【#10】人類は 今宵も どこかで金縛られている
見出し画像

【#10】人類は 今宵も どこかで金縛られている

嬉野珈琲店へようこそ。
マスターは大の珈琲好きである「水曜どうでしょう」カメラ担当ディレクターの嬉野雅道さん。店ではこだわりの珈琲を淹れながら、マスターが人生のあれこれについてじっくりと語ります。マスター独特の視点から語られる、胸に詰まった息がすっと抜けるお話――。本日は「金縛り」について。実は嬉野さん、30年近くあの不気味な時間を味わい続けてきたそうなんです。

不安げにその人は言った「これって、どういうことですか?」

画像1©hiroko

いやぁ暑い。だから納涼ということでもないのですが、本日のテーマは「金縛りについて」です。

つい先日、ある人と打ち合わせがあって銀座を訪れました。打ち合わせのあとに、その人の導きで、とあるビルの最上階の奥まったところにある茶店でお茶をご馳走になりました。

「この店は比較的、いつも空いているんですよ」

そこは冷たい煎茶が飲めるお店で、私は煎茶三種が飲み比べられる冷茶セットを頼んで順に口にしながら、「おぉ! 日本茶も品種によってここまで味わいが違うのか、こりゃ日本茶も奥が深そうな気配だわい」と、ひとりささやかに興奮しておりましたら、

「実は、こんなところで話すようなことでもないのですが……」

と、私の向かいに座られたその人が、なにやら言い出しにくそうに切り出されたのです。

画像2©hiroko

「どうされました?」

そのように私が水を向けますと、

「実はこのごろ、寝ていると、たびたび金縛りになるんです。これって、どういうことなんでしょうね?」と、少しお疲れなのか神妙な感じでお聞きになるのです。その人には気がかりなのでしょうね、金縛りというのが何か霊的な体験に思え、今後不吉なことがある前触れかもしれないと、そこのところが気になってしかたがない、なんだか、そんな暗いお顔だったものですから、

「あ。金縛りですか。あれは、たんなる夢ですよ」と、即答しましたところ、「え?! そうなんですか?」と、すごく意外そうな顔をされ、その人の表情が少し明るくなりました。

「はい。これは私の経験上の話なんですが、金縛りは、あれは霊的なものでもなんでもない、たんなる夢です」
「え? 嬉野さんも金縛りになったことおありなんですか!」
「はい、私はもう、しょっちゅう金縛りでした」
「えぇ?!」

画像3©hiroko

度を越す 金縛りの体験回数保持者の弁

私はですねぇみなさん、自分で言うのもなんですが、金縛りにおいてはベテランですよ。自慢ではないですが実に豊富な体験回数を保持する者です。まず、初体験は、祖母が亡くなった19歳のとき。祖母が亡くなって数日経ったある晩のことです。布団に入って寝ておりましたら、夜更けに私の部屋に白い着物を着た女の人が静かに入ってきて私の枕元に座ったのです。そのリアルな気配に私は夢とは思えず霊体験でもしているのだろうかと慄いて思わず声を出そうとしましたが、どうしたことか、まるで声が出ない。口が動かないのです。いや、口ばかりではない、身体だって全身、足の先までピクリとも動かせない。もうパニックでした。

「なるほど、あれが金縛りだったか」と、翌日、19歳の私は、「不思議な体験をしたなぁ」と、感慨を深くしましたが、結局、それから30年近く、つまり19の青年が50のオヤジになるちょっと手前くらいまで、私は金縛られつづけました。

もちろん毎夜のことではないですが、我が家で、そして出張先でと、場所を問わずいろんなところで私は金縛られて、そのたびに全身硬直してヘトヘトになっていたわけです。それでもしばらくするとまた金縛られて、いつか金縛りも癖みたいになってきて、いくら不思議な体験でも頻繁に訪れると鬱陶しいだけで。だって、「水曜どうでしょう」のアメリカ横断ロケのときも、私は、どっかのモーテルで夜更けに金縛られていたくらいです。

画像4©hiroko

ここで、金縛りのご経験がない人のためにご説明しましょう。夜、眠りにつく。嫌な気配に思わず目が覚める。すると既に誰かが布団の上に乗っかっていて、そのことに気づくから驚愕して思わず声を出そうとする。けれど声は出せない。身体も動かない。それでもうパニックになる。まぁ、それが金縛りに“よくある”導入部です。とにかく単純に怖い。この怖いが、金縛りが解けるまで延々続く。本当に疲れる。

そうそう、導入部には別パターンもありました。私が寝入ったあと、しばらくして目が覚める。すると、まさに何者かが、ガヤガヤと我が家の玄関ドアを開けて侵入してくる声や物音がしている。「あ、しまった、泥棒だ! そうか、オレは鍵をかけずに寝てしまったのかぁ」と、その場で後悔する。だけど身体が動かない。パニックになる、というもの。

稀に、怖い感じがまるでなくて、亡くなったはずの犬が現れて。生前、私にしていたように寝ている私の胸の上に乗り上がってきて。私はその一本一本の犬の足の重みを自分の胸にリアルに感じる、といった、そんな懐かしく恋しい体験をさせてくれる金縛りもありました。ですが、ほとんどの金縛りは、「誰だ?!」と、顔を見ようとすると暗くて見えず、何者か特定できないまま得体の知れない人物に覆いかぶさってこられる恐怖体験であり、でなければ誰もいないのに、見えない強い力にどこかへ引きずりこまれそうになって抗い苦しむといった展開ばかりでした。

とはいえ、そんな恐怖の金縛り体験も、あまりに回数をこなしていると、「あぁ、また金縛りかよ。勘弁してくれよもう」と、金縛り中なのに「またかよ」と思いはじめる妙な客観性さえ獲得するようになってしまい、「あ〜、なっちゃったものはしかたない、あとは、なんとか早くこの金縛りから出て行くまでだ」と、金縛りから脱出する方法を考えようとする余裕も生まれてきます。

画像5©hiroko

金縛りから自力で生還するには

あれは、初めて金縛りを体験した晩から半年ほど経ったころでした。「出せないと思っていたけど、なんとか声だけは出せそうだぞ」ということが金縛り中に分かってきたのです。もちろん口は自由には動かせません。ですが、腹筋を使えば喉のあたりで唸り声を上げることはどうやらできそうです。で、そのとき口の端を少しばかり開けられれば、唸り声はそこから外に漏れて行きますから声が出せる。でも、これが、やたらと力の入った物凄く大きな唸り声になってしまいがちなので、隣で寝ている女房が、びっくりして跳ね起きて「どうしたの!大丈夫?!」と、騒ぎ出すに充分な音量でもあり、ギョッとさせるホラー的な声音になるのが困りものです。

このように、隣で寝ていた女房を起こしてしまうくらいの唸り声ですから、それが自分の耳にも聞こえ私自身が驚いて目がさめるという順番です。

なので、金縛りになったときは大きな唸り声を出しさえすれば生還できる。これが金縛りから自力で抜け出る唯一の手段です。

画像6©hiroko

さて、そんな私の体験談を聞くうちに、その人も大いに共感されたようで、

「そうなんですよ。私も、必死で絞り出すように声を出したら金縛りが解けたんです! いやぁ、まさか嬉野さんから金縛りの体験談を聞けるとは思っていませんでした。なんか私、ホッとしました。いや、ありがとうございました」

金縛りも、ありふれた夢なのだと思えてくると、その人も、ようやく安心されたようでした。

おそらく金縛りというのは、入眠時に見る幻覚のようなものなんでしょうね。つまり遅くまで頭を使う仕事をして寝たような晩に見がちな夢なのです。そういうときって身体はクタクタに疲れているのに、頭だけはまだ覚醒していてクールダウンできずに脳だけ働き続けて幻覚を見せてしまい、一方、身体は眠りについてしまって動かない、みたいな、それがそのまま金縛りの状況にぴったりなんでしょうね。

たしかにその人は、私とはタイプが違って、かなり仕事のおできになる方で、おまけに社会的地位もあるので重い責任を抱えておられて、その上ここ数年、新規事業を立ち上げるために多忙を極め、私なぞには計り知れないご心労の多い日々を過ごされているご様子の方ですから、ここへ来てその心労がいよいよピークに近づき、夜遅くまで考え続けなければならない問題が山積みで、とうとう思い余って夢にまで苦しめられるようになられたのであろうと推察されたわけです。

画像7©hiroko

とはいえ、その人は、どこかではまだ、あの金縛りが夢とは思えないようすで、次のようなことを言われるのです。

「でも、金縛りのときって、自分が寝ている部屋だってハッキリ見えているんですけどねぇ」

こういう発言を耳にしますと、私としても、混み入ってはくるけれど、実は、もっと聞いて欲しいことがある。

そもそも「見えている」とは、なんなのでしょう

「おっしゃるとおりなんですよ。たしかに金縛りって、普通の夢と違ってハッキリ見えてるって感じがとてもしますもんね。でも、実際のところはまったく見えていない。だって、そもそも夢なんですからね」
「あぁ、なるほど……」
「だから、もっと言えばですよ。ぼくらが日常、『見えている』と思っていることだってね、その根本には怪しいことがあるんじゃないかしらと、ぼくなんかは睨んでるんですよ」と、そんな理解されなさそうなことさえ私は口走りはじめるのです。

画像8©hiroko

実は私、少し前から気になりだしていたのです。私たちは目で物を見ていますけど、それは、この世界を照らす光が反射して、目というレンズを通してカメラと同じように光学的にその像を網膜に倒立像として映し出すまでのことなわけです。そこから先の像、つまり網膜に光学的に投影された倒立した景色が、そのあと私にどんなふうに見えているかは、結局、私の脳が何かデータ処理をしたあと、私に見せているわけですから、私が見ているこの景色は、すでに光学的な映像ではなくて、脳というブラックボックスの中で再構築された像になっているわけです。つまり、私に見えているこの世の風景というものは、結局、脳というコンピュータが、網膜に光学的に投影された像をデータ処理したあとの、つまり何かしら脳がいじくったあとの像ということになるわけで。それは、もはや網膜に投影された世界の姿そのままではない、ということになりはしないでしょうか。私たちには、この世界が、本当にこの目で見ているままに見えているのだろうか、と、なんとなく疑わしく思えてくるのです。

幻覚って 何が見えてるの

人間は、幻覚を見ることがありますよ。私のおとうさんも亡くなる前に病院のベッドの上で、ベッドの足元の壁の辺りに居もしない人の姿を普通に見てしまっていましたもん。「おい、あそこにいるのは誰だね?」と、指差して驚いているときがありました。で、そのたびに私が、「なに言ってるの」という怪しむ顔を見せるので、おとうさんは、そんな私の顔を見て少し冷静になるのか、「いや、おまえ、オレの頭がおかしくなったと思ってるだろう?」と、少し照れくさそうに笑ってみせるのでしたが、おとうさん自身も幻覚をハッキリ見ながらも、おかしいと思うところはあり、でも、それでも指を差したくなるほどの紛れもない実態が見えていたのだろうと思うのです。

画像9©hiroko

あのとき、おとうさんは、すでに肝臓が機能しなくなっており、管を伝って体内に投与されていた薬物が上手く解毒できなくなり幻覚を見てしまうのだと、担当のドクターがあとで説明してくれたように思います。おとうさんは錯乱していたわけでなく、ハッキリと普通に幻覚が見えていたのです。

だったら、「幻覚が見えるとは、そもそもなんだろう」と、私は思うのです。

幻覚というのは、目から光学的に入ってきた病室の風景とは違って、脳が脳内のどこからか呼び出してきた記憶映像をCG合成のように現実の風景の中に違和感なく置いてしまうから見えていることだと、まぁ、考えられはするのですが、でも、そういうことではなく、そもそも『見えている』とは、いったいどういうことなのだろうと、その根本のところが私には怪しく思えてしかたがないのです。あぁ、いかん、すでにこんなことまで言い出しているから、もう誰もついてきていないかもしれない。

忘れられない 私の最後の金縛り

私は、19歳から30年近くもの間、金縛りが癖のようになっていたわけですが、今はもう金縛りになることはありません。不思議なことに、あるときを境に金縛りは終わってしまったのです。

つまり私には最後の金縛り体験というものがあるのです。私は、その金縛り体験以降、いっさい金縛りにならなくなったのです。その最後の金縛りは次のようなものでした。

ある晩のこと。自宅で布団に入って眠りについたのですが、次に目が覚めたとき、私は、自分がまた金縛りになっていることを知りました。その夜の金縛りは、誰かが布団の上に乗っているといういつものパターンではなく、誰もいないのに私の身体がものすごい吸引力で足元の押入れの中に吸い込まれそうになっている、というものでした。隣には何も知らずに女房が寝ていて、私はおっかないから吸い込まれまいとひとりで物凄く頑張っていて、なんとか持ちこたえようと必死で抗って仰向けの状態で踏ん張っていました。

そのときです。私の頭の上あたりから、いわゆる天の声のように、私に話しかけてくる声がしたのです。金縛り中に声がするなんて、こんなことは初めての展開でした。でも、いったいあの声の主は誰だったのか。それは今もって分かりませんが、ちっとも厳かな声ではなかったのはよく覚えています。ひょっとしたら自分の声だったのではないか、そんな気もするくらいです。その声が、ただ一言、「抗うなよ」と、言ったのです。それも、友だちが諭すようなタメ口で。

それを聞いて、なぜか私は、「たしかにそうだよな」と、金縛りの中でしたが説得され、納得してしまったのです。そして自分でも驚いたのですが、「よし、この状況に抗うことは、もうやめてしまおう」と、あっさり腹を決めました。その結果、私がどうなるか、そこは分かりませんが、とにかく、あの声を信じて、いま猛烈な吸引力で私を押入れの中に吸い込もうとしているこの力に抗うことは、もう止めてしまおう。そう決めたら、不思議にホッとしたのです。

こうして私は、奇妙にフレンドリーな天の声のアドバイスに従って、全身の力を抜きました。するとその瞬間、私は猛烈な勢いで押入れの中に吸い込まれていったのです。

そのあとのことは、まるでジェットコースターに乗っているような疾走感でした。私は振り落とされそうなスピードに身を任せ、いろんなところを擦り抜けながら滑っていったように思います。でも、何も怖いことはありませんでした。むしろ明るく笑いそうなほど楽しくハッピーな体感だったのです。

画像10©hiroko

いったい私はどれくらい疾走したでしょうか。気がつくと私は狭い空間に静止していました。そこはなんとも無機的な部屋の中で、どうやら私は、その部屋の天井のあたりにピタッと浮いているようでした。そうして、そこから部屋全体を見下ろしているのです。その部屋は、床も壁も白く発光していました。「なんだかこれじゃぁ、あまりにも『2001年宇宙の旅』そのまんまじゃないか」、そんなことを思いながら、しばらくその部屋を見下ろしていました。

その部屋には誰もいませんでした。ただ、発光する床に、ベッド大の、何やら未来的な精密機械が置かれていました。私は、興味を持ち、「なんだろう」と、機械の近くまで降りて行きました。するとやけに精密な操作板が見えてきました。私は、その操作盤の細部をしげしげと眺めてその精巧さに度肝を抜かれ心の中で感嘆の声をあげました。「いやぁ素晴らしい! 金縛りから生還したら、この未来的な機械の精密なところを克明に絵に描いてみよう」、そんなことを思いながら私は熱心に眺めたのです。

その夜の金縛りの記憶はそこで終わっています。私は唸り声をあげることもなく生還したようです。きっとその夜の金縛りは、どこかでもう、いつもの金縛りとは違うものになっていたのでしょう。

現実世界に戻ってきた私は、あの精密機械の操作板を絵に描いてみようと思いました。ですが、まったく描けないのです。私はあれほどじっくり見ていたのに、細かいところは何も思い出せず、ただ「克明に見た」という印象だけがハッキリ残るばかりで、輪郭すらたどれないのです。

そのとき私は思いました。つまり、あれは夢だから、結局私は、実際には何も見ていなかった。この目で光学的には何ひとつ見ていなかった。さらにいえば、私に見えていたあの未来的な機械は、私が過去に見た記憶に残った映像を脳が引っ張りだしてきたビジュアルですらないのかもしれない。つまり、私には何も見えていなかっただけでなく、もっと言えば、脳は、脳内で具体的なビジュアルすら私には用意していなかったのかもしれないということです。なのに私には克明に見えていた。となれば、ひょっとすると脳は、ただ私に「見えている」と、思わせさえすれば、それで私には「見えている」のかもしれないのです。もしかすると「見えている」とは、ただそれだけのことかもしれないのです。

画像11©hiroko

まぁ、そんな与太話までしてしまったので、その人は、ちんぷんかんぷんにもなったでしょうけど、でも、お陰で金縛りのことも気軽に受け取れるようになったのか、別れるころには、すっかり表情も朗らかになって笑顔で帰って行かれました。

思えば、私にとっても金縛りは長年厄介なものでした。唸り声をあげて金縛りから生還しても、怖い夢を見たときのように、不安な気持ちがおさまらないときもありました。そんなときは、しばらくはドキドキして、暗い部屋の中で早く朝が来ないものかと寒いほどの孤独を感じたものでした。

そんなとき、一度だけですが、金縛りから生還した私が目をあけると、不思議そうな顔をして私を覗き込んでいる我が家の愛犬の顔が、私の鼻先に大きく見えたことがありました。あのとき、恐怖体験から覚醒したばかりの私に見えた、あのワン公の、「この人、どうしたんだろう?」という呑気な表情から醸し出されてくる日常的なものに、私は心の底から慰められ、あぁ、やっと懐かしい自分の世界に戻れたんだと、不意に温かい血が通い出すようにホッとできたことを覚えています。たった今しがた私だけが体験していた苦悩を、こいつは心配してずっと見守ってくれていたのかと思えたら、私の孤独な気持ちはほぐされたのでしょうね。あのときのうちの愛犬の、不思議そうに首をかしげながら私を覗き込む顔が、私には未だに懐かしく思い出されます。

でも、その顔だって、記憶の中で見えているような気がしますけど、私はいったい、何を見ているのでしょうね。
(次回は8月19日更新予定です)

嬉野雅道(うれしの まさみち)
1959年生まれ。佐賀県出身。「水曜どうでしょう」(北海道テレビ)のカメラ担当ディレクター。愛称は「うれしー」。ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、文化庁芸術祭賞優秀賞など多くの賞を受賞したドラマ「ミエルヒ」では企画を担当し、福屋渉氏とともにプロデューサーも務めた。「愛と平和と商売繁盛」「負けない」がモットー。どうでしょう藩士と奥様に人気。著書は『ひらあやまり』『ぬかよろこび』(ともにKADOKAWA)など多数。

これまでのお話


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
光文社新書

よろしければサポートをお願いいたします。もっと読んでいただけるコンテンツを発信できるように、取材費として大切に使わせていただきます!

アランちゃんともども心から感謝しています!
光文社新書の公式noteです。2021年10月17日に創刊20周年を迎えました。光文社新書の新刊、イベント情報ほか、既刊本のご紹介や注目の連載をアップしていきます。お気に入りの一冊について書かれたnoteを収録するマガジン「#私の光文社新書」の投稿をお待ちしています!