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自室でこっそり鴨ネギ陶板焼き|パリッコの「つつまし酒」#81

人生は辛い。未来への不安は消えない。世の中って甘くない。
けれども、そんな日々の中にだって「幸せ」は存在する。
いつでもどこでも、美味しいお酒とつまみがあればいい――。
混迷極まる令和の飲酒シーンに、颯爽と登場した酒場ライター・パリッコが、「お酒にまつわる、自分だけの、つつましくも幸せな時間」について丹念に紡いだエッセイ、noteで再始動! 
そろそろ飲みたくなる、毎週金曜日だいたい17時ごろ、更新です。

たぬき? の……何?

 決して骨董品屋とかではなく、街によくあるリサイクルショップを見かけるとつい立ち寄ってしまいます。まっすぐに向かうのはキッチングッズのコーナー。ここで、何か自分の心の琴線に触れるような、味わいあふれる酒器や食器はないか? 「使ってみたい!」とワクワクするような調理器具はないか? とチェックする。酒を飲むこと以外にそんなに趣味がないと思っていた自分ですが、そういえばこの「リサイクルショップあさり」は趣味のひとつと言えるかもしれません。
 特に「たぬきモチーフ」のグッズなんかを見つけると、購入のハードルがかなり低くなってしまう。先日も、板橋区のとある街を徘徊していてふらりと入ったリサイクルショップで、心ときめく「たぬきッチングッズ」と出会ってしまったんですよね。

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こういうものなんですけど

 その日はいつになく豊作で、ちょっと珍しいデザインのぐいのみや、懐かしいサントリービールのペンギンキャラが描かれたグラス、ミロのマグカップなど、5点ほどの掘り出し物を見つけました。
 なかでもひときわ異彩を放っているのが、おそらくたぬきがモチーフになっていると思われる、陶器製の何らかの道具。一瞬「灰皿かな?」とも思いましたが、よくよく構造をみると違いそう。上部中央に丸い素焼きのパーツがはまっていて、ここにちょうどぴったり固形燃料が入ったりしそう。どうやって使うのかを想像するのも楽しいですし、そもそもギリギリたぬきに見えるような見えないようなデザインが可愛すぎる。かさばりそうだけど、出会いは一期一会! と購入を決意しました。
 ちなみにそこは商品に値段の記載がないお店で、5点の商品を手におそるおそるレジへと向かい、中東系外国人と思われる店員さんに「おいくらですか?」と聞くと、向こうも不安そうに「ウ〜ン、ゼンブデ500エン……タカイ?」と聞かれたんですが、いや、安い安い! 安すぎる!

意外とお手頃だった「陶板」

 家に帰り、例のたぬきを上から下から眺め回してみる。やっぱりどう見ても調理器具だよなぁ。そこでふと思いつき、「たぬき 固形燃料」などのキーワードで検索してみたところ、判明しましたよこいつの正体が。「たなべ」という商品名の、やはりひとり用の鍋セットらしい。しかも、オークションサイトなどの写真を見ると、どれもちょうどいいサイズの鍋が乗っている。なるほどそういうことか、これ、いわゆる欠品。どういう経緯か、鍋セットの土台だけが単体で売られていたものだったわけなんですね。
 いやいや、ぜんぜんオッケー。ちょうどいいサイズの鍋なんてうちにもあるし。でも待てよ、せっかくだからこのたぬきに似合う、僕なりの帽子を見つけてあげたい。そこで思いついたのが「陶板焼き」!
 旅館の夕食でよく出てきますよね。固形燃料をセットできる土台の上に、陶器製の板というか皿というかが乗せてある。そこで肉や野菜をじっくり焼いて食べる、なんともいえないワクワク感のある料理。あの「陶板」だけが手に入らないかと通販サイトを調べてみると、あるもんですね、いろいろ。そのなかからサイズがちょうどよくてデザインも気に入った「三陶 萬古焼(ばんこやき)ひとり石焼陶板 16.3cm」というのを買ってみることにしました。値段は意外にも手頃で、1000円ちょっと。こうやって、家によくわからないキッチングッズが増殖していくんですけどね。

 数日後に届いた陶板焼きプレートをたぬきの土台に乗せ、いよいよ陶板飲みを始めていきたいと思います。到着予定日の昼間に買っておいた食材は、岩手県産合鴨のももスライスとつくねのセット。奮発して、220g入り780円! それと長ネギ。スペースに限りのあるプレートなのでよくばらず、そのふたつの食材のみのシンプルな「鴨ネギ」焼きを楽しむことにしましょう。

「油がはねない」ならば

 ところでそもそも陶板焼きのメリットはというと、まず、熱の伝わりかたが柔らかいので焦げにくく、食材がふっくらジューシーに焼きあがるんだそうです。また、そのまま食器として食卓に出しても違和感がなく、陶板が温かいのでしばらくは熱々がキープされる。さらに、鉄製の鋳物製品などと違い、洗剤で洗えばいいだけでお手入れ楽ちん。さらにさらに、その性質上、焼き物をしてもほとんど油がはねないんだそうですよ。
 なるほど、いいねいいねって感じですが、特に気に入ったのは最後の「油がはねない」というポイント。そうか、だから和室の旅館の夕食に採用されがちなのかな。ということはですよ、これ、ふだん晩酌をしている居間やベランダじゃなくて、自分の部屋で使えるんじゃないの? 実はずっとやってみたいと思ってたんです。自室でひっそりとなんらかの調理をし、その場で食べ飲む「コソコソ晩酌」。

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準備完了! 帽子、よく似合ってる

 念のため目の前の窓を全開放し、よ〜し準備は整った。いざ、秘密の鴨ネギ飲みを始めていきましょう!

 たぬきに固形燃料をセットし、火をつける。陶板を乗せる。塩をふった鴨肉を並べる。じりじり……じわじわ……ものすご〜く時間をかけて温まりだします。確かに油、ぜんぜんはねないな。心配していた煙も、ふんわり湯気が出るくらい。これなら自室で使っても問題なさそうだ。それにしても、ちびちびと缶チューハイを飲みながら待つ時間がもどかしい。他にもあれこれ料理が並ぶ旅館の夕食に採用されがちなの、あらためて理にかなってるな〜。
 それでもたぬき君のがんばりのおかげで、10分くらいで鴨に火が通りました。

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つくねはまだまだっぽいけど

 どれどれ、鴨肉。わ、ほんとだ。陶板の効果がいかほどかはわからないけど、ふんわりと焼きあがってて美味しい。鴨ならではの贅沢な旨みだな〜。ここであらためてチューハイをごくり。っく〜。自室のこっそり感もあいまって、これはたまらないぞ。

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第2弾

 さて第2弾。もも肉を堪能し、ようやく本気を出しはじめてくれた熱々の陶板にネギを並べ、その上にさらにもも肉。鴨からたっぷりと出る脂を染みこませつつ、ネギとともに焼いていきましょう。
 こんどは柚子胡椒、山椒、わさび醤油なども駆使しつつ、あ〜、やっぱり鴨うまいな。お、つくねもいよいよ食べごろだ。ぷりぷりの食感と濃厚な旨味が最高。

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最後のこれがまた……

 そしてネギ! 最後に残った、鴨の旨味でテロテロになったネギがもう……なんていうんでしょうね。神秘? 理解不能の美味しさです。
 このネギたちも味わいつくし、それでもまだまだ脂が残っている。どうしよう? やっちゃう? やりすぎ? え〜い、やったれ! と、小盛りの白メシを持ってきて、陶板の上へ。そりゃ〜もう、徹底的に吸いこませてやりましたよ。残った脂を。醤油もちょろりとたらしてね。最後の一粒まで堪能しつくし、ようやく自室鴨ネギ飲みもお開きに。は〜、美味しかった楽しかった。買ってよかったなぁ、陶板。
 ……あの、やっぱりちょっとやりすぎましたかね? 僕。

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やりすぎてるな、どう見ても
パリッコ(ぱりっこ)
1978年、東京生まれ。酒場ライター、DJ/トラックメイカー、漫画家/イラストレーター。2000年代後半より、お酒、飲酒、酒場関係の執筆活動をスタートし、雑誌、ウェブなどさまざまな媒体で活躍している。フリーライターのスズキナオとともに飲酒ユニット「酒の穴」を結成し、「チェアリング」という概念を提唱。
この9月には『晩酌わくわく! アイデアレシピ』 (ele-king books)、『天国酒場』(柏書房)という2冊の新刊が発売。『つつまし酒 懐と心にやさしい46の飲み方』(光文社新書)、『酒場っ子』(スタンド・ブックス)、『晩酌百景 11人の個性派たちが語った酒とつまみと人生』(シンコーミュージック・エンタテイメント)、漫画『ほろ酔い! 物産館ツアーズ』(少年画報社)、など多数の著書がある。Twitter @paricco



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