【#11】歩道橋の近くで
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【#11】歩道橋の近くで

嬉野珈琲店へようこそ。
マスターは大の珈琲好きである「水曜どうでしょう」カメラ担当ディレクターの嬉野雅道さん。店ではこだわりの珈琲を淹れながら、マスターが人生のあれこれについてじっくりと語ります。マスター独特の視点から語られる、胸に詰まった息がすっと抜けるお話――。本日は”無名の人たち”について。そんな人たちとのひょんな出会いが、私たちの生活に感動をもたらしてくれているのかもしれません。

奇妙な本屋、京都に誕生

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「嬉野さん、実は今度、嶋田くんが堀川五条で本屋をはじめたんです。一度、行かれませんか」

誘ってくれたのは、私の若い友人の玉木くんでした。

「え? 嶋田くん……って、あの嶋田くんかい?」
「はい」 
「あの嶋田くんが本屋を始めたの?」
「はい」

意外でした。嶋田くんと本屋。私の中では、まったくイメージが繋がらない。嶋田くんといえば、世界がまだ新型コロナを知らないころ、トークイベント後の飲みの席に、玉木くんと仲の良い嶋田くんは、よく顔を出してくれました。小柄で、飄々として、とにかく照れ臭そうに笑っている印象があります。だからでしょうか、初対面のときから、不思議と嶋田くんには、「こいつにだけは気を遣わなくても良いだろう」と思わせてくれる、実にありがたいところがあり、シャープさんなんかには、「もう一軒行くから嶋田、おまえだけ来い」的に、嶋田くんは重宝がられておりました。その嶋田くんが、本屋をはじめたというのです。

無名という人生の山に分け入り鉱脈を探す山師のダウジング

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嶋田くんの本屋は不思議な場所にありました。もちろん堀川五条の交差点からほど近いところですから町中です。でも、たどり着くと、その場所に本屋があるのは違和感でしかありません。つまり、京都の町で皆さんもよく目にする昭和な感じの民家密集地に「え? こんなとこに本屋なんて、ふつうないよね」と、あなたも絶対言いたくなるような、そんな場所にあるのです。

でも、結局その違和感も悪くなかった。

嶋田くんの本屋の名前は「hoka books」というのだそうで。なんのこっちゃ?と思って意味を聞けば「烽火(ほうか)」とは「のろし」という意味らしく、「ははぁ、のろしねぇ」と、名前の意味は分かったけれどやっぱり違和感。入ると、マイナーな名前の出版社と知らない名前の著者たちが作り上げた本ばかりが棚に並んでいました。

「無名の人たちなんですけどね。面白いんです」

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嶋田くんは本屋の棚に並んだ無名の著者たちの本の前で、そんなことを言う。「そうか、ここにある本はすべて嶋田くんに発見され、嶋田くんのフィルターを通過してきたんだな(もう一人、西尾くんという人と二人でやっている本屋なので、西尾くんのフィルターを通過した著者の本も半分あります)」。そう私は思い、本たちを見上げました。人のフィルターを通過してしまう面白さがあって、それでもなお世間的には無名であり続けている。いったいここにある本の中には、何が書かれているんだろう。私は今、そんな未知なる本の山を前にしているのかと思うと、妙な興奮を覚えました。

「ひょっとすると、この本の中に、まだ知らない世界へ私を繋げてくれる、私にとっての宝の扉があるのかもしれない……」

私はまるで、自分の勘を頼りに山に分け入った山師のように、両手にダウジングの器具を持って、自分の全身をアンテナにして自分のための金鉱を探し当てようとしている気分でした。そうだ、この気分。自分で探す、自分で価値にたどり着こうとするこの気分。これが人生においては大事なことだったんだと、私にはだんだん思えてきたのです。

イケてないアメリカ人のオヤジに夫婦して泣かされる

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ついこの前のことです。とあるテレビ番組で私は気になるものを見たのです。そうです。そのとき私は、思いがけず、無名が導いてくれた世界に分け入ってしまったのです。

その話もしておきたいのです。

そもそも我が家のテレビのチャンネル権は、いつの間にか、うちの女房が獲得しているので、私が自宅で見るテレビは、ほとんどが女房の録画した番組ばかりです。

「自分が見たいと思ったわけでもない番組を見る」という、この私の独特なテレビ視聴方法の良さは、私だったらたぶん「ぜってー見ねえよ」と思えるような番組すら見ることになるところです。おかげで私は、なんの期待もなく油断しっぱなしで見ることができる。なので、驚くべきことに、この視聴方法で見ていると、突然、感動の不意打ちを喰らって魂が揺さぶられることがあるのです。

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その日見た番組も、そんな感じだったのです。はじまりは成田空港でした。来日した外国人のおじさんが、番組スタッフに捕まって「どこから来た」だの「何しに来た」だの根掘り葉掘り聞かれているのです。すると彼は、自分はアメリカ人で、実はこのたび、大好きな日本を自転車で縦断するために仕事もやめて、自転車持参でやって来たのだと、ニコニコ顔で答えるのです。

しかし、そのアメリカ人のおじさんは、仕事を辞めてきたとか言ってるけど、どう見ても仕事のできそうな顔には見えないし、年だって40代だけど、もうだいぶ50に近い40代だし、その肉体だって、これから自転車で急な山坂のある日本の道を、しかも稚内まで2000Km以上も漕いで走れるんだろうかと心配になるような、どう見てもアスリートな筋肉の持ち主には見えない人なのです。それに顔も趣もイケてる感じではない。ただストレートにオッサンなだけの人にしか見えない。いや、そんなことより、「そもそもこの人、この年で仕事辞めて来たなんて言ってるけど、人生、大丈夫なんだろうか」と、早々に先行きが危ぶまれるタイプにしか見えず、もちろん期待はゼロ、私は、冒頭から油断しまくりです。

それなのにその人は、沖縄の波照間島から沖縄本島を経て、鹿児島に再上陸して、そのまま日本の最北端である宗谷岬まで自転車で走るという計画なのです。そんなことを聞いては、テレビだって密着取材をさせて欲しいと言い出すわけです。するとその申し出を聞いたアメリカ人のおじさんは、「ワーオ! ゼヒ、オネガイシマス」と大喜びです。「オイオイ、こんなオッさんに密着したって、見るに値する魅力なんて出てこないぞ」、心の中でそんなことまで叫んで、私の油断は、いよいよ完璧になっていくのです。

そして、結局そのおじさんに、私も女房も感動させられたのです。

まったく世界は侮れない、人というものは侮れないのです。

オヤジ、走り出す

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密着ロケは波照間島に着いたところからはじまりました。ところが自転車を漕ぎ出して早々、おじさんは、いきなり道でこけたのです。それも立て続けに何回も。いやいや、スタートしたばかりなんだから、こけるにはあまりにも早い。この展開にはロケスタッフも驚いてしまって、「大丈夫ですか?」と思わず駆け寄って助ける始末。でも、こけた当人のアメリカ人のおじさんは、さすがにまっすぐ走れないことに自分でもびっくりしたようすで、目をパチクリさせて戸惑ってはいましたが、それでも終始笑顔なのです。前途多難にしか見えない人なのに、やたらとボジティブなのです。ところが、またしばらく漕いでいるうちに、やっぱりフラついて、あっという間にこけるのです。

フラつくのは、おじさんの荷物がデカすぎるからです。大きなズダ袋ひとつに自分の荷物を全部詰め込んで自転車に積むから、軽くて華奢な自転車は、すぐにバランスを崩して、こけるのです。

「いやいや、これはこけるよ。あの荷物はもっと分散して積まないとだめだよ。あぁ、教えてあげたい」

脇で見ていた熟練のツーリングライダーである女房が思わずそう声を上げました。「なるほど、それでこけるんだ」。女房の解説のおかげで、おじさんがスタート開始からこけ続けている理由が分かりました。こういうシーンをしょっぱなから見せられては、ロングツーリングに慣れた女房は、じれったいでしょう。だからつい「教えてあげたい」と声を上げてしまう。でも、このおじさんはきっとまだ教えて欲しくはないんですよね。今はとにかく自分のタイミングで走っていたいんだろうな。なんだか、こけても、こけても、ニコニコ笑ってるおじさんの顔を見ているうちに、私には、そんなふうに思えてきたのです。

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すぐこけてしまうこのハプニングだって、きっと、今のおじさんにとっては楽しい体験なのでしょう。だから、さっきからこんなにこけてるのに、助けに来るテレビクルーの「大丈夫ですか」という緊張感とは裏腹に、こけた当のおじさんは、「大丈夫、大丈夫」とニコニコ笑っていられるのです。

もちろん、いきなりこけてばかりだから、おじさんも戸惑ったでしょうが、それでも、おじさんにしてみたら、ようやく自分のタイミングで走り出したわけなので、この時間を楽しみたい。たしかにテレビカメラという他人の目と一緒に走っているから、さっきからおじさんは他人の見てる前で醜態をさらし続けているんだけど、でも、おじさんはちっとも醜態とは思っていない。むしろ「これなんですよ。これがやりたかったことなんです」と、こける自分すら楽しんでいるようすなのです。

今のおじさんには、上手くいかないことも「大事な自分だけの時間」だったから、自分がどうしてこけるのか、自分はどうすればまともに走れるのか、まだ、それを知りたいタイミングではなかったでしょう。そういうのがきっと「自分のタイミングで走る」ということなのだと、見てるうちに思えてきたのです。

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結局このおじさんは、このあと80日以上かけて宗谷岬にゴールするのですが、案の定、行程の半ばを過ぎるまでには、もう荷物も立派に分散して自転車に積んでいました。やっぱり自分でも「こんなにこけるのは、おかしい」と思ったでしょうし、そのとき「あ、バランスかもしれない」と気づくことがあって、持って来たズダ袋は捨てて、小分けできるバッグを買って分散して積んだかもしれない。そして、「あ、倒れない」と、走りながらその事実に感動したかもしれない。自分のタイミングで気づくって、そういう感動を生むと思うんです。そうやって自分のタイミングで進むことだけが、人生を納得のあるものにしてゆくんだろうなって、見ていて思えてきたんです。もちろん、道中でうちの女房みたいな人間にアドバイスされたかもしれませんけどね。でも、なんにしても、今や荷物は立派に分散して積まれており、おじさんの漕ぐ自転車は快調に日本の道を北へと進んでいたのです。

とはいえ、それでも私にはまだ、このおじさんが魅力ある人には見えません。

それでも、おじさんは、とにかく自己肯定感だけは強い人でした。道中いろんなところで日本人と接触するんですが、まぁ、それもおじさんが頼りないからなんですがね。でもその度に、とにかく「嬉しいです」、とにかく「ありがとう」と、いつだって笑顔がいっぱい溢れる人なんです。おかしなものでね、そんなへこたれないおじさんの前向きな笑顔ばかり見続けるうちに、だんだん惹かれだしたのです。

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人生を感動させてくれるのは誰なんだ

あれは何処だったか、町からだいぶ離れた国道を走ってるときだったか。なんと、中央分離帯の中で、うずくまるように座り込んでいた年配の人と、このアメリカ人のおじさんは遭遇するわけです。おじさんは思わず自転車を止めて「大丈夫ですか?」とその人に声をかけました。座り込んでいた人は、「いや、大丈夫。大丈夫ですよ」と、元気に答えました。座り込んでいた人は、年齢ももう69歳で、日本の方でした。で、その人は、そのあとこう続けたのです。

「自分は、歩いて日本を一周したいと思ってね。だから、仕事ももう全部やめたから、自分の足で歩いてみようと思って。今、こうやって鹿児島に向けて歩いてるんですよ」って。

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でも、へたり込んでいたこの69歳のおじさんだって、やっぱり、歩いて日本一周ができそうな人には見えませんでしたよ。この人だって、自転車で宗谷岬を目指して走っているアメリカ人のおじさん同様、見てくれの割にはやってることが無謀に思える人なのです。でも、「歩いて日本を一周したかったから、歩いているんです」と、座り込んでいたおじさんからまさかの志を聞いて、その瞬間、アメリカ人のおじさんの目の色が変わって、おじさんは急に語気を強めて、こう、声を振り絞るんです。

「分かります! あなたのその気持ち、ぼく分かります!」

そう言って目を輝かせるのです。すると座り込んでいた方のおじさんも、まさかこんなところで、しかもアメリカ人に、そんなことを言ってもらえるとは思ってもいなかったんでしょうね、とにかくあまりにも思いがけなかったんでしょう、

「え? あなた。あなた、分かってくれるんですか」
「はい! 分かります! ぼくもそうなんです! ぼくも今、自転車で宗谷岬へ向かって自転車を漕いでいるんです! ぼくも仕事、辞めてきたんです!」
「そうなんですか!」

気づけば、今や二人は手をとり合っているのです。

ここへ来てもう一人、似たようにイケてないオヤジが増えて、今や、似たように無謀なことを目指している二人のオヤジが、こんな道端で出会って手を握り合っているのです。それだけなのに、でも私は、なぜかだんだん感動してきたのです。そしたら女房も「やだ、なんか感動する」と脇で泣いているんです。きっと女房も私も、「あぁ、そうそう、人生って、こういうことなんだよね」って、思ったんでしょうね。

だって、この二人のおじさんたちの人生には、もはやこの世界や、この社会にある流行とか、既存の価値観なんか、まったく目指すものではなくなっていて、彼らはすでに、自分が思いついてしまったものへ向けて、自分のタイミングで動き出しているのですから。人生の手応えって、そこにあるってことですよね。二人は、そのことに気づいた、いや、もう実感していたんでしょうね。

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私も、女房も、すべての人も、本当は、こういうところで生きてるってことですよね。つまり人生は、最後まで自分のタイミングで生きてなきゃいけないんだってことですよね。人生の幸せって、やっぱりそこにしかないんだよって、この二人のイケてないおじさんに教えられたんだと思います。

なんでしょう。私も女房もここまで、このアメリカ人のおじさんという他人を見てきたつもりだったのに、ある瞬間、このおじさんの中に、自分の姿を見る思いがしたんでしょうね。「あ、これって自分に通じることが語られているんだ」って、その心当たりみたいなものが浮上してくる瞬間がある。感動するって、それなんですよね。他人の言葉や行動に惹かれるときも、共感するときも、きっとそういう瞬間が自分の中で起きてる。まぁ、あんまり上手いこと言葉に出来ないから、分かりづらいかもしれませんが、でも、多分そうなんですよ。その瞬間だけは、人として、根源的に何が大事なことだったかを思い出すことができるんです。

こうしてアメリカ人のおじさんは、80日以上かけて、とうとう宗谷岬にたどり着くんですが、でも、観光ビザは3ヶ月ですから、80日を越えてしまったおじさんにとって、スケジュールはもう本当にギリギリで、その焦りもあって、最後は、おじさんの漕ぎ方もラストスパートをかける感じになりました。宗谷岬には日本最北端のモニュメントが建っているんですけど、それが遠くに見えて来るんです。自転車を漕いでいるおじさんの目にも見えて来る。そのときです、漕いでいたおじさんの口から突如として叫び声が出るんです。「やったー」とかではないんです。もう言葉にもならないんです。「うをおぉぉぉぉーーーー」という叫びになって腹の底から絞り出されてくる。あれも感動的でした。

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おじさんは本当に自分の力だけで自転車を漕いでここまで来たんです。そして終始、自分のタイミングで体験して、自分のタイミングで学んで、本当に日本の最北端までやって来たんです。旅の途中で彼が出会ったもの、そこで彼が得たもの、どれも彼にしか価値の分からないものばかりだっただけに、おじさんはゴールを目前にして、いろんな想いがあったでしょうが、もう言葉にもできなくて、叫ぶしかなかったんでしょうね。身体の底から抑えきれない感情が湧き上がってしまって、結局、雄叫びになって出てしまった。

私は、そのシーンでも揺さぶられました。私の魂が揺さぶられる。それは、おじさんの旅を見ている者にしたって根本には同じものを持って生きているんだと気づかせてくれる、その共感からくるものです。

そんな共感に私ら夫婦を導いてくれた人が、誰でもない、この無名のアメリカ人のおじさんだったということです。

「ひょっとすると、魂を本来の場所に導いてくれるのは、こうした無名の人たちではないのか」と、そのとき私は思ったんです。

嶋田くんの本屋の本棚には、そんな無名の人たちが、たくさんいるんですよ。私が嶋田くんの本屋に惹かれるのは、そこに理由があるのかもしれませんね。

歩道橋よ

嶋田くんの本屋「hoka books」を後にしてホテルへ帰る道すがら、玉木くんがこんなことを言ったのです。

「嶋田くんは、最初は本屋の名前を『歩道橋』にしたかったらしいんですよ」
「え? 本屋の名前が『歩道橋』? なんだよ、ちっともピンと来ない名前だけど、どうして? 堀川五条の交差点にデッカい歩道橋があるからかい?」
「そうです」
「え? それだけ?」
「いえ、なんかね、歩道橋って、世間の人から、実はあまり好かれてないみたいなんですよ。だから自分の本屋の名前にしたかって言ってました」

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なるほどね。たしかに、そう言われれば、私もデッカい交差点のデッカい歩道橋には好ましい印象は持っていませんね。なんかガサツな感じがするんですかね。でも、なんででしょうね、歩道橋って勝手に危険な印象がしてしまうというか。実際、初めて堀川五条の交差点に着いたとき、タクシーの窓越しに大きな歩道橋が目に入ってきて、そういえば、そのとき私、たしかにちょっと期待値が下がったんですよね。「なんだ、こんな歩道橋があるようなとこなのか、風情ないな」って。

でも、考えてみれば、人間の生活圏を分断して危険な匂いをさせているのは歩道橋ではなく広い車道とそこを我が物顔で走っていく車の方なんですけどね。歩道橋はむしろ、私たちを安全に繋ごうとして作られた橋なんですけどね。それなのに、なぜか悪い印象はぜんぶ歩道橋が代表して背負わされている。

たしかに世間はそんなふうに歩道橋を見ていますよね。いや、そんなこと考えたこともありませんでしたけど、でも、知らないうちに多くの人たちがわけもなくそんなふうに思っちゃってるから、そのことに気づいた嶋田くんは、あの堀川五条にある歩道橋に、「歩道橋よ。オレはおまえのこと、ちゃんと分かってるよ」って呼びかけたくて、自分の本屋を「歩道橋」という名前にしたかったのかも知れませんね。

あの日の帰り道、玉木くんからこのネーミングの話を聞いたときには、まったくピンときませんでしたが、今、こうしてあの日を振り返り書いていると、たしかに、

「そういえば、京都の堀川五条の交差点にかかっていたあのデッカい歩道橋の近くに、『歩道橋』という同じ名前の本屋があったっけな」

って、思い出すのも悪くない。たしかに、二つの『歩道橋』をダブルで思い出せたら、なるほどあの堀川五条の歩道橋にも懐かしいイメージを与えられるかもしれない。そんなふうに、遅ればせながら、今、不思議と思えるのです。

さて、皆さんも京都へ行かれたら、嶋田くんの本屋「hoka books」を探しに行ってみてください。堀川五条の交差点にかかった「歩道橋」を渡って、ね。

本日のお話は、これにて終了です。
(次回は9月2日更新予定です)

嬉野雅道(うれしの まさみち)
1959年生まれ。佐賀県出身。「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)のカメラ担当ディレクター。愛称は「うれしー」。ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、文化庁芸術祭賞優秀賞など多くの賞を受賞したドラマ「ミエルヒ」では企画を担当し、福屋渉氏とともにプロデューサーも務めた。「愛と平和と商売繁盛」「負けない」がモットー。どうでしょう藩士と奥様に人気。著書は『ひらあやまり』『ぬかよろこび』(ともにKADOKAWA)など多数。

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