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「おとなの発達障害」専門医の不足と薬物療法の最前線

光文社新書編集部の三宅です。『おとなの発達障害 診断・治療・支援の最前線』の本文公開シリーズ、続いては第5章冒頭部分です。本章のざっくりとした内容は次のようになります。

 近年、専門医が不足している中、成人期発達障害の患者さんが増加し、一般精神科医が発達障害の診療を行うことが増えました。そのような一般精神科医の1人として、成人期発達障害における薬物療法の現状と課題について、症例に沿って検討します。
 ASD特有の症状には保険診療で使用できる薬剤がありませんが、ADHDでは3剤が使用可能であり、薬物療法の果たす役割が大きくなっています。まず、それらの薬剤について検討します。その上で、並存する情緒的障害に対する薬物療法についても検討します。さらに、薬剤選択における困難や、試行錯誤についても述べます。
 また、本人への生活習慣指導や行動療法的アプローチなど、薬物以外の心理社会的治療も含めた全体像の中に、薬物療法を位置付けることの重要性についても述べます。

※「はじめに」、目次、著者紹介はこちらでご覧いただけます。

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第5章 薬物療法の現状と課題

松岡孝裕 埼玉医科大学病院 神経精神科・心療内科医長

1 発達障害診療における当科の取り組み

一般精神科医を「対応医」として育成

 最初に、私どもの取り組みについてお話しします。

 発達障害は、幼児期から児童期に症状が明らかになってくるものです。そのためかつては、一般精神科医が発達障害を疑った場合は、当院で言えば横山富士男先生(埼玉医科大学病院神経精神科・心療内科、教授)のような、児童・青年期の専門医に紹介するという流れがありました。しかし、その数は圧倒的に不足していて、日本児童青年精神医学会認定医はわずか386名(2020年)です。そのため、地域によっては児童・青年期専門医の初診が数か月待ちという状況が生じていました。

 一方、未受診のまま何年も経過する中で、自尊感情が低下し、抑うつや不安障害などの二次障害を発症して、アームカット、リストカット、過量服薬などを起こし、救急受診する発達障害の人が多くなってきました。私ども一般精神科医が、このような事例をたびたび経験するようになったのです。そこで、このような事態の解消を図るために、一般精神科医も「対応医」として発達障害の診療を行う仕組みの整備に取りかかりました。

 児童・青年期専門医が初診予約を受けられるようにするために、以下のような取り組みを行ったのです。

 一定の知識・経験を有する一般精神科医が、専門医の指導を受けられる環境下で、「一定年齢に達した、専門医外来の発達障害再来患者」と「一定年齢以上の発達障害疑い初診患者」などを診療する。

 当初は、一定年齢を「高校生以上」としました。

 ちょうどその頃、注意欠如・多動性障害(ADHD)の薬や、一部の抗精神病薬の適用拡大が進み、一般精神科医がこの領域に参入しやすい環境が整ってきました。それもあって、対応医による発達障害診療がある程度行えるようになりましたし、地域の医療機関の先生方にも、安定した症例などに関しては、発達障害診療をしていただけるようになりました。

対象年齢の拡大によって初診待機期間を減らす

 ところが、このような取り組みにもかかわらず、当院のある埼玉県西部地区では、児童・青年期専門外来の初診は半年以上待ち。未受診のまま二次障害を発症し、リストカットなどをした発達障害患者の救急受診が、依然として続いていました。

 そこで、対応医が診療に携わる発達障害患者の対象年齢を「中学生以上」に、さらに「小学生以上」にと、拡大することになりました。

 ただし、このような年齢を対象とする際には、初診ないし初期段階の診療における専門医の併診・指導や、臨床心理士や言語聴覚士との連携が不可欠です。療育訓練や学習障害の評価など、我々だけでは手に負えない部分があるためです。現状では、連携のためのシステム作りに取り組み、問題点の抽出に取りかかっているところです。

 また、医師の思い込みでつまずかないように、二重三重にバイアスチェックの仕組みを整えることも必要です。複数の情報を集め、それを俯瞰的に見てディスカッションするということですが、あくまでも専門外来ではありませんので、時間的に効率よくしなければなりません。そのために、本人用にAQ―J(自閉症スペクトラム指数日本語版)やASRS(成人期のADHDの自己記入式症状チェックリスト)、ADHD―RS(ADHD評価尺度)、家族用にAQ―JやPARS―TR(親面接式自閉スペクトラム症評定尺度)、ADHD―RSなど、いろいろなツールを使っています。

 では、実際にどれぐらいの外来患者に対応しているかと言いますと、私は外来の責任者という立場でもありますので、全部で約650人、週に約130人を担当しています。650人のうち、発達障害の人は約20%(約140人)です。

 発達障害の人の内訳を見ると、児童・青年期の人が54%(77人)、児童・青年期に初診で現在は成人の人が24%(35人)、成人期に初診の人が22%(31人)です。したがって、発達障害の対応医として、私は児童・青年期の人と成人期の人を、半々ぐらいの割合で担当しているわけです。

 このあとは、成人期の発達障害診療に携わる担当医としての立場から、症例に沿って、薬物療法の実情と問題点について述べたいと思います。

2 症例に見る薬物療法の実際

発達障害の治療薬として使用可能な薬剤

 症例に入る前に、治療薬について述べておきます。

 発達障害のうち、ASD(自閉症スペクトラム障害)特有の症状に対しては、使用できる薬剤がまだありません。ADHD(注意欠如・多動性障害)特有の症状に対しては、以下の3剤が保険診療で使用可能です(図5―1)。

・メチルフェニデート:oros-MPH(osmotic controlled-release oral delivery system-Methylphenidate)一般名「メチルフェニデート塩酸塩」、商品名「コンサータ」
・アトモキセチン:ATX(Atomoxetine)一般名「アトモキセチン塩酸塩」、商品名「ストラテラ」
・グアンファシン:GXR(Guanfacine extended release)一般名「グアンファシン塩酸塩」、商品名「インチュニブ」

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 メチルフェニデートは、中枢神経を刺激して精神活動を高める興奮剤の一種です。効果が現れる早さや反応のよさでアトモキセチンに勝りますが、腹痛、嘔吐、下痢などの消化器症状が出たり、痙#けい$攣#れん$が起こりやすくなったり、チックの増悪が起こったりすることがありますので、注意が必要です。また、乱用性があります。

 アトモキセチンは、非中枢刺激薬であり、乱用性はないとされています。ただし効果が現れるのに時間がかかり、腹痛、嘔吐、下痢などの消化器症状が出たりすることがあります。

 グアンファシンも非中枢刺激薬であり、乱用性はないとされています。メチルフェニデートとアトモキセチンで症状が十分に改善されない場合や、消化器症状のために服薬の継続が困難な場合などに適応されます。ただし、投与前に心電図をとったり、定期的に血圧を測ったりする方がいいとされています。

 グアンファシンはまだ認可されたばかりの薬剤であり、どのような効果があるかなど知見を蓄積中ですし、3剤の使い分けに関しても知見を蓄積中です。

併存する情緒的障害に対する薬物療法

 発達障害に併存する情緒的障害に対しては、抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠導入剤、気分安定薬などを用います。

 抗精神病薬は、ASD、ADHDに併存する情緒的異常、癇癪・パニックに対して用いますが、使用する際は統合失調症の場合よりも低容量から開始します。症状の振幅、すなわち激しさを減じるのは難しいのですが、症状が起きにくくなる可能性はあるため、それをモニタリングしながら薬剤の量を調整していきます。ただし、心理社会的な対応(生活習慣指導と行動療法的アプローチなど)が必須であり、むやみに薬剤を増量しないように注意が必要です。

 抗うつ薬は、併存する抑うつや不安状態に対して用います。ただし、発達障害の人は基盤となる自尊感情が慢性的に低下している場合が多く、うつ病だけの場合や不安障害だけの場合に比べて効果が劣る傾向があります。そのため、心理社会的な治療の推移を見ながら使用します。また、ADHD治療薬と併用する場合は、薬物の相互作用に留意する必要があります。

 抗不安薬は、併存する抑うつや不安状態に対して用いますが、やはり心理社会的治療を補完する形での使用です。また、抗不安薬による眠気が不注意症状に付け加わるため、ADHD治療薬の効果判定が難しくなる場合があります。

 睡眠導入剤は、睡眠衛生指導を十分に行った上で、それを補完する形で使用します。薬の効果が残存することで症状が悪化しないように、十分注意が必要です。

 気分安定薬は、アップダウンの激しい気分障害が併存する場合や、刺激を受けやすい・興奮しやすい状態が、ADHD治療薬や抗精神病薬で十分に改善しない場合に用います。

 以上、ざっとですが、発達障害の治療に使用する薬剤についてでした。これを踏まえて、症例を見ていきましょう。

症例1:ADHD+ASDの20代女性(Aさん)のケース

 Aさん(20代女性)は、小学校入学後から、忘れ物、無くし物などの不注意症状が目立ち始めました。宿題も忘れがちで、提出物も出せないことが多く、朝の支度も間に合わず遅刻してしまう、という状態です。社会性やコミュニケーション、想像力にも障害があり、これは今もそうなのですが、なかなか視線が合わず、挨拶のタイミングがずれたり、言葉を選んでしまったりと、不自然なところがあります。

 そのため小学校では孤立しがちで、いじめにもあったようですが、中学校では所属した芸術系クラブですごく気の合った友人もできました。高校でも所属した芸術系クラブで友人ができ、中学高校の6年間は本人らしく過ごせて、適応面での障害はあまり目立ちませんでした。

 その後、医療系大学に進学し、ここでも適応できて4年で卒業。ところが、病院という現場に出たところで、つまずいてしまったのです。技術職ですが、パソコンも扱いますし、紙の書類も扱いますし、患者さんとの対話もありますし、マルチタスクになってきたわけです。

 すると、作業工程を飛ばしてしまう、手順を間違える、報告・連絡・相談もうまくいかない等々のことが出てきて、4か月経っても1人で業務を行えるようになりません。周囲から白い目で見られるようになり、「もう退職するしかない」と思い詰めたのですが、友人に「その前に病院で診てもらったら?」と勧められて、来院しました。

 初診のときAさんは、苦笑いを見せる程度で笑顔はなく、質問にはその意味に沿って答えますが、聞かれたこと以外に何かを付け加えることはありません。また、礼節は保たれているのですが、待たされる場面、たとえば会計ファイルを渡すまでに時間がかかってしまったときなどは、おとなしい雰囲気とは不釣り合いな苛立ちを示したりもしました。

 以上のことから、ADHDとASDを疑い、精査と治療を同時に進めることにしました。治療は、薬物療法と心理社会的治療(生活習慣指導と行動療法的アプローチなど)です。

 ただ、親御さんからの情報収集については、本人の同意が得られなかったため、行うことができませんでした。そのため情報にグレーな部分があり、投薬に踏み切るかどうか迷ったのですが、退職か否かという切迫した状況にあることを勘案して、薬物療法を含めた治療に踏み切りました。

 私の独善にならないよう、ほかの先生方とディスカッションしたり、通知表を参照したり、ADHD―RSでAさんの小学校時を評価してもらったり、AQ―Jで評価してもらったりした上で、です。

 最初はアトモキセチンを投与しました。徐々に増やしていって、100㎎まで増量したのですが、十分な効果は得られませんでした。日中の眠気やエラーの軽減が見られたかに思えたのですが、業務の負荷によっては効果が不十分で、「薬を飲んでもこの程度なんですか。やはり退職するしかないんですね」と、落胆しておられました。その後、120㎎に増量しましたが、消化器症状が出て服用できず、100㎎に戻したという経緯があります。

 しかし、もう1種類だけやってみましょうということで、アトモキセチンからメチルフェニデートへの置換を開始。メチルフェニデート36㎎の単剤となったところで、不注意症状への効果がかなりはっきりと出ました。Aさん自身も「これは今までと違う」と言っていたのですが、過集中と眠気を繰り返すなど、効果は不安定でした。

 そこで、メチルフェニデートを45㎎まで増やしたところ、安定した状態になり、それ以来2年以上、問題なく勤務を継続できています。

(続く)


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