデューサーも務めた。「愛と平和と商売繁盛」「負けない」がモットー。どうでしょう藩士と奥様に人気。著書は『ひらあやまり』『ぬかよろこび』(ともにKADOKAWA)など多数。

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