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【第38回】宇宙人としての教養とは何か?

■膨大な情報に流されて自己を見失っていませんか?
■デマやフェイクニュースに騙されていませんか?
■自分の頭で論理的・科学的に考えていますか?
★現代の日本社会では、多彩な分野の専門家がコンパクトに仕上げた「新書」こそが、最も厳選されたコンテンツといえます。この連載では、高橋昌一郎が「教養」を磨くために必読の新刊「新書」を選び抜いて紹介します!

宇宙人の集まる宇宙ステーション・カフェ

2008年に上梓した『理性の限界』(講談社現代新書)は、おかげさまで20刷を重ねるロングセラーとなっている。なによりも読者の皆様に感謝したい。

この新書のテーマは、アローの不可能性定理・ハイゼンベルクの不確定性原理・ゲーデルの不完全性定理である。専門書3冊で解説しても大変そうな難解な話題を、どうすれば新書1冊にわかりやすくまとめることができるか?

執筆当時かなり悩んだが、結局「雑談」のように書くのが最も効果的だという結論に達した。というのは、普段は近寄り難い経済学や物理学や数学の大家が、雑談の席では「枝葉末節」を跳び越えて明快にポイントを説明してくれるからだ。そこで、専門家や会社員や運動選手のような多彩な登場人物が自由闊達に議論を繰り広げる「仮想シンポジウム」形式が誕生したのである。

本書の著者・高水裕一氏は、1980年生まれ。早稲田大学理工学部卒業後、同大学大学院理工学研究科修了。東京大学・京都大学・ケンブリッジ大学・立教大学研究員などを経て、現在は筑波大学計算科学研究センター研究員。著書に『知らなきゃよかった宇宙の話』(主婦の友社)や『時間は逆戻りするのか』(講談社ブルーバックス)などがある。

さて、『理性の限界』に触れたのは、『宇宙人と出会う前に読む本』の著者が、おそらく私と同じように、いかに読者の知的好奇心を刺激しながら新書で明快に解説できるか悩んだ末に、地球人が宇宙人に知識を伝えるにはどうすればよいのかという場面設定に到達したのだろうと、共感したからである。

「科学をあなたのポケットに」をキャッチフレーズにする講談社ブルーバックスは、数学・物理学・化学・生物学・天文学・医学・薬学といった自然科学を対象とする。執筆者は、論文では数式や記号で表現する専門分野のテーマを、可能な限り平易な日本語で表現することが求められる。そこでクイズ形式やカラー図解など工夫を凝らすわけだが、本書の場面設定は実に楽しい。

地球人が宇宙人の集まる宇宙ステーション・カフェを訪れる。宇宙人とは「自動翻訳機」で自由に会話ができるという設定である。そこで「あなたはどこから来たのですか」と質問されたら、読者はうまく答えられるだろうか?

地球は太陽系の第3惑星であり、太陽は直径10万光年の銀河系の中心から約2.6万光年に位置する。宇宙的視野では、銀河系の中心を経度・緯度0度とする「銀河座標」に基づく「3D宇宙地図」で位置を示す必要があるだろう。

それでは太陽は何色だろうか? 恒星のスペクトル分類(OB型・A型・F型・G型・K型・M型・LYT型)で太陽が「G型」に相当することを知る読者は「黄色」と答えるかもしれない。ところが、実は太陽は「緑色」なのである! 地球に届いた緑色の光は、大気によって散乱し青色のスペクトルが広がる。だから空は青く、太陽は黄色く見えるが、宇宙的視野では太陽は緑色である。

本書で最も驚かされたのは、恒星間距離が膨大すぎる銀河系では、宇宙人が集まるカフェ自体、SFを想定しなければ不可能だと終盤に暴露されること。場面設定を壊しても、科学と非科学の境界を示す姿勢が科学者らしい(笑)!


本書のハイライト

結局、宇宙人としての教養をどれだけ高められるかは、なにげない日常のなかで普遍的なものと、そうでないものをどれだけ見極められるかにかかっているのではないかと思います。地球人にとっては必要でも、宇宙人にとっては無意味なものも少なくないはずです。ぜひ身の回りのものを、宇宙人的視点で見つめなおしてみてください。そのときあなたは地球にいながらにして、名実ともに立派な宇宙人となっていることでしょう(p. 260)。

第37回はこちら

著者プロフィール

高橋昌一郎_近影

高橋昌一郎/たかはししょういちろう 國學院大學教授。専門は論理学・科学哲学。著書は『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』『フォン・ノイマンの哲学』『ゲーデルの哲学』『20世紀論争史』『自己分析論』『反オカルト論』『愛の論理学』『東大生の論理』『小林秀雄の哲学』『哲学ディベート』『ノイマン・ゲーデル・チューリング』『科学哲学のすすめ』など、多数。

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